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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
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進化する尊き意思

「……興味があんならぁ、ハゲ猿牧場にでも行くかぁ?」


 そこまで大きくはないが、シャルジャールにも人間の養殖場がある。

 最前線である為に、使い捨てにしても惜しくない人手の需要はそれなりにあるのだ。

 普段は労働力として酷使して使えなくなったら潰して肉にし、有事の際には肉盾や鉱山のカナリアとして使っている。


 なので、現地である程度は生産供給できるように、それなり程度ではあるが専用の施設が設置されているのである。


「んー、興味はあるけどねー」

「うむ、どの様な交配か、飼育法の効率性など、実に心惹かれる物ではあるが、まぁ今は良い。

 後程、見学に赴こう」

「…………そうかぁ」


 否、とは言わない辺りに、やっぱり人間種ではないのでは、という疑いが深まった。


 ともあれ、そうなるともうガルドルフには行く当てなどない。

 貧相と言うなかれ。

 地元への理解などその程度のものなのだ。


「ねぇねぇ、狼君?」

「……ガルドルフ・シャンディだぁ」

「そういえば、自己紹介がまだだった気もするね?」

「はい! 僕は雷裂美影だよ! お兄と間違わないように、特別に美影様と呼ばせてあげよう!」

「引き裂くぞテメェよぅ」

「へっへーん。やってみろやー」


 カモン、と手招きして挑発する美影。

 ガルドルフは、そんな彼女に歯軋りしながら手爪を伸ばしてみせる。


 美影の速度は学習済みである。

 今度は、同じようにはさせはしない。


 しかし、すんでの所で思い止まった。

 こんな往来のど真ん中でやらかせば、被害が尋常な事にはならない。

 それ故に、彼は深呼吸をして熱くなった心を落ち着かせる。

 落ち着かせようとした。


「ふんっ、ヘタレが」

「やっぱりテメェぶち殺すぞぁ!」


 大人の対応を心掛けた彼に、心無い罵倒が振り掛けられる。


「まぁ、落ち着きたまえよ」


 一歩を踏み出そうとしたガルドルフと、迎え撃とうとする美影だったが、その動きはピタリと止まる、止められる。

 刹那の念力により、二人の周囲が固定されているのだ。


「グッ……!」


 指一本動かせなくなった事に、ガルドルフは苦悶の呻きを漏らした。


 意味が分からない。

 何らかの魔法によって動けなくされているならともかく、何もないのに動かないのだ。

 妙ちきりんな心霊現象にでも襲われている気分である。


 堂々と不意打ちができる、という点において、超能力しか持たない刹那はこの星では尋常ならざるアドバンテージを得ていた。

 尤も、逆に彼は彼で魔力を探知する術を自前では持っていないのだが、それは今更なのでどうとでもなる。


「無益な闘争は好む所ではないよ。

 負け犬君、あーあー、そう、負け犬君だ。

 君では愚妹の相手にはならない。

 もう少し地力を付けたまえ」

「……っ、負け犬ってなぁ、俺様の事かぁ?」


 ド直球の罵倒に、ガルドルフの精神が燃え上がる。

 力を込め過ぎたせいで、皮膚が裂けて血が滲み始めていた。


 しかし、その程度では刹那の呪縛は解けない。

 まだまだ出し惜しみをしている程度では、遊んで貰う事さえ許されないのだ。


「ふっ、どうやら知能も犬並みかな?

