才気研磨
なんだか、まともなバトルシーンを久し振りに書いた気がする。
雷裂流体技《螺旋天貫突き》。
カンナギ式体術《剛鬼地砕突き》。
お互いに、最初からフルスロットルであった。
渦を巻く貫手と、大気を裂く鉄拳が交叉する。
僅かに狙いがズレながらの交錯は、それぞれの攻撃を弾き合う。
陣術《鬼力解放》。
高速ですれ違いながら、ツムギは自身の身体に魔力糸を巻き付けて魔方陣を形成する。
その効果は、魔力強化の効率化。
高効率、高倍率の身体強化を為すそれにより、元より優れた肉体能力が更に高みへと至る。
それを横目で見ながら、美影も黒雷を身に纏う。
魔力と超能力の二種の力で強化された肉体は、人間を越え、生物に許された範疇からさえも逸脱する。
「行くよ」
「とっととこいやー」
短く言葉を交わす。
直後、雷鳴が轟く。
その時には、ツムギへと美影の拳が突き刺さっていた。
「ご、うっ!」
常識外れの速度に見失ってしまった事で、まともに喰らってしまった。
口の端から血を流しながら吹き飛ぶツムギ。
美影はそこに追撃を仕掛ける気配を見せる。
チラリと殴った拳を見れば、僅かに皮膚が裂けて血が垂れていた。
(……堅いね!)
見た目は、角が生えている事以外は人間と変わらないように見える。
だが、実際にはかなり違った。
特に、皮膚の堅さが尋常ではない。
まともに殴り合えば、殴殺する前にこちらの拳がイカれてしまいそうだ。
どうしようか、と思う。
殴りながら考えよう、と突撃する。
地動陣術《剣山》。
その目前に、無数の岩の剣が形成される。
絶妙なタイミングでのカウンター、だが、美影の反応速度はそれを回避させる。
上方へと飛び上がって放物線軌道で迂回しつつ肉薄した。
振りかぶられる鉄拳。
「ちぃっ……!」
完璧なタイミングでのカウンターだったのに、容易く回避された事に、相手の厄介さを再認識してツムギは歯噛みする。
この速度からは回避は間に合わない。
なので、耐える方向に行動する。
剛体陣術《金剛体》。
より堅く、より重く、ただそれだけの効果を追求した魔方陣を纏う。
速度を乗せた拳が突き刺さる。
「っ!」
そこに秘められた威力に、ツムギは表情を硬くする。
しかし、それだけだ。
血反吐を吐く事もなければ、吹き飛ぶような事もない。
耐えきる。
彼女は素早い敵を片手で捕まえて、動きを止める。
「つっ、かまえたぁー……!」
そして、すかさず魔力糸を動かした。
翻った魔力糸がドーム状に二人を囲む。
「くぅたぁばぁれぇー!」
魔法陣術《末世》。
逃げる隙間無く張り巡らされた魔力糸の全てから、内向きに無属性魔力が破壊光線となって放たれる。
己さえも巻き込む攻撃だが、彼我の耐久力の差は歴然である。
肉を切らせて骨を断つ。
文字通りの攻撃こそが、素早い美影を葬る最適手であった。
それは間違っていない。
だが、問題は美影が大人しく捕まっているままではいてくれない、という事だ。
「ふぅ……」
小さく呼気を吐き出し、美影は身に力を入れる。
硬く腕を捕まれたままの姿勢で、彼女は瞬発した。
雷裂流体技《一重打ち》。
密着状態からの全力打撃を放つ。
「あばぁー!?」
威力そのものは、先ほどの拳打よりも弱いものだった。
しかし、予想外の衝撃に、覚悟していなかったツムギは捕獲の手を放して転がっていく。
「スパァーキィング!」
魔力超能力混合《黒天・大放電》。
何の捻りもなく、美影を中心として漆黒の電撃が無差別に放出される。
圧殺せんと迫っていた閃光と噛み合い、拮抗は一瞬、黒雷が押し返して場を蹂躙した。
その黒を貫いて、巨大な岩塊が中心の彼女へと投げ付けられる。
豪速球。
しかし、美影にして見れば遅すぎる。
「そんなものに当たる僕ではっ……!?」
魔力でコーティングされたそれは、単なる岩以上の強度と重量がある。
