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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
269/417

人の皮を被った、人間(究極体)

 阿鼻叫喚の地獄絵図。


 それが、国境都市【シャルジャール】の現状である。


 昼間にも関わらず、辺りには薄暗さに満ちている。

 舞い上がる分厚い噴煙によって、日の光が遮られている為だ。

 しかし、全くの光無き世界ではない。

 強烈な火災が光源となり、暗い周囲を不気味に赤く照らし出している。


 整然としていた筈の都市構造は、災禍を中心として無惨に砕け散っている。

 瓦礫が山となって積み重なり、もはや廃墟の如き様相だ。


 悲鳴と怒号が止まない。

 突如として襲いかかった災害に対して、心構えの一つも出来る訳がない。

 無防備に理不尽な蹂躙を受けた住民たちは、自らの生命と財産を脅かされ、必死に逃げ惑うしかなかった。


 ほとんどの者は、何が起きたのかも分からず、ただ右往左往するしかない。

 しかし、現場を目撃した少数は、何はともあれと被災者の救助へと駆け回る。


 中心となっているのは、都市警備隊の者たちだが、その中で一部の者たちは、災害の現場で足を止めていた。


 呆然としているのではない。

 サボタージュなどでも、断じてない。


 彼らは、警備隊として正しく警戒しているのだ。


 この惨劇を引き起こした〝何か〟が、あるいは生きているのではないか、と。


 自爆テロの一種、とも考えられた。

 一瞬の事だったが、獣魔種の動体視力が捉えた人影は、確かに人間種の物だった。

 であるならば、これだけの災害の渦中にいれば間違いなく死んでいる。

 人間種の強度など、そんなものでしかない。


 しかし、とも思う。


 あの人間種が、このような大胆なテロ行為を行うだろうか、と考える。


 彼らの知る人間種は、何処までも卑屈で惰弱な連中だ。

 たとえ、都市機能を一撃で破壊する魔法を手に入れたのだとして、果たしてこうもあからさまに喧嘩を売ってくるだろうか。


 答えは否である。

 絶対にヘタレてしまう。

 そもそも自爆テロなどという命を投げ出してまで事を起こすほどの根性も気合いも、人間種は持っていない。


 ならば、見えた人影は偽装だろうと考えられた。


 下手人は誰だろうか。

 やって来た方向からすると、霊鬼種が有力だが、それにしては無意味に小賢しい。

 霊鬼種は単細胞であり、搦め手を使おうという発想自体が薄い。

 やるならば、堂々とやるだろう。

 人間種に化けるなんて事はしない筈だ。


 では、他は何処か。

 一番怪しいのは、妖魔種と思えた。

 ここの者たちはその手の行為を嬉々として行う種族である。

 疑問点としては、連中にしては逆にお粗末な手管という所だが、まぁそういう気分だった可能性もある。

 どうせ他種族の思考など、完全に理解する事は不可能なのだから、考えるだけ無駄だ。


 ()()()()()()()()


