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閑話:究極へと至る五感(後編の後編)

今回で終わりって言ったからな!

だから、今までで一番長くなった!


2.5倍くらいあるぞ!


詰め込めば良いってもんじゃないんだけどねぇ。



あっ、料理に関してはあんま気にしないで下さい。

筆者、料理人でも何でもないんで。

適当に、なんか凄そうな事をしたんだなぁー、くらいに思ってくれれば。

 開始から、即座に動き始めたのは、裏料理界の面々だった。


 先程までの慣れない緊張による固さを感じさせず、滑らかに、言葉交わす事なくそれぞれの担当へと取り掛かっていく。


 成程一流だ、と、観客、特に高天原の学生と職員たちは、彼らの動きを見て、そう評する。

 現場で使える本当に優秀な者というのは、心の制御が卓越している。

 単純に技量などが優れているだけでは、二流にしかなれない、もっと言えば足手まといだと、教えられ、また実感しているのだ。


 彼らは、軍や警察などの、武力の最前線に配置されるべく教育されている。

 故に、命の危険という生物の本能を刺激する緊張感と戦わなければならない。

 そんな試練を乗り越える為に、たとえ気分が沈んでいようと、逆に気分が異様に高揚していようとも、一定のパフォーマンスを維持できる心の制御法を叩き込まれる。

 まるで、スイッチを切り替えるように。


 その点で見れば、裏料理界は見事であった。


 始まるまでは緊張感でガチガチであり、駄目そうだと思えたのに、いざ始まればしっかりと自らの役目を把握して機敏に動いているのだから。


 直接的に審査や結果には繋がらない、単なる観客側の印象に過ぎないが、裏料理界に対する視線は好意的な物へと変わった。


 少なくとも、挑発的な言動で学生たちから大きな反感を買っている刹那よりは、遥かに好印象となる。


 一方で、その刹那の方は、と言えば、悠長に機械群のスイッチを入れて、程よく試運転をして温めている所だった。

 包丁の一本も握らず、もっと言えば食材すら取り出す様子の無いその動きは、本当に料理をするつもりがあるのかと、困惑せずにはいられない。


「…………ネタを知ってても、あれは調理風景じゃねぇよな」


 関係者用の特別に設置された観覧席の中で、俊哉は頬杖を突きながら呟く。


「まっ、包丁も鍋も使わないしね」


 刹那の使う調理道具は、自動調理器ただ一つのみである。

 それ故に、真っ当な道具は何一つとして使わないし、もっと言えばまともな食材すらも使わないという徹底ぶりだ。


 ディストピアクッキング。

 刹那のそれを見た料理研究部の者たちは、その様に呼称し、むべなるかな、と他の者たちも同意した。


 そうこうしている内に、会場内に僅かにどよめきが起きる。

 何があったのかと視線を巡らせれば、裏料理界の領域で派手な事が起きていた。


 食材を宙に放り投げて、大鎌で切り刻むのは序の口。

 魔術で作られた水球や火球が躍り回り、その中で料理人たちが連携して調理を進めている。


 まるでサーカスの様であった。

 見る者を楽しませる事を念頭に置いた調理風景であり、審査員たちも驚きに目を丸くし、よく見ようと身体を乗り出していた。

 この時点で、かなりの好印象を審査員に与えている事が窺える。


 単純に料理を出すだけのレストランとは違う、調理風景まで含めた魅せる料理は、審査員の主観が大きく左右するグルメウォーズにおいて、重要な戦術と言えた。


「クッ、あんなので興味を買うなど……」

「邪道だ、邪道」

「全くよ」


 料理研究部の面々は、悔しげに歯噛みしている。

 本人たちの言では、単なる味の面では優劣付けがたいものだったらしい。

 お互いが一流の料理人の為、同じテーマで同じ条件の基に競い合えば、どうしても同レベルになり、あとは好みの問題になってしまうのだと。


 そうであるが故に、調理風景で関心を惹き付けた裏料理界に負けてしまったのだと言う。本当かは知らないが。


 美影や俊哉などからすれば、じゃあお前らもそういう事しろよ、としか言えない。

 出来ない訳じゃないだろ? と思うからだ。


 なにせ、彼らは仮にも高天原の学生なのだから。


 その証拠に、会場のどよめきは、そう大きいものではない。


 驚いているのは、主に審査員たちと、そして宣伝の為に招かれたグルメ関連を主戦場とするメディアの者たちだけなのだ。

 高天原に在籍する学生や職員、そして高天原の取材を主とするメディアたちは、まぁ凄いね? という程度の冷めた反応をしている。


 それも仕方ないだろう。

 彼らは、瑞穂という国家、その魔術の総本山に籍を置く事を許された者たちなのだ。

 全国各地で、それぞれが神童だ天才だと言われた者たちの集まりであり、順位が付く以上、下位に位置する者たちもいるのだが、それでも瑞穂全体で見れば確実に上澄みのエリートたちである。


