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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
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恐れる心

 奇跡を目の当たりにした、忘我。

 それから最初に醒めたのは、言葉を交わしていた老人であった。


 流石は年の功と言うべきか、彼は数瞬のまばたきの後に、改めて目の前の存在たちを見遣る。


 若い、と言うよりも幼い人間種の娘に見える者。

 何が化けているのかも分からないが、少なくとも獣魔の精兵をものともせず、狼氏族最高にして獣魔でも屈指の戦士であるガルドルフを、まるで寄せ付けない強さを持っている。

 もたらした被害云々を横に置いておけば、それだけで一目置くに相応しい。

 獣魔は、野生の色が濃い種族である。

 それ故に、文明の発達した今においてさえ、個人の武勇に一定の敬意と憧憬を持つのだ。

 だから、確かな強さの証明をしてみせた彼女は、充分に獣魔の好意を引き付ける。


 だが、それ以上の怪物が隣にいる。


 こちらはもう、訳が分からないと称すべきだろう。


 見た目は完全に化け物の類いである。

 様々な蟲をごちゃ混ぜにしてくっ付けた様な姿をしており、生理的嫌悪感を抱かせる醜悪かつ凶悪な外見だ。

 しかし、一方で魔力はない。

 欠片も感じない。

 抑えている、という様子ではない。

 それならそれで、ある種の消臭剤を使ったような匂いがあるものだが、それすらも無いのだから、完全に魔力を持っていないのだと断じられる。


 そこらの魔物以下。

 それが、それに対して下されるべき本来の評価だ。


 だというのに、そう言い切らせてくれない存在感を放っている。

 まるで、まるでこの大地が、天空が、海原が、目の前に凝縮されているかのような、そんな錯覚を覚えさせる。


 そして、それが虚像ではないとでも言うように、偉業を為してみせた。


 死者の蘇生。

 未だかつて、神と呼ばれる事さえある精霊種や天竜種ですら成し遂げた事の無い奇跡の御業を、当たり前のように振るう化け物だ。

 あるいは、目の前の存在はただの傀儡であり、背後に何かがいるのかもしれないが、だとしても奇跡を起こせる何かが近くにいる事は間違いない。


 畏怖。


 心の奥底から湧き上がる、恐怖が震えとなる。


 老人は、乾いた唇を僅かに濡らしながら、声が震えないように注意しつつ言葉を紡ぐ。


「…………、……確かに、要求は聞き入れられたようですな」

「ふっ。なぁに、気にする事ではない。

 迷惑をかけてしまったのはこちらの方だよ。

 これくらいのサービスはするとも。

 サーーーーヴィスだよ」

「……お兄、恩着せに行ってない?」

「いいかね、愚妹よ。

 むしり取れる恩は幾らでもむしり取るべきなのだよ。

 それが心持つ生物への対応というものだ。

 おお、素晴らしきかな文明。

 野生の世界ではこうはいかない」


 恩だの仇だの、そんな物はなく、実力と殺意と食欲のみで構成される世界で生き抜いてきたバカは、文明社会の中にそんな認識で混じっているらしい。


「……まぁ、言わんとする事は分からなくもないんだけどねー」


 せめてオブラートに包むか、心の内にしまっておこう、と美影は思う。


「さて、それはさておき、我らは獣魔国狼氏族領への入国を希望する。

 受け入れて貰えるかね?」


 事故の話はこれで終わりだと、そう言わんばかりにあっさりと話題を変える刹那に、老人はやや目を白黒させた。


「あ、ああ。構わないとも。入国審査に通ればな」


 老人は、そう答えながら指示を出す。


 僅かな時間を置いた後、一人の青年がやってきた。

 入出管理局に勤める、正式な役人の青年だ。


「彼らが入国を希望している。仕事の時間だ」

「…………え?」


 単刀直入な言葉に、青年は、数瞬言葉を失っていた。


 いきなり狼氏族の長老に呼び出されたと思えば、厄災を運んできた者たちの相手をせよと言われたのだ。

 誰だろうと困惑の一つもするだろう。


 いまいち事態を呑み込めていない青年の心情を放って、老人は声を潜めて耳打ちした。


「くれぐれも、慎重にな。

 殊更に便宜を図る必要はないが、逆に理不尽に締め出す必要もないぞ」

「……よろしいのですか?」


 つまり、いつも通りに仕事をせよ、という言葉に青年は問い返す。

 目に見える頭痛の種を懐に入れても良いのか、という内容に、老人は疲れたように吐息しながら答えた。


「どうにもならんからな。仕方無し。

 幸いにして、知性はあるようだから、そこに期待しようぞ」


 いざとなれば、命を懸けて徹底排除する事に躊躇いはないものの、今はまだ理性の通用する時間である。

 彼らの良識が自分達の安寧に繋がる事を期待して静観する方が、被害は出ないだろうという判断を下していた。


「…………承知しました。では、早速」


 一礼して、老人の前を辞した青年は、やや緊張に身を固くしながら、シンクロしながら左右に身体を揺らして存在感をアピールしている少女と怪物の下へと進み出ていく。


 それを見送りながら、老人は再度のため息を、深々と吐き出した。

 どうしようもないとはいえ、懐に劇物を取り込む選択がどう出るか。

 先を想うと憂鬱にもなる。


「……吉と出るか、凶と出るか、か」