 人間種だろうと、霊鬼種だろうと、あるいは妖魔種かその他の誰かであろうと、獣魔のやる事は変わらない。


 縄張りを侵す者を、決して許しはしない。

 地獄の果てまで追い詰めて、比喩でも何でもなくぶち殺してやるだけの事だ。


 内心で戦意と殺意を高めていると、遂にそれが姿を現す。


 轟音と共に高く吹き飛ばされる瓦礫。


 その下から、魔力が吹き上がる。

 強力な魔力だ。

 これ程の圧は、中々見れない。

 上位精霊にも匹敵するだろう。


 だからと言って、臆する事はない。

 警戒していた面々は、それぞれに獣人化して戦闘態勢を整えながら、いつでも飛び出せるように腰を落としつつ見詰める。


 瓦礫の隙間から、小さな影が出てきた。


 少女である。

 白い肌に黒い髪をした、小柄な少女だ。


 外見は人間種の物だが、彼女の全身から放たれる魔力が、少女が人間種ではない事を証明していた。


 瞬間、彼らは吠える。


 雄叫び。


 少数の吠え声にも関わらず、周囲に満ちる悲鳴や怒号を押し退けて何処までも響き渡る。

 それだけで、彼らのみならず、都市全体の動きが変わった。


 敵だ。敵が現れたのだ。

 それを知らせる声は、縄張りを侵される事を最も嫌う獣魔種の意識を、一瞬にして切り替えていく。


 全ての憎悪が一直線に向かい、一致団結して外敵を排除せんと都市全体が動いていく。


「シャッ!」


 その先駆けとして、警備隊の面々は人間の皮を被った〝何か〟へと飛び掛かっていった。


~~~~~~~~~~


 振り下ろされる鋭爪。

 風よりも早く、鉄をも断つであろう獣の爪が目の前に迫る。


 それを見詰めながら、美影は感心の吐息を吐き出した。


(……凄いね)


 彼女は、鋭爪に向かって前進しながら、身を躱し、二足歩行する獣の姿となった獣魔の懐へと入り込む。


 突き出されている腕を絡め取り、もう片方の手で随分と深い胸毛を握ると、彼の速度に合わせて身体を入れ換える。


 投げ。


 背負い投げの要領で勢い良く投げ飛ばす。

 それによって、背後に回り込もうとしていた者たちへの牽制としながら、別の者たちへと向き合う。


 美影は、彼らの動きを見て、やはり感嘆した。

 魔力の動きが、とても自然でとても綺麗なのだ。


(……流石は魔力の起源って所かな)


 無駄がないと言おうか。

 甘い制御で無駄に発散してしまっている魔力が極端に少ない。

 これ程の制御能力は、魔王クラスに匹敵するだろう。


 そして、何よりも驚くべきは、それだけの能力を見せている彼らが、決して精鋭兵ではない事だ。


 国境警備をしている兵隊なのだ。

 当然、相応の訓練もしているだろうし、見合うだけの練度だって持っているに違いない。


 だが、最精鋭を警備の為だけに使うだろうか。

 地球の常識的には否である。


 だから、彼らは、一般兵の中でもちょっとばかり上等、程度だと思えた。

 そのランクですら、美影をして感嘆せずにはいられない能力を持っているのだから、魔力のメッカというだけの事はある。


 だが、だからこそ、惜しいとも思う。


 振るわれる爪牙を紙一重で躱しながら、美影は隙を晒した一人へと肉薄する。


 雷属性魔術《スタンボルト》。


 ごく初歩的な、護身レベルの魔術を叩き込む。


 殺す気はない。

 なので、痺れるだけだ。

 とはいえ、魔王クラスの威力で撃っているので、この戦いの間に復帰する事は叶わないだろう。


 振り回される暴虐の中を、美影は散歩をするように軽い足取りで歩き回り、隙を見ては雷を撃ち込んでいく。


 一人、また一人と脱落していく面々。


 残念だと、美影は思う。

 下手くそだ、と。


 美しささえ覚える魔力の運用に対して、それを纏う肉体の方が追い付いていない。


 身体能力は高い。

 流石は獣の能力を受け継ぐだけの事はある。

 だが、その肉体と魔力の動きに齟齬がある為に、ポテンシャルを発揮しきれていない。


 加えて言えば、肉体の使い方自体が下手くそだ。

 古よりそれを追求してきた雷裂だからこそ、とても残念に見えてしまう。

 彼らが獣の本能だけで、その優れた武器を振り回している事が。


 そして、いまいち効果的な連携も取れていない。

 敵を殺すという事に意識が行き過ぎて、お互いの動きを邪魔し合っている。

