凡才の巨人
割かしどうでもいいかもしれない間違いを告白します。
第282話でのあとがき解説で、美影を『人類の守護者』と言っていましたが、正しくは『人類の救世主』でした。
守護者は、刹那の『星の守護者』の方です。
ナチュラルに間違えておりました。
すみませぬ。
「天竜、天竜天竜。生まれながらの最強種。
己が己であるだけで、全てを下に見る者たち……」
美雲は、仕切り直しの僅かな間隙の中で唄うように呟く。
彼女自身は、その在り方に大して強く思うところは無い。
ただ、弟や妹が嫌いそうな類いだな、と、そう思うだけの事だ。
(……あの子達、あんなんだけど〝努力〟が好きだものね)
自分たちが力を研鑽する事が好き。
自分たちを越えようと他人が努力するのが、大好き。
故に、努力を必要としない天竜は、多分、嫌いな分類に入ると思われる。
どうでもいいか、と美雲は思考を切り替える。
それはあくまでも弟と妹の価値観であって、彼女の物ではない。
そもそも、それは想像でしかない。
ともかくとして、ある種、極まった天才という物なのだろう、天竜という種族は。
「……望むところじゃないの。
マジノラインは、そもそもがその為にあるのだから」
美雲専用デバイス、マジノラインシリーズ。
だが、本質としては、専用兵器などとは程遠い。
これは、凡人が才人に打ち勝つ為の物なのだ。
あくまでも、たった一人で十全に扱える者が美雲しかいない為に専用と銘打っているだけである。
本来は、百人千人単位の人員を動員して稼働させる代物なのだ。
凡才は、単独では天才には及ばない。
それは厳然たる事実である。
ならば、ならばどうするのか。
諦めて膝を付き、頭を垂れるのか。
それも良い。それだって賢い選択だ。
だが、諦められない、諦めたくない。
そんな愚かな夢を抱く者が、者たちがいるのならば。
ほんの僅かな才をかき集めて、寄せ集めの巨人を造るしかないだろう。
その象徴的な作品が、マジノラインという超兵器の本質であった。
美雲には、才はない。
美影のような超人の肉体を持たない。
刹那のような怪物の能力を持たない。
彼らのような狂人の精神を持たない。
何もかもが凡人の範疇に収まる能力しか持っていない。
ただ、一つだけ、マルチタスクという分野を除いて。
彼女は、擬似的に凡才の巨人を単独にて造り上げられる。
「さて、やりましょうか。天を越えに」
マジノライン四式《ルシフェル》。
凡才が天才を越える為のデバイスが、唸りを上げて動き始めた。
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四式が黒剣翼を広げ、竹トンボのように時計回りに回転を始めた。
その下では、氷の巨大ムカデが地響きと共にうねり、下方から四式を囲んで大量の砲塔を向けてトグロを巻く。
天地の砲火が上がったのは、同時であった。
四式は天頂部にある垂直発射管を解放し、大量のミサイルを発射する。
一方で、アハトは直接的に氷の砲弾を砲撃した。
先に威力を発揮したのは、当然、砲弾側である。
真っ直ぐに飛翔してくる氷塊群に対して、四式はエネルギーを放射しながら回転速度を上げた。
迫り来る氷塊群に、四式は黒剣翼を叩き付ける。
決して刃と言える程に薄くはない鉄翼だが、その速度と重量が足りてない薄さを補強した。
切断。
細かい姿勢制御を行いながら、全ての氷塊砲弾を迎撃する。
「厄介なのは、中身の方ね」
結果に、美雲は舌打ちする。
迎撃が終わった事でやや回転速度を落とした四式。
その黒剣翼がうっすらと凍り付いていた。
すぐに供給されるエネルギーの熱量によって溶け落とされるが、僅かなりとも凍り付き、そして対処の為に時間とエネルギーを取られた事は痛手である。
連発されると不味い。
それを認識しながら、射出したミサイルの操作を行う。
今度はこちらの番と、上昇から一気に下降へと推力を変換したミサイルたちは、アハトへと降り注ぐ。
対するアハトは、相手を決して甘く見てはいなかった。
一度ならば偶然だが、二度も続けば実力である。
自らの攻撃を二度にわたって凌いでみせた建造物の強度は本物だ。
ならば、攻撃面においても、相応の能力があると判断すべきである。
故に、彼は背中の突起を増やす。
巨砲のみを背負っていたムカデの背中。
だが、その巨砲の周辺に幾つもの小さな副砲が形成される。
威力を制限した代わりに、連射性や精密射撃に長じた砲塔群である。
砲撃した。
降り注ぐ大量のミサイルを一つ残らず撃ち落とさんというフルバーストである。
爆炎の花が咲き乱れ、無数の断片となって空を彩った。
アハト本体へと威力を届かせた物は、一発としてなかった。
もたらされた結果に訝しんだのは、アハトの方だ。
あまりにも、火力が低過ぎる。
あの程度では、直撃した所で天竜に痛痒を与えるに全く足りない。
