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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
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廃棄領域式戦闘術

何でこいつが動くと途端にシリアス成分が消し飛ぶのだろうか。

「お待たせ、しま……し……」


 事務員が幾つかの要調査ポイントを見繕って戻ってくると、そこは魔界だった。


 明るく照らされていた室内は、光が遮られて薄暗く変貌している。

 部屋の全体には、縦横無尽に粘着質な糸が張り巡らされており、その糸には幾つもの塊がぶら下がっている。


 そう、それはまるで、蜘蛛の巣のようであった。


 カサカサ、と何処か薄気味悪さを感じさせる足音が聞こえる。


 それは室内を反響して、出所を判然とさせない。

 だが、徐々に大きく、徐々に近づいている。


 そして、それが止まる。


 キシキシ、と硬質な何かが擦れるような音がすぐ後ろから聞こえた。


 ごくり、と唾を飲み込む。


 事務員は、意を決して振り向いた。


 そこには、振り向いた目と鼻の先には、蜘蛛の巣に手足を引っ掻けて、怪蟲が無機質な目を向けて、逆さまにぶら下がっていた。


 ギョロリ、とした複眼と目が合う。

 それは、間近でよく見れば、無数の小さな眼球の集合体で構成されており、生理的嫌悪感を抱かせるに充分な醜悪さを孕んでいた。


「き、きゃあぁぁぁああああああ……!!?」


 唐突に現実の中で降りかかったホラーに、事務員は叫び声を上げるのだった。


「……いや、無理もねぇよぅ」

「遊び心ってものだよ」


 部屋の隅に退避していた美影とガルドルフは、その様子を静かに眺めながらコメントを残していた。


~~~~~~~~~~


 遡ること、僅か数分。


「聞いてんのか、ハゲ猿が」


 ガタイの良い獣魔の男が、ドスの効いた声を出せば、反応の薄かった美影も、ようやくそれが自分に向けられたものであると気付く。


「ねぇねぇ、お兄? これって絡まれてる? 絡まれてるんだよね?」


 何処か興奮した様子の美影が刹那へと顔を向けた。


 なにせ、非常に珍しいを通り越して、初めての体験なのだからそれも仕方ない。


 彼女は、雷裂という大家に生まれ落ち、更に生まれたその時より強大な魔力を宿していた。

 その為、有象無象から侮られるという事がまず起こらない。

 一時、魔力が枯れた様に思われていた時代であっても、雷裂の家名を背負っている美影へと挑発する馬鹿はいなかったのである。


 あるいは、巷間を出歩いていれば、そんな馬鹿者に出会うチャンスもあったかもしれないが、しかしある意味では箱入り娘に近い為に、そんなチャンスもなかった。


 そう言った事情があり、チンピラじみた絡みはほぼ初めての経験となるのだ。

 チンピラではない嫌味ったらしい絡まれ方ならば、ナナシを相手に脳血管が切れそうなレベルで繰り返しされているのだが。


「聞いてんのか、オイ!」


 全く意に介していない様子は、逆に挑発しているようにも見える。

 ゴミであるハゲ猿に舐められた態度を取られた男は、一瞬にして激情して、か弱く見える美影へとその手を伸ばす。


 しかし。


 パシッ、と、軽い音を立ててその手が外へと弾かれた。


「この身は売約済みだよ。触れる事は許されない」


 血の一滴、細胞の一片に至るまで、全てを刹那へと捧げている。

 害意を持って触れる事は大罪ものであった。

 欲望を持って触れる事など、万死に値する。


「……生意気な事を」


 ギリギリと男が歯軋りをして、彼の感情に比例して全身の体毛が深さを増す。

 獣人体へと変わり、本気で暴力を振るう体勢へと移行していく。


 流石に傍観する訳にはいかないと、この段に至ってようやくガルドルフが割って入ろうと動き出した。


 しかし、それよりも早く間に入る者がいた。

 謎の合成蟲――刹那である。


「あー、犬畜生君。短気はいけないよ、短気は。

 お互いおおらかな気持ちで諦め、尻尾を巻いて逃げ帰りたまえ」


 宥めの言葉に見せかけた、単なる罵倒であった。

 男が反射的に無言で拳を振るうのも無理はないだろう。


 不可思議な生物だが、魔力は微塵も感じられない。

 対して、男は既に戦闘態勢になっており、本気ではないものの魔力を纏っている。


 結果がどうなるかは明らかである。

 その筈、だった。


 激音が響く。

 刹那の硬質な甲殻へと拳がぶち込まれ、盛大な音が鳴り響いた。


 そして、それだけであった。


「あぁ……?」

「ふむ、どうやら怒らせてしまったようだね。まぁ、それも良い」


 予想外の結果に、やや困惑した声を漏らす男を前に、刹那は楽しげな声をあげる。


「ふふっ、たまにはカッコいい所を見せたいと思っていたのだ。

 良い踏み台になってくれたまえよ、犬畜生君」

「お兄はいつでもカッコいいよ?」


 そして、突発的に理不尽が牙を剥く。


