ショゴス・ハザード
取り敢えず、主人公登場まで。
次回からはもうちょっと短くするつもりです。
人里から外れた土地。自然の残された、所謂田舎と呼ばれるそこに、巨大な施設があった。
それは、巨大企業『サンダーフェロウ』が保有する主要研究所。
国防にすら関わる超が付くほどの機密を扱っており、それが故にこの様な辺境に居を構えている。
そんな施設に、一台の高級車が滑り込む。
一見して単なる車だが、その実、最先端素材を用いた装甲車となっており、合衆国大統領専用車ほどではないが、携行火器レベルでは貫けないほどの頑丈さを誇っている。
正面入り口に横付けされ、一分の隙も無いスーツを着こなした運転手が降り立つ。
如何にも出来る男という雰囲気を纏った男性は、玄関口に向かわず、後部座席へと向かう。
観音開きの扉を開ければ、そこには二人の少女が座っていた。
「御嬢様、お手をどうぞ」
「ありがとう、稲生さん」
差し出された手を取って車外へと出てくるのは、金の髪を持つ少女。
年は十代後半ほど。
黄金を鋳溶かした様な金髪を長く伸ばしており、それを背中で緩く一つに纏めている。
女性らしい凹凸に富んだ魅惑的な肢体を持ち、それを白いブレザー型の制服に包んでいる。
愛らしい柔らかな顔立ちをしており、優し気な金の瞳と合わさって、若さの割に母性を感じさせる少女である。
その後ろから、稲生と呼ばれた男の手を待つ事無く外に出てくるのは、黒の髪を持つ少女。
年は十代半ばほど。
手入れの行き届いた艶やかな黒髪を肩口まで伸ばしている。
体型は年相応で、小柄な身体に似合ったスレンダーな物である。
それをデザインこそ金の少女と同じものの、彼女とは違い黒の色合いをした制服で包んでいる。
少しばかり吊り目な目元と楽し気に歪められた口元から、やんちゃな悪戯っ子という印象を抱かせる少女である。
金の少女の名は、雷裂 美雲。
黒の少女の名は、雷裂 美影。
その名からも分かる通り、二人は姉妹である。
そして、『サンダーフェロウ』の創始者にして経営者である雷裂・源造の実の孫娘でもある。
「んー! やっぱり、車だと時間かかるね、ここ」
長時間、車に揺られていた為に固まった筋肉を解しながら、美影は口にする。
「美影ちゃんの場合、走った方が速いものね。
でも、一応、美影ちゃんの力は機密指定されているのだから、あまり大っぴらにするべきではないわ」
「それは分かってるんだけどねー。
まっ、良いよ。
お姉と一緒だから楽しいし。たまにはのんびりするのも大事な事だよ、きっと」
「んー、それは生き急いでる弟君に言った方が良いかな?
本人的にはあれでも気長にのんびりしているつもりなんだろうけど」
姉妹で掛け合いながら、二人は入口へと向かう。
「ようこそおいで下さいました、美雲御嬢様、美影御嬢様」
敬礼しながら出迎えるのは、屈強な強面の警備員。
見た目通りにかなりの実力を有しており、本来であれば国軍に好待遇で迎えられてもおかしくないほどの人材である。
それが何故、こんな辺鄙な土地で警備員などしているのか。
それは、他では考えられないほどに待遇が良い事もあるが、何よりも彼が雷裂家に恩義を感じているからだ。
雷裂家は、元々から桁違いの資産家であり、ある種の道楽で孤児院を経営したり、社会から迫害されたはみだし者を保護したりと、そんな事をしている。
彼もまた、元は孤児であり、雷裂家の孤児院で育った。
衣食住に不自由しないどころか、一流の教育まで受けさせて貰い、結果としてこれほどまでになった。
それを恩義に思い、こうして雷裂家の傘下で働いているのだ。
ここにいるのは、大抵、そういう者たちばかりだ。
そして、それは姉妹がここに来た理由も同じ事である。
「はい。加藤さんもご苦労様。
それで、弟君はいるかな?」
「相変わらず、研究室に籠っておいでです」
苦笑を滲ませての言葉に、美雲も困ったような笑みを浮かべる。
「相変わらずね、弟君は。
またヘンテコな開発か、何の役にも立たない発明でもしてるんでしょうね。
……しばき倒さなきゃ」
「……取り敢えず、不意打ちの一発、行っとく?」
美影が本気の声音で、右手に雷光を奔らせながら言う。
「お、お止め下さい、美影御嬢様!
