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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
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神裂と神薙

 身満身創痍。

 体は傷尽き果て、魔力も底を見せ始めている。

 もはや、逆転の目は無いように見える。


 だというのに、ツムギの目は、心は、未だ死んでいない。

 まだ戦えると、まだ勝てると、彼女の魂が叫んでいる。


「…………良いね」


 そういう負けん気の強い奴は好きだ。


 心技体運、揃ってこその強者なのだから。

 運は目に見えるものではないので知らないが、技も体も充分なもの、いやむしろ予想外なほどに高水準にあった。

 ちょっとばかり残念な部分もあったが、それくらいは彼女ならばすぐに修正してみせるだろう。


 そして、折れない心の輝きを、今まさに見せている。


 素晴らしい。

 この一言以外に、送る言葉があろうか。


 だから、美影は最後まで付き合おうと決める。


 静かに、これまでに比べるとあまりにも静か過ぎる動きで、彼女が始動する。


「うぇっ!?」


 派手さはない。本当に気付いたら懐にまで入り込まれていた。


 そんな現実にツムギが困惑の叫びを上げる。


 剛体陣術《金剛体》。


 とっさに身を固くする術法を纏う。


 雷裂流体技《千枚鎧通し》。


 直後、美影の拳がツムギの腹を撃つ。


「ごぷっ!?」


 先ほどは確かに耐えてみせた。

 だが、今回は背中に突き抜けるような衝撃が、彼女を悶絶させる。


「それは、表面だけ固くするものだね」


 内側は柔らかいままだと、指摘した。

 だから、鎧を無視して衝撃だけを内部に浸透させる打ち方をした。


 続けて掌底がツムギの頭を打つ。

 勢いよく吹き飛び、幾つもの岩塊を貫いて止まる。


「…………ほんっとに頑丈だね」


 まともな生き物ならば、間違いなく頭蓋を砕ける威力で打った。

 なのに、頭が砕けるどころか、首がへし折れてすらいない。


 地面が鳴動する。


 足下が波打ち、砂塵の向こうから破砕が大地を裏返しながらやって来る。


 美影は跳躍にて躱す。

 巻き込まれていれば、まぁ生き埋めになっていた事だろう。

 それで死ぬような可愛らしい耐久力をしていないが。


 跳び上がった彼女を囲むように、大量の魔力糸が伸びてくる。

 それが檻を閉じるように収縮する。

 運悪く巻き込まれた瓦礫が綺麗に切断され崩れる様を見るに、かなり切れ味がありそうである。


 魔力超能力混合術式《手刀雷纏》。


 なので、切れ味で対抗した。


 手刀が延長するように雷で編まれた刃が伸長する。

 特に珍しくもない、近接魔術師ならば練度の差こそあれ、誰もが使える程度の術式である。


 魔王級の魔力と超能力を混合されたそれは、一級品の名刀に他ならない。


 周囲から迫る斬糸の群れを、美影は両手の雷刀で迎撃する。


 焼き切った。

 容易く。


(……力尽きてる? それともブラフ?)


 今までに比べると、あまりにも手応えがない。

 尽きかけてる魔力を節約しているにしても、意味のない攻撃では無駄遣いでしかない。


 これが現在の全力である、と断じたい所だが、しかしその考えを脳裏の記憶が否定する。


 燃えるような闘争心を宿したツムギの瞳。


 あれは間違いなく何かを企んでいた。己を滅する手段を見据えていた。


(……さて、何をしてくるのやら)


 ちょっと楽しみにする。


 バラバラに千切られた魔力糸が宙を舞う。


 と、それが破裂した。


 けたたましい音を爆ぜさせながら、衝撃を放つ。

 それにより、舞い上げられた粉塵が美影を包み込んだ。


 ただでさえ暗い夜中。

 粉塵にまで邪魔をされれば、視覚はまるで役に立たなくなった。

 加えて、連続して響いた破裂音により、聴覚にも異常が感じられる。


(……だからどうしたって感じだけど)


