ご当地B級グルメ
えー、ちょっとだけグロ表現ありです。
過程を想像すれば、ですので、微グロ程度で。
様々な困惑を残しながらも、行政からの安全宣言が出された事で日常を取り戻しつつある国境都市シャルジャール。
その中央通りを一際目を引く三人組が歩いていた。
美影と刹那、そして獣魔の英雄――ガルドルフの三人である。
すれ違う者たちの反応は、おおよそ三段階に推移している。
まず、有名人であるガルドルフを見つけて目を輝かせ、隣にひ弱(弱いとは言っていない)なハゲ猿の美影が並んでいる事を訝しみ、最後に更に並んでいる異様な怪蟲を見て目を逸らす、という実に内心の分かりやすい反応である。
「狼君は有名人だね~」
ナチュラルに共に歩いている彼の存在を、特に疑問にも思わずに美影は呑気に話し掛けた。
「…………何の言葉もねぇのかぁ?」
「何か、言って欲しいのかね?」
「どうせ監視でしょ?
まぁ、目に見えた爆弾を放置する筈もないしねぇ。
一番の使い手っぽい君が派遣された訳だ。
お疲れさま」
「……よく分かってんじゃあねぇかぁ」
入国審査において、不審な点は多大にあるものの、一応は問題無しと判断された為に入国が許可されている刹那と美影。
しかし、初接触時の事を考えれば、放置してしまうにはあまりにも破壊力が高過ぎる。
何かの間違いで暴れられた場合、下手をしなくても都市が丸ごと吹き飛んでもおかしくないのだから。
しかも、それが起きる可能性が非常に高いというのだから、更に問題である。
なにせ、彼ら……まぁ刹那の方はあれなので無視するとして、美影は下等種族として認知されている人間種の姿をしているのだ。
その癖して、少々幼いながらも整った容姿をしている為に、ちょっかいをかける阿呆が出かねない、と言うよりも絶対に出る。
それをされた時に、果たして彼らが爆発しないと言えるだろうか。
長老他、都市の運営者たちは、揃って首を横に振った。
そこで、監視は元より、余計な火の粉が振りかからないように、知名度の高いガルドルフが派遣されてきた、という事情があった。
彼からすれば貧乏クジを引いた様な物であるが、一方で丁度よいとも思えた。
(……化けの皮、剥がしてやらぁなぁ)
どうやったのかは知らないが、入国審査の虚偽発見器さえも突破して、自らを人間種だと言い張ったらしい。
目に見えた嘘である。
お前のような人間がいるものか、というのがガルドルフを含めた獣魔の本音であった。
なので、その正体を暴いて目的まで晒させようという思惑があるのだ。
「さってと、まぁ観光目的だし、丁度良いよね」
雷裂兄妹に、目的らしい目的はない。
強いて言えば、ノエリアの文明がどういう発展を遂げており、何処に崩す隙があるのか、それを見極める事が目的だ。
なので、適当に見て回るしか無かったのだが、せっかくの監視役である。
利用しない手はない。
「うむ。あー、君、地元民らしく観光案内を一つ頼むよ」
「…………俺様はガイドなんかじゃねぇんだがよぅ」
「名所の一つや二つくらい、心当たり無いのー?」
仮にも監視役に対して、無茶振りをしていく。
ガルドルフは戦士であり、本来の職にした所で魔物領域の調査員なのだ。
観光名所への理解度などたかが知れている。
特に地元というのも場所が悪い。
変に慣れ親しんだ土地であるが故に、地元民である彼からすれば都市の何処も身近な物でしかないのだ。
彼にとっては、何もかもが「見て楽しいか?」という感想しか出てこない物なのである。
更に加えて言えば、そもそも国境都市シャルジャールの用途自体が観光には向いていない。
「……ここぁ、霊鬼との国境最前線だぜぇ? 観光地じゃあねぇ」
他の国境線ならまだしも、ここは特に仲の悪い霊鬼種との国境に築かれた要塞としての都市なのだ。
あるのは軍事施設に関する物ばかりであり、しかも大概が現役で使用されている。
その為、当然のように関係者以外は立ち入り禁止であり、観光にはまるで向かない。
そう言った事情を簡潔に説明すれば、美影は目に見えて落胆する。
「ちぇーっ、つまんないの」
唇を尖らせて不満を漏らす彼女に、刹那は諭しの言葉をかける。
「ふっ、愚妹よ。旅行の楽しみ方は名所巡りだけではあるまい。
ご当地B級グルメも醍醐味というものだぞ」
「んー、まぁそうだね」
自身が料理人であり、ついでに想い人は究極の料理を作り上げた経験のある馬鹿である。
その為、味覚についてはあまり期待を持っていなかった。
とはいえ、異郷の味を体験するのも、見識が広がる機会かとも思い直す。
「という訳で、君、何か名物料理は無いのかね」
「…………そうさなぁ」
少し悩んだ後、ガルドルフは通りで開かれている屋台の一つに目を付けた。
香ばしい匂いと煙を立ち上らせている焼き物の屋台である。
それは、シャルジャール特有ではないし、獣魔国全体で見ても特に珍しいものでもない。
しかし、他国では割りと珍しい部類に位置している事も、知識として知っている。
他所から来たというのならば、楽しんでくれるだろう。
兄妹が嘘を吐いていないのならば、嫌がらせの成分も若干混じっているが。
「ちっと待ってろぉ」
屋台へと向かい、手早く会計を済ませて戻る。
