星装《彼方此方》
暗き夜空を、純白の魔力光が引き裂いて行く。
大気が震え、大地が揺れ動く。
余波でさえも、それなのだ。
本流の破壊力は推して知れるだろう。
「く、うぅ……!」
その起点となるツムギは、歯を食い縛って呻きを漏らしていた。
連結陣は、未完成の技なのだ。
放たれる威力こそ満足の行く物であるが、向上した威力以上の魔力を要求される非効率性をしており、何よりも砲身となる術者に対して多大なる負荷を強いる。
ツムギは、肉体的に優れた霊鬼種の才媛である。
その肉体は、間違いなく最高クラスであり、魔力を用いない純粋な身体能力だけで競えば、上位種とされる地竜種にも勝ち得るだろう。
そんな彼女の左腕から、骨が軋み、肉が千切れるような音が聞こえてきた。
(……これで、だめならー)
切り札の一つである。
これで打倒し得ないのならば、いよいよ打つ手が無くなってくるのだが。
油断もあったおかげで、真正面から打ち据える事が出来た。
直撃だろう。
自分でも食らいたくないと思える威力に、果たして相手は無事なのだろうか。
答えは、すぐに目の前に示された。
魔力光の奔流が弾け飛ぶ。
内部から破裂したように光が弾け、それに引きずられるように根本から全てがかき消される。
星装技《彼岸彼方》。
破裂の中心には、漆黒の雷を纏う少女の姿が。
広げた両の腕からは、火花のようにも見える白い燐光が絶え間なく溢れ落ちている。
「ハァ……、ハァ……!」
美影は顔を俯かせながら呼吸を荒く繰り返していた。
(……危なかった!)
まともに受ければ一発KO級の破壊力だったと、今更のように危機に身震いする。
魔王と言わず、始祖精霊や天竜を飛び越え、なんならば兄やノエリアにさえ通用するレベルであった。
タイミングも上手い。
最後の最後まで温存し続け、こちらの僅かな油断を一切見逃さずに的確に狙い撃ってきたのだ。
まさに必殺。
それを防ぎきれたのは、装備のおかげだ。
美影の両腕を包み込む拳帯、星装《彼方此方》。
元々の色は漆黒だったというのに、今は白い燐光に合わせて一割程が白く染まっていた。
許容値の一割、というと、そこまででもない気がする。
だが、《彼方此方》はそもそも星の中心核から削り出された代物なのだ。
星のエネルギーを受け止める媒体の一割を満たしたのだと言えば、それがどれ程の偉業なのか、分からない事はないだろう。
ゆっくりと空を踏み降りて、突き出していた岩の先端に降り立つ。
「…………そのつもりはなかったんだけど……でも、謝るよ。ごめん、舐めてた」
真面目に戦っては、いた。
それは間違いない。
しかし、死力を尽くし、全力で戦っていたかと言えば、それは否だ。
殺す気はなく、試合のような、手合わせのような、そんな心持ちだった事は否めない。
ツムギの方は、自壊も辞さない手札まで切るほどに本気だと言うのに。
失礼だったと、強く反省する。
自らの行動を恥じた美影は、後頭部へと手を回す。
イメージチェンジの一環で少しずつ伸ばしている、自慢の黒髪。
それを結い上げる髪紐の端を握り、一息に抜き取った。
途端、黒雷が弾ける。
「なっ! ん、てぇ……」
膨れ上がった魔力に、ツムギは目を見開いて絶句した。
連弾解放。
コツコツと溜め込んできた莫大な余剰魔力が、美影の髪に宿って解き放たれる。
彼女の身の丈を数倍する長さとなったそれが、黒雷を纏ってたなびいている。
「構えなよ」
「っ!!」
これから行く、という宣言に、ツムギは陣術を編み込む。
連結陣撃術《鬼神一閃迅》。
先と同じ尋常ならざる一撃を、今度は右腕で放つ。
穴の空いてある右腕は、その過負荷を受け止めきれずに大きく血を吹き出すが、そんな事に構ってはいられない。
それ程の脅威を彼女から感じていた。
迫る彗星に、美影はヒラリと身を翻し、紙一重で躱すと、大気を踏み裂いて瞬発する。
目にも止まらぬ雷速。
ツムギの目でも、それは変わらない。
「くぅるなぁーーーーッ!」
なので、目に頼らず肌で感じる魔力の波動のみを当てにして攻撃を放つ。
連結陣撃術《鬼神十束首》。
射程を伸ばす《飛爪》、手数を増やす《乱牙》を組み合わせた陣術を放つ。
十本の不規則にのたうつ鎌首が顕現した。
それらは弾幕となりながら、美影へと向かう。
「連弾壊砲……」
一門《流々転々》。
相乗効果により、一発一発でさえも《角激》にも匹敵する首たちに、美影は両腕に雷光を宿しながら吶喊していく。
舞い踊る。クルクルと、ユラユラと。
手を添えて、流れに逆らわず、ただほんの少しだけその向かう先だけを上書きしていく。
合気術を基に考案された、対魔術用の受け流し技である。
一本、二本といなしていき、最後の十本目までの全てを躱しきった美影が、岩場の一つに足を置く。
