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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
八章:破滅神話 後編
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千里の道も一歩から。但し、全力疾走で。

小学生時代の算数。

解き方が分からない問題は、自力でこんな事をしていた思い出。

 薄暗い通路を、ツムギは一人歩く。

 足元を照らすだけの光量の乏しい非常灯のみが唯一の光源であり、その非常灯も破損しているのか、途切れ途切れとなっている。

 通路そのものもあちらこちらに破壊の跡が刻まれており、それが実に不気味な雰囲気を形作っていた。


 そんな中でも、彼女の足取りは弾むように軽いものである。


 それが嘘ではないように、ツムギは鼻歌混じりに歩いており、気分が明るいことを示している。


「んっふふ~、いいねー」


 楽しい。素直に、そう思う。


 ツムギは、戦闘種族である霊鬼種の全てを注ぎ込んで作られた、現時点での最高傑作である。

 その才能からもたらされる実力は、他の下位種族の者たちを凌駕し、天翼種や地竜種、妖魔種といった上位種族の実力者たちにも匹敵する。

 なんならば、もしかしたならば上位精霊、あるいはその上にいる始祖精霊や天竜にさえも、手を届かせるのでは、と期待させる程だ。


 だが、一方で、その力を振るう機会がまるでなかった。


 霊鬼種は、血に飢えた戦闘種族だが、戦う為だけに戦争を仕掛ける、と言うほどに知性を欠いた種族ではない。

 破滅主義者ではないのだ。

 そんな事をしていれば、やがては全種族を完全に敵に回して絶滅させられてしまう。

 それは望まない。


 故に、大義名分のある戦争を虎視眈々と狙ってきた。


 しかし、今のノエリアは安定してしまっている。

 潜在的な敵対種族などはあるし、小競り合いくらいならばいつまでも絶えないが、全面的な戦争となるととんと起きる気配がない。


 せっかくの才能を、振るう場所が無いのだ。


 だから、ツムギは残念に思っていたし、他の霊鬼種からも残念に思われていた。

 せっかく完成したのに、と。


 だから、この度の戦争の誘いは、霊鬼種にとっては諸手を挙げて喜びたい程の物だった。

 星が滅ぶかどうかの大戦争。

 何に遠慮せずとも全身全霊を振り絞って良い大舞台。

 しかも、結果がどうあれ、もしもの時の為の生存の保険まで用意されている。


 至れり尽くせりの楽しいイベントである。


 一応、外面を取り繕っていたが、説明に来た未来の星霊ノエリアには、本音を見抜かれていたようで、呆れたような雰囲気が漂っていた。


 ツムギが思い出すのは、つい先日、ミカゲという名の人間種と戦った思い出だ。


 何も知らないまま、流れで戦った前哨戦だったが、とても心踊るものだった。


 人間があそこまでなるのかと驚いた。

 それに食らい付ける自分が自慢になった。

 負けてしまった事が悔しかった。

 まだまだ強くなれる余地があると気付けた。


 どれもこれも、今までになかったもので、だから楽しくて楽しくて仕方がない。


「……またしたいなー」


 短い空白だが、たったそれだけでかなりの反省点を修正してきた。

 今度は勝ってみせるという意気込みも充分だ。


 だから、再び全力で遊んでみたい。


 そう思う。


 隙を見て襲撃してやろうとも。


 そんな事を考えながら軽やかに歩いている内に、通路の突き当たりへと至る。


 分厚い隔壁だ。

 これまでの損壊した通路と同じく、凹みや傷は目立つが、しかし破られるまでは至っていない。


 当然、なのだろう。

 異文明の思想には詳しくはないが、この先はつまる所の心臓部なのだ。

 ならば、最も厳重に守られているのは、当然の対応である。

 ノーガード戦法を取る事の多い霊鬼種だと微妙に常識とは言い難いが。


 コンコン、と、一応、ノックする。

 意味はないだろうが。

 なにせ分厚すぎる。

 ぶん殴る勢いでなければ、きっと内部まで音も何も届いていないに違いない。


 なので、ツムギは応えを待つ事なく、取っ手に手をかけて力ずくで押し開ける。

 動力が切れている為に一切のアシストが働いておらず、隔壁の重量がそのままのし掛かってくるが、霊鬼の膂力であれば然程のものでもない。


「おじゃましまーす」


 充分に通れるだけの隙間を開いた彼女は、片手で持ち上げた隔壁を支えながら、中へと侵入した。


「あら、いらっしゃい」


 出迎えるのは、これまでの暗さが嘘のような明るい光と、柔らかな女性の声だ。

 この大破した異文明テクノロジー、《ルシフェル》の主である美雲が、そこにいた。


~~~~~~~~~~


 戦闘や落下の衝撃で細かな部品などが散らばっているものの、しかし派手な破損は全く見られない指令ブリッジにて、美雲はツムギを出迎える。


