表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
270/417

命取り

 速い。

 速いが、それだけだ。

 パワーもあるが、触れさえしなければそれは割りとどうでもいい。


 下から掬い上げるように迫る爪撃を、身を反らすだけで回避とする。


(……やっぱり、もったいない)


 美影は、目の前にある灰狼の脇腹を蹴り飛ばしながら、そう思う。


 彼も同じだ。

 肉体と魔力の動きがチグハグで、充分な力を発揮しきれていない。

 せっかく天性の才を持っているというのに、これでは宝の持ち腐れも良いところである。


 それでも、生半可な魔王くらいなら屠れるくらいのスピードを出しているのだから、大変なポテンシャルだが。


 とはいえ、それは普通の魔王――完全後衛の砲撃魔術師型や雫のような本人の戦闘能力が徹底的に低い魔王までしか通用しない。


 美影を含めた、近接技能をある程度以上に修めている魔王だと、容易く対応できてしまうだろう。

 いや、魔王と言わず、一般魔術師レベルでも、近接戦闘に特化した者たちならば、互角に戦ってみせるかもしれない。


 それは、もう一つの問題点にある。


 直線的に過ぎる。

 相手を騙して、裏をかき、死角から必殺してやろうという意図が、灰狼の動きにはほとんどない。


 こうも分かりやすいと、テレフォンパンチの様なものだ。

 パワーは普通に魔王級なので受け止めるとヤバい事になるが、ならば避けて受け流してしまえば良い。

 そう難しい事ではない。


「……ふぅ」


 美影は嘆息する。

 同時に、身体から力を抜いた。


 それだけではない。

 超常の力による強化さえも、解いてしまう。


 超能力による強化は完全にオフ。

 魔力強化も、衝撃波等の余波を防ぐ耐性系に割り振り、身体能力そのものの強化はほとんどしない。


「舐めてんのかぁ!」


 それに気付いた灰狼が吠える。

 それが、決して降伏の意思ではないと悟れたから。


 吠え声を追い越して、それが届くよりも先に美影へと肉薄する。


 強化していない素の身体能力ならば、たとえ地竜種の頑強な竜鱗だろうと引き裂ける。

 それだけの威力を己の爪は持っている。


 灰狼は必殺を確信して爪を振るう。


 しかし、


「っ!?」


 衝撃と共に吹き飛ぶ。

 灰狼の方が。


 胸には打撃されたのだろう疼痛がある。

 見れば、美影が腕を突き出すようにして構えている姿が見えた。


 そして、吠え声に応じる声が届く。


「そうだね。正直、楽勝だと思ってる」


 灰狼は、地に足を着けて勢いを殺す。

 胸の痛みに手をやりながら、警戒の唸りを喉から漏らした。


 それに、美影が挑発的に手招きする。


「どうしたの? 来なよ。

 人間の怖さを教えて上げるから」

「…………っ、がぁ!」


 安い挑発だが、それを抑えきれる程の堪え性を、獣魔種の血が許さない。


 灰狼が地を蹴る。

 踏み込みの強さに、大地が爆ぜる。


 美影は応じるように構えを取っていた。


 両者が交叉する……直前にて。


 灰狼が直角に曲がった。


 何らかの策あっての行動だと警戒しての動きである。

 先程は激昂に任せて突撃し、逆に吹き飛ばされてしまった。


 カウンターを行う類いの魔法が仕掛けられている可能性が単純に思い付く。

 それを回避する為、最高速のままステップを刻み、美影の背後へと回り込む。


 無防備に晒される背中に向けて、腕を振り下ろす。


 彼女は反応していない。

 灰狼は、必殺を確信する。


 しかし、その未来は訪れない。


 美影が背中を向けたまま一歩だけ後退した。

 それは、位置関係上、逆に灰狼へと迫る動きであり、それによって爪の軌道から彼女が外れる。


 警戒していたおかげか、今度は確かに見えていた。


 容易く懐へと潜り込む矮躯。

 それが背中を向けたまま、灰狼の胸板へと接触する。


 その一瞬。


 強烈な打撃が灰狼を撃ち据えた。


 普通に考えるならば、速度と重量差によって、美影の方が吹き飛ぶ筈である。

 だと言うのに、逆に灰狼が吹き飛ばされている。


 意味が分からない。

 警戒していて、ちゃんと見えていたというのに、何も分からなかった。


 当然だろう。

 彼には、獣魔には、いやこの星には、一瞬の交錯に仕込む、繊細な武芸という概念がない。

 最初から魔力があったから。

 魔法の技術ばかりが注目され、肉体の力にのみ頼るという発想がないから。

 そんな小技に頼らなければならない状況が生まれてこなかったから。


 だが、地球人類は違う。

