天雷地炎、相搏つ
小刻みですまぬ。(´・ω・`)
溢れ出すエネルギーが、雷雲となって天空を覆い尽くしていく。
その現実に、最も首を傾げていたのは、他ならぬ美影自身であった。
(……何で?)
雷の力に、雲を生む力はない。
元からある雲を雷雲化させる事なら出来るが、零から形作る事はないのだ。
その常識を覆す事実が目の前にある。
空を駆けながら、彼女は黙考する。
(……まっ、いっか)
コンマ二秒で飽きた美影は、軽く思考を切り捨てた。
あって困るものではない。
なので、そういう事もあると柔軟な思考で受け入れる事にした。
それよりも、重要な問題が眼下にはある。
うっすらと戦塵に汚れた姉と、彼女と相対する角の生えた小娘。
視界の端っこでは、猫の置物が地面にめり込んでいるが、そっちは別にどうでも良い。
凄くどうでも良い。
好き好んでめり込んでいるのだろう。
個人の趣味を邪魔するほど、美影は狭量ではないのだ。
美雲への不埒な行為を行った愚か者への始末の方が、よっぽど重大である。
「消し飛べ……!!」
超能力魔力混合術式《万雷招来》。
天を覆う雷雲が目に見える程に放電する。
直後、大地を砕かんばかりの無数の雷が降り注いだ。
~~~~~~~~~~
霊鬼の少女――ツムギが見上げる先では、大いなる異変が起きていた。
突然の雷雲の出現。
だが、そんな事は些事だ。
それよりも、雷雲を背に現れた〝それ〟の方が、よほど危険度が高い。
自身よりも幼く見える女の子。
身体的特徴から、彼女が人間種である事は明らかだが、放たれる圧力はちょっと規格外のものだった。
(……せいれい……いや、まさか、てんりゅうー!?)
ちょっと小手調べ、などという覚悟で挑む相手ではない。
間違いなく、全身全霊を賭してかかるべき存在感であった。
その彼女が手を上げた。
その行為に、雷雲が反応する。
一瞬の膜放電。
雷雲全体が輝いたと思った直後、極大の雷が無数に降り注ぎ始めた。
「うっわ、やっばー!」
その一本が大地に大きな穴を穿つ様を見て、確かな脅威を認識したツムギは、十の手指から無数に枝分かれした魔力糸を伸長させる。
彼女の操作に沿って、魔力糸は地面を這い回り、意味のある形を成していく。
陣術《地殿》。
からの。
陣防術《地炎富嶽》。
広大な地面が、硬化しながら盛り上がる。
莫大な魔力を込めた陣術によって、流れる地脈のエネルギーをも利用され、それによって生まれた熱量が重厚な大地を赤く溶かす。
大地の力を増幅し操作する魔方陣を形成した上で、大地そのものを溶岩の盾として作り直したのだ。
万雷と地炎が激突する。
破砕。
莫大なエネルギーを秘めた雷は、大地を容易く粉砕していく。
だが、大地は死なない。
後から後から追加で赤き盾が押し出され、奥までは威力を届かせない。
やがて、雷の雨が降り止む。
その時には、無惨な惨状であった。
無数に形成され、その端から砕かれた地盾の残骸が積層的に連なって散らばっている。
あちらこちらには、未だ冷めやらぬ溶岩の跡が残っており、それが不思議な華やかさを演出していた。
ツムギを中心として作られた地形は、空から見ると大地に華が咲いたかのようにも見えるだろう。
つい数瞬前までは、ここには何もない平野があったとは、とても思えないだろう。
ツムギは、華の中心で厳しい視線を空へと向けている。
視線の先からは、雷光を纏った女の子――否、化け物が降り立っている所だった。
彼女は、花弁の一枚に降り立つと、ツムギを睥睨する。
両者の視線が絡み合う。
お互いの存在を、彼女たちは初めて真正面から認識したのだ。
そして、その結果、二人の心境に変化が現れる事となる。
美影は、ただただ滅すべき害悪として相手を見ていた。
敬愛する姉へと危害を加えた、愚か者として淡々と排除しようと思っていた。
ツムギは、興味と侮蔑で相手を見ていた。
所詮は人間種、どれ程に優れていようと軽くあしらえる暇潰しの道具でしかないと考えていた。
それが、変わる。