所内に御嬢様の攻撃に耐えられるものは限られます!」
「ちっ、そうなんだよね。
そして、お兄は耐えられる方なんだよね」
「弟君の頑丈さは思わず頭を抱えたくなるレベルだものね~」
加えて言えば、
「それに、弟君に不意打ちなんて出来ないよ。
ここも今も見ているだろうし」
「警備という観点ではとても助かるのですが、索敵スキルが衰えてしまいそうで、どうにも……。
痛し痒し、という所ですね」
千里眼や透視能力に加え、それ以上の何かを保有している者が警備に加わっているのだ。
産業スパイの類がいれば、即座に通報が来る為に、『サンダーフェロウ』において最重要とされる機密が漏れた事はない。
警備の確実性、という点ではとても助かるのだが、彼も常駐している訳ではないので、いざ彼がいない状況に置かれた場合、それらを特定する技量が足りないのでは、という不安はどれだけ訓練をしていても拭い切れないのだ。
「その気持ち、察して余りある、かな。
確か、今、《サウザンド・アイズ》の縮小版を開発中だったし、それが実用化するまでの辛抱だよ」
「……あれ、脳味噌パンクしそうになったから、僕、嫌い」
「慣れないとのたうち回る羽目にはなるけど、慣れれば大丈夫だよ?」
「お姉さ、自分を凡夫だって言うけど、あれをナチュラルに使いこなせる辺り、十分に常人じゃないからね?」
そんな事を話している内に、ポーンという軽い音と共に自動扉が開く。
何も無意味に雑談に花を咲かせていた訳ではない。
玄関口には各種センサーが張り巡らされており、登録者の本人確認だけでなく、科学的魔術的な仕掛け――例えば、盗聴、洗脳、爆発物、細菌兵器など――を施されていないか、チェックしていたのである。
厳重に厳重を重ねた警備体制。
状況が明らかに何かあると知らせているが、核心部分が朧にすら見えない部分が、この研究所にはあった。
とはいえ、一部事情を知っている者からすれば、当然の事だ。
なにせ、この研究所で準備が進められているのは、国防手段を一変させる新概念である。
もしも、何の問題もなく全てが完了すれば、今後、一世紀の安寧と栄華を国家にもたらすと断言できるレベルだ。
であるが故に、これだけの警備システムを構築し、怪しきは殺せ、とまで言われるほどの苛烈さを実現しているのである。
問題なし、と判断された姉妹は、警備員に労いの言葉をかけながら中へと入っていった。
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すれ違う所員は、皆が挨拶を返してくる。
急いでいる者でも、短くも足を止めて挨拶の言葉を告げてくるのだ。
二人が、経営一族の直系というのも理由の一つだろう。
だが、理由は他にもある。
たとえば、美雲。
彼女は『サンダーフェロウ』が開発する各種道具のテスターをしており、豊富な詳細情報を提供してくれる上に、麗しい見目と人当たりの良い性格と合わせて、研究所内ではアイドルの様に扱われている。
たとえば、美影。
彼女に対する感情は、畏敬だ。
世界クラスの戦力保持者であり、そんな者が自分たちの属する組織にいるのだ。
しかも、確かな理性を宿し、敵対さえしなければそれが己に向けて振るわれる事はなく、逆に守ってくれる物だと理解されている。畏怖を抱くと同時に、憧憬を覚えるのも無理からぬ話だろう。
それらに二人も挨拶を告げながら、最奥とも言うべき区画に辿り着く。
「お姉、下がって」
美影が即座に前に出る。
直後、通路の向こうから高速で何かが迫ってくる。
弾丸よりもなお早いそれに、美影は反応する。
蹴撃一閃。
目にも止まらぬ蹴りの一撃が、何かの側面を打ち付け、そのまま弾き飛ばした。
「変な感触。……何これ?」
軌道を逸らす事を目的とした速度優先の一撃だったというのに、何故か弾けさせてしまった。
思っていた以上に柔いそれを確認しようと、弾けて廊下に散らばったそれへと視線を向ければ、何やらスライムの様な軟体物質が蠢いている。
「スライム、かな? 弟君ったら、また変な物を創って」