 その為、裏料理界がやっている様なサーカス染みた魔術行使は、やろうと思えば大体の者たちが当たり前のように出来る。

 出来ない者は、落ちこぼれて退学になってしまうだろう。


 そして、高天原を取材するメディアたちも、そんな高天原の状態をよく知っている。

 様々な行事の中で学生たちのレベルを知っているので、特に驚くような事はないのだ。


 強いて言えば、それらの技術を料理に活用する場面があるのか、という物珍しさがあるくらいだろう。


「出来る?」

「あれくらいなら、ヨッユー」

「……二、三日あれば、まぁ出来るかな」

「私、無理」

「そりゃお前、お前は威力ばっかだもんよ」

「ちょっとは繊細な技を身に付けなさいな」


 そんな会話がそこかしこで行われている。


「でも、まぁ、真っ当な調理風景だよな? です」


 ようやく機械が温まってきて次の行程へと進もうとしている刹那を見ながら、雫が小さく溢す。


 準備が整った刹那は、満足げに頷くと、無駄にキレのある動きでターンを決めると、遂にキッチンへと……向かう事なく、審査員たちの下へと歩いていく。


 派手な裏料理界の横で行われる謎の行動に気付いている者は少ない。

 賄賂でも堂々と渡すつもりか、と、ネタを知らない彼らは訝しく思う。


「な、なんや?」


 何故かやって来た刹那に、審査員は動揺したように問い掛けた。

 刹那は、髪を搔き上げながら、それに答える。


「ふっ、待たせてすまないね。ようやく準備が出来たので、君たちを誘いに来たのだよ」

「……準備? 何の?」

「私の舞台にある物を見て、何をするのかも分からないのかね?」


 刹那に割り当てられた場所には、一際目を引く阿吽像と、その足元にズラリと並べられた医療機械があった。


「人間ドックを、これから始めるのだよ」

「「「何でだよ!?」」」

「料理をする為に決まっているだろう? 催しの趣旨を理解していないのかね?」

「いや、分かってる……。分かってるけども……!」


 何処から訂正していけば良いのか分からず、絞り出すような悲痛な叫びが漏れ出た。


「なに、気にする事はない。患者のプライバシーは守る。それくらいの良識はあるとも」

「そこは問題にしていない……!」

「では、さっさと来てくれたまえよ。制限時間があるのでね。早急に始めねばならない」


 本来であれば、何日もかかる行程を数時間以内に終わらせなければならないのだ。

 実際の調理は、自動調理器により数分で完了するとはいえ、そこまでの準備には悠長にしている時間はあまりない。


 何をする気なのかは分からないが、少なくとも賄賂の様な分かりやすく違反行為をするつもりはないらしい。

 そうと理解した審査員たちは、渋々と席を立つ。


「よし。では、診察を始める」


 そこからは怒涛の勢いで刹那が動き始める。


 三人分の検査を同時進行で進めていくのだ。

 あまりの素早い動きに、彼が幾人にも分身して見える程である。

 本当に分裂して人数が増えていると気付いている者は少ない。


「ふっ、ご協力、感謝しよう。診察結果は、料理と共に渡そう」

「……あー、うん。ありがとな?」


 最後の検査が終了し、審査員の全員が元の席へと戻っていく。