 僅かなズレであるが、美影ならばそのズレを隙として捉える事が出来るだけに、その拙さに苛立ちさえ覚えてしまう。


(……んー、鍛えてみたいなぁ)


 獣の力を本気で引き出せれば、何処まで行くのだろうか。

 あるいは、雷裂さえも越えるのだろうか。

 それとも、自分たちは失った野生をも越える位置にまで来ているのだろうか。


 そうした事を想像すると、心踊る。


「せいっ、やぁっ!」


 最後の一人を無力化させる。

 全身を駆け巡る雷に麻痺し、獣人が崩れ落ちる。


「クッ、ソが……」


 恨み言を溢しながら倒れる彼を傍らに、美影は少しばかり乱れた髪をかき上げる。


「ふぃ、第一陣は終わり、と。まだまだ来てるけど」


 直近にいたが故に、真っ先に飛び掛かり、そしてやられていった者たちだが、まさかこれが都市の全戦力な訳がない。


 その証拠のように、あちらこちらから荒ぶる魔力の波動が、急速に近づいている様子を感じられる。


「全員相手にしてあげるべきなのかなぁ……」


 喧嘩を売っておいてなんだが、別に戦いたい訳ではない。

 全く意図していない、単なる事故なのでおおらかに許して欲しい。


 なので、手打ちにしたいと願う美影であるが、向こうには聞く耳がまるで無さそうなのが問題である。

 まぁ、仕方がないとも思う。

 もしも、同じ事を瑞穂でやろうものならば、絶対に死ぬまで追いかけ回されるに決まっているのだから。


 ともあれ、心情も理解できる身としては、気が済むまで相手をしてあげるだけである。


 一時的に静かになった場で、さて誰が最初に着くかな、と勝手に脳内レースを開催していると、都市外の遥か遠くから、強烈な魔力が発生した。


「……おっと、これはこれは」


 なんとなく親しみ深い気配に、美影は笑みを浮かべる。


 その魔力の圧は、地球基準に照らし合わせれば、間違いなく魔王と称されるに足るだけの物であったから。


 暫定魔王の気配は、集っていた有象無象を一気に追い越して、瞬時に近い時間で美影の下へと辿り着いた。


 破砕。


 勢い良く空から飛来した彼は、瓦礫を盛大に踏み潰して着地する。


 巨軀の狼男。

 灰色の体毛に包まれており、身長は二メートルを越えている。

 毛皮を通しても分かる隆々たる肉体を持っており、大変な威圧感を見る者に与えるだろう。


「……ハゲ猿の皮なんざ被りやがってよぅ。なにもんだぁ、お前はぁ」


 唸るような声での問いかけ。


「皮、ね。面白いことを言う。

 正真正銘の人間だよ、僕は。

 むしろ、僕以上に人間をやっている奴なんて知らないね」


 人間の究極を目指した、その集大成である。

 ある意味では、最も人間らしい人間と言えなくもない。

 一般的な基準から程遠いので、基本的には化け物の類いだが。


 正直に応えると、灰狼は鼻で笑う。


「ハッ、まともに答える気はねぇって事かよぅ」

「正直に答えたんだけどなぁ」


 ジリジリ、と、言葉を交わしながら、間合いを測り合う。

 一触即発の空気が張り詰めていく。


「じゃあ、教えてやるよぅ。

 ハゲ猿はなぁ、そんな挑戦的な、自信に満ちた目はしねぇんだよぉ、大根役者がぁ」

「目」


 力の強弱は、種族の証明にはならない。

 脆弱な人間種でも、時折、強大な魔力を有する者はいる。

 しかし、それは大抵が他種族――主に妖魔種、たまに妖精種――によって植え付けられた、後付けの力である。


 故に、根幹にある精神性は変わらず、拭いきれない闇が、目の中に透けて見えるものだ。


 だが、灰狼が見る限り、目の前の人間の形をした生き物の目には、そんな暗い色が何処にもなかった。


 こんな目をする者が、人間種(ハゲ猿)である筈がない。

 そうと判断するには充分な証拠である。


 彼からの指摘に、美影は目元を弄る。

 それにより、視線が宙を僅かに彷徨った。


 瞬間。


 灰狼の足元が爆散し、彼は瞬間移動と見紛う速度で美影へと襲い掛かるのだった。

ようやく!

ようやくプロローグの登場人物がこっちにも……!


文庫本基準だと200ページ超えてやっとですよ!

バカなんじゃないの!


…………まだまだプロローグの時間には追い付かないんですけどね。

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