 超常の力など何一つとして持たず、鋭利な爪も牙も持たず、頑強な皮も体毛も持たず、野生界においてはひたすらに弱者でありながら、しかし有り余る知恵のみを武器に、万物の霊長へとのし上がってきた狂気の種族なのだ。


 密着状態から全力で打撃する技法。

 拳のみならず、全身の何処からでも打突せしめる技法。

 相手の力を利用して威力を丸ごと跳ね返してしまう技法。

 筋肉を締め上げて身体を堅くする技法。


 その他諸々。


 人類が積み重ねてきた数多の〝技〟を、この一瞬の隙間に複合させて成功させてみせる。


 美影には容易い事だ。

 何故ならば、彼女は地球人類の集大成、超人へと至りし至宝なのだから。


(……まぁ、これくらいなら他にも出来る奴もいるけど)


 多分、百人くらいはいるんじゃないかな、と彼女は内心で思う。

 教えれば出来るようになるだろう、という者も含めれば、四桁を越えるかもしれない。


 くるり、と身を翻して、美影は体勢を立て直している最中の灰狼へと向かい合う。


「さぁ! 授業の時間だよ!」


 たっぷりと教えてやろう。

 人間というものを。


~~~~~~~~~~


(……なっ、んだぁ! こいつはよぉ!)


 灰狼――ガルドルフ・シャンディは、内心で困惑していた。


 何処までも意味が分からない。

 何で、こんなにも自分がやられているのか。

 それも一方的に。


 見る限り、スペックではこちらが上回っている。

 そうでなければ困るが。

 なにせ、向こうは手抜きでほとんど身体強化をしていないのに対して、こちらはちゃんと強化しているのである。


 だというのに、届かない。


「おらぁ!!」


 両手の爪を滅茶苦茶に振り回す。


 振り下ろし。掬い上げ。横凪ぎ。袈裟斬り。刺突。


 小さな影を追って、攻撃を連続させる。


「ふふっ、惜しい惜しい」


 その全てを、紙一重で躱されてしまう。


 掠るだけで良い。

 掠れば勝てる。


 だが、その紙一重を越えられない。


 軽やかに、舞うように、遊ぶように、フワリフワリと容易くすり抜けられてしまう。


 何かの幻覚にもかかっている気分にもなる。

 しかし、そんな事はない。

 これは現実で、目の前の少女は劣る身体能力を神憑った見切りによって逃げ回っているのだ。


 そして、気付けば懐の中へと入り込まれている。


「せやっ!」


 見た目は幼気な少女、掛け声も可愛らしい物。

 だが、そこから放たれる拳は全く可愛くない。


 背中まで突き抜ける衝撃。

 分厚い毛皮も、堅く纏った魔力の鎧も、まるで意味を為していないかのような一撃である。


「おっ、ぐっ!?」


 一歩後退する。

 痛みはあるが、倒れる程ではない。


 だから、歯を食い縛り、前を向く。


「んっふふー、根性あるねー」


 忌々しい事に、余裕の笑みを浮かべて左右に身体を揺らしている少女。

 それがまた、ガルドルフの苛立ちを加速させる。


(……あの野郎、ぶっ殺してやらぁ!)


 苛立ちは怒りとなり、殺意の燃料となる。


 黒い炎が彼の胸中を焼き焦がし、(たが)を外していく。


 吠える。


 遠吠えが響き、内から溢れる魔力が際限無く身体を強化していく。

 限界を超えて強化される力に、肉体が悲鳴を上げた。

 骨が軋み罅割れ、肉が裂けて血が吹き出す。

 灰色だった体毛が赤く赤く、血の色に染まっていく。


 こうなると、もはや自分でも止まれない。

 暴走する魔力に延々と強化され続け、いつしか命が尽きてしまう。


 それでも良い。

 それで敵を滅ぼせるのならば。


 血死。


 獣魔の奥の手。

 命を賭してでも、必ずや敵を殺さんという必殺の意思を体現した姿である。


 その異常な風体に、流石の少女も表情を変えた。


「…………バカが。リミッターってのはただ外せば良いってもんじゃないのに」


 吐き捨てるように呟くと、彼女から放たれる魔力が圧力を増した。


 全身を漆黒の雷が覆う、異形の姿へと変化する。


「戦士の覚悟には悪いと思う」

「…………あぁ?」


 少女が、ガルドルフに語りかけた。

 彼女は静かにゆっくりと、これが最後だと言わんばかりに告げる。


「決死の覚悟。実に見事。出来ればちゃんと応えてあげたい」


 吐息する。


「だけど、殺してしまう気はないんだ。

 だから、踏みにじるようで悪いんだけど……」


 彼女は拳を突き出し、確かに宣言する。


「一瞬で終わらせるから」

「よくぞほざいたぁ! その暴言ッ!!」


 更なる燃料の投下に、ガルドルフの魂が燃え上がる。

 一直線に向かう殺意を追うように、足に力を込めて走り出す。


 走り出そうとした。


 それを最後に。

 彼の意識は途絶える事となった。


