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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
八章:破滅神話 後編
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メテオインパクト投げ

 人骨で埋め尽くされた、地獄の空間。

 地平線が見える程に広く、また天井はあるものの、それは雲の高さ程もあり、閉鎖的な感覚は得られない。


 そんな場に、三つの影が放り出される。

 天使と悪魔と竜人の三人だ。


 彼らに、突然の転移に対する動揺はない。

 魔物領域では、ままある事なのだ。熟練の調査員である彼らは、そうした状況への慣れがあった。


 放り出された彼らは、見渡す限りの骨の大地へと、ゆっくりと着地する。


「……悪趣味な空間に御座いますね」


 ラヴィリアの端的な評価に頷くのは、ゼルヴァーンだけだ。

 スピリは、喜色の仮面に付け替えて、胸一杯に立て込める死臭を吸い込みつつ、言う。


「とても心地よい空間であるデスネ。癒されるであるデス。

 いつか、ワレの居城を立てる時は、こんな場所が良いであるデスヨ」

「「…………」」


 スピリの、と言うよりも、妖魔種の悪趣味は重々承知しているが、それでもなんとも頭の痛くなるような発言であった。

 度し難い、と、天使と竜人は頭を抱えずにはいられない。


「……、来たぞ」


 呑気な会話をしている最中、ゼルヴァーンが顔を上空へと向けながら言う。

 そこもまた、人骨で覆われていた筈の天井が、しかし今は雷を孕んだ暗雲へと塗り替えられていた。


 一条の雷が落ちる。


 漆黒の色をしたそれは、彼らからやや離れた位置にある、僅かな隆起へと着弾する。


 纏った雷を払って現れるは、一人の人間種。


 おそらくは、幼体に近い年齢だろう外見をしている。

 起伏の少ない肢体を、霊鬼種の民族衣裳に似通った物で包んでいた。

 巫女とかいう、いわゆる神職の衣裳に近いだろう。

 但し、色合いが明らかに異なる。上衣は完全な漆黒に塗り潰されており、袴は明るい緋色ではなく、血の様な重い赤に染められていた。


 油断ならない。


 仮にも上位種、その中でも最上位に位置する三人をして、その人間への評価は、その一言で一致していた。


 放射される魔力の圧は、間違いなく特上の代物である。

 自分達には及ばないが、自分達と比較できると言うだけで、充分に強力だ。


 それだけではない。

 その小娘からは、何か、得体の知れない圧力を感じられた。


 それが何かは分からないが、それが彼らの本能を直撃していた。


 隆起の上に堂々と立つ彼女に、スピリは不快の仮面を付けて言葉を差し向ける。


「…………ニンゲン風情が、ワレを見下ろすであるデスカ」


 ただ偶然、その様な立ち位置になった訳ではない。

 それは、腕を組んで胸を反らし、明らかな嘲笑を浮かべた表情が物語っていた。


 だからこそ、苛立ちを与えるには充分な事である。


 自分よりも下等な生物が、上から見下しているという事実は、上位種のプライドを刺激していた。


 それに対して、少女ーー美影は、鼻で笑ってみせる。


「はっ。当然じゃないか。どっちが上だと思ってんだよ」

「我等に決まっているではないか、ハゲ猿風情が」

「チャンチャラおかしいね。自分達の価値を理解していないらしい」


 美影は、三人を指差しながら、断言する。


「創られただけの、鶏肉に蜥蜴もどき。その歪みから生まれた廃棄物。養殖物だ」


 そして、自分を指差す。


「自然環境の中から生まれた、生え抜きの天然物。天然と養殖の価値なんて決まりきってるじゃないか。市場にでも行って比べてきなよ」


 あまりにも安い挑発。

 とはいえ、それが本気の言葉である事も、確かに伝わった。


 だから、彼らは沸き上がった激情を我慢しなかった。


「――――よくぞほざいた。その暴言」


 竜人が、人間へと襲い掛かった。


~~~~~~~~~~


 強烈な踏み込み。

 大地が爆ぜて、骨が破片となって舞い散る。


 音を置き去りにして瞬発したゼルヴァーンは、右の腕を大振りに振り下ろした。

 武器にしていた大剣は折られたが、何も問題はない。

 あんなものは、()()()()()()()()為の小道具に過ぎない。

 竜人の身体は、生半可な武具を凌駕するのだから。


 たかが人間を引き裂くには過剰な力が迫る。


 美影は、その動きを目で捉えながら、確実に反応する。


「そいっ」


 迫る暴力に手を合わせて、軽く外側へと弾いた。

 たったそれだけで、簡単に攻撃の軌道が彼女から外れた。


 相手の力に逆らわず、ただその軌道だけを上書きする、防御の妙技である。


 驚きに目を見開くゼルヴァーンだが、美影の動きはそれで終わらない。


 彼よりも更に速く、雷の速度で飛び出した彼女は、懐へと容易く入り込んだ。


「せああっ!」


 気合いを込めて、ぶん殴る。

 雷撃を載せた拳は、相対速度込みで雷よりも速く、ゼルヴァーンを撃ち抜いていた。


「ぬぅお!?」


