鬼も悪魔も一緒にするなと言っている
アハト=マジノ戦争渓谷。
その最深部に当たる地下大空洞に、それはあった。
戦争の爪痕の残る凍り付いた極寒の世界の中に、異質な物体が固定されている。
マジノライン四式《ルシフェル》。
機械文明の結晶体であり、惑星ノエリアにおいては全くの未知となる超兵器の威容だ。
尤も、現在は大破しているのだが。
安置された巨体には、無数の補修用無人機械が取り付いており、あちこちで昼夜を問わずに修復作業が行われている様が見て取れる。
その足下にて。
二人と一体と一個の影が集まっていた。
「では、これより! 第一回! ドキドキ☆星間戦争! の、作戦会議を執り行う!」
「わー! パチパチー!」
「はいはい、パチパチ」
「……我にそれを喜べと言うか」
言わずもながな、雷裂三姉弟とノエリアである。
姉妹と猫置物のノエリアは良いとして、刹那は骸骨の塊の様な姿を取っていた。
どうやら、邪神形態が気に入ったらしい。
人間よりも一回り大きい程度の骨の塊となっていた。
もはや、誰もツッコミを入れない辺りに、彼らの日常生活の異様さが垣間見得る。
表情はふてぶてしいデブ猫のままーー置物故に変わる訳も無しーーだが、口調から渋い顔をしていそうなノエリアだが、彼女の複雑な内心に配慮してくれる者など、この場にはいない。
「聞きたくないのであれば、私は構わないよ。エンターテイメントにはサプライズも重要だからね。後の楽しみを奪うほど、私は野暮ではない」
「……エンターテイメントと言うたか、この阿呆は。そもそもその戦争が嫌じゃと言うておるのじゃ」
「却下だ。これはもはや止められるものではない。私に止める気がないのでね」
「……………………ハァ」
溜めに溜めた吐息を漏らして、ノエリアは沈黙する。
「納得してくれたようで何よりだよ」
「納得ではない。諦めじゃ」
刹那は黙殺した。
「さて、気を取り直して早速に本題に入ろうか」
「はい! 誰を殴れば良いのかな!?」
「んーふふふ、愚妹はバイオレンスが好きだね。襲い掛かって来た者は例外なくぶん殴れば良いと思うが、しかし今のところは大人しく暗躍に徹すべき時だよ」
「スニークミッションだね! 得意分野だよ! 好きじゃないけど!」
得意と好きは違うのだ。
歴史の闇に潜み続けてきた雷裂ならば、その類いの隠れ潜む技は豊富に蓄えてある。
雷裂が蓄積してきたほぼ全てを網羅している美影も、当然のようにそれらを修めており、暗殺やら隠密やらは得意分野に当たる。
しかし、彼女は雷裂が表に出てきてからの時代しか知らない上に、本人が魔王という衆目を集める立場にいる。
それ故に、隠れ潜む事をした事がほとんどなく、やっていて楽しいと思えない物として認識していた。
「私はそっちの方が良いわ。平穏が一番だもの」
「まっ、賢姉様は主力武器も破損しているからね。その方が吉であろう」
頭上を見上げれば、未だ崩壊したままの四式が見える。
いつ、事態が急変するかも分からないので急ピッチで修復を行っているのだが、完膚なきまでに破壊されたそれの再稼働は、まだまだ遠い。
「ともあれ、基本的には我々は積極的に動く事は無い。なにせ、歴史に名を残す訳にはいかないからね」
「そうなっちゃうかー」
ノエリアの語る過去の中に、地球人の影はまるで映っていなかった以上、後の歴史に繋げる為には自分たちの存在を知られる訳にはいかない。
既に手遅れな気もするが、重要となるのはノエリアの記憶である。
過去の彼女に知られなければ何も問題はない。
「防戦だ。精霊と天竜どもが攻めてこないのであれば、我々がすべき事は何もない」
「そうかえ……」
余計な事を何もしないという条件で作戦会議に参加しているが、ノエリアの内心は複雑極まる。
いっそ契約など知った事かと投げ捨ててやりたいが、そんな事をすればどうなるか、分かった物ではない。
(……こやつらに人道を期待してものぅ)
命を何とも思っていない連中である。
もっと具体的に言えば、命を消費物として見ていると思われる。
それ故に、間違いなく報復としてこの星を滅ぼすだろう。
