表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
281/417

雷雲、来る

 先行組が魔物領域の中心部に到達していた頃。

 後発組もまた、当の領域の外縁部に到着していた。


「……弟君たちの反応は、この奥からなんだけど」


 冗談のように環境の変化している境目にド派手なデコトラを停止させて、美雲は困ったように眉を寄せていた。


 その手には、人の頭大の物体が抱えられている。


 不細工な猫の置物だ。

 デブ猫が身を丸めている様子を象っており、色合いは光の加減で不思議に変化するものとなっている。


「あやつらは何を遊んでおるのじゃろうな。

 魔物の領域に飛び込むなど、酔狂な……」


 その置物から、女性の呆れた声が発せられた。


 ノエリアである。

 この時代にいる過去の自分自身との混線を避ける為に方策を練っていた結果、遂に生物的な要素が完全に消え去った姿となっていた。


 仕方がなかったのだ。

 どれだけ遮断しようと試みても何らかの生物を模している限り、大なり小なり繋がってしまうという結論が出てしまったから。

 それを避けるには、もう生物である事を放棄するしかなかったのである。


 おかげで、自分自身では身動き一つできない置物となってしまっていた。


 刹那や美影から、何と言われて煽られるか、今から幻聴が聞こえてきて憤怒が湧き上がる気持ちで一杯である。


 それはともかく、目の前の問題である。


 極寒の世界となっている領域を前にして、彼女らは足踏みをしていた。

 理由は単純で、用意もなく飛び込めばたちまちに凍えて死んでしまうからだ。

 美雲は、弟と妹たちのように非常識生物ではないのである。

 寒い場所に行けば、当たり前に凍えるのだ。

 それが当たり前ではない向こうがおかしいだけだ。


「……まぁ、そのうち飽きて出てくるでしょ。

 それまで、ゆっくり待っていれば良いわ」

「やる気のない娘じゃのぅ」

「無駄な労力は払いたくないの」


 頑張って用意をすれば、侵入できなくもない。

 用意してきた四式を展開すれば、もっと手っ取り早く余裕だろう。


 しかし、美雲はそれをしない。


 面倒……もとい、無駄を嫌う為に。

 彼女は、弟妹たちと違って、身一つで大体どうにかなる、というものではない。

 美雲が持つカードには分かり易く限界があり、異星の地では満足な補給も望めない以上、無駄弾は出来る限り減らさなければ、身を守る事さえも危うくなってしまう。


 なので、待っていれば解決する問題は、待って解決させてしまうのが得策なのだ。


 幸いにして、美雲は待つ事を苦にしない性格であるし。


「そうと決まれば、ご飯にしましょう。寒くて身体が冷えちゃったし」


 パン、と手を打って意識を切り替えた彼女は、簡易調理器具を取り出すと、お湯を煮立たせてインスタントスープを作り始めた。


「んー、安っぽい味」


 市販されているインスタント食品である。

 それを、特にアレンジする事無く普通に作っているのだから、出せる味も普通の範疇を越えない。


 とはいえ、それに文句はない。

 野営中なのだから、それに合った風情を楽しむのも風流というものなのだ。

 どんな状況でも最上級を目指す美影とは違う。

 エクストリームクッキングでギネスにでも載る気なのかと、最近は疑っている姉である。


(……いっそレーションでも良かったかしら?)


 状況に合わせた食事メニューに想いを馳せていると、脇に置いた置物の視線に気づく。

 少しだけ考えた後、美雲は小皿にスープを取って差し出した。


「…………食べる?」

「今の我に、飲食する機能があるように見えるかの?」

「こう、お供え物する気分でいけないかしら?

