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閑話:姉たちの雑談

 先日の高天原異界門事件の結果、高天原表層区画は壊滅的被害を受けた。


 現在、何処からか湧いて出た金の力によって、急ピッチで復興は進んでいるが、それでも施設が使い物になるまで今しばらくの時間がかかる。

 主たる施設が表層区画に存在する高天原魔導学園もその影響を受け、現在は臨時休校という形となっており、ほとんどの学生は本土へと帰省している。


 それは、高等部生徒会長である美雲も同様だ。


「はふ……」


 和風建築の縁側にて、麗らかな春の陽気を浴びながら美雲は小さく欠伸を漏らす。


 平和な一時である。

 妹の美影はまだ入院中であり、弟の刹那は俊哉の機械義肢作成に熱を上げている為、研究所から出てこない。


 おかげで、美雲は久し振りの平穏を一身に享受できている。

 最近は祭りの準備で忙しかったので、羽を休められる良い時間である。


 とはいえ、完全な休養という訳でもない。


 美雲は、自分が妹や弟に比べ、劣っているという自覚がある。

 彼らの姉として、彼らの隣に並び立つには、日々の積み重ねは欠かせない。


 彼女は、脇に置いているケースから、小さな金属を取り上げる。


 弾丸をはめ込んだ薬莢だ。


 それを手に、魔力を込める。

 暴発寸前の限界まで込めた所で、超能力による封印を行う。


 これが彼女の武器。


 膨大なエネルギーを圧縮封印された弾丸は、着弾と同時に威力を解放する。

 その力は絶大であり、同量の魔力を使用した魔術を大きく凌ぐ、疑似魔王クラスと言える物だ。


 しかし、それは準備をしてこそ、の話だ。

 その場で即座に火力を出せる瞬発性はない。


 故に、こうして暇さえあれば、自らの武器を量産している。


「ふぅ……」


 自身の全魔力を、Bランク魔術師の全エネルギーを込めた弾丸が完成する。


 次いで、ケースとは反対側に置いていた機械に手を伸ばす。

 複雑にコードが絡み合い、武骨な印象を覚えるそれは、純粋魔力供給機の試作品だ。


 機械にセットされていた無針注射器を取る。

 当然、中身は純粋魔力を充填した薬剤だ。


 皮膚接触でも魔力の吸収は可能だが、経口摂取の方が効率的であり、理想は血管への直接投与が望ましい。


 美雲は、迷わず自分の腕に注射する。

 効果は即座に現れる。

 魔力枯渇による疲労感が消え、むしろ高揚するような感覚が湧き上がる。


「……なんだか危ないお薬キメているみたいね~」


 傍目にも、効果的にも、まさにそんな感じである。

 一応、副作用は現在確認されていないが、美影の黒雷の例もある。

 油断はできない。


 そんな時間を過ごしていると、使用人の一人が近付いてくる気配を感じた。


「お休みの所、申し訳ありません、美雲御嬢様」

「なんでしょうか?」


 割烹着を着た女性の使用人に顔を向けながら、訊ねる。


「御嬢様にお客様が来られたのですが……お会いになりますか?」

「誰かに会う予定はなかったと思うのですけど……どなたでしょうか?」

「炎城 久遠様です」


~~~~~~~~~~


 赤髪のポニーテールを揺らす久遠は、使用人に導かれて屋敷の縁側へと出る。

 春の柔らかな陽射しの当たるそこには、一筋だけ銀の混じった金色の髪を揺らす友人が座っていた。


「やっ、美雲」

「やっ、じゃないわよ。いきなりどうしたの、久遠」


 これがごく普通の学生同士なら、別に良いだろう。


 だが、二人はお互いに立場のある人間だ。

 美雲は八魔・雷裂家の令嬢であり、久遠に至っては八魔・炎城家の実質的な当主である。

 人から見られる立場であり、衝動的な行動は褒められない物である。


「うん、実は少し相談があってな……」


 やや疲れたような表情を浮かべる久遠。


 それもそうだろうな、と美雲はその表情に内心で納得する。

 現在の八魔は、大変に危うい立場に置かれている。


 なにせ、国会において魔力税導入が完全な主流派となっているからだ。

 天帝も魔力税には賛同している以上、もはや止められる物ではない。


 しかし、それを導入されると、八魔の立場がなくなる。

 彼らはランクの高い魔術師をコンスタントに輩出できるからこそ、権力と財力を与えられていたのだ。

 その強みが意味をなさなくなる以上、これから先は徐々に力を削ぎ落され、将来的には完全に無力化されるだろう。


 人は既得権益に執着するものである。

 一度高みへと登れば、そこから落ちる事を恐れ、忌避するようになる。


 現在、雷裂を除く各八魔は、大なり小なり魔力税の凍結に動いているらしい。

 つまりは、目の前の炎城家当主も同様という事だ。


「魔力税に関連した話かしら?」

「あー、いや、そっちはあまり。

 雷裂はどうでもいいというスタンスのようだしな」

「まぁ、八魔の看板で得られる力なんて、雷裂には今更必要のないものだし。

 久遠は反対なの?」

