口火の豪雨
明けましておめでとう御座います!
本年も、お付き合いの程、よろしくお願いします!
「軽く打ち合わせをしておこうか」
状況は変わった。
それに合わせる為に、上位種衆も今はやや距離を取って落ち着いている。
とはいえ、それは束の間の平穏。
すぐに激突が再開するだろう。
彼らは、強い。疑う余地無く。
単体でも強者だろうに、簡易的とはいえ連携までしてくるのだから、まともにぶつかり合っても相手にならなくなる。
だから、程よく作戦が必要だ。
ここ最近は、ガルドルフの修行関連で付き合いのある三人だが、それでも息の合った動きが出来る程ではない。
故に、軽く、だが。
「狼くん、君、クソトカゲに勝てそう?」
端的に正直に答えろ、と、美影は言う。
「いぃやー、無理だあなぁ。一発で拳がイカれそうだったんだよぅ」
不意打ちで一発かましたが、それだけで腕がガタガタになって壊れそうである。
にもかかわらず、見る限りゼルヴァーンはピンピンしており、ろくにダメージが入っている様子はない。
地竜種の耐久力には呆れるばかりだし、自分との埋め難い差には落胆せずにはいられない。
正直な答えに満足した美影は、自分も申告する。
「僕も無理。負ける気はないけど、勝てもしないね」
横槍が入らず、ゼルヴァーンにのみ注力して良いのならば、延々と逃げ回るだけなら出来る。
しかし、それだけだ。
通る攻撃が無いので、どうしても千日手にしかならない。
「鬼ちゃん、君にはあのクソトカゲを任せたい」
「いいよー。〝りゅう〟のなまえ、とりかえしたいっておもってたんだー」
という訳で、現状、最大攻撃力を有しているツムギへとお鉢が回ってくる。
恐竜を起源に持つ霊鬼種。
しかし、竜を名乗る事はない。
何故ならば、天竜がおり、地竜がいるから。
それよりは劣るだろう、という意味を込めて妥協で〝鬼〟を冠しているのだ。
ツムギ自身は、言うほどに思い入れはない。
そういう由来があるとは知っているが、生まれた時より霊鬼種だったのだから慣れ親しんだものである。
とはいえ、喧嘩を売る理由としては上等だろう。通り魔のように、特に意味なく殴りかかるよりは、よっぽど良いに違いない。
だから、ここらで一つ、名前を取り戻す下克上を行うのも、悪くない気分である。
「じゃー、狼くんには、あの面白ピエロを任せよっかな」
「あぁ? そっちで良いのかぁ?」
ガルドルフたちも、スピリの権能は知っている。
仲間云々以前に、旧き妖魔という事で大変に有名なのだ。
だから、それが発動している現状、美影とスピリは同程度に弱体化しているという事も理解している。
であれば、弱体化した者同士が相対した方が良いのではないか、と思えた。
少なくとも、万全の上位種に弱体化している美影が立ち向かうよりは、よほど可能性もあるだろう。
だがしかし、美影はそんな懸念を吹き飛ばすように得意気に胸を張ってみせた。
「ふっふーん、舐めて貰っちゃ困るよ。僕だって進化してるんだから」
「あぁん? この期に及んでかぁ?」
「ンだよ、その良い様。成長期だよ? 僕。……まぁ、君たちの懸念も分かるけどね」
視線を空へと向ける。
そこには、ツムギの遠距離砲撃を不意打ちからの直撃で貰ったにもかかわらず、健在な様子の天使が浮かんでいた。
そんな存在を見た上で、美影は薄く笑む。
「実はちょっと攻略法も思い付いてるんだよね」
「へぇー? どんなー?」
「君たちに真似できない方法ー。まっ、鬼ちゃんなら10年修行すれば出来るようになるんじゃない?」
「むっかつくなー」
「事実だよ。僕もそれくらいかかってる」
地味に、雷裂が保有するありとあらゆる技法のどれよりも、習得難易度の高い技術である。
しかも、真似事くらいならともかく、実戦レベルとなると美影の才覚を以てしても、いまだに習得できたとは言い難い代物だ。
しかし、それでも。
天翼種という種族に対してならば。
不完全な状態であってさえも、絶大な効果を発揮できてしまう。
「だから、僕があれの相手をする」
「……そんな傷ついた身体でかぁ?」
半身を血に染める程の重傷である。というか、首筋という時点で致命傷だ。
だが、その指摘に対して、美影はキョトンとした顔を向けると、抑えていた首の傷から手を離した。
「何の話? 生き物は自己治癒が出来るんだよ?」
「…………そんなのぁ、生物じゃねぇんだなぁ」
そこには、僅かな切り跡が残るだけの、綺麗な肌があるだけだった。
