表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/417

広がる戦火

 刹那の一撃に、巨大な高天原が傾ぐ。

 海を揺らし、外縁部が水没する。


「ご、ぽ……?」


 グチャボキ、と体内から聞こえてはいけない音が聞こえる。

 くの字に折れ曲がる女神。

 口の端から血が溢れ出る。


 その頭上から、冷徹な声が降ってくる。


「では、手足を引き千切ってお持ち帰りと行こうか」


 刹那の手が高速で伸びてくる。


 瞬間。


 女神から純白の羽衣が飛来した。

 刹那の手を弾き飛ばし、そのまま彼へと一撃を加える。


 女神はその反動で刹那から距離を取る。


「…………」


 刹那は、自らの頬を撫でる。

 僅かに付着する血の雫。


 念力バリアは、確かに張っていた。

 生物絶滅級の超巨大隕石の直撃にすら耐えきれる、そんな馬鹿げた強度を持ったバリアだ。


 それを切り裂いて、刹那に傷を与えた。

 油断ならざる相手だと、再認識する。


「成程。手加減が過ぎたようだな」

「過ぎておらぬわ、うつけめ。内臓とか骨とか、グッチャグチャじゃ」


 ごほっ、と血の塊を吐き出す女神。

 ほとんどの内臓は破裂、あるいは損傷し、肋骨のみならず背骨まで粉砕しており、通常の生物ならば、確実に死んでいるし、たとえ一命を取り留めていたとしても、まず身体を動かせる状態にない筈だ。


 だが、女神は青い顔をして血を絶え間なく吐き出してはいるものの、生命維持に問題は無さそうである。


 刹那が見誤った結果だ。

 手加減など考えず、素直に全力で殴っておくべきだった、と反省する。


「して、何者じゃ、おぬし。

 我を一撃でここまで壊せる魔術師など、地球上にはおらぬと思っておったのじゃが」

「それは狭い見解だ。今くらいの一撃なら、我が愚妹でも出せたであろう。

 あと二人ほど、心当たりもある」

「我の質問に答えておらぬぞ」

「答える気がないと、その貧相な脳味噌では分からなかったか」


 女神の口が、笑みの弧を描く。

 それは決して、友好の感情を得たからではない。むしろ、その逆である。


「……それは、我に喧嘩を売っていると取っても良いのじゃな?」

「嘲笑を重ねよう。俺はお前を殴り、お前は俺に反撃した。

 既に喧嘩は始まっている」


 言いながら、念力で捕まえようとする。


 周囲への被害を考慮し、打撃ではなく、捕獲の形だが、そこに手加減は存在しない。

 最悪、脳さえ残っていれば情報の収穫は出来る。

 故に、身体は潰してしまっても良いと、むしろ潰れてしまえと全力で圧をかけに行く。


 一瞬。


 念力が何らかの力で阻まれる。

 刹那では感じ取れなかったところを見ると、おそらくは魔力を使って障壁の類でも張っていたのだろう。


 その一瞬で女神は飛び上がる。

 空中を浮遊しつつ、眼下を睥睨する。


「まぁ、良い。既に我は目的を達成した。

 おぬしが何処の誰であるかは、後程、ゆっくりと調べるとするかの」

「ほう? まるで逃げるかのような物言いだな」

「挑発には乗らぬぞ、小僧。

 我を追うのは良いが、空のゲートを放っておいても良いのかの?