砕く事は出来なくないだろうが、割に合わないだろう。
故に、躱そうとした。
だが、その足が取られる。
見れば、いつの間に仕掛けたのか、美影の足下が泥状にぬかるんで彼女の膝までを飲み込んでいた。
ご丁寧にこちらにもツムギの魔力が浸透しており、ちょっとやそっとの事では抜け出せない泥沼仕様である。
「なんて小賢しい真似を……んぶしっ!?」
悪態を吐いている間に岩塊に強打されて諸共に吹っ飛ばされる。
とはいえ、そのおかげで泥沼から足も抜けた。
密着した岩を雷の籠った拳で粉砕して復帰する。
「いったー! 鼻血出た!」
曲がった鼻を力づくで戻しながら着地する。
その周囲を、無数の魔力糸が取り囲む。
陣術《無空群蜘蛛》。
及び。
陣術《地炎降誕》。
まるで重力が狂ったように、そこかしこに落ちていた岩塊が空へと落ちていく。
そして、大地そのものは、燃え上がる。
吸い出された地脈エネルギーが熱量へと変わり、大地を溶かし、原初の星を顕現させた。
「地面に足を着けるなって? 僕に空中戦を挑むなんて愚かだね!」
お望み通り、美影は空へと飛び上がる。
その中で、張り巡らされた魔力糸の一本に、足を乗せているツムギを視界に捉えた。
「……おまえー! ぜったいにハゲ猿じゃないだろー!」
ツムギが文句を言いながら浮かせた岩塊を殺到させる。
空中戦は罠である。
これ見よがしに張られた魔力糸が、如何にも足場に出来そうではあるが、それを張ったのはあくまでもツムギなのだ。
触れれば、切れるし、くっつくし、魔力光線も放つし、なんなら唐突に千切れる事もある。
そして、眼下にはマグマの海が広がるばかり。
翼も持たない人間種を仕留めるには、充分な環境であった。
だが、まさか、魔力糸の足場に一切頼らず、空を踏んで駆ける人間なんてものが存在するなど、想像もしていない。
黒い雷光をたなびかせて、美影は空を行く。
岩塊の弾幕に真正面から突撃した。
「この程度じゃあ! 黒龍は止まらなぁーいッ!!」
殺到する岩塊の隙間を縫って、時として砕いて弾き、ぶつけ合って、活路を切り開いて進む。
ツムギへと肉薄した。
彼女は、それに驚かない。
もう何が出来ても不思議ではない。
超速で向かい来る美影を、ツムギは新たな陣を身に纏いながら迎え撃つ。
雷裂流体技《斬穫鎌刃脚》。
陣撃術《角激》。
高速での前転からの踵落としに、ツムギは捻りなき右ストレートでカウンターを叩き込む。
お互いに身を躱しながらの交錯。
美影の脚は、斬撃を伴ってツムギの胴を浅く袈裟斬りにする。
そして、ツムギの拳は、強化された打撃により、肩に掠めただけの美影を大きく吹き飛ばした。
浮かんだままの岩塊の一つに、勢いよく衝突する美影。
砕けるそれから身を起こしながら、彼女は掠めた左肩を押さえていた。
「なんて馬鹿力……!」
掠めただけ。
直撃などしていない。
だというのに、肩が見事に外れている。
無闇矢鱈と頑丈だと誰からも言われる雷裂の身を砕かんとしていた。
「にがさないよー!」
陣撃術《飛爪》。
遠距離を飛ぶ打撃が飛来する。
「おうっ!?」
美影は、直前で身を反らして回避した。
それが背後の岩塊を打ち砕く。
「……こっちは大丈夫かな?」
更に追撃で飛んでくる拳打を、今度は側面を打つ事で弾いてみせた。
「いける……!」
ゴキッ、と手早く外れた肩を入れ直した美影は、向かい来る拳打の嵐に自ら突っ込んでいく。
「ははははっ、どうしたどうしたぁー!? 弾幕足りてないぞぉ!」
「そんなにかずがほしいなら、くれてあげるよー!!」
向かってくる美影に、ツムギは逃げるのではなく、逆に彼女の方からも距離を詰める。
再び、手の届く距離で向かい合う二人。
「せいやっ!」
「とぉぉーー!」
陣撃術《乱牙》。
美影は、新たな陣を纏ったツムギの拳が、奇妙にぶれている様を高速の中で見て取った。
(……威力、射程と来たなら……!)
