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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
八章:破滅神話 後編
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自問自答の極意

 神裂流闘争術身体操法奥義【無間輪廻回帰地獄〝自問自答〟】。


 と、そう称される技がある。


 あるいは、それは思想でもあり、またもっと単純に鍛練の方法とも言えるものだ。


 成立は、有史以前よりの歴史を持つ彼らにしては非常に新しく、前時代の第一次世界大戦の頃となる。


 当時の神裂家の当主と側近たちは、大戦の最中で使用された数々の兵器たちを見て、この上ない危機感を覚えていた。

 戦車や飛行機、戦艦などだ。


 神裂は、原始的な遺伝子配合を繰り返してきた事で、その当時でも人間ではあり得ない身体へと進化していた。

 また、積み重ねてきた武芸の技たちを駆使すれば、間違いなく地上最強の存在だと言えただろう。


 無論、機械兵器たちも敵ではない。


 勝手に参戦した中で、それらの新しい兵器群を彼らは悠々と撃破してきた。

 だが、同時に恐怖も抱いていたのだ。


 今はまだ、勝てる。

 しかし、この先は分からない。


 あまりにも急激な技術の進歩は、神裂の進化よりも遥かに早いものだと直感したのだ。

 きっと百年も経てば、更に進歩した技術によって兵器群は強化され、自分たちを追い越し、最強の座を奪ってしまうだろう。


 そうと確信させるに充分な脅威を感じたのだ。


 神裂は、そもそも誰よりも強くなりたい。

 誰にも奪われたくない。

 誰にも脅かされたくない。


 そういう思想から始まった一族である。

 地上最強へと成り上がった事で忘れられかけていた、原初の恐怖が甦ってきたのだ。


 当主らは、苦悩した。


 生物の進化は、そうそう起こるものではない。

 身体能力は、一足飛びに急激に跳ね上がらない。


 ならば、技はどうだろうか。

 連面と受け継がれてきた技の数々は、それらを洗練させたものは、対抗できうるものだろうか。


 答えは、分からない、だ。


 そもそも、神裂の中にある武技は、対生物用のものである。

 なにせ、今までに兵器などというものは無かったのだから。


 超常の身体能力があるが故に、先の大戦では通用したが、それにも限界があるだろう。


 これから新たに対兵器用の武技を開発するにしても、進歩していくのは兵器たちも同じこと。


 知恵比べの戦いとなり、絶対的なアドバンテージとはなり得ない。


 ならば、ならばどうするのか。


 知恵熱でも出して死んでしまうのではないか。

 そんな馬鹿らしい想像をしてしまう程に悩み悩んだ末に、彼らは自分たちの身体を見て、一つの事に気付いてしまった。


 自分たちはそもそもこの超人の身体を上手く使えているのだろうか、と。


 これが、奥義の生まれたキッカケ。


 後の時代にまで、最新にして至宝たる美影にさえも、大きな影響を与える究極へと至る技の始まりだった。


~~~~~~~~~~


 空を切る音が鳴る。

 鋭いそれの後には、大気が爆ぜるような音が続いた。


「おぉ……」


 ガルドルフを代表とし、使節団の護衛の為に付いていた戦士たちが、感嘆の声を漏らした。

 彼らが見たのは、ハゲ猿と蔑んでいた種族の小娘が見せた、単なる正拳突きの動作である。


 美しい。


 身体を動かす、という事に対して一家言を持つ獣魔種の精鋭たちをして、その一言しか出てこない、まさに理想的な動きを実現している。


「こんな感じだよ。じゃっ、やってみて?」

「出来ねぇから教えろ下さい、つってんだよぅ」

「だろうね。分かってるよ、君たちに才能がない事くらい」

「……いちいちムカつく小娘だあなぁ」