 開始から二時間が経過した頃の事だ。


 その頃には、裏料理界の調理は最終段階へと入っていた。

 彼らの調理場からは、食欲を刺激する芳しい香りが立ち上っており、皆々の期待のボルテージを上げていく。


 そんな中で、刹那はコンピューターへと向かって、データの参照と自動調理器へのオーダーの打ち込みを行っていた。

 ここまで来ても、未だに食材の一つも取り出さない様子は、もはや勝負を投げている様にしか見えない。


「完成だ!」


 制限時間を30分ほど残して、裏料理界チームが終了を宣言し、出来立ての料理を審査員席へとサーブする。


 並べられるのは、複数の皿。


 普通のものとは異なる、やや不思議な色合いをしたナンを中心に、幾つものカレールーの入った小皿が並べられる。それぞれが異なる色合いをしており、味や風味が違う事が窺える。


「ほほぅ、こいつは豪勢やな」

「……ふむ」

「…………」


 審査員たちの反応は様々だ。

 目を輝かせる者もいれば、興味深そうに観察している者、そしていまいち興味が惹かれないのか、無表情に見ている者である。


『えー、では、実食前に軽く解説でもして下さいな』


 なげやりな進行に、やや不機嫌な顔を浮かべて睨むが、美雲は何処吹く風と無視した。

 仕方無いので、言われた通りに解説する。


「まずはナンからだ。こいつは、ただのナンじゃない。何と言っても、小麦からではなく、米を練って作ったものだ」

『それはパンじゃなくて餅って言うんじゃないのかしら』


 余計な茶々を無視して続ける。


「全世界の米、有名無名を問わずにかき集めて、混ぜ合わせ、最も適した配合を割り出した」

「加えて、赤米や黒米なども取り込んで栄養価を高く維持させたかやくご飯の形を実現させてある」

「それにより、色鮮やかな生地となっており、目でも楽しめる一品として完成させたぜ」


 自信の品だ。

 味を損なわず、栄養も高く、その上で目にも楽しい、そんな理想的な配合率と焼き方を割り出す為に、それはもう苦労したものだ。


 そして、それはメインであるカレールーの方も同じである。


「ルーは、各種スパイスを、より香り高くする為、それぞれに合わせた方法で加工して調合してある。焙煎したり、逆に生のままで使ったりな。そんでもって、様々な味を楽しめるように、幾つものルーを用意した。甘口から辛口、より風味があるものや肉野菜の旨味を閉じ込めたものまで。好みの味で楽しめるように」


 これもまた、苦労の結晶だ。

 無数に、それこそ星の数ほどもある調合レシピを試していき、ようやく満足できる味わいを実現させた。


 これ以上の味は、奇跡でも起きない限り不可能だと、確信する程に。


「…………でも、自己満足なんだよね、それは」


 観客席の中で、完成品を見て、解説を聞いていた美影は、ぽそりと呟く。


 彼女も、仮にも超一流の料理人と呼ばれる事もある人間だ。

 それが、どれ程の苦労や技巧の上で成り立っているのか、よく理解できる。

 成程、彼らは確かに料理世界を牛耳ろうとするに足るだけの腕前と熱意はあるようだ。


 しかし、それは()()()()()()()()()()


