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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
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急転直下の轟雷

多分、何処にも書いていなかった気のするどうでもいい設定。


惑星ノエリアには、四つの衛星、月が存在します。

白の月、赤の月、青の月、そして黒の月です。

但し、見えるのは白と赤と青の三種だけで、黒の月は肉眼ではまず見えません。

だって、黒くて全く光を反射しないし。

 夜も更けて、僅かな星明かりと三つの月明かりのみを光源とする世界にて、彼らはそこに立っていた。


 仮称『アハト渓谷第49不明魔物領域』。


 つい数時間前に発見されたばかりの、極めて新しい魔物領域、そのすぐ外縁である。


「うっわー、幻想的ー」


 広がる光景に、美影は楽しげに声を弾ませる。

 白と青と赤、三種類の月明かりに照らし出されたそこは、透明感のある氷に覆われた世界であった。

 まるで水晶細工のようでもあるその世界が、色とりどりの光を反射し、地球上では見られない幻想的な光景を作り出していた。


「……まぁ、予想通りだわなぁ」


 心踊らせる美影とは違い、ガルドルフはうんざりとした雰囲気で肩を落としている。


 フリーレンアハトの魔力が元になった、という時点で予想していた事だが、完全に氷雪系列の魔物領域が形成されていた。

 環境を丸ごと書き換える程の影響力があるという事は、それだけ内部の状況も過酷という事に他ならない。

 仕事だからやるが、正直に言えば、仕事でなければ入りたくない場所と言える。


「ふふふっ、風が強いね。中心部に行くほど強烈になっているようだよ」


 氷の領域は、まるで侵入者を拒むように、内側から外側に向けて強風が吹いていた。


 ギリギリではあるが、まだ足を踏み入れていない外にいるにもかかわらず、その風速は台風並みの強風となっている。

 念力五感を伸ばして、コッソリと単独で内部を探っていた刹那は、それが中心部に行くに連れてどんどんと強くなっている事を知る。

 ついでに言えば、温度も比例するように下がっており、中心部付近はマイナス200度を下回るという極寒の世界となっていた。


 成る程。

 確かに過酷な世界である。

 廃棄領域とは別方向に生命を拒絶する環境となっていた。


 それでも、そんな世界の中を闊歩する影があるのだから、命というのはしぶといものだと感心せずにはいられない。


「んじゃ、入るぞぉ。

 一応、言っておくが、調査が目的だからなぁ?