 クツクツ、と愛らしく笑う美影に、獣魔の者たちは、思わず拳を握り締めていた。


 ウェーイ、と煽る彼女に、ガルドルフは我慢する気はなかった。

 色々とあって他の者たちは一応は遠慮というか、気を遣っているのだが、最初に関係を結んだ彼は、既に相手の性質をおおよそ見抜いている。

 気を遣うだけ無駄な連中だと。


 故に、一切の我慢を捨ててストレートパンチを放った。

 紙一重で躱されてカウンタービンタが鼻っ柱に決まる。


「…………っ!」

「バーカ、一億万年早いんだよ」


 鼻を押さえて悶えるガルドルフを小馬鹿にして満足し、美影は改めて解説を始める。


「君たちさ、綺麗だとか言うけど、綺麗な動きって具体的にどんなんだと思う?」


 クルリ、と、その場で回って見せる。

 ただそれだけの動きでも、感じ入るものがあった。

 美影は、彼らの答えを待たずに語る。


「君たちの言う美しい動きってさ、無駄がない動き、なんだよね」


 演舞のように、次々と動きを重ねていく。

 一切のブレがなく、理想的な動作をしていた。


「骨格に合わせた動き、筋肉に合わせた動き、重心、体幹に合わせた動き、そして魔力に合わせた動き」


 最後に、魔力を含めた拳を放ち、演舞を終える。


「これらが一致した物を、君たちは理想的だと言っている。多分ね」


 再度、同じように正拳突きをして見せる。

 しかし、先までと違い、それはどうにも惹かれるものがなかった。


「どう?」

「いや、あまり……」

「うん、そうだろうね。じゃあ、やっぱり、さっきの推測で間違ってない」


 今の突きの動きは、わざと動作にズレを起こしていた。

 ほんの少しずつのブレだが、それが、それだけで決定的に違和感を生じさせるのだ。

 特に、正解を見た後だと、それは顕著に現れる。


「こういう正しい動きってのは、ある程度以上の武術では構築されるものなんだよ。

 君たちにもさ、あるでしょ? 伝統の武芸っての。

 古くからの叡知と経験の詰まった宝箱だよ」

「しかし、我々がそれをしても、〝美しい〟動きにはなりません」

「当たり前じゃん。だって、開祖や後継者と、今の君たちとでは、使ってる肉体が違うんだもん」


 古くから受け継がれ、長き研鑽を経た伝統の武芸。

 それは、答えを示すものであるが、あくまでも種族的に正しい筈の及第点を貰う為の動きでしかない。


「骨格の構造、筋肉の付き方、神経の発達、身長体重、などなど。

 どれ一つとして、完全に同じ奴なんていやしないよ。

 同じ種族なんだから似てはいるけれど、絶対に同一ではない」

「……故に、満点の正解には届かない、と?」

「そっ。種族に通用する及第点は取れるけど、個人に合わせた正解ではない。それが武術の正体で、限界点だよ」

「ならば、どうせよと?」

「新しい武術の開祖になるしかないじゃん。自分だけの、自分にしか通用しない、唯一の武術の、さ」


 大概に無茶苦茶な事を言っている。

 武芸に限った話ではないが、一つの道の開祖となる者は、それこそ一握りの天才だけだ。

 誰にでも出来る事ではない。


 だと言うのに、それをしろと言う。

 後世に伝える事を考えないで良い分、ハードルは幾分か低いのだろうが、それでもそう簡単に出来る筈がない。


「どうしろと?」

「自分の身体と技に聞けよ。どうしたら正しいのか」


 滅茶苦茶を言いやがる。

 そんな感想が聞く者たちの胸中に満ちる。


 それを知ってか知らずか、美影は素振りをしながらやり方を教える。


「最初は単純な突き手とかで良いさ。

 これを繰り返しながら、ズレを修正していく。

 ……今のは骨と関節がダメだった。

 次は、骨は良かったけど、筋肉の動きが疎かになっていた。

 気を付けていたら、今度は体重移動がなっていない。

 と、思ったら、修正した筈の骨の動きがまたズレた。

 これを繰り返して、自分の身体に最も適した動きを割り出していく」

「……そいつをすりゃあ、完成するってぇのかぁ? テメェの理想がよぅ」

