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二つの終幕

「キリがない、ねッ……!」


 黒雷の空。

 その発生源たる美影は、不満を零す様に叫ぶ。


 一時は拡大の止まっていた異界門だが、少しして再び拡大を始めた。

 現在は、直径13㎞弱。

 高天原を覆い尽くすほどの巨大さだ。


 大きさに比例するように、敵戦力は増えていく。


 一方で、こちらの戦力は減っていく。


 魔力切れだ。

 現在、地上まで到達した敵戦力の相手をしているのは、ほとんどが《千斬》と《怪人》の二人だけであり、高天原の警備隊戦力はそのほとんどが魔力が枯渇して戦場から離脱している。


 途中から、《ゾディアック》の二人も加わって殲滅力こそ上がっているが、終わりの見えない戦場は、精神的に辛い物がある。


「ぬぅん!」


 巨竜型異形を殴り付ける黒い巨人。


《牡牛座》ランディである。

 命属性である彼の特技は、単純な巨大化である。

 至極単純であるが、馬鹿にする事なかれ。

 通常大である時と巨大化時で行動時間は変わらないのだ。

 故に、一つ一つの行動範囲が異常に広く高速になる。


 莫大質量と超速度が合わさる事で絶大な威力を誇る拳を受けて、巨竜の首が折れ曲がる。


 しかし、それで絶命はしない。


 流石は竜と言うべきか。

 高い生命力を持ち、折れた首を強引に戻しながら雄叫びを上げる。


 そこへ、下から上へと撃ちあがる隕石が激突した。

 第三宇宙速度まで加速されたそれは、巨竜の頭部を粉砕し、そのまま直線上の異形を貫き、異界門の向こうへと消える。


《射手座》ジャックの流星だ。

 風属性魔力によって真空を作り空気抵抗を無くした上で、土属性魔力の超重力によって加速された岩塊は、まさしく流星の如き速度と威力を持つ。


 頼もしい援軍ではある。

 だが、状況に対しては焼け石に水という感が否めない。


 美影は、一度、貴賓室の屋根の上に陣取っているジャックの隣に降り立つ。


「ゼェ……ゼェ……」


 掠れた呼吸が、彼女の喉から漏れ出る。


 それも当然だ。

 戦闘が始まって既に半日近く。

 その間、休む間もなく全力で走り回っているのだ。

 その心肺に多大な負荷がかかっているのは間違いない。

 酸素が足りなくて苦しいというのに、その為に呼吸する事すらも辛いという悪循環が、美影の現状だ。


「大丈夫ですか?」

「そう……見える……? そろそろ……駄目かも……」


 魔力や超能力にこそ余裕は残っているが、それを使う体力が限界に近い。


「お姉……まだ……かかる……?」


 姉に問いかける。


 異界門の閉鎖は、空属性の魔術で出来るかと思われたが、高天原にいた空属性魔術師が総がかりで挑戦したというのに、ほんの一瞬だけ拡大を抑えるだけで終わってしまった。

 なので、次案である美雲による封印処理へと移行した。

 元よりそちらが本命だったのだが。


【あと37秒で準備完了するわよ、美影ちゃん】

「それは……嬉しい……ね……」


 朗報に、美影は根性を入れて立ち上がる。


「じゃあ、最後の一っ走り、行ってみようか……!」


 再度、足に力を入れて、空へと上がる。