何を考えているのか。
それとも、ただ堅いだけの見掛け倒しなのか。
答えは、前者だった。
本体のビーム砲が起動する。
全砲門がアハトへと向けられ、一瞬の充填の後、一直線に光線を撃ち放った。
如何に速かろうと、直線的な攻撃ならば対処は容易い。
極太の光線の前に、アハトは氷の巨壁を築き上げる。
光と氷が衝突する……その直前。
唐突に光が分裂、拡散した。
【――何?】
無数に枝分かれした光線は、空中に幾何学模様を描いて飛んでいく。
「得意分野よ。とくと味わいなさい」
ミサイルは、ただの前準備。
迎撃される事を前提とした仕込みである。
その目的は、爆薬と共に搭載されていたビーム反射板の拡散だ。
数え切れない程に撒き散らされた反射板の中から特定の断片を選択し、不可測なビーム軌道にて敵を穿つ為に。
地脈接続防衛機構《アーク・エンジェル》及び《エンジェル・フェザー》の機能を搭載した兵器である。
美雲であれば、瞬間的に多量の情報を処理できる彼女であれば、突発的な状況であっても十全に機能させる事が出来る。
光の雨がアハトの全身へと降り注ぐ。
【――お、おぉ!】
体表面が砕け、氷片が舞い上がる。
一本一本の光線は細く、相応に威力は低い。
天竜の身を砕くには足りない。
少し表面を削る程度のものだ。
だが、目眩ましと足止めには充分な効果を発揮する。
本命となる大砲塔が照準を定めた。
砲身に電光が走り抜ける。大出力の電力が磁力として変換され、砲弾に超加速の力を与えていく。
対して、アハトもまた主砲を構えた。
両者、同時に砲撃した。
ただの砲撃の衝撃だけで、地が揺れ、天が爆ぜる。
だが、本番の衝撃はこんなものではない。
第一宇宙速度にまで加速された魔力超力封入弾と、氷山と見紛う巨大な氷塊弾が空中で衝突した。
世界が激震する。
両者に秘められたエネルギーが解放され、天地を雷光と氷雪が席巻していく。
その中で、アハトは動く。
天竜として卓越した身体能力は、吹き荒れる衝撃波と雷氷の中でも衰える事なく突き進む事を可能とする。
地響きを立てて巨大ムカデが突撃した。
粉塵を突き抜けて天から見下ろす要塞に肉薄する。
(……接射? いえ、違う!)
一瞬、ゼロ距離からの砲撃かとも思ったが、それにしては軌道が微妙におかしい。
高速で掠るような軌道なのだ。
彼の砲撃速度からして、これでは四式に直撃させるのは難しいだろう。
ならば、目的は何か。
ごく単純だ。
体当たり以外にない。
しかも、ただの体当たりではなく、鋭く、固く、そして幾つも連なったあの足こそが本命の武器である。
「くっ……!」
四式を傾け、回避しようとするが、気付くのが遅れた。
本体の周囲を回る黒剣翼の一基に当たる。
刃の如き節足が連続して直撃していく。
ギャリギャリと耳障りな音が火花と共にかき鳴らされた。
ベギンッ、と、不快な音を断末魔に、黒剣翼が一基、半ばよりへし折れてしまう。
「もはやチェーンソーね、あれ」
単純な体当たりよりもよほど厄介である。
ひとまず近付かれたままでは危険なので、攻撃後の隙だらけの横腹にしこたまの砲撃をぶち込む。
【――おのれッ!】
直撃を受けたアハトは、足が幾つもへし折れ、更には脇腹の甲殻を撒き散らしながら地に落ちていく。
だが、すぐに起き上がる。
その時には、砕けた筈の脇腹も、折れた筈の足も、元通りに修復されていた。
「……堅い上に瞬間再生までするなんて」
苛立ちを通り越して、美雲は呆れの感情を抱いた。
ノエリアがそうであるように、天竜も本質としてはエネルギー生命体であり、肉体は現実に干渉する為の端末に過ぎないのだろう。
エネルギーが尽きなければ、幾らでも端末である肉体の再生は可能という訳である。
最近は弟の刹那もそんな感じな忌々しい生態をしており、実は人間ではないのだろうかと疑う毎日だ。
ひとまず、近付けるのは危険である。
限度はあるのだろうが、向こうは幾らでも再生できるのに対して、四式に劇的な再生機能はない。
修理ドローンが気休め程度に積まれているだけだ。
至近距離の殴り合いになると、確実に押しきられてしまう。
なので、美雲は四式の推進システムを稼働させる。
「さぁ、マラソンをしましょうか」
足の遅い要塞。
だが、その常識は、重力に縛られた地上での話。
宇宙戦用に調整された四式は、大気圏内であっても大出力に任せた速度を叩き出す。
亜音速に到達した大質量は、天空を切り裂き、掻き乱しながら飛翔する。
その背後を、やはり巨大質量を備えたムカデが、地響きを立てて、大地を割り砕きながら追跡し始めた。
足を止めんと氷塊砲弾が連続して放たれ、応じるようにビームや雷封弾が撃ち込まれる。
天地で交わされる攻防と質量の進撃に、大地に刻まれた亀裂が拡大し、世界が壊れ始めていた。
ちなみに、ノエリアは忘れられて地面に埋まったままです。