 神頼みでもするかな、と、彼は最も近くにいる神――天竜フリーレンアハトへと念波を送るのだった。


~~~~~~~~~~


「…………お兄さ、そろそろ威圧やめたら?」


 入国審査員だという役員に連れられて、大人しくその後を付いていく最中で、美影は隣の刹那へと声をかける。


 刹那は、都市修復と疑似死者蘇生を行って以降、ずっと超能力を励起状態にして放出していた。

 その出力はかなりの物であり、生物的構造として超能力を感知できない筈のノエリア人であっても、正体は分からずともなんとなくそれが〝ある〟と感じられる程である。


 結果として、それが威圧感となってプラス方向に働いているので別に構わないのだが、いまだに放出を続けているのは無駄でしかない。

 これ以上の威圧は、畏敬を通り越して単なる恐怖心しか呼び起こさないと、美影は危惧しての言葉であった。


「うーむ、それなのだがね……」


 だが、その指摘に対して、刹那は困ったように言葉を返す。


「安定せんのだ」

「…………は?」


 告げられた内容が一瞬理解できず、美影は首を傾げて視線を兄へと送る。


 刹那は大雑把な男である。

 それは美影から見てもその通りであるが、だからと言って力の制御が甘いと言う訳ではない。


 それは、彼が使う定規が大き過ぎる為に、常識の範疇内で相手取る場合に過剰になりがちになっているだけであり、自身の力を制御する事そのものの精度は、充分以上の力を持っている。


 美影はそれも知っている。

 誰かから教えられる訳でもなく、出会った当時、野生児やっていた時代からの能力だ。


 それ故に、言われた事が理解できなかった。


 まさか、力を無意識に溢れさせないとかいう、魔王と呼ばれる者たちならば出来て当然の基礎的な制御能力に失敗するなんて、考えた事も無かったのだ。


「…………何で?」

「さてね。正確な所は分かりかねる」


 刹那自身も、こんな事は初めての事だった。

 だから、何が起きていてこうなってしまっているのか、確かな正解は分からない。


 しかし、予測くらいならば出来る。


「とはいえ、思い当たる可能性はある」

「是非とも聞きたいね」

「おそらく、地球から離れ過ぎている為だ」


 刹那は、地球という惑星が選んだ、自らを外敵から守る為の〝守護者〟である。

 ノエリア(化け猫)からは、そうと聞いている。

 正直な所、地球の意思と言っても、何の言葉も意思も授かっていない以上、眉唾な話ではあるのだが、一方で納得できる点もある。


 それは、矢鱈と無尽蔵に湧き出すエネルギーだ。

 刹那の力は、使っても使っても何処からともなく回復していく。

 あまりにも理不尽で不条理な現象であり、一個の生命体が持つには過剰に過ぎる物だったが、星そのものがバックアップしているのならば、それだけのエネルギーを放出できる事も不思議ではない。


 他にも、地球の地脈にナチュラルにアクセスでき、自在にエネルギーを引き出したり流れを操作出来る点も挙げられる。


 そうした事を踏まえると、ノエリアの説も暫定的に信じられた。


 そして、その上で考えれば、今現在の不安定も説明できる。


「おそらくは、私の力は地球という星があって初めて成り立っていたのだろう。

 惑星ノエリア(ここ)は遥か宇宙の彼方だ。

 幾つもの銀河を挟んだ向こう側にまでは、流石の星の力も届かないのであろう」


 業腹な話である。

 刹那にとっては胸糞悪い事実であった。


 今までの自分の力だと思って鍛えて振るってきた。

 だというのに、現実はどうだ。

 星のバックアップが無ければ、制御一つ出来ない程に自分は下手くそだと言われたのである。


 実に腹立たしい。

 こんな事では、雷裂を名乗れない。

 ()()()()()()()()()()()


 短く息を吸い込み、彼は自らの内へと意識を集中する。

 急激な力の発動によって荒れ狂っているそれを、意識的に鎮めて収めていく。

 数秒の後、勝手に漏れ出ていた超能力が完全に沈静化し、刹那から放たれる威圧感は嘘のように消え去った。


「……全く、未熟な話だよ」

「んっふふー、そう言いながら、すぐに対応できる辺りは流石だと想うけどね」

「まぁ、私だからね! 難しい事ではないとも!」


 強がりである。

 ぶっちゃけ、かなりの無理をしている。

 少しでも意識を外せば、またすぐに漏れ出てしまいそうだ。

 一度栓を抜いたせいで、どうにも(たが)が緩んでいるらしい。


 とはいえ、そんな現状はおくびにも出さない。

 何故ならば、そうしないと怖いから。

 愛する美影に嫌われてしまうのではないかと、心が凍えて震えてしまうから。


 美影は、強くて偉大な己を好いてくれる。

 ならば、そうではなくなったら、どうなるのだろうか。


 それでも好いてくれるのか?

 それとも、あっさりと興味を失ってしまうのか?


 答えは分からない。

 試したいとも思わない。


 彼女の心を確実に永久に繋ぎ止める為には、常に聳え立つ巨峰でなければならないのだ。


 だから、美影の前で弱さなど見せる気はない。

 常に余裕を、常に強さを、刹那は示していくのである。


 ぎゅっ、と、美影が甲殻に包まれた刹那の腕を絡めとる。


「……流石は僕のお兄だね。それでこそだよ」

「ふふっ、もっと褒めてくれ。私のテンションが上がる」

「んふふ、だーい好き。愛してるよ、お兄」


 満面の笑顔で、美影は変わらぬ愛を囁くのだった。

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