答えを予想した彼女は、ギアを上げる。
速度が際限無く上がっていき、雷の領域へと突入する。
衝撃が弾けた。
「はやすぎっ……!!?」
《乱牙》は手数を増やす陣である。
一発の拳で、5~10もの威力を同時に発動させる事が出来る。
単純計算で、今のツムギは最低でも10を越える腕で対応している状態だ。
だというのに、美影はたった2本の腕だけでその全てを打ち落としていた。
加えて、それだけではない。
腕力においては、ツムギの方が上回っている。
故に、パンチ一発の威力は彼女の方が高いのだ。
それを迎撃する為に、美影はしごく単純な脳筋的解決法を選んでいた。
一発で足りないのならば、二発三発、何発でも打ち込もう。
向かってくる数多の拳打を、更に上回る手数の暴力で圧殺しきっているのである。
加速、加速、加速。
何処までも速くなっていく美影は、遂にその手をツムギへと届かせる。
「っ……!」
応酬を潜り抜けた雷の拳が、ツムギを掠めた。
このままでは押し切られる。
危機感を抱いた彼女は、勝負を急いでしまう。
隙を見て、《角激》を打ち込んだのだ。
それを、美影は嘲笑った。
「焦りは心の弱さだよ」
魔力超能力混合体術《雷刀抜塞》。
紙一重で《角激》を躱しながら、差し出された右腕を下から黒雷を纏った貫手で貫いた。
「うあっ!?」
「流石にこれだけのエネルギー量なら、君の皮膚も抜けるみたいだね」
指先にちょっと洒落にならないレベルのエネルギーを込めて穿った事で、頑健な霊鬼の皮膚を貫く事に成功していた。
舞い散る血飛沫。
ツムギは、これまでに経験した事のない傷口と痛みに、大きく顔を顰める。
「くぅー!」
「おっと」
彼女は、歯を食い縛りながら、貫かれたままの右腕を捻って美影の手を巻き取る。
無理に引っ張られた事で態勢を崩したところへ、今度こそ《角激》を叩き込もうとした。
「捕まえたのは、こっちも同じだと思うけどね」
それよりも速く、美影の蹴りが横面を強かに打つ。
その衝撃で、二人の距離が離れる。
肉の引き千切れる右腕の痛みと、良い当たり方をした脳へのダメージから、ツムギは半ば気絶しながら地に落ちていく。
魔力超能力混合術式《雷神槍・墜天黒》。
長大な雷槍が美影の手元に顕現された。
投擲する。
対するツムギの行動は、ほぼ反射的な物だった。
(……かみなり、な……らぁ)
大地を盛り上げ、地に繋がる大楯を作り出す。
ある程度指向されたものではあっても、雷には変わりはない。
大なり小なり、物理法則に支配されるものだ。
だから、その特性故の弱点を、大地へと流れていくという電気の特性を利用して身を守ろうとした。
それは、常識として正しい対処だった。
間違いなく、惑星ノエリアの戦士ならば、誰もが満点を出すであろうととっさの判断だったのだ。
黒雷でさえ、無ければ。
貫徹。
美影の投げ放った漆黒の雷槍は、大地の大楯を一瞬にして粉砕し、背後のツムギをも穿ち貫いた。
「はーはっはっはっ、黒雷をまともなもんだと思うなよー!」
黒雷は、雷であって雷ではない。
放つ者の意思で、美影の気分次第で、雷の特性を取捨選択できる、できてしまう。
実はつい最近まで本人も知らなかったのだが。
「カ、ハッ……」
身体の内側から焼き焦がされる感覚に、ツムギは大きく息を吐き出した。
朦朧とした意識の幻覚か、吐息が黒く焦げているようにも見えた。
「ま、だ、だよぉ……」
地面に墜落しながら、ワンバウンドで体勢を立て直して立ち上がった彼女は、天から落ちてくる美影を見据える。
「良い根性だ! ぶっ潰す!」
諦めない姿勢に、美影は笑みを深くした。
もはや相手は死に体だ。
追い打ちをかければ、すぐに沈むだろう。
苦しめる事は本意ではない。
だから、美影は速攻で叩き潰そうと、真正面から最短距離で駆け抜ける。
それは、あまりにも馬鹿にした行動だった。
油断という言葉ですら生温いに違いない。
ツムギが、無事な左腕を、身体の陰に隠すように構える。
その拳に、その腕に、魔力糸が巻き付いて陣を構築していく。
今までに使われたどんな陣よりも、複雑に、濃密に。
美影の位置からは、陣の詳細は見えない。
だが、それが《角激》だろうと、《飛爪》だろうと、《乱牙》だろうと、対処できると悠長に構えていた。
愚かな事だ。
ツムギが全てを出し切った保証など、何処にも無いというのに。
「つの! つめ!」
連結陣撃術《鬼神一閃迅》。
拳打の威力を向上させる《角激》、拳打の射程を伸長させる《飛爪》。
その二つを重ね合わせ、相乗効果で更に性能を高めた一撃。
「うわぁ……」
純白の彗星が、美影をカウンターで撃ち抜くのだった。
実の所、この二人の生まれ持った才能は、ほぼ同等です。
ステータス的には、
STR:ツムギ優勢
VIT:ツムギ圧勝
DEX:美影優勢
AGI:美影圧勝
INT:美影優勢
LUK:ツムギ優勢
って、所ですかね。