「反対……ではないな。むしろ、個人的には賛同する」


 彼女は、美雲の隣に腰を下ろしながら続ける。


「先日の異界事件では、自身の無力さを思い知った。

 魔力切れで戦線離脱だ。

 普段は八魔だの何だのと偉ぶっておきながら、最後まで戦場に立つ事すら出来なかったんだ。

 その理由が解消されるというなら、私は賛成するさ」

「ふぅん。でも、阻止しようと動いているのでしょう?

 そう聞いているけど」

「阻止ではない。遅延だ。我が家はな」


 憂鬱そうに溜息を吐きながら、


「私個人が賛成だからと言って、はい分かりました、という訳にもいかんのだ。

 一族の中には、八魔の援助金に頼り切った家もある。

 権益の上に胡坐をかいていた自業自得、と言ってしまえばそれまでなのだが、仮にも本家の当主としてそれを見捨てる訳にもいかん」

「だから、時間が欲しいと。

 そういった者たちが、八魔の看板に頼らずに済むようになるまで」

「限度はあるのだろうがな」


 疲れたように吐き出す。

 そうした者たちは魔力税導入を阻止させよ、と大声で喚くばかりで中々独力でやっていこうという方向にはならない。

 説得は何度もしているのだが、理解を得られる事は少ないのだ。


 正直、もう好きにしろ、と投げ捨ててやりたい所だが、本家当主という責任ある立場である以上、そうも言えない。

 もしも、そうやって見捨てた結果、食い詰めた輩が売国奴にでもなられては非常に困るのだから。


「……雷裂は、その辺り気楽そうで良いな」


 その有り余る資産を大いに活用して、大企業サンダーフェロウを運営している。

 赤字経営ならそう悠長に言っていられないのだろうが、むしろ世界に名を轟かせるほどの企業へと成長し、投資した以上の資金を生み出している。

 更には、それで満足する事無く他業種にも手を出しては成果を出し、いつか世界は雷裂に支配される、などという噂が立つほどになっているのだから驚愕の一言である。


 久遠の羨まし気な言葉に、美雲は苦笑を返す。


「まっ、確かにそうよね。うちは危機感が少な過ぎて」


 桁違いの資産家、というのは本当に気楽なものだ。

 道楽で人材を無作為に育て、そうした育った者たちが恩義を感じて勝手に投資した以上の成果を出そうと張り切るのだから。

 その好循環が続くのだから、金は金のある所に集まる、という言葉も実に理解できる。


「ところで、これは何だ? 随分と武骨な機械だが」


 話を変える様に、自身と美雲の間に置かれている機械を示す。

 コードや内部回路が露出した状態の、洗練という言葉の欠片もないそれに、美雲は少し悩んで言う。


「栄養ドリンク製造機、みたいなものかしら?」

「……また分かり易い嘘を。

 なんだ、《サンダーフェロウ》の新製品か?」

「嘘とは失礼ね。

 正確でもないけど、遠く離れた物でもないわよ?」


 セットされていた溶液を取り外し、久遠に差し出す。


「お疲れなら、一本いかが?」

「良いのか?」

「良くはないけど、気になるのでしょう?

 もう隠しても仕方ない位置まで来ちゃってるから、教えても良いかなって」


 企業秘密の一種ではないのか、と問う久遠に、美雲は軽く答える。


 どうせ、近く公表されるのだ。

 少し早いが、彼女一人に教えても問題はないと考えたのだ。


 久遠が、差し出されたサンプルを受け取る。


「……これは、このまま飲んで良い物なのか?」

「別に悪い事はないわよ? 不味いけど」

「…………不味いのか」

「それはもう」


 えぐみと酸味と甘味が絶妙に混じり合い、そこに薬剤特有の不快な臭気が加えられた、とても人の食べる物とは思えない味がする。

 経口摂取は必須ではない為、味の調整は優先順位として低いのだ。


 久遠が勇気を出して一気に煽る。


 途端、顔を顰め、口を押える。吐き出すのを我慢しているのだろう。


「……うぉぇ。まっっっっず」

「言った通りでしょう?」


 クスクス、と笑う美雲。

 それを恨みがましく睨みながら、吐き気をなんとか飲み込む。


 効果は、すぐに現れた。


 上限を超えた魔力が全身を駆け巡り、今にも走り出したいような高揚感が湧いてきたのだ。


「こ、これは……!? 美雲! これはまさか!?」

「純粋魔力よ。危ないお薬みたいよね?」


 今まさに話題にしていた物を飲んだのだと、あっさりと肯定される。


「ちなみに、この魔力は雷裂の一族と《サンダーフェロウ》従業員から抽出した物よ」


 特別手当を出す、と言ったら、こぞって献血ならぬ献魔力の列に並んできたものだ。

 一度に吸い尽くす訳でもない為、気のせいで済む程度の疲労感があるだけでちょっとしたお小遣い程度の報酬が出るのだ。

 よほどの面倒臭がりでもなければ、応募しない理由がなかった。


「魔力紋どころか、魔力属性すら違うだろうに、これほどの供給が可能なのか……」


 従来の常識で考えれば、有り得ない変換効率だ。

 この身で体感してしまえば、その有用性はもはや言うまでもない。