 放っておけば、際限なく広がり、やがては星を飲み込むぞ?」

「…………」


 刹那は無言を返す。

 それをどう取ったのか、女神は勝ち誇るかのような笑みを浮かべる。


「それではな、地球人類諸君。

 おぬしらがどのような選択を取るか、高みの見物をさせて貰おうぞ」


 空間が裂け、女神が異空間へと消える。

 見送った刹那の傍に、真龍斎とナナシが近寄る。


「……どうするのかな?」

「ふっ、逃がしなどしないさ!」


 サイコメトリーの能力を起動させた刹那は、女神の残滓を走査する。

 幾重にも隠蔽が施され、欺瞞を巡らせられている為、即座には行先の特定ができない。


 その間に、思い出したように念力を放つ。


 グシャリ、と、そんな音が聞こえてきそうなほどあっさりと、異界門の起点となっていた肉塊が潰される。


「ふむ。どうやら、起点を潰せば異変が収まる、という短絡的な事は起きないようでありますな」


 ナナシが空を見上げながら、言う。

 肉塊からの魔力供給は止まっているが、空の異界門は健在で、今も元気に異形を吐き出している。


「美雲殿、どうでありますか?」


 通信を飛ばす。

 返ってきたのは、多大なノイズ交じりの音声だった。


【…………拡大は……まりまし…………。消滅の…………ありま……】


 美影が全力を出している為、自然と周辺がジャミングに包まれているのだ。

 ナナシは眉を顰める。


「おそらくは、拡大は止まったようであります。

 消滅はしないようでありますが」

「予想の範疇内だ。問題ない」


 話している内に、転移先の特定が完了する。


「では、俺はあの自称女神を張り倒してくる。

 後の事は、我が賢姉様に託してある。彼女の指示に従いたまえ」


 言い捨てて、刹那はテレポートした。


~~~~~~~~~~


「……すげぇな、おい。何なんだ、おい。あいつはよ」


 空を舞い踊る黒い龍を見上げながら、スティーヴン大統領は呟く。


《黒龍》の噂は聞いていた。

 だが、現実に目にすると、その異常さは圧倒的だ。


 仮にもSランクなのだ。

 術式が極大化するのは別に構わない。

 だが、あの黒化現象は何なのか、理解が及ばない。


 加えて、あの空を駆け回る速度だ。

 確かに、雷属性の身体強化は、瞬発力に優れ、速度が向上する物である。

 だが、少なくとも雷と同等レベルの速度で奔る事などできはしない。

 それは、魔王クラスの雷属性であっても、である。


「おい、あいつ、あの雷娘、ちょっとうちに寄越せよ、おい。

 研究させろよ、おい」

「駄目ですよ。可愛い娘なのですから」

「この国には、可愛い子には旅をさせよ、って言葉があるんじゃねぇのかよ、おい」


 半分本気の言葉だが、無理強いするほどの執着はない。

 機会があれば、程度に心に留めた大統領は、その姉の方に視線を向ける。


 彼女は、現在、《サウザンドアイズ》からもたらされる情報をもとに、高天原警備隊の指揮を行っている。

 美影の尽力によって、大半の異形たちは降下する前に狩り取られているが、如何せん、数も多ければ範囲も広い。

 やはり、幾らかは取りこぼしが出てくる。

 その取りこぼしの対処に、警備隊を使っているのだ。


 たった一人でレーダー役から情報分析、指揮采配までをやってのける処理能力は、見事の一言だ。


 だが、ほんの少しだけ、スティーヴン大統領としては不満もある。


「……なぁ、お嬢ちゃんはやらねぇのか、おい。

《フォートレス》の妙技なら、あの程度、一人で完璧に殲滅できんだろ? なぁ、おい」

「《フォートレス》……。ああ、私の合衆国でのコードですね。

 いえ、残念ながら、今回はお預けです」

「何でだよ、おい」


 日本に潜入させているスパイから《フォートレス》の情報を聞いた時は、何の冗談かと思った。

 誇大広告の類だと、正直、思っていた。


 だが、今、目の前で行われている奇跡の如き情報処理能力を見れば、むしろ伝えられた話ですら過小評価なのでは、と思わざるを得ない。


 だからこそ、首を傾げる。

 大軍勢に対する精密殲滅は、美影よりも美雲の方が上なのだ。

 にもかかわらず、何故、彼女が出ないのか、と。


「実は、私のデバイス、《無敵要塞マジノライン》を本日は持ってきておりませんので」


 大きくて邪魔だから、と言う美雲。

 それはどうでもいい。


 成程。武器がないのでは仕方ない。

 本領を発揮できないのだから、戦場に出場しないのも当たり前だ。


 だから、大統領が食い付いたのは別の部分だ。


「……今、なんつった、おい」

「デバイスを持ってきておりませんので、と……」

「いや、そこじゃねぇ。そのデバイスの名前だ、おい」

「ああ、《無敵要塞マジノライン》ですか?」

「なんだ、そりゃ。誰が付けたんだよ、おい。いや、分かるんだが」

「勿論、製作者。私の可愛い弟君ですよ?」

「あのクソ馬鹿、ネーミングセンスってもんがねぇな、おい」


 鼻で笑うスティーヴン大統領。


「では、大統領閣下でしたら、なんと名付けますか?」

「そうだな。《無敵城塞ガッデム》なんてどうだ?

 強そうじゃねぇか、おい」

「同レベルですね」


 天帝が、ぼそりと辛辣なコメントを漏らす。

 背後で《ゾディアック》の二人も無言で首肯した。


「それも良いですね。

 ところで、《ゾディアック》の御二方は出場されないのですか?」

「ここは、仮にも他国だぞ、おい。

 許可もなく戦力出す訳にもいかんだろうが、おい」


 言って、天帝を見遣る。

 彼は、首肯を返す。


「お暇でしたら、構いませんよ。

 手加減をしなくても良い戦場、魔王には貴重でしょう?」

「……本当に良いのですか?」

「ええ、構いませんよ。美影さんを助けてあげてください」

「そういう事なら、遠慮なくいかせて貰おうか」


