異星戦争、勃発
まーた、主人公がフォルムチェンジしてるよ。
まぁ、プロローグ時の巨大化バージョンなだけだけど。
極熱と極冷。
対極に位置する二種類の衝突は、上手い事に打ち消し合う、等という結末には決してならない。
互いが互いを喰い合い、弾き合い、周囲へと拡散し、世界を侵食していく。
二種類の地獄が地上に顕現し、やがてそれは星全体を飲み込んで――――
「調律調和――真白に染まれ。――【忘却世界】」
――――純白のベールが包み込んだ。
薄衣の様な真白の力場が、炎と氷を優しく覆うと、ゆっくりと縮んでいく。
やがてそれは小さな小さな、人の拳大の大きさにまで圧縮され、そして最後には花火のように弾けて消えた。
降り注ぐ白の雨。
半分以上は、そのまま儚く消える。
しかし、一部の光が奇妙な動きを見せる。
まるで、無邪気に遊び回る子供のように、空を舞い踊る白の光たち。
よくよく目を凝らして見れば、光の中に人影がある事が窺える。
背中に光翼を背負い、頭上に光輪を戴いた、白を基調とした女性たちの姿。
白の系譜。
混じり気のない純粋な色彩が、彼女たちが世界の始祖の直系である事を証明していた。
そして、その中央。
灼熱と極寒の衝突点に、一際強い輝きが出現する。
八枚翼という最も多い光翼を背負ったその女性こそが、白の始祖精霊、世界の八分の一の司る母なる大精霊。
リースリット・ウルザ・ノーリッジ。
それが彼女の名である。
【――白の】
「…………双方、そこまで」
静かに、しかし確かに聞こえる声が、響き渡る。
仲裁である。
停戦を求める言葉に、アハトは僅かに不満げな動きをしたが、大人しく矛を収める理性は残っていたようで、昂っていた魔力が急速に低下していく。
一方で、マジノライン四式の方は、と言えば。
墜落していた。
「アテンションプリーズ。
ただいま、当機は自由落下中です。
まもなく墜落いたしますので、乗客の皆様は自分の責任と実力で身を守って下さいませ」
「お姉! お姉! それって機長としてどう!? 責任感って知ってる!?」
「みんな、どうにでも出来るんだから良いじゃないの。この中で一番危ないのは私なのよ?」
「では、賢姉様は私が御守りしよう!」
「あら、じゃあお願いしようかしら?」
「お兄! お兄! 僕も守ってぇー!」
「ハッハッハッ、仕様のない娘だね。よかろう。さぁ、私の胸に飛び込んでくると良い……!」
「わぁい!」
「…………なぉよぅ。あいつらぁ、ぶん殴りてぇと思わねぇかぁ?」
「まけいぬにどういするのはむかつくけどー、すんごいおもうねー」
《ステラ・ブレイク・キャノン》は、主動力であるマテリアル・リアクターを暴走爆発させる一発限りの兵器である。
その為、撃ってしまったが最後、動力源を失った四式は、機能停止して空から落ちる事を宿命付けられていた。
サブの動力でスラスターを吹かしているが、気休め程度のものである。
なんとか姿勢制御が出来ているだけで、落下速度の緩和には全く役に立っていない。
リースとアハトが見守る中、四式は遂に強かに大地へと叩き付けられて大破するのだった。
「…………アハトの判定勝ち」
【――釈然とせん】
リースの言葉に、アハトは憮然とした様子で返す。
だが、安堵も束の間。
大破した四式の残骸を打ち砕いて、黒き稲妻が立ち上った。
飛び出してくる小さな影は、精霊と天竜の前に、臆する事無く仁王立つ。
黒雷を編んで作られた長髪を靡かせ、全身に血霧を纏った、小さな人間種のメス個体。
「じゃん! 真打ち登場っ!」
美影である。
お互いに初対面である。
沈黙が流れる。
一触即発の緊迫感も同時に。
(……何だ? 何だ、あれは)
アハトは、そしてリースも、美影の異様性に内心で困惑を覚える。
人間、の筈だ。
姿形は確かにそうだし、気配もほとんどそうである。
そう、ほとんどだ。
人間ではない物が混ざっている。いや、変わり始めていると言うべきなのか。
その気配は、何処か自分達と同じものに感じられた。
ただの人間が、たかが一生物が。
あまりにも、歪。あまりにも、不可解。
あってはならぬものだと、断じるにあまりある。
だから、アハトはリースの仲裁で収めた矛を、もう一度抜き放つ。
天地之理――【白銀世界】。
命持つ者ならば、最後には凍り付く絶対なる世界が広がる。
リースは、止めない。
彼女も、困惑の中で目の前の存在がイレギュラーだと直感していたから。
滅ぼすべきだと、判断していた。
だが。
連弾壊砲三門《天雷宮・夜》。
大出力に支えられた黒雷の帳が広がる。
何をしようと無駄だ。無駄の筈だ。
白銀世界は、抵抗する熱量自体を凍てつかせる。
抗えば抗う程に凍り付いていく世界法則なのだから。
だと言うのに、氷と雷が拮抗し、双方が砕け散った。
【――……馬鹿な】
世界法則が、そういうものだと決定付けるものが、一生物の力で砕かれてしまうなど、有り得ない。
「んっふふ~、面白い手品だね。でも僕には効かない! 残念!」
美影がケラケラと笑う。
それは、目を丸くする彼らを嘲笑っているようでもあった。
「…………あなたも、異邦人?」
「うん? ああ、知ってるの?
