閑話:究極へと至る五感(中編)
本当は前後編のつもりだったんだよ?
本当だよ?
何が悪いかと言えば、冒頭のクソどうでもいい描写が悪い。
ここだけで千文字超えてる。
続く茶番も含めると、二千字強という暴挙よ。
『『『『Shaaaaaaaaaaaaa!!』』』』
『Uryyyyyyyyyyyyy!!』
多頭の海蛇が吠える。
太く長く、根本で繋がったそれは、もはや蛇ではなく龍が如き威容をしている。
海水を引き裂き、死毒の牙を剥いて敵へと絡み付き、締め上げ、牙を突き立てる。
相対するのは、一匹の巨大な鮫だ。
全身の鮫肌が、より硬質に、より攻撃的に変化しており、それはもはや鱗のような有り様である。
鮫特有の特徴的な背鰭は一枚ではなく、幾重にも連なっており、まるでノコギリのような見た目となっていた。
鮫の額には唯一、硬質な鮫肌の鱗ではなく、金属質の鏡面が嵌め込まれている。
背鰭が帯電する。
電光を迸らせ、そのエネルギーが額の鏡面へと集中した。
直後、一閃の光条となって放たれた。
龍蛇は、器用に首をくねらせて躱すと、多方向から雷鮫へと殺到する。
雷鮫は、囲まれるのは不味いと感じたのか、包囲網を突破しようと発進するが、それよりも一手早く龍蛇が行動した。
毒弾。
それぞれの口から毒の砲弾が放たれる。
軌道として、雷鮫に直撃するものは一つとしてない。
全てが近くを通り過ぎるだけで終わってしまう。
瞬時にそれを見て取った雷鮫は、故に何の対処もせずに見過ごしてしまった。
弾ける。
至近にさえ置ければ、それで良かった。
放たれた無数の毒弾が、雷鮫の近郊で独りでに弾け飛び、タコスミのように海を汚染する。
不意打ちを受けた雷鮫が苦悶げに吠える。
彼とて毒への耐性は持っている。
しかし、広がる毒素は、龍蛇が濃縮し、強化した特製の死毒である。
雷鮫の耐性を抜けて苦しめるだけの威力がある。
数瞬の怯みに、龍蛇の多頭が肉薄した。
気付いた雷鮫だが、既に檻は閉じている。
逃げ場はもはやない。
だから、牙を剥く。
大きく顎を開いた雷鮫は、立ち並ぶ乱杭歯を輝かせ、龍蛇へと食らい付いた。
しかし、数が違う。
三本の首が纏めて食い千切られたが、龍蛇からすればたった三本でしかない。
他の頭が、雷鮫の全身へと噛み付いた。
硬い鮫鱗を噛み砕き、毒牙を奥へ奥へと伸ばす。
だが、誤算があった。
牙は鋭く鮫鱗へと突き刺さる。
顎は強く鮫鱗を噛み砕く。
しかし、長さが足りていなかった。
分厚い鮫鱗を貫き、雷鮫の体内へと毒を流し込むには、牙の長さが残念ながら足りていなかったのだ。
予想外、に生まれた隙を逃すほど、雷鮫は甘くはない。
背鰭が輝く。
電光を纏い、徐々に強くなっていくそれが、やがて臨界へと達した。
スパークする。
収束して砲撃するのではなく、全身から雷電を放出する。
あまりの熱量に絡み付いていた龍蛇の頭たちが、残らず炭屑となって崩れ落ちた。
しかし、まだまだ頭はある。
致命には、届いていない。
仕切り直しとなった龍蛇と雷鮫は、再度の雄叫びを上げながらお互いに喰らい合った。
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「ふむ……。スペック的には鮫の方が高いのだがね。
蛇は工夫で補っているようだ。
実に賢い」
怪獣戦争の行われている水槽を前に、スーツに白衣を纏った男が呟く。
刹那である。
海の廃棄領域から引っ張ってきた謎生命体の生態を調べている最中である。
気分的には、ポップコーンとコーラが欲しくなる光景だが。
「さて……あー、何だったか。グルメウォーズとか言ったかね?」
彼が背後へと振り返れば、目の前で行われるビックリ決戦に唖然としている面々がいる。
驚いているのは、主に初見の三人組だけであり、美影は楽しげに微笑んでいるし、興味本位で付いてきた俊哉と雫は呆れの色が強いが。
「あっ、うん、そうそう。それでね……」
「いや、皆まで言わずとも良い。
つまり、そう、料理勝負なのだろう?