「な訳ないじゃん」


 バッサリと切り捨てた。


「……テメェよぅ」

「完成なんて、修行の終わりなんてないよ。

 物事に永遠なんて無いんだ。

 こうしている今も、自分の身体は刻一刻と変化している。

 今日の身体に適した動きも、明日の身体には合わなくなる。

 成長もすれば衰えもするんだから。

 体調もその時々だ。

 だから、常に自らの身体に問い掛け続けるしかない。

 どうすれば良いのか。

 どうすれば、一番力を出せるのか」


 故に、終わり無き〝無間地獄〟。

 故に、自分で問うて自分で答える〝自問自答〟。


 神裂の奥義にして、基礎的な思考の正体だ。


「……無茶苦茶言いやがるなぁ」

「安心しなよ。ある程度までは、ちゃんと連れてってあげるから。最終的には、自分でなんとかするしかないけど」


 にこり、と、笑顔を浮かべる美影。

 可愛らしい筈のそれが、今は酷く残酷なものに見えたのは、気のせいだろうか。


 獣魔の者たちが背筋を震わせていると、突然、横から飛び込んでくる影があった。


「とぉー!」

「無駄ぁ!」


 高速で美影へと向かったそれを、彼女は見事に迎撃して蹴り飛ばす。

 打ち上げられたそれは、空中で回転すると、足から華麗に着地して見せる。


 長さの違う角を生やした鬼の少女、ツムギである。


「じゃん! あたし、さんじょー!」

「呼んでないから」

「ふっふっふっ、しんうちとうじょうにふるえているなー!?」

「呼んでないから」

「さぁさぁ、いざじんじょーにしょーぶー!」

「呼んでねぇつってんだろうが……!」


 クロスカウンターが炸裂した。

 お互いの顔面を殴り合い、よろめいて距離を取る。


 挨拶代わりだ。

 何故か、本当に何でか分からないのだが、ツムギは美影と顔を合わせると殴りかかって来るのである。

 いや、実に不思議だ。


「なんかおもしろそーなこと、してるねー? まーぜーてー」

()()()()()()()()()。さっさとお姉のとこに行っちまえ」

「えぇー? ちょっとはあそぼうよー」

「お前と遊ぶと、シャレにならないから。後でね」

「ちぇっ。ざーんねん」


 短くやり取りした後、足早に去っていった。

 嵐のような一幕である。


 皆が呆然となる中、ガルドルフは少しばかり引っ掛かった言葉について問う。


「関係ねぇってぇのはぁ、どういう事だぁ?」


 霊鬼も、獣魔ほど極端ではないが、近接での応酬を得手とする種族だ。

 だから、関係ないという事はない筈である。


 あるいは、単純に苦手な相手を追いやる為だけの適当な言葉とも取れるが、しかしどうにも違うように感じられた。


 美影は、躊躇う事なく答える。

 隠すような事でも無いから。

 隠してあげる理由も無いから。


「あいつ、ほとんど出来てんだよね」

「あぁ?」

「君たちの言う所の、理想的な動き。

 あと少し、ほんの少しコツを教えれば、すぐに辿り着くよ。

 研鑽の跡も無いし、多分、本能だけだろうね。

 天才ってやだねー」


 美影が言うなという話でもある。

 だが、彼女とて、刹那と出会ってやる気を出す前から、多少なりとも鍛え磨いてきたのだ。

 その位置に、生まれ持った才覚だけで辿り着いているというのは、ある種の恐れを抱くものであった。

 刹那ほどに隔絶していない、自分とさほど変わらないからこそ、そう思う。


「……マジかよぅ」


 何度かやり合っているので、その才覚は知っている……つもりだった。

 だが、想像以上に高い位置にいたらしい。


 文字通りに、自分は足元にも届いていない。


 それを痛感したガルドルフは、劣等感や敗北感を抱くと同時に、燃えるような闘争心が沸き上がってくる感覚を覚えていた。


「…………良いじゃねぇかぁ。追い付いてやろうじゃねぇかよぅ」


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