 場合によっちゃあ、数日がかりで潜り続ける事にならぁなぁ」

「ふっ、私たちの心配かね? 笑止。その必要はないよ」

「バッチグー。どんどん行こー。

 僕たちほど、しぶとい生き物も中々いないんだから、こっちの事は気にしなくて良いよー」

「…………人間ってぇのはぁ、そんな頑丈な生き物じゃあねぇんだがなぁ」


 少なくとも、ガルドルフの知る人間種は、これ程の魔物領域だと一時間と経たずに死ぬものである。

 だと言うのに、ろくに準備もせずに余裕で突入しようとしている彼らは、絶対に人間種ではない、と今日何度目になるか分からない確信を抱くに足る連中である。


「さっ、レッツゴー!」


 警戒もなく、美影は軽い足取りで先頭に立って踏み込んだ。


~~~~~~~~~~


「ふっ!」


 鋭い呼気を吐き出しながら、美影が瞬発する。

 右の正拳で正面から来た氷猿を打ち砕きながら、反対に引かれた左の肘撃ちでもって、背後からの氷犬の頭蓋を砕き割る。

 そのまま反時計回りに身体を回し、足刀にて側面から風に乗って飛んできた氷柱の弾幕を撃墜した。


「にはははっ! 遊園地みたいだね!」


 テンション高く、雷光を身に纏い、脅威を寄せ付けない。


 蹂躙である。


 襲い来る魔物たちも、決して弱くはない。

 氷で覆われた身体は硬く頑丈で、氷の世界ではナチュラルな擬態性能が備わっている。

 本能による身体強化も発動しており、一匹一匹が外の世界では生態系の頂点に立てるだろう。


 だと言うのに、たった一人の小娘に凪ぎ払われていた。

 それも、弱者である人間種の小娘に、である。


 蔦に擬態していた氷蛇が蠢動して、美影の頭上から襲い掛かった。


 完璧な不意討ち。

 間違いなく、彼女の視界には映っていなかった筈だ。


 だが、美影はそれを視認する事無く、背を向けたまま掴み取る。


「おっと、また見っけた」


 言いながら、彼女はその氷蛇を後に続く刹那へと投げ渡した。

 時折、美影はその様な行動を取っていた。

 何の違いがあるのか、ほとんどの魔物は鎧袖一触に叩き潰しているのに、一部の魔物だけは殺さずに兄へと寄越しているのだ。


「ふーむ。こうも多いと色々と心配になるね」


 氷蛇を受け取った刹那は、躊躇う事無くそれを噛み砕く。


(……喰ってるし)


 ボリボリ、と硬質な音を立てて食べていく様に、ガルドルフは引いていた。


 魔物食は、決して無い文化ではない。

 獣魔国でも普通にある食事だ。


 しかし、それは適切な処理をした場合の話だ。

 通常の魔物は、変質した魔力を宿しており、端的に言えば通常の生体に対して毒性があるのである。

 少量取り込むくらいならば問題ないが、量を取り込めばそれこそ摂取者の魔物化が起こる、大変に危険な行為であった。


 ガルドルフが見る限り、この魔物たちは相当量の魔力を蓄えており、一発でアウトになる、筈である。

 にもかかわらず、この刹那という自称人間種の蟲は、既に十匹以上の魔物を生で食べているのに、特に何の変化も起こしていなかった。


 引いた目で見ていた彼だが、吐息一つで目を逸らす。

 もう気にするのは止めよう、という諦めである。


 こんな訳の分からない超常生物よりも、比較的には常識的な美影を見ていた方が、何かと建設的だ。

 心の平穏の為にも。


「だーいぶ風が強くなってきたねー。

 秒速100メートルは越えたかな?

 気温はマイナス60から70って所かな」


 彼らが魔物領域に突入してから、まだ一時間と経過していない。

 だと言うのに、既に中心部までの道のりの半分は過ぎていた。


(……早ぇなぁ)


 早ければ良い、という物でもない。

 あくまでも調査が目的なのだから、内部状況を詳細に記録しなければならないのだ。


 だから、兎に角先を目指す、という今のやり方は基本的には調査員としては赤点ものであった。


 とはいえ、随行者二人は正式な調査員ではないので、それを言っては贅沢だろう。

 むしろ、ガルドルフが介護する必要もなく、自前で何とか出来ている、というだけで上等である。


 どんどんと先へ先へと突き進んでいく美影に、ガルドルフは真っ当な調査は早々に諦めている。

 代わりに、彼らの調査の方を優先的に見詰めていた。


 そして、思う。


(……綺麗だぁなぁ)


 美影が、である。

 勿論、容姿の話ではない。

 正直な所、そっち方面では貧相過ぎるというのがガルドルフの評価であった。


 彼が綺麗だと思うのは、彼女の動きの話である。

 一つ一つの動きが繋がり、まるで流れる川のように無駄なく次の動きへと移っている。


 ガルドルフを含めて、獣魔種は近接戦闘者だ。

 魔力を投げるという事が種族的に不得手としている為、どうしてもそうなってしまうのだが、そんな彼らの理想形が目の前にあった。


 果て無き研鑽の末を見せ付けられている。


 それは、ゾクリと背筋を震わせられる程に、ガルドルフの心を揺らしていた。


 何が違うのか、と思考する。


 確かに、美影の身体能力は高い。

 人間種とはとても思えない水準だ。

 だが、獣魔の基準で見れば、決して手が届かない領域ではない。

 いや、充分に最高水準にあるのだが、それを言ったらガルドルフとて最高クラスにいるのだ。


 だから、自分とてあれと同じ事が出来る、出来なければおかしい筈なのだ。


 だが、現実は全く届かない。

 見れば見るほどに、自分との差を見せ付けられる。


 何が違う、何処が違う。

 どうすれば、そこに辿り着ける。


 彼の思考は、そちらへと傾いていき、美影を見る目に熱が籠る。


 嫉妬と憧憬、そして挑戦の意思を込めた熱量が。