 それらがなくとも戦う術くらい、雷裂はいくらでも開発してきた。


 魔力反応。


 視覚と聴覚を押さえた事で油断したのか、煙幕の向こうで魔力の高まりを捉える。


 美影は身体をそちらへと向ける。


 その背後に、音もなくツムギが現れる。


「こふっ!」

「まぁ、狙いは良いんだけどねぇ~」


 魔力の高まりは、囮であった。

 肌で感じる(振動)の反射から、ツムギの移動を探知していた美影は、自らの動きを誘いに引き込んだのだ。


 ツムギの脇腹を雷刃が貫いた。


 彼女が力無く落ちていく。


 だが。


 ツムギの口許は、笑みの弧を描いていた。


 美影のすぐ側に魔力の塊が出現した。

 それを中心にして、光線が周囲へと散乱する。

 無数の光が線となり、宙空に飛散していた魔力糸の断片、その内、先の一幕で意図的に起爆されずに煙幕の中に隠されていたものへと繋がる。


 反射。


 断片へと着弾した光は、向かう先を変え、縦横無尽に戦場を駆け巡っていく。


 それ自体に、物理的な破壊力は何もない。

 試しに触れてみたが、何の抵抗もなくすり抜けてしまうだけだった。


 光の編み込みは、立体的で広範囲に渡る為に一見すると分かりにくいが、何らかの魔方陣を描いているように見えた。


 美影に、それを解読するだけの知識はない。

 まだ惑星ノエリアの文明に対する造詣が足りていないのだ。


 だが、そこに込められた魔力属性は、確かに分かる。


 空属性。

 空間へと干渉する希少属性である。


「ふぅん? 閉じ込めようって事か」


 倒せないならば、封じてしまうしかない。


 成る程、合理的だ。

 現実へと干渉できなければ、それが打倒であれ封印であれ、結局のところは変わらないのだから。


 今から干渉範囲から逃れる事は、充分に可能だ。


 だが、美影は敢えて囚われる選択をする。

 分かっているのならば、それが何であれ喰い破る手段を持っているから。


 正面から叩き潰す。

 それが全力の鏡写しへの誠意というものである。


 故に、邪魔も逃走もせず、陣の完成を静かに待つ。


「そのよゆー! むっかつくぅー!」


 美影の思惑を正確に察したツムギは、腹の底から沸き上がる苛立ちをぶつけて、それを発動させた。


 対天竜用陣界術《創界崩星》。


 魔方陣が強く輝き、内包する空間を歪めてしまう。

 渦を巻いて捻れていき、遂には何もかもを巻き込んで消失してしまった。


 陣界術《創界崩星》。

 これは、極限の空属性魔法による、神の領域に一歩踏み入れた術となる。

 というのも、これは一種の世界の創造である為だ。

 大元となるものは現実世界の空間であるが、それをねじ曲げて切り取り、一つの別世界として独立させて閉じ込めてしまう。

 言葉で言えばそれだけの事だ。


 しかし、それは脱出不可能な世界である。

 少なくとも、世界の壁を捉えて破壊する力が無ければ、どうにもならない。


 加えて言えば、単純に切り離して閉じ込めるだけの物でもない。

 神の領域の技だが、神ならぬ身では完全な世界の創造は不可能である。

 そうであるが故に、不安定な別世界は急速に崩壊してしまうのだ。

 内部に取り込んだ何もかもを巻き添えにして。


 不完全であるが故の、避け得ない破滅を約束した陣術。

 世界を調律し、世界を歪曲させる精霊や天竜を葬り去る為の、絶対的な切り札である。


「はっ……! はぁ……!」


 残存魔力の全てを使いきったツムギは、途端に静かになった大地の上で、半球状に抉り取られた陥没の縁に膝を着いた。


 疲労感が身を苛む。

 これ程の疲労は、生まれて初めての事だった。


 だが、確かにやりきった。

 脱出不可能な崩落世界に閉じ込めてやった。

 もはや、誰の手でも助ける事は出来ない。

 術者であるツムギでさえも手出しが出来ない。


 勝った、という達成感がある。

 勿体なかった、という虚無感がある。


 自身に匹敵する、自身をも上回る、そんな生物との相対は、少しばかりの寂しさを抱いていた人生において、確かな充実感を得られていた。

 僅かな時間であったが、己は今まさに生きて楽しんでいると、確信して言える時間だった。


 それを終わらせてしまった。

 もう二度と手の届かない果ての彼方へと。


 複雑に混ざり合う心内に、ツムギは無言で佇む。


 その彼女の耳に、ガラスが割れるような耳障りな音が聞こえた。


 出所は直近。

 耳元から数cmと離れていない。


 視線をずらせば、自身の顔のすぐ左下に、細い少女の腕が生えていた。


 黒い拳帯を巻き、黒き雷を纏ったその腕は、間違いなく――。


「うっそぉー!?」


 信じられないと叫ぶと同時に、生えた腕に首を捕まれて持ち上げられる。

 そのまま地面に叩きつけられた。


 粉砕する大地の欠片の中、空中に刻まれた異次元へのヒビ割れが大きく拡大する。

 ガラスを砕くような破片を撒き散らしながら、封殺した筈の娘が姿を現す。


「いやぁー、ビックリしたねぇ……!」


 気軽な様子での登場に、ツムギは叫ぶ。


「なんでぇ! どうやってでてきたのー!?」


 精霊でも天竜でも、理論上どうしようもない筈だった。


 それをどうやって抜け出したのか。


 疑問は当然だった。


「気になる? じゃあ教えてあげよう!」


 知られたからと言ってどうなるというものでもない。

 なので、美影はツムギを殴り倒しながら絡繰を教える。


「僕の黒雷はね! 〝対等〟な力なんだよ!