細かく弾けた仮称スライムは、姉妹が首を傾げている間に一所に集まり、元の質量を取り戻す。
「打撃の効果は薄そうだね」
「みたいね。じゃ、焼こっか」
即断で、美雲が腕を振るう。
袖の中から落ちてきたのは、小さな拳銃。
パン、と小さな射撃音。
仮称スライムにめり込んだ弾丸は、その中に封じられていた力を開放する。
雷光。
閃光と言って差し支えない雷光が放たれ、同時に莫大な熱量を秘めた電熱が仮称スライムを焼き尽く
す。
「もう少しランクの低い弾でも良さそうね」
焼き尽くされた仮称スライムは、僅かな痕跡を残すのみとなり、再度の回復をする様子はない。
「まったく。拳闘だけで倒せない相手なんて嫌いだよ。
今の僕が魔術を使えないの、お兄は分かってんのかな」
とある事情があり、美影には現在リミッターが付けられており、発揮できる能力は魔術師として最下位レベルである。
それでも類稀な身体能力と格闘センスによって大抵の輩は打倒しうるのだが、打撃の効果の薄い相手だと面倒だと言わざるを得ない。
「まぁまぁ。ここは私が守るから」
「むぅ。
まっ、盾くらいにはなれるし、討伐はお姉に任せるとしよっか」
役割分担を終えた二人は、迷う事無く元凶の元へ歩を進める。
途中、幾度も仮称スライムが襲い掛かってくる。
その全てが、美影によって撃ち落とされ、美雲の弾丸で止めを刺されて返り討ちにされている。
決して、弱くはない。
速度は亜音速に迫り、瞬間的な硬度は鋼鉄に匹敵する。
しかも、高熱で焼き尽くさねば短時間で再生し、固体でないが故に変幻自在の動きを実現している。
感知できる魔力から考えれば、破格の性能である。
但し、相手が悪かった。
雷裂の姉妹は、国家を代表するレベルのコードネーム付きの戦力である。
制限こそ付いているものの、それでもなお美影は一線級の戦士であり、美雲に至っては一切の制限が付いていない。
やがて二人は一つの部屋に辿り着く。
姉妹の身体データを読み取った自動扉が開けば、そこには、
「てけり・り」
ねっちょりと部屋全体に張り付く巨大な仮称スライムがいた。
即座に美雲が神速の抜き撃ちを叩き込む。
雷光が弾けるが、しかし焼けたのはごく一部だけで終わってしまった。
「質量が大きいと、もっと強くしないと駄目みたいね」
呑気に分析しながら、拳銃の弾倉を取り換える。
その隙を逃すほど、仮称スライムは甘くない。
極太の触腕がうねり、大気の壁を貫いて迫る。
その速度は優に音速を超えている。
衝撃波を伴ったその一撃は、しかし美雲の前に立ちはだかった美影に激突し、それだけだった。
美影は微動だにしていない。
仁王立ちして、真正面から受け切ったのだ。
見れば、彼女の全身から魔力が迸り、それが黒い雷となって纏わりついている。
「流石に制限付きだときついね。……報告書がメンド臭いなぁ」
彼女の左手には、一個の懐中時計が握られている。
それは、美影の身分を証明する物であり、同時に彼女の能力を制限しているリミッターの鍵でもある。
「第一制限解除……今の状況だと十分しか許されないから」
「五秒で十分だよ?」
強力過ぎるが故に、その能力を制限され、また鍵こそ自らで管理しているものの、危機的状況下でなければ制限解除は許されない。
そして、制限解除をしたならばそれが妥当である事を証明する為、報告書を提出する事を義務付けられている。
状況を見て、制限解除のタイムリミットを十分と判定した美影は、姉にそれを申告するが、美雲は既に弾種の換装を終えている。
真っ直ぐに銃を構えた彼女は、躊躇いなく撃ち込む。
解放される威力。
百重千重と続く雷撃に遂に仮称スライム特大版は形を留められず、崩れ落ちていく。
「終わりみたいだね。で、何だったのかな、これ?」
「さぁ? どうせお兄の遊びでしょ。
一発かましてやらんと」
状況が終了した事を確認した後、美雲が拳銃をしまい、美影は制限を戻して黒雷を消す。
そして、呑気に言葉を交わしていると、奥から悲痛な叫びが聞こえてきた。
「あ、あぁーーーーー!!?? 俺の傑作ショゴスちゃんがぁ!?」