「お茶くらいならあるけど、飲む?」

「ほしいー」


 邪気のない素直な様子に微笑みながら、彼女は指先の動きだけでマニピュレーターを操作し、機械仕掛けの腕で小器用にお茶を淹れて、鬼の少女へと差し出す。


「あちちっ」


 まだ熱いお茶を一口含み、小さく愛らしく舌を出す。


 あざといと評すべきか、見た目相応と見るべきか、美雲は悩ましい。

 彼女の妹は、もうこんな愛らしさがないのだ。

 美影ならば、一息に飲み干しては不満げに眉を顰めて、おかわりを自分で淹れ始める。

 間違いない。


「さてと。まっ、雑談するような仲じゃないし、早速始めましょうか」

「きがはやいね~」

「やるべき事はさっさと終わらせて、心置きなくゆっくりしたい性質なのよ、私は」

「そっかー。じゃ、しかたないね」


 ツムギとしても、目の前の人間には然程の興味はない。

 確かに、天竜と渡り合ったのは彼女に間違いないが、それも武装ありきであり、本人の能力は微妙だ。

 武具を用いる事が悪いとは言わないし、それを使いこなせる技能は称賛に値するものだが、生身での殴り合いばかりのツムギの趣味からは、若干遠い。


 なので、拘る事なく本題へと意識を切り替える。

 これが美影なら笑顔で絡み(殴り)に行くのだが。


「はい、これー。さんこーしょとー、アタシのじんー」


 取り出したのは、一冊の分厚い本と、数枚の紙きれである。

 その正体は、霊鬼種の国で流通している基礎的な陣術の参考書と、それを高度に洗練させたツムギの陣撃術の陣だ。


「うん、ありがと」


 受け取った美雲は、中身を改める事無く、近くの機械の中へと放り込んでしまう。

 雑な扱い、のように見えるが、そういう訳ではない。

 放り込んだ装置はスキャン装置であり、今まさに内容を電子データへと変換しているのだ。


 五秒と経たずに全ページの読み取りを終了させ、美雲の周囲へと内容をホログラム表示させる。


「……いっちゃなんだけどさー、そんなんでいいのー?」

「んー、何が?」

「だって、それ、こどもようのきそだよー?」


 自身の陣はともかく、参考書の方は何も知らない奴に教え込む為の入門書に近い代物である。

 高度な応用的な事は何一つとして書かれていないし、特に貴重な物でもない。

 秘されてすらおらず、霊鬼種の国ならば、そこら辺の書店で安く購入できるものでしかない。


 協力への見返りの一つとして用意された、未完成な連結陣の最適化など、出来る筈がないと内心で思う。


「良い事を教えてあげるわ。こういうのはね、地道な努力が物を言うのよ」


 得られた陣術に関する基本知識をプログラムに反映させた美雲は、実行キーを打ち込む。

 途端、ブリッジ内に低い唸りのような音が広がった。

 同時に、表示されていた連結陣が急速に書き換えられて、幾つもの形を見せては、すぐに消えて新しい形へと変化していく。


「……えーっと、なにしたのー?」

「四式のメインコンピュータに直結させて、地道に計算させてるだけよ」


 四式《ルシフェル》は、宇宙戦を想定した戦略兵器である。

 そう、宇宙規模の戦域を包み込む事を可能としているのだ。


 当然、収集し処理しなければならない情報量は、地上でドンパチするよりも遥かに跳ね上がる。

 それこそ桁違いという言葉が比喩でも過剰でもないレベルに。


 それを実現する為に必要なスペックは、搭載する兵器の威力や射程でもない。

 圧倒的情報量をタイムラグ無しに処理しきる莫大な演算能力である。


 科学式と魔術式を併用した最高級ハイブリッド演算機を幾つも搭載し、それをスーパーコンピュータが如く並列に繋げたメインコンピュータ《ルシフェル》は、間違いなく地球最強のスペックを誇っている。


「ゴリ押し、良い言葉よね」

「あんがい、のうきんなのかなー?」

「結果が出るなら何だって良いじゃない」


 言って、美雲は自分のお茶を淹れて後、自分とツムギに茶菓子を用意する。


「まぁ、お茶でも飲んで待ってなさいな。そんなに時間はかからないから」


 それまでには終わるという、脳ミソがおかしくなりそうな事をほざくのだった。


(……にんげんって、バカなんだなー)


 ツムギは、しみじみと思った。

補足すると、こんな脳筋術式構築法は、一般的には用いられておりません。

だって、こんな総当たり戦法、スパコン級のパワーがあってもどんだけ時間がかかるんだよ、って話ですし。


しかも、これ、あくまでも個人に合わせたチューニングなので、汎用性皆無。


兵士一人一人相手に、こんな矢鱈と時間も労力もかかる事する訳ねぇだろ、馬鹿かテメェ。


これが現実です。

誰でもある程度練習すれば使える安心と信頼の術式は、既に世界中に普及しておりますので。


軍隊などではなく、新術式を開発する大学やら研究機関なら、まぁやらない事も無い、って程度です。

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