 ゼルヴァーンの巨躯が後退させられる。


 一瞬の攻防。


 この中で驚き、相手への評価を改めたのは、両者共に、であった。


(……(かった)! (おっも)!)


 その身を砕いてやるつもりで、あるいは地平線の彼方までぶっ飛ばしてやるつもりで、美影は撃ち抜いていた。


 しかし、結果は芳しくない。

 後退させられたとはいえ、その位置は手が届く程に近く、ダメージが通った手応えでもなかった。


 中身が詰まっていると違う、と彼女は思う。

 そうでなくては、とも。

 地球へと落ちてきた、地竜種の搾り滓とは、性能が文字通りに桁違いだ。


 美影は、戦闘速度の中で、この動く人間大の超要塞にどうするか、と考えた。


(……同じところに万発くらいぶち込めばいけるかな?)


 出した答えは、脳筋の一言である。

 とはいえ、分かりやすい弱点があるかも分からない以上、それが現時点の情報で取り得る最善手でもある。

 なので、後退するゼルヴァーンを追って、美影は更に一歩を踏み込んだ。


 その視界に、陰が映り込む。


「うぴゃっ!?」


 それが眼前に差し込まれた刃の閃きだと気付くと同時に、彼女は思いっきり身を翻す。

 刃ーー槍の持ち主であるラヴィリアは、攻撃を振り抜きながら眉を顰めた。


「捉えた、と、思ったので御座いますが……」


 確実に当てられると見て差し込んだ。ほんの僅かな隙を、確かに捉えていたのだ。

 だが、躱された。


 離れた美影を見れば、額からの出血が見られる。

 どう見てもかすり傷、致命傷どころかダメージが入ったとすら言えないだろう。


 速い、と、思う。

 動作も速いが、何よりも反応速度が異常だ。

 見てから実際に動くまでのタイムラグが、ほぼ無いに等しい。


「厄介に御座います、ちょっとだけ」


 まるで、最強の天竜ーーアインスのようではないか。

 そう思う。

 同時に、あれよりはマシだとも、思った。


 美影は、目元へと届く血流を乱暴に拭いながら、ラヴィリアとゼルヴァーンへと相対する。


 二人とも、翼を持つ種族だ。

 先とは逆に、美影を上から見下ろしていた。


「翼もなく、空も飛べない下等種族めが……」


 ゼルヴァーンがそれを容易く潰せない苛立ちを呟きながら、顎を開く。

 喉奥には魔力の光が充填されており、心に溜まった苛立ちと共に一直線に放たれた。


 それを追って、ラヴィリアもまた魔力を解き放つ。


 無数の誘導弾。


 放たれた魔弾は、ドラゴンブレスを中心に据えながら、雨のように降り注ぐ。


「舐めた真似を……」


 美影は静かに呟く。


 ()()()()()()()()()()と、そう本気で思われているのだとしたら、とても心外である。


 あんな弾幕、《射手座》ジャックのそれと比較しても穴だらけの廉価品だ。

 躱してしまうのは容易い。


 だが、と、美影はすぐに思考を切り替える。


 すり抜けてぶん殴ってやるのは、難しくない事だ。

 しかし、それでは、舐められてしまう。


 迎撃できないのだと思われるのもまた、心外極まる。

 戦いの場において、侮られる事はプラスに働きやすい。

 戦う事を楽しみとしていない美影の所為格ならば、本来、舐められる事は望む事の筈だ。


 だがしかし、ここはデモンストレーションの場。

 自身の威力を見せつけねばならない。


 であれば、苦手分野が存在すると僅かでも思われる訳にはいかない。


 だから、美影は正面から迎撃して見せる。


 連弾壊砲。


 黒髪をショートポニーに纏めていた飾り紐が弾け飛ぶ。

 漆黒の雷を編み込んだ長髪が、軽やかにたなびいた。


 パン、と、手を一つ叩く。


 開かれた時、長大な黒雷の槍が両手の狭間に出現した。

 同時に、彼女の周囲に雷の魔弾が幾つも形成される。


 解き放つ。


 雷槍がドラゴンブレスへと、雷弾が魔弾へと、それぞれを正面から迎撃した。


 衝撃。


 相殺しきれなかったエネルギーが無差別に放出され、空間を席巻する。


「全く! 嫌になるね!」


 美影は、結果に毒づく。

 消費したエネルギー量は、ほぼ互角。

 だが、問題は直後から始まる魔力回復速度だ。

 超能力分は互角に回復しているが、魔力分の回復速度が、美影と彼らでは比較にもならない。


 魔力への適性の差だろう。

 つまりは、天性の才能の差だ。

 天才として育ってきた美影にとっては、中々に得難い結論である。


 遠距離での投げ合いになれば、勝ち目がない。


 そうと判断した美影は、即座に瞬発した。


 荒れ狂う衝撃波を物ともせず、空へと駆け上がる。


 更に、立ち位置が逆転する。


 彼女の気配の移動に気付いたラヴィリアとゼルヴァーンが、顔を上げた。


 彼らよりも更に上の虚空に、美影が直立している。


 彼女は、鼻を鳴らすと、小馬鹿にするように言葉を放つ。


「翼が無くば、空も走れない無能どもめが」


 先の仕返しの言葉。

 相手を煽る為だけに放たれた言葉は、天使と竜人の自尊心に大きく傷つける。


 だが、彼らが湧き上がる激情に身を任せる事は無かった。


 行動に移すよりも先に、見下ろすハゲ猿の向こうに、悪魔が躍る様を見たから。