それでここに来たという事から導き出される結論は、ただ一つしかない」
まるでミステリー物語の探偵役のように、刹那は袖から音を鳴らしながら、一直線に指差して断言する。
「廃棄領域料理に挑戦する為に、素材の吟味に来たのだ。そうに違いない」
「…………まぁ、大体そんな所かな」
「違いますよ!?」
まさかの肯定に、部長が勢いよく美影へと振り返りながら否定する。
だが、当然と言うべきか、刹那が信じるのは可愛い妹の言葉であり、どうでもいい料理人の小五月蝿い鳴き声ではない。
「成る程成る程。
では、あの鮫などをオススメしよう。廃棄領域産の生物としては、比較的に毒性が少ない方だ。
まぁ見ての通り、人間くらいならば一発で消し炭にできるくらいの電力を蓄えているが……大した問題ではないな」
「……大した問題だと思うぞ、です」
「ああ、蛇の方は常人にはオススメしない。
なにせ、見ての通りに毒素が濃厚に過ぎる。
人間など触れるだけで骨も残らん」
「危険度じゃどっこいどっこいじゃね? それ」
いちいちツッコミが五月蝿い。
それらを無視して、水槽に張り付いて一大スペクタクルを楽しんでいた美影が訊ねる。
「ねねっ、お兄お兄。おれ、美味しいかな?」
「石ころよりは食べ甲斐があると思われるな、栄養素的に。
肉質としてはタイヤゴムとほぼ岩、と言った具合だがね」
「そっかー……。まぁ、でも物は試しに経験してみたいかな?」
「承知した」
パチン、と刹那が指を弾けば、龍蛇と雷鮫が不可視の何かに浚われて水槽の上へと消えていった。
「まずは素材の味を楽しむ為に刺身でいこうか」
「わぁい!」
そして、何処からともなく皿が降りてくる。
盛り付けられているのは、二種類の刺身肉。
片方は毒々しい毒液が滲み出しており、もう片方は見て分かる程に帯電している。
明らかに人の食べるものではないだろう。
だと言うのに、美影は嬉々として箸を取り、箸が毒と電気で消滅してしまったので、代わりに手掴みで食べ始めた。
ブチィッ!(クソ硬い肉を噛み千切る音)とか、ゴギンッ!(岩みたいな肉を噛み砕く音)とか、ジュワッ!(毒素で何かが溶ける音)とか、バリィッ!(電撃が弾ける音)とか、どう考えても刺身を食べているとは思えない音が彼女の口の中から響き渡る。
「んー、刺激が強めでこれはこれで癖になりそう」
「ふふっ、そうかね? それは良かった」
強がりではない笑顔を浮かべる美影に、刹那も釣られて微笑みを見せる。
廃棄領域に適応している二人にとって、やたらと強力な毒物などちょっと刺激的なスパイス程度の扱いであり、また雷の魔王である美影に電撃が効こう筈もないのである。
「君たちも如何かな?」
「「「…………っ!!」」」
「それ、マジで言ってんならミクにチクってやる、です」
「いやー、今は食料に困ってないし」
三人組は必死に首を横に振って拒否を示した。
無理もないが。
雫は責めるようなジト目で返し、俊哉は微妙にずれた発言でやんわりと拒絶する。
なにせ、彼もまた廃棄領域経験者なのだ。
気合いと根性に諦めと覚悟をブレンドして武装すれば、まぁなんとか食べられない事もない、という程度の能力は持っている。
とはいえ、確定で腹は下す事になるし、それと引き換えにしたい程に美味しい食材でもない。
というか、はっきり言ってクソ不味いので、それ以外に食べる物が無いのでもなければ、出来れば遠慮したい代物なのだ。
当たり前ではあるが。
「ふむ、そうかね。好き嫌いはいかんと思うが……」
「それ以前の問題だっての」
「とはいえ、廃棄領域産の食材は、どれも似たようなものだよ。食材探しに命を懸けるガッツは無いものかね」
「つくづく人の生きる世界じゃねぇな、です」
廃棄領域が廃棄領域たる所以である。
人の生きられない世界だからこそ、そこは廃棄されたのだ。
汚染されて二百年が経過した今でさえも。
ともあれ、このままでは使い道がないどころか、処分すら難しい謎の肉を押し付けられかねないので、部長の朝倉が前に出て口を開いた。
「あの、よろしいでしょうか……?」
「ふむ、直答を許そう」
「何処の三文ロープレの王様だよ」
俊哉がツッコむが黙殺される。
「自分たちは、食材を探しに来たのではないのです」
「ほう」
「はい。貴方に、雷裂刹那氏にグルメウォーズの助っ人を頼みたく、こちらに参上しました」