それは現状の方針と変わりないが、そこに救いがあるかどうかは大いに異なる。
きっとその時には、終式の方舟の中には大量の空席が目立つ事となるに違いない。
救える筈の命を自らの鬱憤の為に投げ捨ててしまう程、ノエリアの守護者としての使命感は軽い物ではないのだ。
「えー、待つだけー? つまんないなぁ」
「否。無論、表に出ない暗躍はするとも」
不満顔の美影に、刹那は言う。
「まぁ、何もしないと星が滅びるような事態にはならんだろうからね」
チラリ、とふてぶてしい顔の置物を見る。
表情が変わっている訳ではないのだが、どうにも得意気に見えて不快な気分にさせられる。
「そう褒められると照れるのぅ」
「成る程。婉曲的な表現を解する情緒は無いらしい」
「喧嘩を売っておるのかえ?」
「売っていないように見えるのかね?」
特に意味の無い骨と置物の戦いが突如勃発した。
骨のカカト落としが炸裂し、置物が地面に埋まって決着が早々に決まる。
それはさておき。
既に、星を喰らう獣は、その食指を惑星ノエリアへと伸ばしている。
奴の分霊が侵入し蠢動している事は確認できている事項だ。
だから、放っておけばやがて勝手に騒動に発展する事は目に見えているのだが、しかしそれが致命的な物になるとは、刹那らは考えていない。
何故ならば、絶対的守護者であるノエリアがいるから。
現在の彼女は、休眠状態となって惑星ノエリアの星核の中にいるという話である。
それ故に、自分達も獣も、好き勝手に活動できている。
しかし、目覚めた時点で基本的にゲームオーバーとなるに違いない。
なにせ、ノエリアは守護者らしい守護者だからである。
刹那や美影のように、危地に際して腹を抱えて爆笑するような性質をしておらず、即行で自ら危険を排除しに行く事だろう。
また、完成された守護者である彼女の力は、惑星ノエリアの勢力圏内においては絶対的なものとなる。
少なくとも、まだ命豊かな星を喰らっていない獣や、星の加護から切り離された刹那、不完全な未覚醒状態の美影が、正面から勝てる相手ではない。
なので、搦め手が必要だ。
「ひとまず、惰眠を貪る阿呆には、私がバリアを張っておこう。安らかな眠りを妨げるほど、私は厳しくないのでね」
「……建前など言わなくて良いのじゃぞ」
「誰にも貴様を起こさせん。いっそ永眠してしまえ。まぁ、後の事を考えるとそれは駄目だが。……タイミングを測る必要があるな」
星を滅ぼす、という目的だけならば、今のうちにさっさと止めを指しておく方が確実である。
しかし、ノエリアには、敗走の後に地球にやって来て貰わなければならないのだ。
それが刹那たちの望む未来である以上、永眠されるのはそれはそれで困ってしまう事なのである。
「そして、重要な実際の攻撃手段だが……」
「何をするつもりかしらね」
邪悪な雰囲気を感じ取った美雲が、困った子、と嘆息する。
その程度で済ませてしまう辺りに、彼女の本性が現れている。
刹那は不敵に笑いながら、骨の隙間からコロリと小さな粒を転がり出した。
「これを、適当な者に植え付ける」
紫色をした、指先大の結晶体。
怪しげなモヤを揺らしており、見詰めているとなんだか催眠にでもかかったように意識がボンヤリしてくる、不思議で危険な雰囲気を纏ったそれ。
その正体は、尖兵として送り込まれた獣の分霊、その集合体である。
「……汝、貴様は」
「滅ぼし手があれである以上、これは最適解であろう?」
文句を言いたげなノエリアを黙らせる。
「ふふふっ、時折見掛けた寄生体をなんとなく刈り取っていたが、こんな形で利用できるとは思わなかったね」
「この世に利用できない物は無し。雷裂の家訓だよ?」
「まさにその通り。いやはや、至言だよ」
手の中で結晶を転がしながら、刹那は邪悪に嗤う。
今は彼の力によって結晶化されて無力となっているが、いざ解き放てば他者に寄生して周囲を食い荒らす暴虐の徒へと変貌させる危険な代物である。
それくらいは分かる美雲が、懸念を口にした。
「でも、良いの? 思い通りに動くとは限らないんじゃないかしら?」
敵の方に向かってくれるなら良いのだが、まかり間違ってこちらへと矛先が向かえば、いたずらに敵を増やすだけの事となる。