~~~~~~~~~~


 轟音が鳴り響く。

 雷鳴と大地の割れ爆ぜる音が重なった、大音響だ。


 事が済んでからの、遅れての響きとなる。


「ふぅ……」


 美影は、黒雷を解除して息を吐き出した。


 彼女の足元には、血に染まった灰狼が沈んでいる。

 彼を中心に、大地は大きく凹み、さながらクレーターの様な有り様だ。


 雷速拳鎚打ち。


 やった事はそれだけだ。

 だが、圧倒的な速度から繰り出されるそれは、直撃すれば生物の意識を刈り取るくらいは容易い。

 その前に普通は死ぬが。


 灰狼が、血を吐き出す。

 意識が戻った訳ではなく、肉体の反射反応である。


 ちゃんと生きている辺り、充分に頑強だ。


「……知ってたら、こう簡単にはいかなかっただろうね」


 地球の魔王たち、その中でも上位に位置する者たちは、美影の雷速にも当たり前のように対応してくる。

 そして、今、沈めた灰狼もまた、そんな彼らに勝るとも劣らないだけの能力を持っていた。


 だというのに、彼らと違い、灰狼があっさりと喰らい、意識を飛ばしてしまったのは何故か。


 それは、知らなかったから。

 精霊や天竜ならまだしも、そんな速度で動く生き物がまさか他にいるだなんて想像もしていなかったから。


 その差は、雷速という領域では致命的だ。

 気付く間さえも与えずに、一方的に初撃を叩き込めるのだから。


「さてと、どうしよっか……」


 美影は、周囲を見回す。


 灰狼と戦っている内に、その他の戦士たちが集まっていた。


 だが、彼が一番の使い手であったのだろう。

 灰狼が為す術もなく沈められた事で、何処か臆している様子がある。


 決して許しはしない。

 しかし、真正面からぶつかる事は得策ではない。


 そうと悟り、包囲するだけで安易に襲い掛かってはこなかった。


 この辺りでお話が出来るかな、と美影はちょっとだけ期待する。

 その期待に応えるように、一人の老人が包囲の中から進み出てくるのだった。

改めて要素を考えると、美影ってなろう系の量産型ヒロインと同枠なんですよね。

・即オチ2コマで主人公にゾッコンラブ。

・主人公全肯定系。

・隙あらば性的アピールをする弩ピンク脳ミソ搭載。


うん、完全に一致。これは男に都合の良いヒロインですわ。


でも、なんだろう。

筆者の色眼鏡なのかもしれないけど、なんか違うと思ってしまう。


思考回路が致命的にバグってるからかな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