熟した果実
「……………………」
「…………」
全てを聞き終えてから、リースリットはずっと沈黙している。
何を言うでもなく、何をするでもなく、ただ虚空を眺めて座ったまま、微動だにしない。
ノエリアは、それに付き合う。
傍らに寄り添いながら、彼女が何らかの答えを出すまで待ち続けている。
美雲は放置する。
彼女のやる事は何も変わらないので、傷付いたメインブリッジの修復や途中となってしまっているマジノライン四式の調整に戻ってしまっていた。
やがて、リースリットは宙空を彷徨っていた視線を、ゆっくりとノエリアへと向けた。
ぼんやりとした瞳は、何を考えているのか、その真意をハッキリと窺わせない。
そこからまた暫し時を置いてから、ようやく彼女は口を開いた。
「…………ねぇ、ノア」
「何じゃ」
「…………たくさん死ぬよ」
「そうじゃろうな」
結末がどうなるにせよ、惑星ノエリアの民は大量に死ぬだろう。
自分たち、始祖精霊や天竜たちの中にも、命を落とす者が出てくるに違いない。
星の存亡を賭けた戦いなのだ。
それだけの規模となるだろう。
あるいは、戦争の中で絶滅してしまう種さえも出てくるかもしれない程の。
だから、リースリットはノエリアに率直に訊ねる。
「…………いいの?」
「良くはない。
良くはないがの、良しとせんといかんのじゃ」
愛している。
ノエリアは、自らの民を確かに愛している。
彼らが無念に死んでいく様は、彼女にとって自らの心身を引き裂かれるよりも辛い事だ。
だが、それでも猶、訪れる悲劇を受け入れなければならない〝理由〟があった。
考える時間だけはたっぷりとあったのだ。
地球の歴史を見詰める事で、故郷の歴史を振り返り、後悔する時間だけは。
そして、その後悔は、こうして故郷の無事な姿と、それが抱える問題を観測した事で確信へと至る。
地球人たちを見ていて、もしかしたら、と考える事はあったのだ。
彼らは戦争をする。
ちょっと目を離したらすぐに争い始める、矢鱈と好戦的な連中だ。
最初は、そういう種族なのだと強引に理解していた。
だから、仕方ないのだと。
だが、何度も繰り返されれば嫌にもなるし、根本的な原因の解決をしようという気にもなる。
だから、調べてみた。
彼らが何故争い合うのか。
答えはすぐに出る。
原因は様々であるが、最も大きな理由は、つまる所、資源の取り合いである。
有限の資源を、食料を、土地を、自分たちが生き残る為に他者から奪う。
その為に争っているのだ。
納得する。
それは、確かに争い合うしかないだろう。
誰しも、惨めに餓えて死んでいきたくない。
隣に裕福な畑があるのならば、そこに住まう者たちをぶち殺してでも奪うだろう。
一縷の望みを懸けて。
ノエリアは、そこに至り、ふと視線を別方向に向けた。
果たして、故郷――惑星ノエリアでは、そんな事は無かったのだろうか、と。
精霊と天竜によって、古より管理された箱庭では、食料危機のような問題はなかった。
無論、無限という訳ではないが、まだまだ余裕はあったと思う。
しかし、資源はどうだ。
自分たちにとって、最も重要な資源――魔力に余裕はあったのか。
疑念を抱く。
ノエリアは、長らく星核にて眠っていた。
起きた時には存亡の危機にあり、他の事に意識を割いている余裕はなかった。
だから、確かな事は分からない。
だが、どうしても疑念と不安は拭えない。
自分たちもまた、限界に近付いていたのではないか、と。
そして、それはこうして過去に遡った事で、確信へと至った。
「……のぅ、リースよ」
「…………なに?」
「自然発生した精霊種は、どれくらいにおるかの?」
「…………? いっぱい?」
「聞き方が悪かったかの。近年という範囲で見て、どれ程におるかの?」
敢えて、核心ではなく遠回りに話を進める。
リースリットは、視線を彷徨わせながら、自然発生した精霊たちを大雑把に数える。
そして、はたと気付いた。
「…………少ない?」
徐々に、だが確かに、その数が減っていた。
精霊に寿命という概念は、ほとんど無い。
自分たちは時間経過では死なない。
死因――当人たちに言わせれば、死という意識もないが――のほとんどは、基本的に自殺である。
世界に飽きて、自らを終わらせて星に還る。
それが精霊の生き方である。
なので、基本的には長寿である為に、今まで気付かなかった。
死に行く数が少ないが故に総数自体は増えていた為、その事を気に留めていなかった。
精霊が生まれなくなりつつある事に。
そういえば、とリースリットは思う。
同じような生態をしている天竜種も、最後の個体が生まれたのはずっと昔の事だと。
「…………なんで?」
「少しは自分で考えてみんか」
答えを知っているっぽいノエリアに訊ねるが、無碍にされてしまう。
なので、仕方無く思考を回転させる。
「……ヒントくらいはやろうぞ。
そも、精霊はどうやって生まれる?