 料理というものは、最終的には主観に左右される好みの問題に突き当たる。

 インスタント食品だろうと、技巧を尽くした一品だろうと、最後は食べる者の好き嫌いなのだ。


 審査員の顔を見れば、それは既に現れている。


 三人の内、二人は興味を惹かれた表情を見せているが、一人は若干嫌そうな顔を見せている。


 美影の見る限り、おそらく彼女は〝色鮮やかなナン〟という部分に引っ掛かっている様に見えた。

 普通の米やナンに慣れ親しんだ者には、あれは少しばかり忌避感を覚えかねない物だろう。


「口に入れるものだもん。当たり前だよね」


 誰もが新しきを好む訳ではない。

 むしろ、それは少数派ではないだろうか。


 なるべく多数派に合わせた料理を提供している美影の実感としては、そう思う。


『さぁー、結果が出ました。10点、9点、8点。これは高得点です。よく頑張りました』

「お姉も煽るなぁ~」


 結果が分かりきっているからだろう。

 特に盛り上げようという気概が感じられない美雲の司会に、美影は苦笑する。


「よし、完成だ……!」


 裏料理界の実食が終わった頃に、ようやく刹那の声が響き渡った。

 対して、美雲は冷ややかな視線を向ける。

 いまだ鉄人が稼働していない事を、彼女は分かっているから。


『弟君? 何が完成したのかしら?』

「ふっ、そんなもの、決まっているではないか」


 彼は、華麗なターンから高々と腕を伸ばして掲げる。

 その指先には、小さなデータチップが挟まれている。


「レシピが完成したのだ……!」

『あのね? もう制限時間5分も無いんだけど、分かってる?』

「ご心配召されるな、賢姉様。私が提供するは、チェーン店のファーストフードだよ。2分あれば余裕だとも」

『仮にも料理勝負の場での発言とは思えないわね~』


 会場の誰もが頷く様を無視して、刹那は掲げていたデータチップを鉄人へと挿入する。


 途端、威圧感のある阿吽像が稼働した。


 和装の阿形が菜箸と刺身包丁を構え、洋装の吽形がナイフとフォークを構える。


「そして、取り出したるは、我が食材!」


 次いで、刹那が取り出したのは、一本の直方体。染み一つ無い白色をしており、全くもって食材には見えないが、食材と言ったら食材なのだ。


「天然素材0%使用、完全合成食材フードカートリッジだっ!」

『身体には悪そうよね』

「賢姉様、天然食材が尊ばれる時代は終わりを告げたのだよ」


 とんでもない事を断言した彼は、フードカートリッジをセットし、更に各種調味料や着色料を取り付けていき、ようやくスタートボタンを押した。


「ポチっとな」


 直後、阿吽像が雄叫びを上げる。


『阿阿阿阿阿阿阿阿阿阿……!!』

『吽吽吽吽吽吽吽吽吽吽……!!』


 不気味な声を張り上げながら、阿吽像が両手の武器を振りかぶり、激しい剣戟を演じる。


『……これに意味あるの?』

「見映えが良い」

『味とかには?』

「ふむ、特に変化はないが」


 単なる演出である。

 ある意味では、裏料理界がやっていたパフォーマンスと同じようなものだろう。

 迫力が段違いだが。

 厳つい顔をした重厚なロボットが、巨大な武器を打ち合わせている様は、腹の底に響く音と合わせて実に見応えがあった。


 そのまま過ぎる事、2分。


『阿!』

『吽!』


 ズシン、と、会場が揺れる程の勢いで武器を床に叩きつけて、阿吽像の動きが止まる。

 二体の間では、自動調理器の扉が開き、出来立てのカレーが、三種類出てきた。


『制限時間残り30秒ちょっと。ギリギリよ』

「つまり、問題ないという事だね」


 既に完成している為、時計は止まっている。


 出来たばかりの皿を取り出した刹那は、悠々と審査員の下へとサーブしていく。


 並べられる料理は、各員で違う。


 カレー、というテーマは守っているが、どれも明らかに種類が異なっていた。


 一人には、裏料理界と同じくナンと複数のルーを。

 一人には、米のカレーライスだが、掛けられているルーが虹色をしている。

 最後の一人には、特異な点はなく、ごく普通のカレーライスが用意されていた。


「意義あり! ルール違反だ!」


 裏料理界が叫ぶ。幾つも用意するのは、グルメウォーズのルールに反すると訴える。


『んー、そんなルールはないわねー。暗黙の了解みたいなのは、こっちには関係ないし』


 しかし、司会の美雲は取り合わない。

 実際に、審査員全員に同じ料理を出さなければならない、というルールは設定されていなかった。

 これまでの経験が培ってきた、盲点の様な抜け道と言える。


『では、解説を』

「言うことなどない。好みに合わせた。それだけだとも」


