閑話:究極へと至る五感(後編の前編)
ちゃ、ちゃうねん。
こんなに長くなるなんて、筆者自身思ってなかったねん。
高天原第二闘技場。
数ある闘技場の中でも二番目に大きく、多数の観戦者を収容できる。
また、ドーム型をしており、天候に関わらずに催しを行える為に、大規模な祭りや注目度の高い試合などでは、頻繁に活用されている。
そんな第二闘技場が、今日も大変な熱気に包まれていた。
手隙の学生や職員が観客として入っているのみならず、各種メディア陣も取材に訪れているという、まさにお祭り騒ぎとなっている。
これ程の注目度は、それこそ高天原学園の年度最強学生を決める決勝戦でもなければ、バカ騒ぎが好きな高天原でも中々見られない。
しかし、これから行われるのは、高天原名物である魔術戦ではなかった。
グルメウォーズ、という料理勝負だ。
料理の良し悪しで賭け事を行う試合である。
ほとんどの者たちは、そんな漫画か何かのような催しがあるという事さえも初耳であったが、とある理由から興味を惹かれて集結していた。
その理由とは、ずばり宣伝である。
瑞穂においては、何かと注目度の高い雷裂家から、大々的に宣伝が打ち出されたのだ。
曰く、『そろそろ飲食チェーンに殴り込みするわ。ひいてはそのデモンストレーションするから見においでよ』、と。
簡潔に纏めるとそんな事を言い始めたのである。
自信満々にそう言われてしまえば、見物に行かずにはいられないのが人の性というもの。
見事に勝利すれば流石だと称賛すれば良いし、まさかの敗北を喫すれば、指差して笑ってやる良いチャンスである。
そんな人間の醜い本性を内包した熱気が、この場を作り出していた。
『では、選手入場です』
司会役として何故か抜擢された美雲の声が、拡声されてドーム内に響き渡った。
抜擢理由は、声が麗しく綺麗だから、だとか。
誰が推薦したのかはお察しである。
それをゴリ押せるのが権力というものなのだ。
『東ゲートより参りますは、裏料理界より這い出してきました暗黒料理人三人衆です』
黒いコックコートに身を包んだ三人組がやって来る。
妙にその動きはぎこちない。
単純に注目される事に慣れていないのだ。
一歩間違えれば命が危うい、という緊張感には慣れている三人だが、一方で不特定多数から注目されるという事は、裏世界の住人であるが故にまず無い。
その為、これ程の視線に晒されては、いつもとはまた違うプレッシャーに身を固くせずにはいられなかった。
「チッ、これも戦術か」
「キヒッ、ヒッ、なに、調理が始まれば、いつもの調子になりますよって」
「違いない」
固くなっている自覚がある為に、口々に愚痴を溢す。
そうしている間にも、司会進行は進んでいく。
『対しますは、西ゲートより。雷裂系列飲食チェーンオーナー、雷裂刹那の入場です』
飲食チェーン程度の料理で勝負しようなど、超一流の料理人を自負している三人組からすれば、侮辱も良いところである。
助っ人が雷裂と聞いた時は、音に聞こえた幻の料理人、雷裂美影と競えると期待しただけに、肩透かし感が半端ではない。
ここは嫌味の一つも言ってやろうと、彼らは口を開くが、しかし言葉を放つ事はなかった。
それよりも早く、場内にブーイングの嵐が巻き起こったからである。
「ブーブー! ブー! ブー!!」
「引っ込めぇー!!」
「くたばれゴミ野郎ーッ!」
「負・け・ろ! 負・け・ろ!」
完全アウェー状態である。
本来、外部の人間である筈の裏料理界の方が、むしろ応援されている状態であった。
「……随分と嫌われてんじゃねぇの」
「ふっ、羨ましかろう。凡夫どもの正直な声援さ。天才たる私には実に相応しい」
「ヒヒッ、我々を前にして、余裕だね」
「? 当たり前ではないか。君たちのような旧態依然の職人気取り、捻る事など容易い」
「……ムカつく。絶対這いつくばらせてやる」
全くこちらを警戒する様子のない刹那に、三人組は戦意を滾らせる。
一方的にガンを付ける選手たちを放っておいて、空気を読まない美雲は司会進行していく。
『続きまして、審査員の紹介です』
会場がよく見える特等席に、ライトが当たる。
堂々と場を睥睨するのは、三人の人物。
『えー、向かって右から、三ツ星ホテルオーナーの鈴木さま、グルメ紀行文著者の石橋さま、調味料製造会社宣伝部長の井上さまとなります』
「おいっ! 適当な紹介しとるんやないわ! こちとら、忙しい中、わざわざ時間作ってこんな孤島にまで来とるんやぞ!」
鈴木と紹介された中年男性が、会場を挟んで対面にいる美雲へと吠える。