「私に?」
刹那は、毒肉を電熱で炙って焼きながら、毒煙を発生させている美影を見る。
彼の料理の腕の真の姿を知る者は少なく、通常の調理技術は普通よりは上手い方くらいに収まる。
一族衆くらいなものである、知っている者は。
だから、自分に頼みに来たのであれば、誰かからの推薦があったに違いなく、ならばこの場にいる美影こそがその誰かであろう。
パタパタと団扇で扇いで毒煙を俊哉に向けて流している姿を微笑ましく見ていると、部長が肯定の言葉を放つ。
「はい、雷裂美影氏より推薦をいただきました。究極の味を実現できる料理人だと」
「ふむ、成る程」
僅かに黙考する。
何度かの頷きを挟んだ刹那は、近くの端末を操作し、データベースの肥やしとなっていた一つの計画書を出力した。
それを納めたチップを取り外すと、美影へと投げ渡す。
「あぁー、愚妹よ。父……は、不在だろう故、それを祖父殿に渡しておいてくれたまえ」
「うぃ! 了解だよ!」
「さて、助っ人の件だったね。ああ、良いとも。引き受けよう」
「よろしいのですか!?」
色好い返事に、高い声を上げる。
気難しいというか、気分屋だと聞いていたので、断られる可能性が高いと内心では思っていたのだ。
「ふっ、可愛い妹に期待されては、兄として応えない訳にはいくまい。
それに、そろそろ雷裂グループも飲食チェーンに参入しようと思っていたところだ」
刹那は、邪悪な笑みを浮かべて言う。
「グルメウォーズ、宣伝の場として調度良いだろう。
裏料理界とやらには、程好い生け贄になって貰おうではないか」
その言葉には、流石に眉を顰める。
仮にも、相手は超一流の料理人である。
飲食チェーンのそれが不味いとは言わないが、最上級とは言い難いものであり、そんな品で彼らに勝てるとは思えない。
「不満そうな顔だね」
「あ、いえ……」
顔に出ていたのだろう。
刹那に指摘されて気分を害したかと慌てる。
しかし、彼は笑みを浮かべたままだ。
決して機嫌を損ねてなどいない。
「ふっ、心配ならば食べていくと良い。
私の料理、自動調理器〝鉄人44号〟の味を……!」
何処からともなく。
巨大な装置が落ちてきた。
装飾されている、料理人のコスプレをした金剛力士像が特徴的な一品である。
ちなみに、阿形が和装で、吽形が洋装となっている。
「自動……?」
「調理器……?」
あまりにも予想外の方向性に首を傾げる一同を横目に、焼き毒肉を頬張っていた美影が訊ねる。
「あれ、この前まで7号じゃなかった?」
「ああ、実際には9号機なのだが、44という数字を付けたくなったのでね」
「そっかー。じゃあ、仕方ないね」
「いやいやいや!」
ほのぼのと話す兄妹に、部長は割り込んで声を上げる。
「自動調理器なんかであいつらに勝てる訳ないでしょう! 料理を馬鹿にしないで下さい!」
流石に、文句を付けずにはいられない。
それで越えられては、料理人の立つ瀬がない。
しかし、刹那は取り合わない。
「ふん、下らない。
古きにばかり固執した職人気取りどもめ。
技術の進歩も受け入れられないし、視野も狭過ぎる」
彼は〝鉄人〟を起動させながら、語る。
「作者と客、供給と需要。
そんな簡単な事も分からないから、究極という形を見失うのだ。
見せてやろう。
料理の本質というものを……!」
「「「こ、これは……!?」」」
「もう、これ、料理じゃねぇやな」
「…………ノーコメントだぞ、です」
刹那の料理。
その真の姿を目撃した彼らは、絶句を余儀なくされてしまう。
だが、確かに、認めざるを得ないほどに、それは美味しかった。
ちなみに、雫は実際に見たことはないけど出来るという事は知っていたのでノーコメントです。
なにせ、彼女も部分的に習得して実践してるし、俊哉相手に。
教えたのは、当然のようにくっ付けたい雷裂連中ですけど。
実にどうでもよくて、二度と作中では使われないと断言できる設定公開。
あの龍蛇は、正体は海蛇じゃなくてタコです。
あの多頭の蛇頭は、タコの足です。
人間の手には、指が、爪が、皮膚が、関節があるじゃろ?
タコの足にも、同じように蛇の頭みたいに見えるだけの部位が発生しているだけ。
だから、脳ミソなんてないし、タコの足だから切り落とされても大丈夫。
放っておけば生えてきます。