~~~~~~~~~~


「いやーはっはっはっ、もう人の住める場所じゃないねー、これ!」

「…………そう言うんだったらぁ、ちったぁ堪える様子を見せねぇかぁ!」

「ふふっ、人間には環境適応力というものがあるのだよ! 覚えておきたまえ、灰狼君!」

「…………テメェの方はちったぁ生物である事を思い出せやぁ!」


 突入から約三時間。

 より過酷になる環境によりやや進行速度は落ちたものの、一行は遂に中心部にまで到達していた。

 内部の脅威度から考えると、異常なまでの速度である。

 なお、調査記録としてはお粗末極まりないものだが。


 中心部の風速は、もはや風のレベルを越えており、マッハで数えなければならない領域となっている。

 気温はマイナス200度を下回り、生命生存圏を持つ惑星の地上に存在するとは思えない極限環境だ。


 強風を越えた颶風の前には、大声で叫ばなければ、隣にいてさえお互いの声が聞こえない有り様である。

 それでも掠れているが。


 まぁ、それは良い。

 魔物領域ならばたまにある事だ。


 問題は、そんな環境下に適応する為に、訳の分からない行動をしている蟲野郎だろう。

 尋常ならざる極低温に、美影は電熱で、ガルドルフは自前の毛皮と火属性魔力によって暖を取り、それぞれに凍死を防いでいるのだが、唯一、刹那だけは超常のエネルギーに頼らずに生身を晒し、驚くべき事に耐えているのだ。


 氷の身体になる事で。


 黒光りする甲殻はいつの間にか消え失せており、全身が透き通るような透明な氷へと変化しているのである。

 もう人間かどうかという以前に、生物のやる事ではないだろうと、ガルドルフは声を大にして言いたい。


「氷の世界に順応するのだよ!

 自らを氷に変ずる事こそが進化というものだ!」

「さっすが、お兄! 合理的だね!」

「……ンな話じゃねぇだろぉがよぉ!」


 美影はツッコミを入れてくれない。

 完全に規格外生命体の味方である。


 ガルドルフは、非常識に孤軍にて立ち向かう事を余儀なくされていた。

 正直、もう何もかも投げ出したい所存である。


(……ああ、もういいかぁ)


