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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
八章:破滅神話 後編
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上位種

 ゴキリ、と、骨が折れる様な砕ける様な手応えが、美影の手の中に伝わってきた。

 見れば、ピエロのような恰好をした妖魔種の女が、死んだような瞳で首をあらぬ方向に傾け、大地に深くめり込んでいる。


 どんな素人が見ようとも、一目で死んでいると判断するであろう有様だ。


 だが。


「ふんっ!」


 美影は、追撃とばかりにストンピングをその頭部へと踏み落とす。


 瞬間。


 死体のようであったピエロは跳ね起きて、危険域から脱出した。

 透かされた攻撃は、ただでさえ隕石の落下で凹んでいた大地を、更に踏み砕いてしまう。


「ひょえぇ~。そぉんなの喰らったら、死んでしまうであるデスネ~」

「嘘つけ」


 おどけたように言うスピリの自己申告を、美影は鼻で笑って切り捨てた。


 幻術使いというのは、極まってくると本当に死なないのだ。

 ナナシとか、ナナシとか、ナナシとか、あと中華連邦の魔王とか。

 あの辺りの連中は、ただただ死なない事が一番の得意分野という、非常に忌々しい生態をしている。

 殴る価値無し、と声を大にして言いたい。


 美影の見る限り、目の前のピエロは、明らかにそのレベルにいる幻術を使える。

 魔力の強大さもさる事ながら、なによりも先の五感遮断は一抹の瑕疵も無かったのだから。

 奇襲には慣れているし、五感とは異なる世界の見方をしているが故に対処できたが、それを除けば確かに完璧な幻術であった。


 警戒に値する。


「そそ、そげな事、なかとであるデスヨ……?」

「……顔、崩れてるよ。ピエロ仮面」


 あらぬ方向へと視線を逸らして、まるで真剣みの無い雑な誤魔化しを敢行するスピリに、苦い想いをせずにはいられない。

 なので、ちょっとした意趣返しに、ピカソ絵の様に造形の崩れてしまっている素顔の指摘をしてやる。


「……んぇあ?」


 言葉の意味に気付いたスピリは、崩れた顔から驚いた顔へと早変わりして、己の手を自らの顔へと向ける。


 ペタリ。


 そこにあったのは、硬質な仮面の感触ではなく、素肌の柔らかい感触であった。

 純粋な戸惑いに、美影は面白がるように笑う。


「クックックッ、どんな醜い顔があるかと思えば、案外可愛い顔してんじゃん」


 墜落の衝撃が原因なのだろう。

 スピリの特徴と言っても良い感情表現の仮面が外れてしまい、素顔が露出していた。


 青白い肌の色。

 白目の代わりに黒目をしており、虹彩の色は金色。

 左頬には涙の模様を、右頬には星の模様を描いている。


 やや人間とは異なる色合いをしているが、なんならば人種の違いで押し通せるレベルであり、それ程に違和感はない。


 なので、人間らしい感覚でその造形を評価でき、簡潔に言えば美人な顔立ちをしていた。


 自身の状態を理解したスピリは、途端、ストンと表情が抜け落ちる。


 妖魔種には、幼体という時期が存在しない。

 生まれた瞬間から、そういうモノとして出現する。


 スピリもまた、そうして生まれた。

 最初から今の形で誕生していた。


 だから、仮面を付けて素顔を隠す事は、彼女にとって当たり前の事であり、アイデンティティと言っても良い程の事柄である。

 もしも、隠された素顔を晒す事があれば、それは憤死しかねない程の激情を心中にもたらす事だろう。


「――――死なす」

「最初からその気で来いよ、下等生物」


 既にこれ以上なく怒らせているというのに、美影は更に挑発していく。


 あるいは、平身低頭で素直に誠心誠意謝りさえすれば、少しは容赦の気持ちもあったかもしれない。

 不幸な事故という事で、気が済むまで嬲るだけで済ませてくれて、運と命が太ければ生き残れた可能性を残してくれただろう。


 だが、美影のこの態度である。


 確殺せん。

 もはや慈悲の欠片もありはしない。


 純粋な殺意に満ちた魔力が溢れ出る。


「――……これは凄いね」


 急速に高まっていく魔力の波動を受けて、美影は目を細めながら素直な感嘆を漏らした。


 魔王と呼ばれる者たちがいる。

 自分を含めて、魔術師たちの最高峰に位置する者たちだ。


