白銀世界
実は、このマッチングは前半部分がやりたかっただけだったり。
ちなみに、巨大隕石が超スピードで地表に激突したような物なので、ヤバいレベルの被害がこの時点で出ています。
まぁ、更に酷い事になるのですが。
勢いそのままに、氷の巨体が大地へと衝突する。
破砕が連なり、渓谷という傷痕が更に大きく広がっていく。
自身へと降りかかる山にもなろうかという土砂をものともせず、アハトは砕き取られた幾本かの足を再生させながら、彼は谷底から起き上がった。
空に浮かぶ、鉄の城が見える。
くるくると回りながら、未だ健在な様子を見せているそれは、こちらを馬鹿にしているようにも感じられた。
冷気を放つ。
極圏をも上回る極寒の冷気が、周囲を凍らせ始める。
「良いわー、その冷気。冷却効果が抜群で」
四式は凍らない。
全体から莫大な熱を吐き出し、己の周囲を陽炎のように揺らめかせている。
四式にとっては相性が良く、アハトにとっては相性が悪かったのだ。
四式は、非常に不安定な代物である。
星をも殺してしまう莫大なエネルギー機関、マテリアル・リアクター。
それが生み出す熱量は、己の身さえも焼き滅ぼさん勢いであり、常に熱暴走の天秤を図らねばならない代物なのだ。
だが、アハトとの戦いにおいては、その危険性を相当に無視できていた。
なにせ、氷結の化身である。
存在しているだけで外気は極圏並みにまで下がり、放たれる攻撃は絶対零度に限りなく近い冷気を孕んでいる。
まともに受ければ危険だが、上手く利用できれば、四式の冷却装置としてこの上ない物となっていた。
【――小賢しい真似を】
自身の冷気を逆に利用されているという事実を察したアハトは、不快な呻きを漏らす。
そうしながらも、彼の思考は冷静に回っていた。
お互いに決定打のない現状。
向こうの体力がどれ程かは分からないが、下手をすればいつまでも撃ち合いをする羽目になりかねない。
奥の手を使えば、均衡も容易く崩れるだろうが、それはアハトの望むところではなかった。
自身へのダメージの問題ではない。
周辺環境への配慮である。
あれは、基本的に後戻りの出来ない手段である為、使ったが最後、影響範囲下の環境が悉く大変革を余儀なくされてしまう。
世界を守る天竜の本能として、それは許されざる最後の手段なのだ。
ならば、どうやって状況を動かすか。
【――フンッ。我が魔力も場に満ちているか】
放出した魔力が周辺には充満している。
強烈な冷気へと変化したそれは、一時的な氷の世界を作り出していた。
生命を拒絶する極寒の世界。
しかし、中には環境に適応し、魔力を取り込み、自らを急速に進化させる者たちもいる。
俗に、それは魔物と呼ばれた。
知性なく本能にのみ突き動かされる生物たちだが、大本を辿ればアハトの魔力が根源となっている。
少なくとも、今この辺りにいる魔物たちは。
ならば、それは彼の眷属であるとも、言えるのである。
【――集え、我が眷属よ】
号令を下せば、一斉に動き出す。
取るに足らない、小さな力だ。
己の戦場に割り込める程の力はない。
だが、それが幾百幾千、幾万と集えば、話が違ってくる。
獣の本能とはいえ、自律的に行動する魔法が天空の城塞へと襲い掛かった。
対して四式は、即座に対策を打つ。
「あら、部下がいるのはそっちだけじゃないのよ?」
格納庫のハッチが解放される。
リニアカタパルトにて射出されるのは、無数の機械兵器群。
無人機雷艦載機《桜吹雪》。
取り敢えず最後には自爆特攻する事を運命付けられた、使い捨ての哀れな兵器である。
通常ならば自立稼働するAIが搭載されているが、今回は美雲による遠隔操作で襲い来る魔物たちへと吶喊していく。
だが、艦載機の発進の為に、僅かに弾幕に穴が空いた。
その隙へと、アハトは突進する。
長い身をうねらせ、無数の足が大地を踏み砕きながら突撃していく。
「ふっふっ、三度目の正直。今度こそホームランしてあげるわ……!」
巨大ムカデの接近に、四式は黒剣翼の位置を調整し、打ち返す構えを見せる。
激突する、その瞬間。
アハトの巨体が大きく沈みこんだ。
「まさか……!? フォークボールっ!?」
冗談はさておいて、黒剣翼を空ぶった四式の下部へと潜り込んだアハトは、再度の方向転換、垂直に上昇し、今度こそ四式へと取り付いた。
巻き付く。
長大な身体を鞭か縄のように使い、四式の白い本体をきつく縛り上げる。
表面に設置された砲塔やアンテナがへし折れ、装甲がひしゃげて曲がり、無数の足が杭のように打ち込まれる。
「さば折り? でも、それくらいじゃ折れないわよ!」
確かに無視できないダメージである。
だが、継戦能力に支障が出る程ではない。
他の攻撃手段は幾らでもあり、メインフレームは歪みすらしていないのだから。
しかし、その美雲の判断に、弟妹が否を唱える。
「いや、違うぞ賢姉様」
「お姉、これは……!」
