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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
八章:破滅神話 後編
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甘い誘惑

 ガシャン、と、氷を割り砕く音が鳴る。


 突発的に出来上がった高濃度魔力領域――まだ魔物が住み着いていない時の名称。既に魔物よりも魔物らしい連中が巣くっている事は言ってはいけない――の最深層へのやって来たガルドルフは、周囲をぐるりと見回す。


 以前よりも遥かに魔力が満ちている。

 フリーレンアハトの凍り付くような魔力ではない。

 ピリピリとした、痺れるような魔力だ。


 間近で接していたからこそ分かる。

 これが、あの美影という名の少女の魔力だと。


(……天竜種の魔力を、侵食するたぁなぁ)


 適応するのではなく、侵食し、塗り替える。

 それは、最低でもその地を満たす魔力と同等でなければ出来ない芸当だ。


 つまり、あの稲妻の人間は、少なくとも天竜種と同等の力を有している事を示している。


 つくづく人間ではない。


 改めて実感していると、彼の背後で幾つもの落下音が連続した。


「…………こ、これは」


 獣魔種の同胞たちだ。

 異星の人間たちとの協定を結ぶ為に案内してきた、獣魔の代表である。

 国境を守る狼氏族、獣魔の中心である獅子氏族、小賢しい知恵に長けた狐氏族が主となって編成された集団だ。


 彼らのほとんどは、政治を行う者たちであり、魔物領域に侵入する経験をほとんど持たない。

 だが、そんな薄い経験でも、自らが立つこの場が異様な状態にある事は肌で感じられた。


 なにせ、天竜種の魔力と、それと同等の何かの魔力がせめぎ合っているのだ。

 いつ弾け飛ぶのかという危うい気配に、本能的な危機感を覚えずにはいられない。


 武力に重きを置く獣魔の政治家連中だからこそ、耐えられている。

 最低限の力を持っていたからこそ、この場の雰囲気に耐えられた。

 荒事から遠い者では、腰を抜かすか逃げ出すか、あるいは気を失ってしまっていた事だろう。

 気が弱い者であれば、もしかしたらショック死していたかもしれない。


「あっちだぁ」


 より濃い魔力の下へと、ガルドルフは歩き出す。

 呆けていた者たちは、その背中を慌てて追うのだった。


~~~~~~~~~~


 迷う余地の無い一本道を進んでいくと、やがて大きく広がった空間へと出る。

 高い天井からは人工的な光が降り注いでいるが、そこは薄暗く感じられた。


 その理由は単純にして明快。


 光を遮るどでかい物体が、我が物顔で空間を埋め尽くしているからだ。


 巨大な金属の塊。

 天竜、フリーレンアハトと正面から殴り合った異文明テクノロジー結晶である機械兵器だ。


 無惨にも破壊された姿を晒しているが、その事実を知っている面々からすれば、何処か神秘的な、そしてどうしようもない程の畏怖を抱かずにはいられない。


 あちらこちらで補修の為に発生する金属のぶつかり合う音が木霊する中から、ガルドルフは肉を打つ鈍い音を聞き取っていた。


「違う! そうじゃない!」

「ギィ!」

「ギィじゃねぇ! もっかいだッ!」


 殴打の音である。

 ついでに、聞くだけで嫌な顔にならざるを得ない嫌な女の声も。


 そちらへと向かうと、小柄な人間の形をした少女と、それよりも更に小さな人型の生物が並んでいた。


 少女は分かる。

 出会って間もないというのに、既に嫌な思い出ばかりという、何かの冗談のような人間種、美影だ。


 もう一つの人影が分からない。


 いや、正体自体は分かる。

 ゴブリンだ。

 半端に知性のある生物であり、弱小な魔物でありながら、時としてその知性を変に活用として思わぬ大被害を叩き出す害獣の代表例である。


 あの変幻自在の人間どころか生物としてどうなのかと問い掛けたい男が化けているのでもなければ、それは間違いなくそのゴブリンであろう。


 分からないのは、何でそんなのがこの場にいるのか、という事だ。


 しかも、通常であれば丸裸、よくて腰布を巻いているくらいの格好のゴブリンが、安っぽいとはいえちゃんと衣服と呼べる物を着込んでいるのだから、余計に不可思議に思える。


「……あぁー、なぁにをしてんだぁ?」

「ああん? ああ、狼君か。いや、暇潰し」

「ギシャ!」

「甘いわ!」


 声をかけたガルドルフに振り向いて答える美影。


 その姿に隙を見たのだろう。

 ゴブリンが迷うこと無く彼女へと飛びかかり、後出しで追い抜いた美影のハイキックが強烈にゴブリンを吹っ飛ばした。


 それを見て、ガルドルフだけでなく、背後の者たちも驚いた。


 美影の攻撃に、ではない。

 それは、彼らの常識的な人間種からかけ離れているとはいえ、事前に知っている情報なので、そこまで驚くような事柄ではないのだ。


 彼らが真に驚愕したのは、吹っ飛ばされたゴブリンに対してである。


 魔力で、ガードしていたのだ。

 美影からの蹴りを躱せないと悟った瞬間に、打点に魔力を集中させて防御を固めていたのである。


 まるで、一流の戦士がそうするように、だ。