「ほれ、奢りだぁ」
「よっ、太っ腹!」
「有り難く戴こう」
串焼きにされた肉を受け取り、躊躇いなく齧り付く。
人間にとって毒となる物質が含まれているかも、などとは考えない。
廃棄領域の劇毒にすら適応できる二人には、並大抵の毒物が効力を発揮する事はないのだ。
「…………んー、新食感。食べた事のないお肉。魔物のお肉かな?」
牛や豚、鶏といった地球で一般的な食肉とは違い、もっと言えばその他の珍しい類いの動物肉とも違う。
地球にはいない、惑星ノエリア特有の動物の肉――特に怪しいのは魔物とかいう生物の肉かと、美影は考えるが、刹那の意見は違った。
「いや、この味わいには覚えがある。
まぁ、私が普段食べている物とは、あまりにも品質に違いがあるがね」
「えー? まーじでー? 何だろ?」
再度、味わってみるが、やはり覚えがない。
それよりも、隣でガルドルフが悪戯しているような悪い笑みを浮かべているのが、とても気になる。
(……ゲテモノ系? 虫くらいなら気にしないんだけど、んー)
地球上に存在する大抵のものは口にした経験がある。
それこそ、石や鉄だって刹那に付き合って食べた事があった。
味云々よりも消化が大変だった覚えがあるが、それらは食肉とは関係ないのでともかく。
「やっぱり分かんない。なぁに?」
「ふっ……。答えは簡単だとも」
刹那はゆっくりと美影を指差した。
「? もぐもぐ?」
もう一欠片、噛みきりながらその動作の意図を理解させようと頭を働かせ、数拍置いてようやく気付く。
「え、僕? もしかして、人肉?」
「うむ。その通りだ。
しかし、愚妹の肉に比べると臭みも強ければ柔らかさも微妙だな。
低品質極まりない」
「……まぁ、そこらの屋台飯だからぁなぁ」
コイン一枚で買えるような庶民の安い肉である。
品質としては最低限に近いものだ。
それよりも、言われた少女の反応の方がドン引きであった。
「いやん、お兄ったら。もぉー、そんなに褒めないでよね。
お口直しにどうかな!? お手軽に手羽先辺りなんていかが!?」
赤面して恥ずかしそうに身体をくねらせ、その後に腕を差し出しているのだ。
自らを食べろ、という行為はガルドルフの目からしても異様である。
「刺身も良いがね。
今は焼き肉の気分なので、後で火を通して食べようか」
「そっか。うん、じっくりと焼いて食べてね!
直火!? オーブン焼きの方が良いかな!?」
「…………サイコパスって奴かぁ」
ポツリと呟いた言葉はスルーされた。
ひとしきりのイチャツキ()を終えた後、美影はもう一口、串焼きに噛みついた。
「……それにしても、人肉、ねぇ。お兄のお肉とも違う感じがするんだけど?」
刹那から美影を、だけでなく、美影から刹那を食べる事もある。
たまに腸を食い千切って凹ませていた。
その味とはかなり違うと訴える美影だが、そんな彼女に刹那は言う。
「私は既に人間を超越している! そう、味さえも!」
「……あー、そっかー」
まぁ、見た目どころか、遺伝子レベルでさえも刻一刻と変貌している変態生物である。
血肉の味わいが変わっている程度は、何らおかしくもない。
納得できたので、素直に味を楽しみ始める兄妹。
「んー、意外と食べられるかな? 想像してたよりは美味しい」
「そうだね。確かにその通りだ。
食肉用に育てた肉なのだろうか。
天然の人肉よりも臭みがなく、味も芳醇だ。筋も少ない」
その様子に、ガルドルフは半目を向けていた。
「おめぇらよぅ、忌避感はねぇのかぁ?」
「忌避? って、何が?」
「何って、同種の肉だぜぇ?
嫌なもんだろぉ。
いや、おめぇらが本当にハゲ猿と同種なら、の話だがよぅ」
「あー、そーゆー」
言われれば理解もできる。
確かに、共食いに禁忌感を得るのは知的生物としては普通の感覚だろう。
とはいえ、廃棄領域という極限環境を生き抜いた経験のある彼らは、価値観が一味違う。
「まぁ、言うてただのお肉だし」
「人間とて自然の一部だよ、君。好き嫌いはいけない」
食べられるならば、何だって食べないと生きていけない。
そういう世界の経験は、人間――同種族でさえも食べ物として見てしまう。
「それよりも、人肉って珍しいの?」
「ん、あ、あー、別にこの国じゃあ珍しくねぇぞぉ。
ただ、人間を食肉にしてる国は、他に霊鬼のアホどもくらいだからよぉ。
世界的には、まぁ、珍しいん、じゃあねぇかぁ?」
「ふぅーん、そっかー」
人間種は、大抵の種族国家で地位が低いが、明確に食肉扱いされて家畜として飼われている国は、獣魔国と霊鬼国くらいだろう。
その事実を知っても、美影も刹那も別に気にしない。
地球上でも、人間の価値が低い地域など珍しくもないから。
あまり大っぴらにやっていないだけで、人間牧場を経営していたり、命を使ったデスゲームだって開催されていたりもする。
なので、取り立ててリアクションを取るほどの事ではないのだ。
その様は、ガルドルフからすれば異様にしか映らない。
「…………悪魔かぁ、おめぇらよぅ」
「失敬な。
人間だよ、必要なら何処までも残酷になれる、そんな種族さ」
「ふふふっ、人間に対する理解が足りていないね。
そんな事では、いつか足元を掬われてしまうよ」