そう、それが目的ではない。
あわよくばへし折れてしまえ、と思っていた事は確かだが、出来なかったのなら出来なかったで次なる動きへと繋げるだけである。
垂直上昇が止まらない。
アハトは、その膂力を遺憾なく発揮し、取り付いた四式ごと更なる空の高みへと上り詰める。
成層圏。
やがて、大気圏と宇宙の狭間にまで上った所でようやく上昇が止まる。
「? 大気が無ければ音を上げるとでも?」
何がしたいのか、未だに思考が追い付いていない美雲は、疑問に首を傾げる。
確かに、通常の生物ならば致命的な手段だろう。
だが、四式の本質は宇宙船である。
大気圏内で戦っている方がイレギュラーであり、むしろホームグラウンドに連れてこられた様なものだ。
それを知らなかった、察していなかったのだとしても、しかしあまりにもつまらない手段ではないか、と彼女は思う。
だが、そんな彼女に、四式の製作者から警告が発せられた。
「あー、賢姉様」
「なぁに? 弟君」
「対ショック姿勢を取る事をおすすめしよう。
艦橋の安定機構でも、流石に許容値を超える」
「……はっ?」
何を、と思った直後、重力が消えた。
いや、違う。
反り返ったアハトが、重力に自らの筋力を加えた速度で、急速に大地へと落下しているのだ。
その段に至って、美雲はようやく何がしたかったのかを理解する。
「これはっ! まさか……!?」
「ジャーマンスープレックスだっ!」
壮大なプロレス技が、強烈に決まる。
ちょっと表現しがたい大破砕音を伴いながら、四式が大地へと叩き込まれた。
あまりの衝撃に、谷間が更に大きくひび割れ、大地震にも匹敵する揺れが一帯を襲った。
アハトの動きは終わらない。
突き刺さった四式は、未だ原型を留めている。
どうやら直前で黒剣翼のシールドを展開した事で衝撃を緩和したらしい。
なので、突き刺さったまま、地面を引きずり回していく。
「くぉっ、んのっ……!」
あまりの衝撃に一時機能がダウンしていた四式は、防御もままならない。
大地をおろし金にして柔い部分からすりおろされていく。
復帰した美雲は、レッドアラートの鳴り響く中、生きている機能を確認して、即座に対処を行う。
「もぉー怒った! 容赦してあげないんだからね!」
一応、ノエリアへの配慮で使わないでおこうと思っていた手札を切る。
倉庫のハッチを開いた四式は、内部に格納していた特殊弾を投下していく。
その正体は、小型の簡易核爆弾である。
三次大戦中の地球から、刹那が掻っ払ってきた戦利品の一部だ。
どうせ現代では禁忌兵器扱いで持って帰れないのだから、何処かの恒星にでも不法投棄してしまおうと思っていたのだが、キレた美雲は惜しまずにぶちまけていく。
その判断から、数百にも及ぶ危険物が投下された。
惑星ノエリアには、核という技術は存在しない。
いや、かつて怪蟲種がいた頃には類似品が存在していたのだが、星を汚染する技術として、彼らの滅亡と共に抹消されていた。
アハトは、まさかそんな物を贅沢に使ってくるなどとは、夢にも思っていなかった。
自分たちの逆鱗を、知らぬ筈もあるまい、と。
故に、やや強めに凍結魔力を放つだけで、周囲にばらまかれるそれにほとんど対処しなかった。
起爆する。
一部はアハトの冷気に触れて不発に終わったが、大半は問題なく炸裂してしまう。
馬鹿げた熱量が衝撃と汚染物質と共に連続して放出され、星が揺れ動いた。
【――おのれぇ! 忌々しい害虫がぁ! 許さぬぞ……!!】
堪らずに四式から離れたアハトは、怒髪天に吠え叫ひ、再び空へと上がり行くそれを憎々しげに睨み付ける。
核反応に付随する放射能の散布。
自然環境を大きく破壊するそれは、アハトの怒りに爆薬を詰め込む所業であったのだ。。
爆炎に溶けかけていた氷の身体から、怒りのままに魔力が放出されていく。
魔力は冷気となり、全てを凍らせる絶対なる停滞をもたらす。
氷結。
瞬時、と言って差し支えない速度で銀世界が形成されていった。
荒れ狂う爆炎も、立ち上るキノコ雲も、そして生命を殺し書き換えてしまう見えざる放射線も、何もかもが例外なく。
凍てつく世界。
遂に天竜の本性が解放されたのである。
【〝天地之理〟――――白銀世界】
凍る、氷る、あらゆる全てが止まっていく。
「……!? なに!?」
それは、四式であれ例外ではない。
四式の装甲に凍結現象が走り、それは内部にまで急速に侵食していく。
無数のエラーが吐き出され、飛翔さえも困難な有り様となってしまった。
何が起きたのか。
困惑する美雲だが、氷の神の影響は留まる所を知らない。
「くっ、あ……!?」
美雲の身体さえもが、凍り始めたのだ。
皮膚に霜が降り、急速に体温が奪われていく。
なんとか抵抗しようと手指を動かそうとすれば、その端から凍り付いてしまった。
その時点で、彼女はおおよその事態を把握した。
(……速度を、凍らせているのね!?)