~~~~~~~~~~


 二メートルを超える巨躯の異形。

 頭に角の生えた鬼型のそれの足元に、連続して火矢が突き刺さる。


 火矢は秘めた威力を解放し、鬼の足元を崩す。

 あわよくば足そのものを破壊する事を狙っていた攻撃だが、僅かに焼け焦げただけで終わる。


 体勢の崩れたそれに、炎を纏った貫手が突き刺さる。

 腐肉を突き破り、体内へと入り込んだそこで、魔力を爆発させる。


 衝撃。


 体内から喰らっては流石に耐えきれず、巨大な風穴を開けて崩れ落ちる異形。


 その前で残心を行い、起き上がってくる事はないと判断した剛毅は、胸に溜まった息を吐き出す。


「チッ、さして強くはないが……数が多いな」


 今の異形は、魔力探知をする限り、Aランク相当である。

 自身と同じであり、戦えば苦戦する筈なのだが、練度がさほど高くないらしく、本能で攻撃してくるばかりで工夫も戦術もない。


 故に、さほど労せずに倒せる。


 だが、数が多い。

 今ので、既に十三体目である。

 その全てがAランクである事を考えれば、戦場の常識としてスーパーエース並みの戦果だ。


 とはいえ、それを誇れるような戦場ではない。


 轟音。


 空から耳を劈く雷鳴が響き渡る。

 見上げれば、黒い稲妻が幾重にも走り抜けていた。


「魔王の戦場か……」

「凄いですよね」


 呟きに、少女の声が応える。

 視線を戻せば、赤髪を高く結い上げた少女……炎城 久遠が、油断なく弓を構えながら近付いていた。


「お嬢は初めてですかい? 魔王の支配する戦場ってのは」

「そう、ですね。記録映像で少し見たという程度でしょうか」

「そうかい」


 答えながら、剛毅は瞬発する。

 近くの茂みから犬型の異形が飛び出す。


 その速度は亜音速に到達しており、事前に知っていなければ、まともに対応する事は出来なかっただろう。


 大きく開かれた咢に拳をカウンターで叩き込む。


 爆散。


 その横を、二本の火矢が駆け抜ける。


 後続の異形の、二つの目に正確に突き刺さり、爆発する。

 頭部こそ四散しなかったが、内部は焼けたらしく、地面を削りながら動きが止まる。


「多い、と、文句を言うべきではないのでしょうね……」


 大半を、空を駆ける《黒龍》が単身で引き受けているのだ。

 しかも、敵Sランクに至っては優先して確実に空にいる間に撃ち落としている。


 彼女の戦果と比べれば、自分はここに本当にいるべきなのか、と疑問に思う。

 手柄をわざわざ分け与えているだけで、本当は足を引っ張っているのでは、と思わざるを得ない。


「お嬢、あんま魔王と自分を比べなさんなよ。あれは、格が違う」

「理解はしています」


 短く答える。


 彼女が自分を小さく感じる理由は、もう一つ。

 今も視界の中で、周辺の敵勢力情報を知らせ、優先的に滅ぼすべき対象へと正確に導いている表示の事もある。

 デフォルメされたそのキャラは、間違いなく友人である美雲だ。


 これまで、剛毅を含めて戦場で一緒になった者たちは、皆がこの表示を見ているらしい。

 全員に、それぞれ違う誘導をするとは、一体どれほどの処理能力なのか。

 そもそも、これは幻属性魔力を使用しているようなのだが、彼女は雷属性だけではなかったのか。


 そうした事を考えると、自分の矮小さを感じずにはいられない。


 とはいえ、そんな劣等感を覚えていられるような、悠長な戦場ではない。

 敵はまだまだいるのだ。

 余計な思考は、死へと繋がる一本道である。


 一瞬の瞑目で意識を切り替えた久遠は、息を整えている剛毅に別れを告げる。


「では、私はこちらへ行きます」

「おう、お嬢。気を付けてな」


今週は休みがない。

休日出勤という醜悪な社会の闇に囚われたのです。

という訳で、多分、次の更新はちょっとだけ間が開きます。

無念。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