仮にも著名人である。
世間からは少なからず尊重されてきており、それを当然と思えるくらいの時間を過ごしてきた。
だからこそ、このような雑な扱いには一言言ってやらねばならない。
見れば、他の二人も眉をひそめており、不満そうな不愉快そうな顔をしている。
美雲は叩き付けられる文句を受けて、しかし彼らへと冷ややかな視線を向けながら、一言。
『文句が、おありで? 〝雷裂〟に?』
「…………い、いややな、本気やないで? ほ、ほれ、わしらにも面子があるんや。やからな、文句は言ったっていう建前がやな?」
『そうですか。理解が及ばず、申し訳ありません』
「い、いやいや、ええんやって」
雷裂に喧嘩を売るつもりはない。
流石に命は惜しいのだ。
彼らも社会的ステータスでは上位に位置するが、あらゆる意味で社会の頂点にいるのが雷裂という連中なのである。
加えて、脳ミソから躊躇という単語が抜け落ちているような者たちなので、怒らせるとナチュラルにいなかった事にされかねないのだ。
つい反射的に文句を言ってしまったが、相手はそんな雷裂の次期当主である。
相手が悪すぎる事に遅れて気付いて、身を縮めて席に戻ってしまった。
『では、これよりグルメウォーズを開催いたします。えー……』
美雲は、手元のカンペを堂々と見ながら、棒読みの解説を始めた。
『ルールは単純。
お題に沿った料理を各陣営は制限時間内に作成していただき、それを審査員の方に審査していただきます。
審査員の方は、どちらの料理の方が美味だったかを判断して投票していただき、票数の多かった方が勝利となります。
ちなみに、今回は無制限ルールとなっていますので、使用する食材や調理器具に制限はありません』
そこまで言ってから、美雲は顔を上げて片方の選手、刹那を見つめた。
彼女は、ニコリと笑みを浮かべると、義弟に釘を刺した。
『弟君? バーリトゥードだからって、盤外戦術は駄目よ?』
「それは我が愚妹の提案であって、私の発案ではないのだが……」
ナニカ、シカケヨウト、シタラシイ。
美雲が張っ倒さなければ、今頃はきっと不戦勝を勝ち取れていた事だろう。
ついでに言えば、自分の力が察知されない事を良い事に調理時間中に堂々と暗殺しないように、という忠告でもある。
『では、前座はここまで、早速始めていきましょう』
忠告はしたので、保身は完了。あとは好きにすれば良い。
美雲は気を取り直して、高く手を掲げてパチンと弾く。
すると、頭上の大画面モニターの表示が変わる。
映し出されたのは、一般的に見られるカレーの画像。
『お題は、シンプルにカレーです。
制限時間は三時間。
では、両陣営ともに、良心が許す範囲内でスポーツマンシップを守って頑張ってください。
はい、スタート~』
全く緊張感の無い宣言と、カーンというゴングが鳴り響き、グルメウォーズが開催された。
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「じゃ、締まらねぇけど、手筈通りに」
「オッケー」
裏料理界三人衆は、それぞれに動き出す。
設置されている冷蔵庫や持参したボックスから次々と食材を取り出していく。
だが、一番に注目すべきは、彼らの調理器具だろう。
リーダーと思しき男性は、身の丈ほどもある巨大な鎌を取り出していたのだ。
他二人も、それぞれにハンドガンやら爆薬やら、とても調理器具とは思えない代物を持ち出している。
場内から、観客がどよめく声が連鎖して響く。
その反応に気を良くしたリーダーは、鎌を振り回しながら言った。
「調理風景もパフォーマンスなんだよ。
ただ美味い料理をするだけなんざ、二流にだって出来るさ」
自信満々に語る。
しかし、場内の視線を独占しているのは、彼らではなかった。
ゴゥンゴゥンゴゥン、と、低音の唸りが鳴り響く。
出所は正面、敵方の調理場だ。
そこには、料理人のコスプレをした特徴的な金剛力士像が囲む謎の機械を中心にして、様々な巨大な機械を引っ張り出している刹那の姿があった。
一見して彼らはその正体を察せなかったが、見る者が見れば、確かに分かるだろう。
レントゲンに、CTやMRI、その他全てが明確な医療器具であると。
『…………いつ見ても、料理しようって姿じゃないわねぇ~』
司会の美雲が、会場の誰もが思っていた内心を代弁するのだった。
次回こそ決着! の筈!
ほ、本当だって!
本編書いてると閑話を書きたくなり、閑話書いてると本編に戻りたくなる。
人の気持ちとは複雑怪奇なものよ。