面倒は嫌だと言う美雲に、刹那は頷きを返した。
「うむ、賢姉様の意見は尤もだ。故に、そこらの畜生に植え付けてはいかん」
理性無き者では、制御云々が利かない。
なので、寄生対象としては、程よく思考回路を持つものが良い。
「条件は、三つ。
一つは言葉を理解する程度には知能があること。
二つ、与えた力を自らの糧とされては困るので、程よく馬鹿で無能であること。
三つ、使い捨てにしても全く惜しくない命であること」
「おい、どれも酷いが最後。おい、最後」
「ふっ、命の値段は等価ではない。それくらいは理解しているだろう? なぁ、化け猫よ。自らの二百年を振り返ってみてはどうかね?」
「……ぬぅ、それを持ち出されると弱いのぅ」
「クククッ、リーズナブルである事も、一つの価値だよ」
「で、それに適した奴って、目星付いてるの? あの狼とか鬼っ娘とか?」
「否」
美影の言葉を、刹那は即座に否定する。
「彼らは貴重なサンプルだ。地球にはいない生物である以上、是非とも確保しておきたい。特に鬼娘の方は、愚妹の遊び相手に丁度良いしね」
「……まぁ、楽しかったしね。否定はしないよ」
どちらも使い捨てにしてしまうには惜しい素材である。
出来れば、新たな可能性として地球に持ち帰って根付かせたいと思う。
そして、それはまだ接触していない他種族も同じ事だ。
「その他、地球にいない種族たちはなるべく方舟に積み込んでしまいたい。新しい進化の可能性は出来得る限り残しておくべきだろう」
「…………これが人道的見地からの発言であれば、言うことはないのじゃが」
「じゃあ、何に植え付けるのかしら? 適任者無し
?」
「まさか。いるだろう? いるではないか。
地球に掃いて捨てる程にいて、言葉を解し、しかし程よく無能な進化を遂げた、犠牲にしても全く心の痛まない値段の安い命どもが」
刹那は、聞く者たちの回答を待たず、答えを言う。
「そう、人間どもだ。連中の中から適当に見繕おうではないか」
「悪魔か、貴様は」
「いいや、人間さ。理由があれば、何処までも残酷にも冷酷にもなれる、誇らしき地球人類だよ」
「その姿で言われてものぅ……」
「ふっ、そんな事はない。よく言うだろう? 人は外見ではない、と。中身で勝負だ」
「その言葉にも限界はあると思うのじゃが……」
気を取り直して、刹那は続ける。
「とはいえ、本命はこちらだが、精霊どもにあっさり見つかって処分されては困る。なので、カモフラージュとしてもう一手、派手な攻撃を仕掛ける」
「はたして、それは……!」
「これだとも!」
ノリの良い美影の合いの手に乗って、刹那は出し惜しみする事もなく、それを掲げ見せた。
それは、一つのガラス瓶だった。
中には液体が満たされており、体長30cm程度の生物が漬け物にされている。
その正体を理解した彼女らは、目を丸くする。
「そ、それは……!」
「ゴブリン・ボンバー!」
「欧州ではそう名付けられたらしいね。些か不本意な名称だが、まぁ構うまい」
その正体とは、第四次世界大戦において猛威を振るった廃棄領域産の生物兵器、無限連鎖自爆生命体・通称〝ゴブリン・ボンバー〟であった。
遺伝子配列などを無視して、様々な生命と交配して増殖が可能という生命力を持ち、また死に際しては最後の命の炎を賭した自爆を行うという、凶悪な特攻生物である。
尤も、自爆機能は後から人為的に付与された物だが。
「これを人間種どもの国に解き放つ! こっそりとね?」
「本当に貴様は鬼か悪魔なのではないのか……!!」
「ふはははっ、聞こえんなっ!」
鬼畜の所業に、ノエリアが声高に罵るが、その程度で刹那の心にダメージが行く筈も無し。
涼しい顔で受け流してしまう。
それを横目に、姉妹は語り合う。
「鬼も悪魔も一緒にするなって言ってそうじゃない?」
「豆とか十字架とかで退治できないから、もっと凶悪なのよね」
実に尤もな会話であった。
獣は欲しい。
鬼も欲しい。
その他諸々、全部欲しい。
だが、人間だけはいらない。
だから、有効的に消費活用しよう。
こんなのが主人公サイドなんだぜ?
悪の論理だわ。