 それがある! と分かっているなら!

 エネルギーでも空間でも!

 神や概念だって!

 同じ土俵に立てるんだッ!!」


 一の力には、一の力を。

 それが黒雷の本質である。


 先の陣が空間干渉系の物だと分かった時点で、美影は隔てる不可知の壁を捉える事にのみ注力していた。

 その甲斐もあり、閉ざされてからそう時を置かずに世界の壁を捕まえ、破壊する事に成功していたのだ。


「そんな! そんなのぉー!」


 もう生物の能力の範疇ではない。

 精霊の、天竜の、神々の権能の様ではないか。


 訴えるツムギに向かって、美影は雷を投げ放った。


 魔力超能力混合術式《千雷穿鎗》。


 千の雷を一本の槍に束ねた一撃が、ツムギを穿ち貫く。


「弾けろっ!」


 槍の形に留められていた力が消え、彼女を内部から膨大な雷電が焼いていく。

 全身から肉の焼ける煙が立ち上ぼり、神経系に入り込んだのか不規則に身体が痙攣していた。


「か、はっ……」


 口から吐き出す吐息さえも、煙が混じっている。肺も焼けてしまったのだろう。

 もはや、まだ生きている事が不思議な有り様である。


「…………まだ、立つか」


 だと言うのに。

 ツムギはまだ立っていた。


 半分意識が飛んだ状態であり、それはほとんど本能的なものだった。

 ただただ、負けたくないという意思だけによる結果である。


 裏返っていた眼球が元の位置へと戻り、消えかけていた意識が僅かばかりの鮮明さを取り戻す。


「はっ……! はっ……!」


 ガクガクと身体が震え、今にも崩れ落ちそうだ。


(……ま、けるー? あたしがー? まけるのー?)


 敗北という二文字が、彼女の脳裏でぐるぐると駆け巡る。


 魔力は底を着いた。

 身体ももうほとんど動かない。

 対天竜用の切り札も通用しなかった。


 もう、打つ手が、何処にもない。


「……いや」


 まだだ。まだ、ある。

 禁忌の鬼札(ジョーカー)が残っている。


 それを使えば、この星に居場所が無くなるだろう。

 一切の名誉も何もかもが失われ、禁じられし者として貶められるに違いない。


 それでも、それが分かっていても、ツムギは美影に勝ちたかった。


 シュルリ、とほんの僅かに回復した魔力を振り絞り、魔力糸を地に落とす。

 それは、深く深く、地の底に向かって根を広げていく。


 何かをしている。

 ここまで追い詰められても、猶。


 それが何かを見たくて、美影はそれを待った。


 やがて、魔力糸が地の奥底へと辿り着き、そこにある物へと絡み付く。


 大地が跳ねた。

 まるで、大地が痙攣するように。


 滅陣術《枯渇》。


 星に流れる地脈という莫大なエネルギーの流れ。

 それを際限無く吸い上げて自らの糧とする、禁忌の手札が発動する。


「ああああああああああああッッッ!!」


 魔力糸を辿って汲み上げられたエネルギーが、ツムギの身から魔力となって爆発的に溢れ出す。

 それに合わせて、周辺の地面が渇き、ヒビ割れ、致命的に死んでいく。


 ツムギは、強大な魔力に明かせて肉体の修復を行う。

 その端から再び大エネルギーの負荷により壊れていくが、その速度を上回って修復を行っていく。

 明らかに寿命を削った行為だが、今の彼女はそれ以上に美影に勝つという意思に突き動かされていた。


 ツムギの両腕に魔力糸が複雑に絡まる。


 未完成連結陣撃術《神薙(カンナギ)》。


《角激》、《飛爪》、《乱牙》。

 その全てを連結させた、神を薙ぎ払う未完成の拳を発動させる。


「良い! 実に良い! Very good!!」


 そこまでして勝ちに来るなんて、なんて可愛いのだろうか。


 美影は高く笑い、手を天へと掲げる。


「良いよ! 迎え撃ってあげるッ!」


 雷雲が呼応する。

 膜放電が雷雲全体を包み込んだ直後、その全てが美影の手の中へと落ちた。


 魔力超能力混合術式《天雷一閃》。


「いや、いいや、ここは合わせるべきだね」


 改め《神裂(カンザキ)》。


 神を裂く刃と、神を薙ぐ未完成の拳が激突する。


 その直前にて。


 大地が砕けて舞い上がる。


 それは、地下からの衝撃だった。

 何か巨大な物体が大地を割り砕いて姿を現したという、ただそれだけの行動の余波である。


【――星を穢せし忌々しき毒虫めが。幾星霜が経とうとも、反省の兆しさえも持たぬようだな】


 天竜アハトフリーレン。


 災害をもたらす神と呼ばれし者が、水を差したのだった。

視線の先には蟲怪人が……!


刹那は、《呪いの防具:濡れ衣》を装備した。

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