 疲れてきたので、本当に気にしないでおく。

 そういう事もある。

 魔物だって訳分からない変化をするのだ。

 似たようなものだろう。


 という訳で、彼は目の前のそれへと興味の矛先を変える。


「で、だぁ! こいつをどうすっかなぁ!」


 氷山である。

 中心部には巨大な氷が山となって起立していた。


 高さは500メートルにやや届かない程度だろう。

 但し、その形が異様であり、大地から渦を巻くように、ネジの如き括れを刻みながら綺麗な円錐となっているのだ。

 表面は滑らかそのもので、とても自然物には見えない。


 おそらくは、領域の主に当たる魔物の棲家だと思われるが、外出中なのかその影は見当たらなかった。

 尤も、いた所で殺してしまう訳にはいかないので、イレギュラー的に突入している今では、いない方が有難いのだが。


 眺めていても仕方ないので、諦めて引き返そうかと提案しようと思っていたが、しかしその前に運悪く住人が帰ってきたらしい。


『『『Cuuuurrrrrrrrrrr!!』』』


 三重に連なる泣き声が頭上より降って来た。


 見上げれば、三色の月明かりを背に、大きな影が降りてきている様が見られる。


 全長は20メートル弱。

 白を基調とした翼獣である。

 これまでの魔物たちと同じく、全身が氷で形成されているようだが、柔軟性を得る為に関節を主として各部が流水となっていた。


 だが、何よりの特徴として、その首の数だろう。

 鳥を模した首が三つも並んでいる。

 猛禽の様に凶悪な面構えをした三つの首が、それぞれに動いて嘶いていた。


 背負う翼は、六枚にもなり、強力な羽ばたきは颶風をかき回して竜巻を引き起こしている。


「なんと、キングギドラが主とは……」

「いやー、キングギドラってより阿修羅な感じもするけど」

「悠長にしてる場合かぁ……!」

『『『Cuuuurrrrrrrrrr!!』』』


 己の縄張りの中へ、不躾に入り込んできたネズミを見定めた三面鳥が吠える。

 それを合図として地響きが巻き起こった。


 変化は、氷山より。

 芸術的に整っていたそれが、中腹を境に罅が入り、加速度的に崩壊が進む。


 雪崩。

 と言うには、些か以上に大きな氷の塊が波のように落ちてきた。


 ガルドルフは即座に退避しようとするが、それよりも早く刹那が動く。


「秘技、地盤返し!」


 足先を地面に突き立てて、前蹴りの要領でかち上げる。

 それに引きずられて、大地がめくり上がった。

 足先から伸ばした念力によって、スプーンで掬うように一塊となって目の前の壁となる。


 雪崩が激音と共に衝突する。

 大質量の衝突に、壁が一瞬だけ歪み、すぐに崩壊した。


 だが、ほんの一瞬の間隙だけで、この場の者たちには充分過ぎる余裕となる。


「ほんじゃ! 小手調べ!」


 崩壊する壁と雪崩の隙間を縫って前に出た美影が、三面鳥の前へと躍り出る。

 その手には雷光が握られていた。


 投擲する。


『Currrr!』


 放たれた雷撃に、首の一つが反応して一声嘶いた。

 途端、雷が凍り付いてしまう。


「わおっ! 魔力を凍らせるのか!」


 強烈な氷属性の魔力によって、美影の投げた雷属性の魔力が上書きされてしまったのだ。

 手元から雷を切り離してラインを断つ。


 しかし、だからと言って、美影は臆する事は無い。


 凍り付いていく雷の線を横目に真っ直ぐに突撃していく。

 その口元には、得意気な笑みが浮かんでおり、充分な勝算があると示していた。


 当然だ。

 その程度の事は、()()()()()


 美影が三面鳥の影響範囲内に入り込む。

 三面鳥は勝利を確信する。


 しかし、現実は予想を裏切る。

 彼女の矮躯に僅かに霜が降りるが、それ以上の凍結が発生しなかったのだ。


「リネットちゃんで慣れてるからねー!」


 勢いそのままに首元を殴り飛ばしながら、理由を叫ぶ。


 なにかと美影をライバル視してくる魔王、リネット・アーカート。

 彼女は、分類としては水属性の魔王であるが、本質としては氷属性と言って良い。

 彼女の魔力は何かをするまでもなく氷冷へと変化するという、特異な性質をしている。


 そんな氷雪の女王と日常的にやり合っている美影には、氷の魔術師への対処法のノウハウが蓄積されているのである。


 当然、魔力を凍らせるなどという初歩的な芸当くらい、見飽きる程に見慣れている。


「はっはー、お前の出来る事なんてまるっとお見通しだぁー!」


 少なくとも氷の魔力を用いる限りは、大体何をしてくるか完璧に分かるだろう。


~~~~~~~~~~


「……まだ本気じゃねぇなぁ」


 ガルドルフは、雷と氷の激突をやや離れた位置から観察する。


 この魔物領域は相当に強力だ。

 トップクラスの武力を有する彼に回される案件だけの事はある。


 だからこそ、少しは彼らの底が見られるかも、と期待していたのだが、結果は残念な物だった。


 道中の魔物たちは勿論のこと、目の前の主に対してさえも、本気をまるで見せていない。

 なにせ、自分に対して見せた黒雷と、その後の尋常ならざる超速度を、美影は全く見せていないのだ。

 明らかに手を抜いている。


 そして、その状態でも主を着々と追い詰めているのだから、ガルドルフとしては呆れるばかりである。


「取り敢えず、殺されちまう訳にはいかねぇからよぅ」


 魔物領域は、全体を縄張りとする主を殺害してしまうと、途端にこびりついていた魔力が霧散してしまう特性がある。

 この領域を存続させるか消滅させるか、それを判断するのは行政の役割であり、自分たち調査員の仕事ではない。

 なので、勢い余って主を殺してしまう事はマイナス評価となってしまう。


 可哀想になる位にフルボッコにされている様を見れば、放置していると本当に殺してしまいかねない。

 なので、そろそろ止めようと彼は腰を上げた。


 だが、事態は急変する。


 閃光。


 遠くの空に、暗い夜空を貫く雷光の柱が起立する。


 遅れて、大気を震わせる轟雷の響きが届いた。


「ん、だぁ……!?」


 突然の事に目を白黒させるガルドルフだったが、何が起こっているのかを把握しているのか、美影と刹那の行動に迷いはない。


「愚妹よ!」

「分かってる!」


 黒雷が弾ける。

 同時に瞬発した美影が、三面鳥を有無を言わさずに叩き落し、その反動で空へと高く舞い上がる。


「お姉に手を出すとは……よっぽど死にたいらしい!」


 虚空を蹴り抜き。

 雷となった彼女は、彼方へと消えていくのだった。

調査記録としては、最低評価。


ゲーム的に言えば、踏破率100%、アイテム収集率100%、モンスター情報100%を目指さないといけないのに。

こいつらRTAしてんだもん。


どの項目も%低過ぎで、まぁ使えないこと使えないこと。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 調査記録:謎のハゲザルは頭おかしい 評価:満点 [一言] いつから領域の調査だと勘違いしていた? 謎のハゲザルが重要やろがい!
[一言] 調査員って大変なんですね
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