動く物を凍らせる。
そんな物理法則を世界に強いている。
凍らない為には、簡単だ。
動かなければ良い。
だが、そんな事は生物には許されない。
何故ならば、生物は心臓の拍動と血流によって自らを支えているのだ。
速度を凍らせる世界の中では、如何なる生命も自己を保っていられない。
「きゃー! お兄、さむーい! 凍死しないように素肌で温め合わないと!」
「ふふふっ、良いだろう愚妹よ。さぁ、抱き合おう!」
「お兄! お兄! ナチュラルに凍り付いてるから体温感じないよ!?」
「今の私は氷属性だからね」
後ろで、黒雷によって凍結から身を守っている妹と、全身を氷に変換した弟がコントをやっているのが、今は激しく鬱陶しい。
適当な工具を投げ付けてやったが、途中で凍り付いて落ちてしまった。
「魔力と超力で抵抗は出来るけど、時間の問題ね……!」
美雲は、自身の能力では長い時間耐えられないと悟る。
呼吸器も凍てつき始め、呼吸する事さえも辛くなってきた彼女は、しかし諦めの感情を抱いていなかった。
「……ええ、良いわ。そっちがその気なら、こっちも容赦しないわよ」
美雲は、自らの超能力を解放した。
という訳で、長々と引っ張ってきた天竜の本領です。
『物理法則改変』という、反則能力となります。
もうちょい詳しく解説いたしますと。
惑星ノエリアの勢力圏内での、限定的な法則改変ですね。
また、何でもかんでも好き勝手に弄れる訳ではなく、自分の権能に沿った改変となります。
ちなみに、不可逆です。能力を解除すれば元通りになる、なんて都合の良い事はありません。
元に戻すのは精霊種の役目。
パパが虐めるの。助けてママン。
それも何千年何万年かけてゆっくりと戻すので、まともな生物のスケールだと紛う事なき大災害です。
アハトフリーレンの場合は、『エネルギーは凍り付く』という極悪法則となります。
よりエネルギーレベルが高い程、より急速に凍り付いていくので、完全に強者を狙い撃ちにしたジャイアントキリング法則となっています。
魔王クラスの平均的戦闘状態で、何も対策せずに突入した場合、三秒以内に完全凍結してしまいます。
相手にもならない雑魚ならある程度は活動できるけどまぁ敵足り得ず、敵になり得る強者は瞬間凍結させられる。
そんな理不尽無敵空間ですね。
極悪。
作中に登場している中で、美影の摩訶不思議黒雷や刹那の不条理能力を除けば、実は最も相性が良いのはリネットとなります。
何故ならば、この空間内で活動する為の最適解は氷を身に纏う事だからです。
温度が低ければ、エネルギーレベルが低ければ良いというものではありません。
なにせ、認識基準がアハトフリーレンの主観なもので。
0℃ギリギリの氷と、マイナス200℃近い液体窒素では、氷は何の影響も受けないけど、液体窒素の方はナチュラルに凍り付きます。
そして、完全氷属性のリネットの魔力は、アハトフリーレンの認識では氷認定されるので、彼女だけはこの法則下であっても何の影響も受けません。
既に氷っているものを、更に氷らせる事は出来ないのですね、この法則では。
ただ、相性が良いだけで出力には馬鹿みたいな差があるので、タイマン挑んでも軽く圧殺されます。
リネットを補助において、魔王クラスを数人組ませれば、まぁ良い勝負が出来る事でしょう。(勝てるとは言っていない)
ちなみに、この法則改変は、刹那もやろうと思えば出来ます。今までやろうとした事がないので、それが出来るという事に現状気付いていませんが。
美影も素質は芽生え始めていますが、こちらはまだこの領域には届いていません。
まぁ、芽生えたところで、彼女の黒雷の性質上、使い勝手の悪い権能になりますが。
『平等世界』ですかね、名付けるなら。
存在力の大小のみで全てが決まる世界。雑魚殺しには良いけど、逆にジャイアントキリングは絶対に出来ない世界法則が展開されます。