命属性による治癒魔法、ではない。
そんな様子は微塵も感じられなかった。
単純明快な自己治癒能力による回復である。
何が起こったのかは理解できるが、しかしそれ故に認めたくない現実であった。
「あ、あたしだってー、それくらいー」
対抗心を燃やしたツムギが、自らの首に手を掛けるが、それをガルドルフが止める。
「おい、やめとけよぅ。あんなのと張り合うんじゃねぇぞぉ」
「あらやだ、あんなの扱い? まぁ、良いけどね。それにさ、狼くんじゃあ、あれに勝てないでしょ?」
「…………まぁなぁ」
ガルドルフは、接近戦のエキスパートである。
種族的に遠距離での戦闘は得意としない。
一応、美影やツムギとの修行期間により、劇的にその辺りの弱点は改善されているのだが、自由自在に空を飛びながら魔力を投げてくるラヴィリアは、はっきり言って天敵に等しかった。
「って訳だから、君には、面白ピエロの相手をして貰う。出来るよね?」
「ガルドくんならできるよー。あたしのかれしだもんー」
「そう言われちゃ、やらねぇって言えねぇじゃねぇかよぅ」
この場にいる者たちの中で、一段か、下手をすれば二段くらいは実力が低い事は、自他共に認める所である。
悔しい事だが。
だが、それはそれとして、だからと言って世界は何も待ってなどくれない。
今ある分だけで、なんとか頑張るしかないのだ。
「頑張れ、狼くん。メスに見栄を張るのも、オスの甲斐性の内だぞ」
「そんな野生に生きちゃいねぇよぅ」
だが、
「とはいえ、まぁ、あれだぁ。良いところの一つは見せてぇよなぁ」
「その調子。お兄の次に良い男だよ」
「ぶぅー。あんなヘンテコなのよりも、ガルドくんのほうが、いーおとこだもーん」
「あ?」
「んー?」
「おら、いきなり喧嘩すんじゃねぇ」
危うく仲間割れが発生しそうになったが、ひとまず矛は収める。
白黒付けるのは、事が終わってからで良いのだ。
「相談は終わりに御座いますか?」
雰囲気が変わった事を察したラヴィリアが、天から見下しつつ問い掛ける。
「待ってなくても良かったのに。律儀のつもり?」
「いいえ、いいえ違いますよ。私は、言い訳を許したくないだけに御座います」
作戦が甘かった、連携が足りなかった、時機が合わなかった。
そして、その全ては相手が待ってくれなかったからだ、と。
そんな言い訳を許しはしない。
実力を出しきった上で、完膚なきまでに叩き潰してくれる。
それが、上位種としての矜持なのだ。
「それでは、死になさい」
途端、ラヴィリアから、莫大量の魔力が吹き上がった。
それはあまりにも膨大であり、同列に並ぶ地竜種と妖魔種さえも置き去りにして、何処までも高まっていく。
天翼種固有能力【自然回帰】。
白と黒の始祖精霊に創造された彼女たちは、それ故に精霊種に近い特性を有している。
すなわち、自然エネルギーとの親和性である。
彼女たちは、自らの性質を自然に近付ける事で、空に、海に、大地に流れるエネルギーを自在に抽出し、利用する事を可能としていた。
やっている事としては、ツムギの陣術【枯渇】と似たようなものだが、あれはこの【自然回帰】を劣化模倣したものでしかない。
変換効率も段違いであり、なによりも自然エネルギーをそのまま利用できる為に、使用後のエネルギーはそのまま自然の中へと還っていき、周辺環境を荒廃させてしまう恐れがないのである。
ラヴィリアの左腕が掲げられる。
その手の中には、光球が浮かんでいた。
人頭大のそれは、ラヴィリアを通して莫大の魔力を凝縮していき、やがて臨界へと到達する。
次の瞬間、光の雨が降り注いだ。
一発一発が大魔法にも匹敵する魔力の光矢が、まさに土砂降りとなって大地を穿ち砕いたのだった。
補足説明。
【自然回帰】は、自然、つまり星の力を利用しているという意味において、刹那やノエリアと同レベルの行為です。
但し、彼らのような完全適合者ではないので、相応の負荷が心身にかかります。
端的に言えば、やればやるだけ物凄い疲れます。
せっちゃんと怪猫? 手足を動かすだけなのに、そんなに疲れるん?
また、星という無尽蔵のエネルギー源があっても、一度に出力できるのは、あくまでも天翼種の性能限界まで、です。
簡潔に言えば、蛇口の大きさが違うんだよ、って事で。
刹那やノエリアがダムの放水並みにやらかせるのに対して、彼女たちだとまぁ頑張っても消防車の放水が精々でしょうね。