 過剰供給状態は多少危険だが、ある程度、魔力操作に長けた者ならば短時間程度ならば問題はないだろう。

 どうせ戦場では、すぐに使うのだから。


 となれば、これからの魔術師に必要となるのは、魔力量という先天的能力ではなく、魔力操作や魔術展開速度などの後天的に鍛えられる能力となる。

 八魔は、魔力量に突出しているだけで、決して魔術行使能力に長けている訳ではない。

 いや、先天的能力に恵まれなかったが故に、そうした技術面に頼らざるを得なかった者たちと比べれば、むしろ劣っていると言える。


 つまり、これからの魔術界に八魔の居場所はないのだ。


「過去の遺物、か……」

「悲しい事にね」


 そして、ふと思いつく。


「なぁ、もしかして、この技術を発明したのは……」

「弟君よ? 凄いでしょう?」


 苦悶するように、顔を顰める久遠。


「復讐……なのだろうか?」

「一番初めは、そうだったんじゃないかしら?

 でも、今は異界の存在を知っちゃったから。

 復讐とか言ってる場合じゃない、って事で地球人類全体の底上げが目的みたいよ」


 自分一人なら、別にどうでもいい。

 宇宙に身一つで放り出されても生きていける。


 だが、何よりも大切な姉妹はそうではない。

 彼女たちは、真空の闇に放り出されては、肉体的にも精神的にも生きていけない。


 だから、地球存続の為に知恵と力を尽くしているのだ。


「眼中にすら無し、か……」


 自嘲するように笑う。もはや、それしかできない。


 落ち込む久遠。


 空気が悪くなると感じた美雲は、話題を変えようと言葉を紡ぐ。


「ねぇ、それよりも相談があったんでしょう?

 聞いてあげるから、言ってみなさいな」

「あ、ああ。そうだった。つい忘れてしまう所だった」


 言われて思い出した久遠は、咳払いを一つして気持ちを切り替える。


「実は……その……」

「なぁに?」

「恥を晒す様なのだが、妹の矯正に悩んでいてな」

「あー……」


 久遠の妹、永久が事件を起こして学園を放逐された事は知っている。

 とはいえ、別に被害が大きく出た訳でもない為、あまり美雲自身は気にしていなかった。

 狙われたのも刹那であった為、心配するだけ無駄なのだから。


 その後については詳しくは知らないが、久遠の言葉から察するに更生の為の教育をしているのだろう。

 そして、それが難航しているらしい。


「どうにも頑なでな。

 私の言う事も聞き流している風で、しかしそうなると家から出す訳にもいかん。

 ずっと籠の鳥というのも気が引けるのだ。

 だから、一人の姉として何かアドバイスが貰えないか、と思ったのだ」

「うーん、アドバイス、ねぇ……」


 美雲は、自身の経験を振り返る。


 問題児という点では、美影も刹那も大概である。

 しかし、彼らは雷裂の家の中だけで大抵は完結している。

 気分に任せて地図を書き換えるレベルで暴れる事もあるが、それも雷裂の私有地内であり、他に迷惑をかけないように心掛けている。


 元からそんな倫理観が備わっていたのか? と、思考する。


 すぐに否という答えが出る。


 美影は幼い頃からの積み重ねという部分があるが、刹那に至っては拾ってきた当初は完全に獣だった。

 倫理や道徳という言葉以前の状態だったのだ。


 そんな彼をどうやって人間らしくさせたか、と考えて答えを出す。


「取り敢えず、泣くまで殴ってみたら?」

「え? なぐ……?」


 普段、穏やかな美雲とは思えない過激な発言に、久遠は目を白黒させる。


「言葉が通じないんだし、もう全種族共通の肉体言語で語るしかないんじゃないかしら?

 弟君はそうやって躾けたんだけど」


 あの頃は大変だった。

 なにせ、言葉が通じない怪物状態である。

 有効打を入れるのも一苦労で、美影を中心とした雷裂の一族総がかりで殴りに行き、時として天帝にも泣きついて《六天魔軍》の派遣までして貰っていた物だ。


 しかし、努力の甲斐もあって、今ではちゃんと言う事を聞く良い子になっている。

 分別が付くようになり、他人に迷惑をかけない、という事を理解している。

 どれだけ実践できているかは別として。


 だから、言う事を聞かないなら、力一杯ぶん殴る。

 これが一番手っ取り早く確実だと思うのだ、美雲は。


「……お前の意外な一面を見た気分だ」

「そうかしら? そうかもしれないわね。

 まぁ、取り敢えず、やってみたら?

 飴と鞭よ、何事も。

 厳しいだけでも駄目だし、優しいだけでも駄目。そして、中途半端も駄目。

 やるなら徹底的に、ね」

「手厳しいな」


 久遠は苦笑を零す。


 それくらい厳しくしなければ、もう妹は話を聞きすらしないだろう。

 そう思えた。


(……なに、時間はあるのだ。ゆっくりとやれば良い)


 それだけの時間が残されていない事を、世界の誰もがまだ知らない。


風邪をひきました。

皆さんもお気を付けください。

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