 そんな自分たちを遥かに越えていく出力は、成程、上位種と呼ぶに相応しい物があるだろう。


 一つ頷いた彼女は、黒雷を纏って瞬発する。


 やるならば、今しかない。


 〝何〟をするつもりなのかは知らない。

 だが、〝何か〟の準備をしている。

 そして、その〝何か〟を発動させてしまえば、己の勝ち筋は限りなくゼロに近付いてしまうと、彼女の直感が警鐘を鳴らしていた。


 最速で張り倒さんと駆け出した美影だが、その頭上に陰が落ちる。


「元より無謀。卑怯とは言うまい」

「ちっ!」


 上空から粉塵を切り裂いて落ちてきたのは、ゼルヴァーンであった。


 落下速度を一切緩めずに飛来した彼は、美影を踏み潰さんとそのまま地面へと激突する。

 気付いた彼女は、即座に反応して回避したが、結果、スピリとの間に入られて邪魔をされてしまう。


 尋常な決闘、などではない。

 最初から、三人同時に迎えるという無謀をしているのだ。

 手出ししない理由がない。


 なにより、スピリの権能を知っているゼルヴァーンは、それが発動してしまえば、目の前の人間に勝ち目が無くなる事を理解しているのだから。


「そんな事は言わないさ……!」


 卑怯とは弱者の泣き言でしかないと断じる。

 だから、強い美影はそんな事は間違っても言わない。


(……お兄は言うだろうけど)


 自分は良い、他人は駄目、の典型的な駄目人間である。


 絶対に言いそう、と思いつつ、雷速を維持したまま小刻みなステップを踏む。


 縦横無尽。


「おおっ! なんと見事な……!」


 空さえも駆ける美影に、大柄とはいえ、人間サイズの壁一枚など無いに等しい。

 最速の魔王は、速度を落とさないからこそ最強の一角にいるのだ。


 美影は、いとも容易くゼルヴァーンの守りを突破して先へと行く。


 自身に向かってくるならば対処のしようもあったが、単純にすり抜ける事だけを目的とされると、まるで対応が追い付かなかった。


 ゼルヴァーンは、美影の軌跡を後追いしながら戦慄する。


 もしも、この者が攻め込んで来たならば、どうすれば良いだろうか、と。


 正面から戦うのならば、自分を含めて対応できる者は何人か心当たりがある。

 だが、彼女が、例えば地竜種の〝宝〟のみを標的として暗殺を仕掛けてきたならば。


 守りきる事は不可能ではないか、と、思わずにはいられない。


「…………ハゲ猿が、人間がこれ程の力を有するとは」


 叩き潰しておくべきだと、ゼルヴァーンは本気を心に抱いた。


 その決意の先で、遂に美影はスピリへと肉薄せんとしていた。


()った!」

「甘い。で、御座います」

「うべっ!?」


 目の前に、ピンポイントで小さな光壁が出現し、美影の鼻面を直撃した。


 打点を起点として、回転して吹き飛ぶ。


 鼻血の垂れる曲がった鼻を直しながら、美影は頭上で高みの見物をしている天使へと、憎々しげな視線を送った。


「ええい、鬱陶しいなあ!」


 幾条もの雷を放って撃ち落とさんとする。

 しかし、その全てが光弾によって的確に迎撃され、一つたりとも届かない。


 それだけでなく、ラヴィリアは更に光壁を幾つも築き上げて、美影を閉じ込めてしまおうと囲んでいく。


 包囲網から逃れつつ、美影は歯噛みする。


 スピリから離されている。


 逃げ道を塞いでいく判断が的確で、中々接近を許してくれない。

 道筋がない事もないが、その先では追い越していたゼルヴァーンが既に立ち塞がっていた。


 壁に囲まれた閉鎖空間で彼をすり抜ける事は、至難だろう。


(……連携が上手くて反吐が出るね!)


 上位種同士でも仲は悪い、と聞いていたが、それで戦闘に支障をきたす程の素人ではないらしい。

 お互いの能力をよく把握し、確実に補いあっていた。


 このままでは間に合わない、と、予測する。


 そして、その推測通りに、状況は次なる段階へと移った。


 歪曲権能(レッドカード)【世界ハ改竄ヲ許サナイ】。


 世界を歪める、世界の膿たる能力が発動した。

多分、今年最後です。

もしかしたら31に更新するかもしれませんが、多分無いんじゃあないですかね。


という訳で、今年もお付き合い下さいまして、誠にありがとう御座いました!

この過去編が終わったら最終章に入るつもりであります!


来年もよろしくお願いします!

では、良いおとしを!

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