~~~~~~~~~~


 獣魔の男は、決して油断してはいなかった。

 いや、油断は消していた、と言うべきか。


 最初の一撃を無傷で耐えきってみせた、それだけで脅威と見なす程度には、場数を踏んだベテランであったのだ。


(……ゴーレムの類いか)


 外見は蟲由来の生物、だが言葉を解する知能がある。

 その様な種族が世界の何処かで発生したという話はトンと聞いていない。


 ならば、その正体は魔物かゴーレムか。


 答えは後者に傾く。

 何故ならば、魔力が全く感知できないから。


 魔力持つ生物の魔物では、完全に魔力を遮断するという事が出来ない。

 細胞の一つ一つにまで魔力が浸透している為に、どうしても魔力の匂いが残ってしまうのだ。


 であるならば、ゴーレムであろう。

 魔力を通さない素材で覆ってしまえば、たとえ動力が魔力であっても生身の探知能力では分からない程に反応を抑える事が出来る。

 その様な研究結果が鉱精種(ドワーフ)の国で発表されていた覚えがあった。


 そんな最新型のゴーレムを人間種が所持している事には疑問もあるが、現実が目の前にある以上、それを否定するのは愚かな事だ。


 どの様な機能を載せられているのかは不明だが、少なくとも無力という事は無いだろう。


 故に、男は身構える。

 危険な新種の魔物が跋扈する魔物領域にいる時と変わらぬ精神状態で対峙していた。


 だが、それでも、足りない。


 目の前のそれが、殺意と悪意を煮詰めて醜悪を埋め込んだ、罪業の塊だと気付けない。


 当たり前だ。

 惑星ノエリアは、安寧の揺り篭なのだから。

 精霊と天竜に守られた世界でしかないから。


「クックックッ、人類の業というものを教えてくれよう」


 魔物領域とは似て非なる領域、廃棄領域。

 そこに適応した超生物が、超生物としての力で襲い掛かる。


 一心に向かう殺意が男の全身を貫く。

 同時に、刹那の中腕、蝦蛄のような見た目のそれが折り畳まれて構えられる。


 来る、と直感した男は、攻撃から身を守る。


 防御は、確かに間に合った。

 両腕を交叉させて魔力の鎧を充分に纏って、盾として構える事が出来ていた。


 だと言うのに。


「弾丸のようなワン・ツー!」


 パン、と大気が弾ける音がすると同時に、衝撃が彼を強打した。


「ごっ!? おぉあ!!?」


 ほぼ同時に炸裂した二連撃は、彼の身をくの字に折り曲げて吹き飛ばす。


 後退を余儀なくされる勢い。


 だが、倒れない。

 足爪を立てて床に轍を刻みながらも耐えきってみせる。


 しかし、大きな隙を見せてもいた。

 それを見逃してくれる程、刹那は優しくはない。


 くの字に曲がった姿勢故に、男は頭を差し出すように前に出している。


 その天頂に、刹那の顎針が突き刺さった。


 ズゾッ、と、何かが吸い出される。


 いや、何かではない。

 血である。

 男の体内から一気に血液が吸い上げられた。


 目の錯覚か、僅かに萎んだようにも見える男の身から、力が抜ける。


 何の事はない。単なる貧血である。


 刹那の針が引き抜かれ、支えを失った男は、立っていられぬと崩れ落ちる。


「ふっふっ、安心したまえよ。死ぬ程には吸っていない」


 生命維持に支障無い程度には残している。

 しかし、あくまでも最低限だ。

 健康的とは言い難い血液量しか残っていない彼は、もはや立ち上がるだけの力は出せなかった。


 その結果に、触発される者たちがいた。


 周りで見ているだけだった、他の現地調査員たちである。


 絡みに行って喧嘩を売ったのは、こちらの方だ。

 それに反撃しただけで、正当防衛に違いない。


 そんな正論で止まれるなら、そもそも絡んだりしないし、それを傍観したりもしない。


 仲間を傷つけられたという事実によって頭に血が上った彼らは、刹那へと即座に殺到する。


「ふっ、多勢に無勢が通用する相手か、見極める事さえも出来ないか」


 刹那は余裕を崩さない。

 超能力を発動させれば容易く一掃できるし、何ならば使わなくてもどうとでも出来る。


「よかろう。相手をしてくれる」


 飛び掛かってきた二人の狼人を跳躍で躱した刹那は、口から大量の蜘蛛糸を吐き出した。


 粘着質なそれは、宙を自在に舞って無駄に広い室内を埋め尽くしていく。


 魔灯へとへばり付いて光を遮り、室内が途端に薄暗くなる。


「蜘蛛の蜘蛛による蜘蛛の為の領域、廃棄結界術、スパイダーゾーン。

 ふははは、これを展開させたのは悪手だったな!