 おおよそまともなゴブリンの行いではない。

 ゴブリンに、それだけの知性や能力があるならば、彼らはとうにノエリアに存在する第13の知的種族として認められている筈なのだから。


「なぁにをしやがったぁ?」


 冷や汗を流しながら、ガルドルフは端的に訊ねた。


「だから、暇潰し。

 お兄もお姉も忙しそうにしてんだけど、僕だけやることないからさ。

 適当な奴捕まえてきて鍛えてんの」


 本当に、ただの遊びなのだ。

 一応、良い具合に仕上がったら〝獣〟を仕込む苗床に出来るかも、という目的も用意しているが、あまり期待はしていない。

 それくらいにまで育ったら、使い捨てにしてしまうのは勿体無いから。


 人間? 地球に億単位で湧いてるし、別に。


「ギギャア!」


 蹴られた顔面を押さえて悶えていたゴブリンがようやく復活し、懲りずに美影へと襲い掛かっていく。


「はいはい、おつおつー」


 全身を使った渾身の連打を片腕で捌いた後、軽く掌底を当てて突き飛ばしてしまう。


 それだけで、たった一瞬の攻防だけで、格闘戦に一家言ある獣魔の目には、目の前の人間種が高度な体技を修めている事が分かる。


 これまでは、半信半疑に近かった。

 これまでの常識から、たかが人間種だろう、と、どうしても心の何処かで思っていたのだ。


 だが、こうして見れば。

 自分たちに理解できる領域で価値を見せ付けられれば、もはや認めるしかないだろう。


 この者たちが、決して蔑まれるべき者たちではなく、対等以上として油断無く対応すべき者たちであると。


 居並ぶ獣魔たちの目の色が変わった様子に気付きながら、しかし無視した美影は、ガルドルフへと声を掛ける。


「……君もやる?」

「あぁ?」

「勿体無いって、思ってたんだよねー」


 流石は獣の特性を残した種族と言った所だろう。

 ガルドルフの身体能力には、目を見張るものがあった。

 雷裂の至宝たる美影には及ばないものの、雷裂の平均値を軽く上回る程だ。


 そして、魔法文明に生きる者として、魔力の運用も素晴らしいものであった。

 滑らかな制御をされており、緻密な魔力操作を必要とする自分たち魔王と比しても、劣るどころか、比べる相手によっては上回るものであった。


 だが、それ程に素晴らしかったからこそ、美影の目には残念に映ってしまったのだ。

 彼の、あまりにも杜撰な体捌きに。


 獣の力を、本能だけで使っているのだ。

 本能的な鋭さはあるが、それでも古よりそれを極め続けてきた雷裂の目からは、あまりにも無駄の多い動きをしている。


 勿体無い。


 必要は発明の母と言う。

 おそらくは、この星においては、そこまでの〝武〟は必要がなかったのだろう。

 種族間の力量差が大きく、また精霊や天竜という〝大人〟たちがいた事で、秩序を、序列を乱す事が推奨されない環境にあった。

 だから、意地でも上にいる連中を意地でも引き摺り下ろしてやろうという、そんなハングリー精神が足りていない。

 故に、武芸の研鑽が疎かになってしまったのだと思われる。


 非常に勿体無い。


 自分が鍛えれば。

 彼が、雷裂の体技を身に付ければ。


 殴り合いという間合いにおいて絶対的なアドバンテージを獲得できるだろうに。


 そう思わずにはいられなかった。


「最強無敵、そんな言葉に憧れないかい?」

「…………ん、ぁー」

「条件付きだけど、君をその領域に持っていけるよ。僕なら」


 獣魔の肉体は、雷裂の肉体と似ている。

 だから、きっと合う筈なのだ。

 雷裂の体技が。雷裂が編み出してきた、超人の極意が。


 美影は、決して善人ではないし、慈善事業に汗を流す心も持っていない。

 見ず知らずの弱者を、いちいち鍛えて回るような精神は何処にもない。


 だが、好奇心は旺盛だ。


 才能の限界を見てみたいと、そう思えば、彼女は手間隙を惜しまずに鍛え上げてみせる。


 例えば、義兄が気に入り、魔王のオプションパーツとなった男を鍛えてみたり。

 例えば、地球にはいない人型生物、ゴブリンの可能性を確認してみたり。

 例えば……傷ついた玉である獣を、磨き上げてみたり。


 興味を持てば、誰が、何が相手であろうとも、彼女は気にしない。

 敵であるかどうかさえも、どうでも良い事だ。


 あの者の最高を見てみたい。


 それだけで充分だ。

 彼女が手を差し伸べる理由としては。


「自分の才能を、自分の限界を、自分の最高を。

 こんなものじゃないと、ままならない現実を打ち破って、実現してみたいと思わない?」

「…………」


 それは、あまりにも魅力的な誘い。

 詐欺だと考えるには、目の前の少女はあまりにも逸脱し過ぎていた。


 ガルドルフの脳裏に過るのは、目にしてきた美影の動き。


 美しかった。綺麗だった。理想だった。

 自分も、そこまで行きたいと思って、しまった。


 甘い誘惑を拒む理由は、何処にも無かった。

そいつの限界を見てみたい。

ただそれだけ。

心根が善か悪か。

身に付けた力を何に使うか。

そんなものはどうでもいい。


ある意味では、教育者の鑑かもしれんね。

はた迷惑極まりないですけども。

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