お兄とはずっといたし、お姉の方かな?
へぇ、隠しといたんだけど、見つけたのかな?」
何処からそれを嗅ぎ付けたのか、僅かな一言からおおよそ察する。
「そう! YES! 大正解っ!
宇宙の海を越えて遥々やってきた、紛う事なき余所者だよ!」
「…………じゃあ、警告」
リースは、威嚇するように魔力を高めながら、言葉を放つ。
「…………今すぐに失せろ。さもなくば――」
【さ、も、な、く、ば? どうすると言うのかね?】
彼女の言葉を遮り、不快に響く声が発せられる。
出所は、分かる。
四式の残骸を引き裂きながら、今まさに現れた。
骸骨。
それは、醜悪を煮詰めて邪悪を埋め込んだような、骨の怪物だった。
見上げる程の、山の如き巨軀。
無数の骨を寄せ集めて造られた身体は、肉がまるで無いにも関わらず厚さを感じさせ、重さのある威圧感を見る者に与える。
組み合わされた骨の隙間からは、黒いタールの様な物が垂れ落ちており、白い身体を不気味に黒く染め上げている。
邪神。
悠久を生き、そうした物が単なる妄想の類いだと知っている精霊と天竜をして、そんな事を思ってしまう程に〝悪〟を詰め込んだ怪物が、天より彼女たちを覗き込む。
目が合う。
骨なのに、眼球があるのかと場違いな事を思ってしまった。
だが、それが単なる眼球である筈がなかった。
無数の、微細な目玉の集合体。
ギョロギョロとそれぞれが好き勝手に動き回り、生理的嫌悪感を覚える眼球をしていたのだ。
(……チキュウって魔境。怖い)
遠い星にある業の片鱗を垣間見て、若干、気圧されて絶句していたリースだったが、なんとか我を取り戻す。
ノエリアからおおよその事は聞いていたので、それが〝人間〟である事を知っていたおかげだ。
何処からどう見てもそうは見えないが。
彼女は、何を言うべきかと僅かに悩んだ末に、端的に問うた。
「…………バカ?」
【ふっ、何を言うかと思えば。実に愚かな問いだよ、ホワイトロートル】
怪物は鼻で笑った。
リースは反射的に攻撃を放った。
それは、胴体に風穴を開けたが、すぐに何事もなかった様に閉じて、怪物も気にせずに言葉を続けた。
リースのストレス指数が上昇した。
【我が故郷にはこんな言葉がある。
〝賢者は生きる事を拒み、更なる賢者は生まれる事をこそ拒む〟と。
つまり、生まれ落ちておめおめと生き続けている時点で、あらゆる生命がすべからく底辺一直線の愚者でしかない。
そんな事も分からないとは、愚かな愚者のようだね。
もっと勉強したまえ】
取り敢えず蜂の巣にしてやったが、あまり効いている様に見えないので徒労感が半端ではない。
リースのストレス指数が急上昇した。
【さて、建設的な話はこれくらいにして、気楽な話をしようか。……何の用かね?】
「…………アハト、アハト。あれ、凍らせて」
【――貴様、仲裁に来たのではないのか?】
そういえばそうだった。
あまりの奇襲に目的を見失っていたリースは、なんとか気持ちを切り替える。
「…………ノアから話は聞いた」
【ああ、君はそうだね】
「…………お前たちの事、見てた」
【気付いていたよ。私に隠すべき恥部などないがね】
それはあるだろ、見た目とか、というツッコミを飲み込む。
それを言い始めると話が進まないので、それが最善なのだ。
諦めた訳ではない。
「…………たった三人で、出来ると思ってるの?」
彼らが、三人しかいない事を見ていた。
そして、美雲はその底を見せた。
天竜種と渡り合った事は驚愕だが、それでも天竜の一柱で対抗できる程度のもの。
刹那と美影は、分からない。
しかし、刹那はノエリアの話を聞く限り、彼女と同種である。
ならば、眠っているノエリアを叩き起こしてぶつければ止められる。
そして、美影は、美雲以上刹那未満として換算しておけば、きっと大丈夫だろう。
複数の天竜や始祖精霊で対応すれば、どうにでもなる。
少なくとも、惑星ノエリアの勢力下ならば。
強力な三人だ。人間とは思えない。
だが、それでも星の全てを相手にするには、あまりにも足りていない。
【クックックッ、面白い推論だ。我々が君たちに及ばない、と?】
「…………厳然たる事実」