 高空から見下ろす高天原は、あちこちで火の手が上がっている。

 敵戦力の殲滅が追い付いていない証拠だ。


 敵の多さも問題だが、徐々に敵の強度が上がっている事が最大の問題だ。

 初期の敵は、攻撃するどころか、美影の黒雷の余波だけでも砕けた。

 途中から明確に攻撃しなければ死ななくなった。

 今では、一撃では倒れない敵が混じり始めている。


 巨人型異形が殴りかかってくる。


 美影はそのまま突貫する。

 巨人の拳を打ち砕き、肩から飛び出した彼女は、墜天黒を投擲する。


 巨人の頭部を粉砕する。


 一瞬の停滞。


 そこを狙って、魔力で編まれた鎖が周囲から殺到する。

 鎖に囚われ、小柄な彼女は見えなくなる。


 そこへ巨竜がブレスを吐く。


 迫る大エネルギー。


「邪魔ぁ!」


 全身から黒雷を放出し、魔力鎖を砕く。


 続けて、無秩序に放出していた黒雷を束ね、頭上から迫るブレスに向けて投げる。


 閃光。


 爆発する魔力嵐の中を、美影は駆け抜ける。


 巨竜の眉間に取り付いた彼女は、手刀で巨竜の頭蓋に穴を開ける。


「爆ぜろッ!」


 黒雷を放出。

 巨竜の頭蓋は耐えきれず、爆散する。


 美影が優先的に排除すべき脅威だと分かっているのだろう。


 飛行型の異形がわらわらと向かってくる。


「鬱陶っ! しいっ!」


 無数の黒雷弾を生み出し、全方位に向けて撃ち出す。


 着弾と同時に黒雷が拡散し、雷鳴が轟く。


 間隙に、美影は墜天黒を再構成し、走行を再開する。


 高天原を4周ほどした所で、美雲から言葉が届く。


【準備ができたわ。邪魔が入らないようにして】

「どうすれば良い!?」

【全力で吹っ飛ばせば良いのよ】

「了解ッ!」


 美影が異界門の中心直下、闘技場へと降り立つ。


 見上げれば、今も猶、無数の異形を吐き出す、底無しの闇が見える。

 あの向こうがどうなっているのか、ちょっとだけ興味が湧く。

 しかし、今はそれを確かめる時間ではない。


「すぅー……」


 大きく息を吸い込む。

 合わせて、魂の底から全ての能力を解放させる。


 出し惜しみは無しだ。

 今の全力を叩き込む。


 彼女の全力に合わせて、周囲に雷気が満ちる。

 あちこちで放電現象が発生し、天地を繋ぐ雷の柱が乱立する。


 美影が半日に渡って吐き出し続けた魔力が、彼女に反応して再活性化しているのだ。


 美影は、それらを手繰る様に集める。

 闘技場が溢れんばかりの雷光に照らされる。


「行くよ、お姉」

【いつでも】


 GOサインに美影が構える。

 空を睨み、腕を背後に引き絞る。


「神罰覿面ッ!」


 超能力魔力混合術式《天槌》。


 周囲に満ちたエネルギーをも利用した、一発限りの渾身の一撃である。


 高天原全域から、漆黒の柱が起立する。


《天槌》は、吐き出された敵戦力を一掃し、更には異界門をも貫く。


 数十秒にも渡って続いた解放は、やがて細く収束する。


 全力を使い果たした美影は、意識を失ってその場に倒れ伏す。


 異界門は、開いたままである。

 物理的に破壊できるものではないのだから、当然の結果だ。


 但し、そこからは次なる敵が出てくる事はない。