 本当にそれだけなのだ。

 先の健康診断は、その好みを割り出す為のものだったのである。


 合成食材や自動調理という味気の無さに、僅かな忌避感を覚えながらも、審査員たちは実食する。


 途端、目の色を変えて、食器を机へと叩きつけた。

 物凄く悔しげな顔をしており、彼らは苦渋の声を絞り出す。


「クソっ! ふざけんなや!」

「…………美味しい」

「この味を! 私は表現、出来ない……!」


 信じがたい事に、それは美味しかった。

 もはや、変な言葉はいらない。

 ただただ、自分にとって最高の味だと断言できた。


 それ以上のコメントはいらないとばかりに、審査員たちは目の前の料理を貪り始める。


『あー、一応、解説してね?』

「ふぅ、仕方無いね」


 やれやれ、と肩を竦めて、刹那は言葉を紡ぎ始める。


「そもそも、料理とは究極的には好みの話になるのだ。誰もが美味しいと認める料理は存在しない」


 だから。


「故に、私は個々人に合わせる。神経系を解析し、視覚的に、聴覚的に、嗅覚的に、触覚的に、そして何よりも味覚的に、その者にとって絶対的な正解を割り出して提供するのだ」


 そして、それだけではない。


「無論、それだけではない。健康状態も大切な要素だ。人体は、足りていない要素を本能的に求める。空腹は最高のスパイスというだろう? 渇いた時には、ただの水が至高の甘露にも思えるだろう。自覚していないだけで、そんな足りていない栄養を加える事で、僅かに味わいを深くさせる」


 塵も積もれば、という物だ。

 一個一個は小さな要素なのだとしても、幾つも積み重ねれば、それは明確に味に影響を与える。


「これが私の提供する料理、オーダーメイドだ」


 問答無用で五感へと訴える、究極の料理である。

 それがどれ程の物かは、審査員たちの反応を見ていればよく分かるだろう。

 素材や調理工程を考えなければ、非の打ち所の無い物であった。


 そのネタを知っている俊哉は、苦い顔をして言葉を漏らす。


「……ほんとに、ディストピア感あるよな」

「過程を知らなければ最高の味になるんだから、良いじゃん」

「まぁ、そりゃそうなんスけどね?」

「それに、トッシー君はよくよく体感してるでしょ?」

「…………ん?」

「…………ですです」


 美影の指摘に、彼は首を捻る。

 刹那のあの料理を知ったのは、つい最近の事だ。

 まるで日常的に味わっているかのような物言いは、違和感を覚える。


 彼女は、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、俊哉の隣で知らない振りをして顔を背けている雫を指差す。


「雫ちゃんの料理、美味しかった?」


 指摘に、彼は勢いよく振り返った。

 顔を背けたままの雫へと顔を寄せて訊ねる。


「雫ちゃん?」

「うちの愛だぞ、です」

「良い匂いもするでしょ? まるで、君の性欲とか庇護欲とかを刺激するような」

「雫ちゃん!?」

「特製香水だぞ、です。提供者はミカとセツだぞ、です」

「あんたらの仕業か!」

「そうだ! 僕たちのやり口だ!」

「くあっ! 全く反省する気がねぇ!」


 何度となく大怪我をしては雷裂系列の病院に入院してきた俊哉である。

 彼の神経系の反応情報は、既に入手して解析済みであった。

 それを下に構築した最も俊哉の好む味や匂いを実現し、雫へと提供していたのである。


 いつの間にか嵌められていた事を、今更に知った俊哉は頭を抱えて悶える。

 何よりも問題とすべきは、そこに嫌気が無い事だろう。

 嵌められていたと知った今でも、だからと言って雫から距離を取ろうと言う気持ちが欠片も湧いて来ない辺り、既に外堀は完全に埋められている。


『点数は、オール10点で、雷裂刹那の勝ちとなります』

「ふっ、当然の結果だ。

 ……さて、観客諸君。これより雷裂系列の食事処を全国チェーン展開する事となる。流石に今回のような完全料理の提供は時間がかかるので、もっと簡易的なものとなるが、客のニーズに合わせたオーダーメイド料理と、ついでに診断結果も提供できる予定だ。ああ、時間と金銭を支払うのならば、完全料理の提供もできる故に、そこは安心したまえ」


 後に、飲食業界を盛大に引っ掻き回すチェーン店、《オーダーメイド》の伝説の始まりであった。


~~~~~~~~~~


「んー、嵌められてるって分かってても雫の料理って美味しい。おかわり」

「ですです。このままうちから離れられなくなるが良いぞ、です」


 俊哉が陥落する日は、すぐそこだ。

既に胃袋を捕まれている時点で、逃げ場は無し。

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