【よかろう。では、是非とも証明したまえ】
刹那は、覗き込んでいた姿勢から、身を起こす。
それに吊られるように、大地が浮き上がった。
【――……なんと】
リースのみならず、アハトの巨体を載せてあまりある広範囲の大地が浮かぶ。
何の力も感じられない。
だが、きっとそれをしているのは、目の前の怪物である。
まさしく化け物じみた出力に、驚嘆せずにはいられない。
デモンストレーションだ。
これだけの分かりやすい力を見せつければ、きっとこちらに意識を集中してくれるに違いない。
山よりも高い位置にて、視線を合わせた惑星ノエリアの代表たちに、刹那ははっきりと告げる。
【私たちには私たちの目的がある。もはや言葉で収まる物ではない】
「…………、……そう、残念」
リースは、僅かに目を伏せた。
そして、彼女もまた、明確に宣戦布告した。
「…………じゃあ、覚悟する。お前らは、骨も残さない。魂の一欠片まで打ち砕いてやる。異郷の糧となれ」
【良い文句だ。ああ、存分に歓迎してくれたまえ】
恐れず、受け止める。
不遜な態度に、リースは不愉快そうに鼻を鳴らして、アハトの頭の上に降り立つ。
「…………ふん。行こ、アハト」
【――おい、我にも説明しろ。戦争か? 戦争なのか?】
「…………あとで説明するから」
そのまま、彼の巨体と共に転移して消えた。
彼女に付き従うように、周囲を取り巻いていた白の眷属精霊たちも消えていく。
天竜一柱と始祖精霊一柱、それに眷属精霊だけで相手取るには不利だという判断である。
美雲や美影は、まだなんとかなるだろうが、刹那だけは用意が全く出来ていない。
【ふっ、意外と冷静な事だ】
楽しくなってきたと笑った刹那だったが、ふと一つの事を思い出した。
【愚妹に賢姉様、怪猫はどうしたのかね?】
「……そういえば見ないね?」
「ああ、そういえば。
そっちの鬼ちゃんに襲われた時に盾にして以来、忘れてたわね。
何処かに埋まってるんじゃないかしら?」
【それはいかん。あれが余計な事をすると面倒だ。さっさと見付けて回収するぞ】
「「はぁーい」」
ここに、アハトマジノ大戦争は終結した。
これが、惑星ノエリアの滅亡の始まりだった事を知る者は、今はまだ、いない。
特に意味はないけど吐き出したい設定集のお時間……!
・マジノライン四式《ルシフェル》。
凡才の巨人。凡才の凡才による凡才の為の超兵器、というコンセプトのほぼ完成形となる。
と言うのも、四式を構築する技術の中に、ただ一人にしか扱えない〝何か〟は存在しないのである。
最初の技術や理論を構築したのは、時代時代の天才鬼才たちであったが、彼らはあくまでも人間の範疇を越えない者たちでしかなく、中身を理解して適切な機材を用意すれば、凡才でも模倣する事が可能なのだ。
それした技術のみを寄せ集めて建造された代物である。
美雲はマルチタスクの才を発揮して単独で使っているが、本来は数百人数千人単位の人員を動員して使用されるもの。
まさしく、地球文明の結晶体と言えるだろう。
ちなみに、名前は《烏合之衆》と悩んだり。ある意味、こっちの方が的を射ていると思うけど、流石にどうかと思ったので《ルシフェル》に。
・【忘却世界】
白の始祖精霊リースリットの法則改変。
内容としては、何かを変えるのではなく、あるものを消すもの。名前の通りに、忘れてしまうように。
今回の場合は、四式の滅炎とアハトの氷結(白銀世界の法則を含めて)の全てを纏めて消し去っている。
精霊種が、天竜たちが滅茶苦茶にした世界法則を修復する際の一番最初の工程に当たる。
簡潔なイメージをするならば、消しゴムなんだよ、これ。
但し、かなりアバウトに消してしまうので、目標となるものだけでなく、消す必要の無い法則や物体なども消し飛ばしてしまう事がある。というか、絶対にある。
なので、空白となった部分の辻褄を合わせて、なんとか元通りにするのが、精霊による修復の通常の工程である。
描写はしていないけど、実は今回もあの辺りの世界法則は、割りとぶっ壊れちゃってたり。
描写はしないと思うけど、それは刹那が回収したノエリアにアドバイスされながらささっと治しました。