 お墓にお酒をかける感じで、頭からかけてあげましょうか?」


 ハードボイルド系の映画でありそうなシーンを思い浮かべながらの言葉に、ノエリアは呆れの声を漏らした。


「……汝も姉弟姉妹の事は言えん程度には、ズレておるの」

「んま。なんて失礼なのかしら」


 罰として、ご飯はあげない。

 小皿を下げて自分だけで飲む。


「はぁ、あったまるわねぇ」


 外縁部ではあるが、漏れ出す余波だけでこの辺りの気温は真冬並みである。

 そんな中で口にする温かいスープは、実際の味以上に美味しく感じられるものだった。


「仮にも資産家の娘とは思えんのぅ」

「良いことを教えてあげるわ。

 本当にお金を余らせている人間はね、値段を考慮に入れないの」


 高価であろうと安価であろうと、それは評価に影響を与えないのである。

 良いものは良い、悪いものは悪い。

 それだけである。


 なので、こんな安いインスタントスープであっても、シチュエーション効果と相まって充分に満足できていた。


「……楽しんでるみたいね」


 湯気を燻らせる器を持って、指先を温めながら美雲は遠くの空を見通して呟く。


 その先は魔物領域の奥であり、見通す先からは美影の魔力がよく感じられた。

 元気なものである。

 インドア派な美雲には信じられない程に活力に溢れている。


「…………枯れた婆のようじゃの」


 失礼な囁きに、美雲は無言で沸騰したお湯を置物にぶっかけるのだった。


~~~~~~~~~~


 暫しそうして待っていたところ。


「っ!」


 美雲が弾かれたように別の空を見上げた。

 厳しい視線を向ける手には猫の置物(ノエリア)が抱えられており、いつでも投げられる体勢にある。


「……おい、我を巻き込むでないわ」


 置物からの文句は無視した。

 それよりも関心は空の向こうにある。


 何かが来る。


 直感的にそれを感じ取った彼女は、厳しい視線で睨み付ける。


 そして、美雲が反応してから数秒後。


 それはやって来た。


「あっ、はははははっ!! みつけたみつけたー!

 おまえだよねー!? おまえだ!

 ちからくらべをしようじゃないのー! ねぇ、ハゲさる!!」


 角の生えた可愛らしい少女が、指先から伸ばした無数の魔力糸を手繰りながら、天より飛来する。


 彼女の手元で魔力糸が蠢く。

 それは複雑な軌道を描き、何らかの紋様を立体的に描き出した。


 陣砲術|《衝破》。


 重ねられた立体魔方陣の中で多段加速された衝撃波が、砲弾のように弾き飛ばされる。

 その狙いは一直線に美雲に向かっており、速度を考えると直撃すればこの辺りにクレーターが出来かねない威力を孕んでいると見抜いた。


「おい、ちょっ、貴様……!」


 なので、美雲は手に持っていた頑丈な盾をぶん投げた。


「ぬあぁ――――!!?」


 不可視の砲弾と猫の置物が激突し、空中にて威力が爆発する。


 その炸裂を目晦ましにしながら、少女は空中で鋭角に動きを変える。

 地面に着地した彼女は、即座に瞬発して美雲へと迫る。


「チッ……!」


 いきなりの襲撃に、美雲は舌打ちを一つ入れながら大型拳銃デバイスを展開し、抜き打ちの一発を放つ。

 電磁加速されたそれは、相対速度込みで尋常ならざる速度で少女へのカウンターとなる。


 射出の際には僅かばかりの魔力が感じられたが、弾丸そのものには何の魔力も含まれていない。

 故に、少女は脅威度は低いと判断し、魔力糸を編んで作った小さな盾で受け止めて突き進むと決めた。


 交叉する。


 少女が構えた盾に、弾丸が着弾した。


 瞬間、封が解かれた。


「おうっ!?」


 雷が炸裂する。

 Bランク魔術師の全魔力に匹敵するエネルギー量の発生に、少女は驚きの声を上げながら反射的に後退した。


「あっはっ、なにいまのー!?

 いきなりまりょくがでてきたよー!」

「……答える馬鹿はいないわよ」


 封印の超能力で魔力を封入された弾丸は、一見すると何の魔力も帯びている様には見えない。

 種を知っていればそういうものだと最初から身構えていられるが、そういう仕掛けを知らない、超能力の気配も感じられない少女には、効果的な奇襲を仕掛けられた。


(……まずったわね)


 しかし、それで仕留められなかった事に、美雲は内心で顔をしかめる。


 手間を惜しんでそのまま撃ってしまった。

 横着をせずに、弾丸を換装してSランク弾を用いて確実に仕留めるべきだった。

 速度はあったが、タイミングとしてはギリギリで間に合ったと思われる。

 距離が近すぎて余波にこちらも巻き込まれただろうが、それでも奇襲効果で仕留められた可能性は高い。


 しかし、それが出来なかった以上、美雲の手札を大した意味もなく晒した事にしかならない。

 せめて僅かに作れた間隙を無駄にしない為に、戦術級デバイス|《平蜘蛛》を展開する。


「へぇー、おもしろいぶきだねー」


 惑星ノエリアには存在しない、機械仕掛けの武装に、少女は目を輝かせる。


 見た限り、聞いていた程の実力は感じられないが、少なくとも自分が知らない術理を手札に持っている事は確かな様だ。


 わざわざ来ただけの価値はあったと見る。


 ペロリ、と舌舐りをした少女は、指先を跳ねさせる。

 それに呼応して魔力糸が無数に跳ね上がる。


「かんたんにはしなないでよー!?」


 襲い掛かる。