鏡写しだと、二人は相手の存在を本能的に理解する。
遥か太古の時代より連綿と紡がれ続けてきた、強さへの執着。
その最果てへと至った、完成品。
人間種の至宝。
霊鬼種の才媛。
二人は、種族こそ違えど、同一の存在であった。
「……ごめんね。てっきり雑魚だと思ってたよ」
手抜きで殺そうとしてしまった事への、心からの謝罪。
今度はしっかり心を込めて殺しに行く、という宣言。
「こっちもごめんねー。ハゲ猿のはんちゅうからでないと、きめつけてたよー」
ツムギも、応じて言葉を返す。
遊び半分で相手をしようと思った事を詫びる。
本気で、全力で叩き潰してくれる。
両者の間に、緊迫感が走る。
互いのエネルギーが際限なく高まっていき、天が、地が、世界が、軋みを上げて揺れる。
やがて。
「「っ!!」」
言葉もなく、二つの才気が激突した。
~~~~~~~~~~
ズズン、と地面が揺れる。
「ふふっ、さて諸君。面白くなってきたぞ。香ばしくなってきた」
刹那が愉悦の笑いを漏らして呟く。
『『『Cur、rrrr……』』』
その足下には、力無く呻く氷水の三面鳥の姿があった。
上からの不可視の重圧に押さえ付けられ、更には美しい氷翼は一枚残らず氷の刺に縫い止められて、三面鳥は身動き一つ出来ない様にされているのだ。
刹那は、もはや三面鳥に興味を示していない。
というか、元より彼はそれに対しての興味が薄かった。
侵食されていない、ただの魔物であったから。
故に、殺す必要性も感じていなかったのだ。
腹も減っていない事だし。
なので、程よく半殺しにして放置している。
それよりも、今は別の事に彼の意識は向いていた。
ズ、ズン……。
先程から、断続的に揺れる地面の事だ。
そのほとんどの震源地は、可愛い義妹と可愛くないメスの衝突によるものだ。
だが、その中に僅かばかり、原因を異とする物が混じっている事に彼は気が付いていた。
「ククッ、まぁそうだね。近所が騒がしいと、文句の一つも出ようというものだね」
地の奥底から伝わってくる振動が、何を意味するのか、分からない筈がなかった。
今はまだ小さな揺れだ。
寝起きなのだろう。
中々のスロースターター振りである。
しかし、徐々に、だが、確かに大きくなりつつある。
「灰狼君」
「あ? あぁ? 何だよぉ」
呼び掛ければ、悲しい瞳で三面鳥を見ていたガルドルフが反応する。
「心構えをしておきたまえ。
まもなく、この地は修羅場となるだろうからね」
「…………とっくに修羅場にゃあ、なってると思うんだがよぅ」
彼が視線を外して領域の外へと向ける。
そこでは、無数の閃雷と岩塊が舞い踊っている様相が展開されていた。
中々に破壊力の高そうな状況である。
あの中に割って入るには、彼とて相当な覚悟と準備を必要とするだろう。
だが、刹那はそれを鼻で笑い飛ばす。
「ふん、あの程度。可愛いじゃれ合いだよ」
「…………もっと酷い事になるってぇのかよぅ?」
「おそらくね。私たちに退く気が無い以上、そうならざるを得ないだろう」
話は終わりだとばかりに、彼は踵を返す。
「さて、今のうちに賢姉様を迎えに行かなければな」
「ちょっ! おいおい、待ちやがれよぅ!」
置いていかれそうになったガルドルフは、慌ててその後を追った。
ズシンッ……。
一際大きく、地の奥、渓谷の底から大地が揺れ動いた。
多分、本編内で種明かしされる事は無いだろうが故に、あとがきを利用した解説編。
雷雲の出現は、美影という存在が変化した結果です。
彼女は、『人類の救世主』となった事で生物としての成長限界のタガが外れており、存在と力の位階が上がり始めているのです。
これまでは、世界という揺り篭の中で守られ生かされる存在だったのが。
今では、世界そのものを形作る側へと成り上がっているのですね。
漏出したエネルギーの影響で環境そのもの世界そのものが変化するのは、その片鱗という事です。
ならば、極寒の魔物領域を作り出した天竜の存在もまた……。
精霊と天竜の本領とは、つまるところ……。