一切の傷を追わずに無事に切り抜けていたが、その足下は何処か覚束ない様子となっていた。
「はにゃあ、目が回るるるるぅ~」
十束首の勢いがあまりに強過ぎたが為に、それを受け流す為にも相応の回転を必要としてしまった。
おかげで、流石の彼女の三半規管も悲鳴を上げてしまったようである。
陣撃術《飛爪》。
その隙を逃さない。
ツムギは遠方からの打撃で美影の足場を崩す。
剛体陣術《飛び駆け》。
宙に放り出される美影に、ツムギは速度に補正を掛ける陣術で自身を強化しながら、自ら接近した。
美影が空を蹴って跳ぶ事は分かっている。
だが、あれには実は繊細な力加減が必要な事も見て取れた。
今の彼女ならば、即座に空を駆ける事は難しい、筈だ。
そうであれ、と願いながらの行動だった。
(……もう、あんまりまりょくないんだよー)
非効率的な連結陣をもう三回も使っている。
残存魔力は、そう多くはない。
連結陣はあと一回、多めに見積もったとしても、使えてあと二回だけだろう。
これで決めるつもりで、ツムギは魔力を振り絞った。
連結陣撃術《鬼神四滅》。
威力を高める《角激》、手数を増やす《乱牙》の組み合わせ。
最接近時にのみ可能な、今のツムギに使える最高威力の攻撃であった。
破滅をもたらす四つの厄災が美影へと放たれる。
その一発一発が、一閃迅と変わらぬ威力を孕んでいる。
その全てを喰らえば、美影とて跡形もなく粉砕されるだろう。
それを見ながら、美影は笑う。
三半規管がまともに機能し始めた時には、既にそれが間近に迫っていた。
それでも、彼女の速度ならば回避は間違いなく間に合っていただろう。
だが、逃げるつもりは更々無かった。
見れば、それを撃ち放ったツムギの左腕は、遂に負荷に耐えきれずに無惨にひしゃげていた。
そこまでして己に勝とうとしてくれている。
戦士の冥利に尽きるというものだ。
だからこそ、逃げずに立ち向かおうという気になった。
ガツン、と、美影は両拳を叩き合わせる。
雷速で打ち付け合う衝撃に、拳帯から白い燐光が散る。
何度も、何度も、何度も、音が連なり、切れ目が耳に捉えられない程に、一回一回に連弾で尋常ならざるエネルギーを込めながら。
星装《彼方此方》は、受けたエネルギーを吸収し、蓄積していく性質を持つ。
許容量を見れば、まだまだ余裕があり、四滅を正面から受け止めて猶余るだろう。
だが、それは面白くない。
星装は与えられただけの力だ。
少なくとも、美影はそういう認識である。
だから、それをそのまま使っただけの防御力は、彼女の矜持を著しく傷つける。
だからこそ、先の緊急回避は恥じ入るばかりなのだが。
よって、機能を利用した攻撃でもって迎撃するつもりだった。
最後に一発、一際強く打ち合わせた拳を、彼女は掲げる。
黒き拳帯は、約半分程が白く輝いていた。
「五割だ……! 大奮発だよっ!!」
星装技《彼岸此方》。
蓄積された衝撃力を、一気に解き放つ。
静寂。
大気が、大地が、物質が、何もかもが押し退けられて、場に無の静寂が満ちる。
数瞬後、揺り戻しとなって空気や瓦礫、周囲にある何もかもが、空白地帯を埋めようと寄せ集まっていく。
そこで、ようやく威力が爆音となって響き渡った。
「くぅ、あ……」
ツムギは、その空間の外を飛んでいた。
力無く吹き飛ばされながら、長い滞空時間を経て、ようやく地面に落下する。
「はっ……!」
詰まっていた息を吐き出す。
そして、よろけながら立ち上がる。
一瞬にして破壊と再生を行われた大地の中心地。
未だ轟々と鳴り止まぬ突風の最中で、雷の化身は、悪鬼羅刹の如く無事な立ち姿を見せている。
「こまったなー……」
ツムギは、途方に暮れるように溢した。
四滅は、今の彼女の出せる最高威力の攻撃手段であった。
まさに切り札である。
それを無事に切り抜けられては、直接的手段での打倒は不可能であるという事に他ならない。
だらり、と両腕を垂らす。
右腕からは大量の流血が止まらず、左腕はミンチもかくやという有り様だ。
その他の部分も、かなりガタガタになっている。
両腕程ではないが、ここまでの痛みを受けた経験はほとんどない。
満身創痍と言って良いだろう。
それでも、ツムギの目はまだ死んでいなかった。
(……あんまりすきじゃないんだけどなー)
何故ならば、まだ切り札は残っているから。
「…………もう、いきものとしてみてあげないんだからねー」
対精霊対天竜用の切り札を使って対処する。
もはや、ツムギは美影を生物として相手にする気持ちは無くなっていた。
次回で決着かな、多分……。
今までの戦闘回で実は一番長いという事実。
あれ? クライマックスは次の天竜戦の筈なんだけどな。