~~~~~~~~~~


 バキン、と耳障りな音と共に鉄腕の一本が千切れ飛ぶ。


「困ったわねぇ!」


 平蜘蛛の腕の一本だ。

 直撃コースで放たれた斬糸を防ぐ為に盾にしたのだが、一発で切り落とされてしまった。


「ほらほら、どうしたのー!? まだまだはじまったばっかりだよー!」


 テンションの高い煽りが美雲へと投げ掛けられる。


 少女の言う通り、まだ戦いは始まったばかりである。

 だが、既に互いの戦力差は明らかであった。

 それは、両者が正しく認識している。


(……無理ね。勝てない)


 美雲は冷静に断じた。


 少女は明らかに魔王と謳われる者たちと、同じレベルにある。

 これだけの戦闘力を有する者に、拳を交えるような距離にまで接近された時点で、美雲にとっては〝詰み〟である。


 チラリ、と余波に巻き込まれて横転しているデコトラを見遣る。


 戦力で言えば、マジノライン込みならば美雲の方が上回るかもしれない。

 少なくとも、一方的にやられるという事にはならないだろう。


 だが、マジノラインは、その巨大さ故に起動から完全展開するまでに大きなラグがある。

 この状況ではそれは致命的な隙としか言えない。


 なので、手持ちの武装、平蜘蛛だけで応戦しているのだが、これが歯が立たない。


(……手数が足りてないのよね)


 少女のスペックを追い詰めるには、こちらのスペックも足りていなければ、弾幕も足りていない。

 なんとか持ちこたえているが、押し込まれるのは時間の問題だ。


 なので、彼女はあっさりと諦めた。


 手元の大型拳銃の弾丸を入れ換える。

 Sランク弾の中でも特別に強力なそれを込めると、彼女は天に向けて引き金を引いた。


 轟雷。


 夜闇を切り裂く雷光が場を席巻し、撒き散らされる衝撃が大地を揺らした。


 数秒でそれが終わる。


 戻ってきた闇の中で、少女は目を瞬かせて光量を調節しながら、問い掛ける。


「なぁにー、いまの? こうさんのあいず?」

「そうね。降参よ。私の負け」


 美雲は、戦闘の緊張感によって胸に溜まっていた息を吐き出す。

 手に握っていた拳銃も、背負っていた平蜘蛛も、同時に消し去る。


 その様子に、詰まらない、と少女は一瞬機嫌を損ねた。

 だが、それは尚早であった。


「だから、選手交代ね」


 美雲の言葉を聞きながら、少女は危機感……そう、命の危険に天を仰ぐ。


 星空が消える。

 代わりに迸る雷光が空を支配していた。


 大いなる雷雲が、やって来た。

割とどうでもいい事として、ツムギ(霊鬼娘)の苗字をカンナギに変更しました。

名前とか思い付きで適当に付けてるのでね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