 向こう側にまで到達した《天槌》によって、待機していた戦力までが消し飛んだのだ。


 僅かな間隙。


 そこに、美雲が割り込む。


【囲え 囲え 永劫の鳥籠よ

 鎖せ 鎖せ 在らざる道を

 幽世を現世へ

 夢幻を終わらせ

 覚醒へと至れ

 さぁ――!】


 詩が躍る。

 合わせて、異界門を閉ざす様に複雑な魔法陣が幾重にも出現する。

 それらはくるくると回り、刻一刻と姿を変えてその記述を変える。


 ちなみに、これは単なる演出である。

 意味はない。

 解析しようとするであろう誰かへの目晦ましである。


 美雲は、自らの力が異界門を覆った事を悟り、起句を言う。


封印(シール)ッ――!!】


 瞬間。


 魔法陣が一気に収縮し、同時に異界門が引きずられるように折りたたまれていく。

 時間にして数秒。


 たったそれだけで、13㎞にも及ぶ巨大な異界門が跡形も無く消え去った。


~~~~~~~~~~


「ふぅ……」


 複雑怪奇な異界門の構成を解析しきり、対抗術式を即席で編み上げた美雲は、胸に溜まっていた息を吐き出す。


「ご苦労様です、美雲さん」

「有難う御座います、陛下」


 労いの言葉と共に差し出されたペットボトルを素直に受け取り、中身を煽る。

 冷えた水分が全身に染み渡る。


 半日にも及ぶ緊張状態は、流石の美雲も堪えた。


 彼女は少しだけ落ち着いた所で、異界門のデータを纏めたチップを作成し、天帝へと差し出す。


「どうぞ」

「はい、有り難う御座います」


 受け取った天帝は、そのまま大統領へとそれを渡す。


 彼らは、この間、ただ観戦していた訳ではない。

 お互いに情報と国益を天秤にかけ、なんとか有利にそれを引き出そうと政治的な駆け引きをしていたのだ。

 そして、その話し合いは既に終わっている。


 異界門のデータも、合衆国へと渡す事で合意がされているので、美雲にその動きを制止する理由はない。


「じゃ、オレは帰るぞ。

 やる事が大量にできちまったからなぁ、おい」

「ええ。今日は付き合って貰って感謝しますよ」

「そう言うんじゃねぇよ。

 こっちも得る所はあったんだ。

 感謝こそすれ、文句なんざ何もねぇよ」


 言って、足早に立ち去る。


 異界の脅威は既に承知だ。

 これから、その対策に追われる。

 それを思えば、一秒たりとも無駄にできる時間は存在しない。


 いっそ礼儀知らずとも言える退室だが、それが分かる天帝にはそれを咎める理由はない。


「……ところで、刹那君はどうしたのですかね。

 まだ、戻ってきていないのですよね?」

「いえ、丁度、戻ってきたようですよ」


 美雲が闘技場を指し示す。

 そこには、空間を砕いて現れた刹那が、倒れた美影を介抱する姿が見える。


 刹那の姿は、衣服のあちこちが破け、血の跡も多い、激戦を思わせる物だった。


 彼の実力を知る天帝としては、顔を顰めたくなる事である。


「始祖とは、それほどですか。困った話です」

「お察しします」

「これから大変ですよ。雷裂にも協力してもらいますからね」

「それは、両親に。私に権限なんてありませんから」

「……そこは、喜んで、と答えてほしい所ですねぇ」