 この中においては蜘蛛に連なる者は100倍の力に増幅され蜘蛛に仇為す者は100分の1に力を制限されるさぁ戦おう!」

「…………理不尽過ぎじゃねぇかぁ?」

「そんな機能がある訳ないじゃん」


 作られた蜘蛛の巣は、見た目以上の効果は秘めていない。

 無闇矢鱈と多彩な超能力を駆使すればその様な効果を付与する事も出来ただろうが、相手をするのは魔物領域のプロである。

 彼らの土俵に合わせて、似て非なる廃棄領域由来の力だけで戦うつもりなのだ。


「じゃあ、あの口上は何だってんだぁ?」

「ノリ」

「…………腹立つ野郎だぁなぁ」


 五月蝿い外野は無視するに限る。


 即席の蜘蛛の巣に足を掛けて逆さにぶら下がった刹那は、ギョロリと複眼を動かして眼下の者たちを一望した。


 そこへ、間髪入れずに一人の狼人が飛び上がる。


「シャッ!」


 鋭い爪を振りかぶり、刹那へと振り下ろす。

 反応できなかったのかしなかったのか、それは彼の身へと吸い込まれ、見事に引き裂いた。


 軽い。

 あまりにも手応えが薄かった。


 その理由は、目の前にある。


 無い。

 引き裂いたそれには、中身がなく、薄紙のような輪郭だけがあるだけだった。


「敵を欺くは朧なる体、廃棄忍術、瞬間脱皮」

「それ、忍術じゃないと思う」


 ツッコミが部屋の隅に避難していた美影からもたらされるが無視する。

 脱け殻を囮に背後に回った刹那は、上腕、カマキリの腕を振りかぶっていた。


「罪を裁く断罪の刃、廃棄剣術、蟷螂スラッシュ」

「剣じゃねぇだろぉよぅ」


 美影に引き摺られて一緒に避難していたガルドルフからの言葉を無視して、飛び上がっていた狼人の背を✕の字に切り裂く。


「ガッ!?」


 突然の痛みに息が詰まり、動きが止まった所へ、すかさず蜘蛛糸を吐きかける。


「脅威を封じ込めし天上の衣、廃棄拘束術、(かいこ)バインド」

「まぁー、見事な餌だこと」


 一部の隙もなくグルグル巻きにされた狼人が巣から吊るされる。

 その様は、まさに蜘蛛の巣に掛かった獲物の末路であった。


「さぁ! どんどん行くぞ!」

「クソがッ! 恐れるな! 袋叩きにしてしまえ!」


 恐れを振り払うように叫んで、総掛かりで立ち向かう。

 四方八方からの敵勢に、刹那は背の羽を広げた。


「地を見下ろすは天の羽、廃棄飛翔術、蜻蛉マニューバ」


 完全な隙間無く、という訳ではない。

 瞬時にトップスピードへと至る翔翼は、ジグザグの軌道を描いて彼らの隙間を潜り抜ける。


「悪を打ち砕く鉄の拳、廃棄格闘術、蝦蛄パンチ」


 音速を越える鉄拳が連打で叩き込まれ、また一人、蜘蛛の巣に吊るされてしまう。


「ふはははっ、温い! 温いぞ、犬畜生ども!

 お前らの首は、このまま蜘蛛糸に吊るされるのがお似合いだな!」

「まだだぁ!」

「おっと」


 宙を蹴って強引に方向転換した一人が刹那へと肉薄する。


「邪を祓いし神速の脚、廃棄舞踏術、飛蝗ソバット」


 それをヒラリと躱し、すれ違いざまに回転蹴りをお見舞いしてノックアウトした。


 正面から激突しても駄目だと悟った残りの者たちは、囮役と後背を突く者とに別れて動き始める。

 だが、彼らの一人一人を、不気味な複眼がそれぞれに蠢いて捉え続けている。


「実を見据えし数多の瞳、廃棄観察術、インセクトアイズ」


 バラけたのならば丁度良い。

 孤立した者を一人ずつ仕留めていくだけである。


「醜悪を煮詰めし人類の業、廃棄毒術、文明ポイズン」


 廃棄領域の毒素を濃縮した毒物を吐き掛ける。

 魔力強化した肉体の代謝能力すら上回り、一瞬で回った狼人は、為す術なく倒れて餌行きとなった。


「……良いなぁ、お兄の体液」


 羨ましそうな美影の呟きに、隣にいたガルドルフはドン引きである。


「まだまだ廃棄領域式戦闘術はあるぞ!

 全てを見せる前に全滅してくれるなよ、犬畜生ども!」


 そんな感じで制圧されるのだった。

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