 婉曲的かつ情緒的表現を解さないとは。

 程度が知れるね」

「…………っ!!」


 歯よ砕けよとばかりに、力を込める。

 漏れ出した魔力が周囲への圧となって吹き荒ぶ。


 しかし、それでも。


 金縛りは解けないし、刹那も美影も涼しい顔を崩さない。


「……まっ、現実は知りなよ。ね?」


 とんっ、と美影が指先で軽く小突く。

 本当に軽い一発。

 痛みどころか、小突かれた衝撃すらも感じないかもしれない程に。


 だが、発生した効果は絶大だ。


 魔力が霧散する。

 嵐のように荒れ狂っていたガルドルフの魔力が、一瞬にして凪へと変わってしまった。


 何をしたのかは分かる。

 分かるが、あまりにも理解しがたい芸当であった。


「テ、メェ……! 魔力流路を……!?」


 身体に存在する魔力の流れを、一時的に塞き止めて麻痺させた。

 やった事は言葉にすればそれだけだが、それがどれ程に高度な技なのか、社会という物を知っていれば子供にも分かる。


 なにせ、それは魔力麻酔という技術の一種であり、魔力によって成り立つ文明社会においては重要度の高い医療技術である。

 そして、どの種族国家においても、それは深い知識と緻密な腕を必要とする国家資格として認定されている。


 それを、為した……だけならば、まだ理解も出来た。

 問題は、特に何の道具も用いずに麻酔を掛けた事に尽きる。


 通常であれば、流路転写機によって正確な魔力流路を写し取った上で、専用の機材を用いて流路にピンを打ち込む事でそれを行う。


 だと言うのに、美影は、素手の指先一つ、それによる小さな衝撃だけで麻痺させてみせたのだ。


 あり得ない。

 そんな言葉しか出てこない。


「心配ないよ。1分もすれば嘘みたいに解けるから」


 ケラケラと笑って笑えない事を言う。


 もしも、これが戦闘ならば。


 1分という時間はあまりにも長過ぎる停滞だ。

 魔力を使えない以上、煮る事も焼く事も容易く、まさしく敗北を認めざるを得ない状態である。


「器用なものだね」


 力が大き過ぎるが故に、精密作業を得意としない(出来ないとは言わない)刹那は、彼女の小技に素直な感心を見せた。

 兄に褒められた美影は、自慢げに胸を反らせてみせる。


「まぁね! でも、まぁ、実用性はないかなー?

 お兄が止めてくれてるからこそだし」


 流石の美影でも、戦闘速度の中でやるというのは難しい。

 少なくとも、魔王級のステータスを持つガルドルフが相手では、まず不可能だろう。


 今回は、刹那が完全に動きを固定してくれていた為に、ピンポイントでツボを狙い撃てた為に成功させられただけである。


「さて、頭は冷えたかね?」


 1分が経過し、宣言通りにガルドルフの魔力が復活する。

 皮肉な事かもしれないが、一度、完全に塞き止められた影響で、身体を駆け巡る魔力が今まで以上に強く感じられた。

 それと同時に、刹那は金縛りを解き、彼を自由にする。


 まだやる気があれば、即座に攻撃に移れる状態だ。


 だが、ガルドルフはそれをしない。

 立てていた鋭爪を仕舞い、戦闘態勢を解除していた。

 彼は、身体に異常がないか確かめるように手の開閉を繰り返しながら、静かに言う。


「……いや、いい」

「おやおや、狼君はヘタレワンコちゃんにジョブチェンジするのかなー?」


 懲りずに挑発していく美影だが、ガルドルフはそれに乗らない。

 額に青筋は浮かんではいたが、深い吐息と共に激情を呑み込む。


「勝ち目のねぇ勝負はしねぇー」

「…………ふぅん?」


 それは敗北宣言であった。

 何をどうしても勝てないと白旗を上げたのである。


 だが。


 それを言うガルドルフの瞳の奥に、燃えるような闘争心が未だ燃えている様を、美影は見て取った。


「今は、かな?」

「当ったり前だボケがぁ。ハゲ猿に舐められたままで終われるかよぅ」


 今は、勝てない。

 だが、いつかは、越えてみせる。


 その言葉に、美影も刹那も好印象を抱き、笑みを深くした。


「よくぞ言った、灰狼君! それでこそ、命ある者だぞ!」

「うんうん、良いね! 良いよ!

 かかってこい、()()()()

 僕はいつだって相手してあげるからさ!」


 実力差を理解し、諦念に生きる事は、きっと賢い事なのだろう。


 しかし、そこに進化はない。


 刹那も、美影も、果てしない進化の、決して諦めなかった愚行の果てに存在している。

 もっと上を、もっともっと強さを、追い求めてきた事で彼らは成り立っているのだ。


 だからこそ、彼我の差を理解しながらも、更なる向こう側を目指そうという意思を、尊く思う。


 ガルドルフから感じられる燃えるような熱い意思は、二人が認めるだけの熱量を宿していた。


 彼で良かった、と思う。

 最初に出会ったノエリア人が彼で、本当に良かった。


 心を込めて滅ぼす甲斐がある。

 そして、手を尽くして救う甲斐がある。


 それだけの価値が、この星の民にはある。


「よし、君の事を知りたくなったね。

 観光先は君の仕事場にしよう。

 そう、言うなれば社会科見学だよ」

「それは良いね! うんうん、楽しそうだ!」


 勝手に盛り上がる兄妹に、一方で意味の分からないガルドルフは、困惑を顔に浮かべながらも彼らの方針に異を唱えた。


「…………俺様の仕事って、それなりに危険なもんだぞぉ?」


 魔物領域は常に死と隣り合わせである。

 物見遊山で足を踏み入れる様な場所ではない。


 常識的見地からそう言うが、兄妹の反応は淡白なものだ。


「それが何か?」

「僕たちが死ぬ訳ないじゃん」

「……………………まぁ、いいかぁ」


 言ってから気付いたが、確かにそうだ。

 彼らが死ぬ様が思い浮かばない。

 ついでに言えば、まかり間違って死んでくれても全く構わない。


 なので、仕方ないとガルドルフは行き先を変えるのだった。

この展開の遅さよ。


まだまだプロローグにすら届かないとか。

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