~~~~~~~~~~


 美影は、空を踏みしめて立ちながら、薄く笑む。

 ラヴィリアとゼルヴァーンを見下ろしながら、彼女は静かに言葉を紡ぐ。


「僕は歳の割に経験豊富でね」


 義兄を始めとして、地球上で様々な技能者と出会い、拳を交わしてきた。


「特に豊富な経験は、僕を何かと毛嫌いしてくる同僚からの暗殺だよ」


 だから、様々な状況への対処法を、とうの昔から編み出している。


「具体的には……」


 美影の腕が、視線を向けぬまま、背後の空間へと伸びた。

 何も無いように見えるそこを、彼女の手は確かな〝何か〟を掴み取る。


「幻覚に乗って奇襲しかけてくる阿呆とかだよっ!」


 裂帛の気合いに拭い去られるように、何もなかった筈の空間から、首を掴み取られた状態のスピリが出現した。


「んなッ!?」

「馬鹿め! 人間の感覚が五感までだとでも思ったか!」


 普通は五感までである事は、言うまでもないだろう。

 美影の、雷裂の感覚器がおかしいだけである。


 雷裂流自然生存術・逆位攻式【重鎮功・投山】。


 重力の影響を過剰に受ける技、それを他者に仕掛ける絶技が発動する。

 一瞬にして、文字通りに山の如き重量へと変化させられたスピリは、真っ逆さまに墜落していく。


「必殺!」


 首に手を掛けたままの美影が、その落下を更に加速させながら。


「急転直下ッ!! 喉輪落としィィィィィィ……!!!!」

「ヒャアアアアアアッッ!? 意外とタァァァァノシィィィィィィ!! であるデスネェェェェェェェェ!!!!」


 第三宇宙速度を超えて、山の重さを持った悪魔が大地へと叩き付けられた。


~~~~~~~~~


 メテオインパクトもかくや、という常軌を逸した投げ技。

 その影響は、上空にまで衝撃波を届かせ、巻き上げられた粉塵が空を隠すほどとなった。


「ゴホッ……」


 翼を一つ打ち、纏わりつく粉塵を払ったゼルヴァーンは、眼下の惨状を見て眉を顰める。


「……あの性悪ピエロ、死んだのではあるまいか?」


 地竜種である彼ならば、間違いなく耐えられる。

 地竜の身体能力は、特に耐久性において群を抜いて高いのだ。

 たとえ、隕石の速度で大地に叩き付けられたところで、ビクともしない自信がある。


 だが、今回の対象は、妖魔種だ。

 決して、高い耐久性を持つ種族ではない。


 助けようとは思った。

 しかし、間に合わないと冷静に判断した。


 だから、二人は躊躇なく見捨てていた。

 そこに、後悔も罪悪感も無い。

 なにせ、犠牲となるのは所詮は妖魔種だから。


「まぁ、死んでも良いのではないので御座いませんか? 世界の膿が一つ浄化されたという事で」

「それもそうだな」


 世界の歪みが一つ消えるのだ。

 世界の監視者を気取る彼らにとっては、望む所であった。


 尤も、楽しそうだったので多分生きているだろうが。

天使と竜人は真面目にやっているのに、人間と悪魔がふざけやがる……。

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