~~~~~~~~~~


《憤怒》は、高天原内を逃げ惑っていた。


 美影に気絶させられた彼だが、その後に続く女神の登場と異界門の開通によって、彼の事は放置されていたのだ。

 おかげで拘束される事も無く、意識が戻った時点で逃げる事が出来た。


「クソクソクソ! クソが! ふざけやがってッ!」


 彼は悪態を吐く。


 当然だろう。

 小娘に敗北しただけでも頭に来るというのに、大切な仲間たちが全員殺された。

 しかも、ただ殺されたのではなく、人としての死を迎えず、まるで材料にされるように殺されたのだ。

 更に言えば、それを為したのが、今まで自分たちを助け、応援してきた女神だというのだから、その心中に怒りが満たされるのは、当たり前の事だ。


 転げる様に闘技場を脱出した彼は、走り回る警備隊をすり抜け、途中、不意に遭遇してしまった異形をなんとか退けつつ、高天原沿岸部に辿り着く。


 入島管理部は、幸いにして無人だった。

 非常事態の為に非戦闘員は避難し、戦闘員はあちこちに走り回っているのだから当然だ。


 港へと出た《憤怒》は、いまだ無事な小型船舶を見つけると、それを奪おうと走り寄る。


 途端。


 目的の船が爆発した。


「よぉ、何処に行こうってんだよ」


 炎上する船から飛び降りてくるのは、焼け爛れた隻腕に一振りの刀を持つ、緑髪の少年だった。


《悲嘆》《淫蕩》《虚栄》の三人を一人で倒した相手だと見て取る。


「はっ、仲間の仇討ちをするでもなく、尻尾を巻いて逃げ出すのか。

 まっ、カスにはお似合いだぜ」

「……あ?」


 緑髪の少年――俊哉としては、その選択は有りだとも思う。

 生きてさえいればこそ、復讐の機会もあるのだから。

 自らの実力や状況を見て、それを完遂できないと判断して逃げる事は、実に正しい行動だ。


 とはいえ、彼としては逃げて貰っても困るのだ。

 だから、心にもない挑発をする。


 平時であれば、冷静な時であれば、幾らでも聞き流せたであろう、安い挑発。

 だが《憤怒》は、苛立っていた。

 怒りで頭が爆発してしまいそうなほどに、頭に血が上っていた。


 故に、俊哉の挑発に乗ってしまう。


「勝手な事言いやがって、テメェ。丁度いい。

 テメェにゃ、仲間を甚振ってくれた借りがあるんだ。

 ここでぶち殺してやる」

「やってみろ、ゴミが。負け犬にやられるほど、俺は弱かねぇよ」


 それが引き金だった。


《憤怒》は魔力を滾らせ、全身に炎を纏いながら突撃する。

 ヒュルヒュル、と、俊哉は周囲に風を吹かせる。


 その風力は如何にも弱く、《憤怒》の炎を僅かに揺らめかせる程度だ。

 吹き飛ばすには、まるで足りない。


「雑魚がッ!」


 美影に砕かれた為、デバイスはない。


 だから、彼はその豪拳で俊哉を殴る。

 同時に、火属性魔力を爆発させる。


 横面を強かに殴られ、至近で爆炎を浴びた俊哉だが、彼は吹き飛ぶ事無く、その場に留まっている。

 よく見れば、彼の顔には、殴られた跡こそあれ、火傷の跡はない。


 当然だ。


 彼の超能力は、パイロキネシス。

 炎熱に対して高い耐性を持っているのは、言うまでもない事である。


 だが、それを知らない《憤怒》は、ほんの一瞬だけ、驚きに停滞する。


 その隙を突く。


 ぞぶり、と、彼の腹部を刀が貫く。


「これはな、風雲の家宝なんだよ」


 何代か前の風雲家当主が、戦争で功績を上げた際に本家である風祭家から賜ったのだとか。

 それ以来、家宝として歴代の当主に受け継がれている代物である。


 詳しい話は知らない。

 それは、当主が後継者に正式に渡す際に、口で伝えられる方式になっていたからだ。


 俊哉は後継者だったが、正式に家督を継ぐ前に家族は殺されてしまった。

 だから、おおよその話は知っているが、詳細な来歴までは知らない。


「テメェにゃ過ぎた墓標だ」


 先祖からの品であるが故に、先祖の恨みを果たすには丁度良いと思った。

 そして、仇の最後の一人を今こそ殺してやる。


「がぁッ!」


《憤怒》が雄叫びを上げて俊哉を引き離そうとする。


 魔力を込めた拳は、それだけで岩をも砕く凶器である。

 大した魔力の残っていない俊哉には、耐えられる物ではない。


 あちこちの骨が折れ、内臓が傷付くのを感じた。


 だが、俊哉は刀を放さない。

 まるでその場に縫い付けられたように、一歩も後退しない。


 彼の目に、怨嗟と憎悪の暗い輝きが宿る。


「死んで、灰になれッ!」


《天照》。


 閃熱が刀に宿る。


 瞬間。


《憤怒》の全身が沸騰し、蒸発した。


 後には、何も残らない。

 専用に調整された訳ではない為、刀の方も《天照》の熱量に耐えきれずに蒸発したのだ。


 本懐を果たした俊哉は、天を仰ぎ、そのまま仰向けに倒れる。


 疲労しきった全身は、指一本すら動かない。


 彼は溜息を吐き出し、


「7割方、スッキリしたかな……」


 一人、呟きながら意識を失った。


詠唱って難しい。

私の中二心が足りていない所為なのか、国語において常に詩や俳句系で赤点を取る情緒の無さが故か。

はたまたその両方か。

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