何処から生まれてくるのじゃ?」
「…………地脈?」
星を巡るエネルギーの中から、飛沫のように散った欠片が意思を持ち、そして精霊や天竜となるのだ。
「そう、その通りじゃ。
ならば、精霊が生まれなくなるという事は、どういう意味を示すのじゃ?」
「…………地脈が、弱ってる?」
「うむ、そうじゃの」
外側から観測して、ノエリアはそれに気付いた。
星の力が弱まっている事に。
「何故じゃと思う?」
「……………………」
リースリットは答えない。答えられない。
そんな事、今まで気付いていなかったし、考えた事も無かったから。
眉をしかめる彼女に、ノエリアは苦笑しながら、しかし深刻に伝える。
「人口が多くなり過ぎたせいじゃよ」
「…………?」
「分からぬか?
我らが管理してきた事で、ノエリアの民は破滅的な戦争をしておらぬ。
天災の類いも、絶望的なものは未然に防いできた。
おかげで、人口は常に上向き、どんどんと増えてきた」
「……………………」
ノエリアの言葉を、リースリットは静かに聞く。
「そして、知識や技術の進歩により、各種族ともに長寿化しつつある。
クックッ、かつてに比べれば、倍以上になっておるじゃろ?」
「…………確か、そうだった、と、思う?」
その辺りにあまり興味の無いリースリットは、曖昧に頷く事しか出来なかった。
ノエリアとしては苦言を言ってやりたいが、まぁそれも個性だと認めて、先を続ける。
「それは良い事じゃ。
良い事なのじゃがな、結果として問題を引き寄せる事になってしまったのじゃよ」
結論へと辿り着く。
「エネルギーの収支が、マイナスへと傾いてしまったのじゃ」
「…………どういう」
「民は、基本的には消費者じゃ。
星のエネルギーを使うしか出来ない。
我ら、精霊や天竜は生産者じゃ。
自らのエネルギーを増幅させて、そして星に還る事で星のエネルギーを潤沢にしておった」
唯一、消費者は死ぬ事でその身に宿した魔力を星の糧として還す事が出来る。
人生の中で消費した量に比べれば微々たる物だが、確かに星を生かす為の一助にはなっていた。
「これまでは、この天秤はプラスに働いておった。
じゃが、消費者側の人口が増し、長寿化した事でいつまでも死なない事で、天秤の傾きが逆転してしまったのじゃ」
消費者は増え続け、病でも災害でも、そして戦でも、死なない為に星に還る力は徐々に減っていく。
「かつてからの蓄えがあるからの。
いきなり痩せ細りはせぬ。
しかし、蓄えを切り崩している状態には違いない。
やがて地脈は衰えを見せ始め、精霊や天竜を生むだけの余裕が無くなってしまった」
そうなれば、悪循環は加速する。
エネルギーを増幅する為の装置である彼らがいなくなれば、更に星の衰弱は早まっていく。
そして、更に精霊や天竜が生まれなくなるのだ。
これが、現在の惑星ノエリアが置かれている状態であった。
「…………あるいは、運命だったのやも、とも思うのじゃよ」
「…………何が?」
「星を喰らう獣に、目を付けられた事が、じゃ」
惑星ノエリアは、終末期に陥っていた。
勿論、強引にでも解決して再び再生させる手段はある。
だが、少なくとも現状では、熟しきり落ちてしまう寸前の果実と同じ状態となっていたのだ。
ならば、それを食す捕食者に狙われてもおかしくはなかったのではないか。
そう思わずにはいられない。
「我らは、過保護に過ぎた。
なるべく多くを生かす事こそが是であると、信じきってしまっていた」
「……………………」
「時には、減らす事も重要であったのじゃろうな」
地球人は、それを本能的にでも分かっていたのではないだろうか。
だからこそ、自分たちで殺しあってでも天秤を調整してきたのではないか。
(……いや、それはないじゃろうな)
つい弱気になってそんな事を考えてしまったが、すぐに否定する。
そうでなければ、やり過ぎて星を殺す所にまで行かないだろう。
第三次大戦の爪痕は、星に止めを刺す寸前にまで至っていたのだから、連中はただ単に大馬鹿なだけである。
「…………だから、悲劇を許容する?」
「我らの不始末を、現在の者たちに押し付けるようで心苦しいがの。
全員を救ってやるだけのリソースは何処にも無いのじゃ」
方舟が、たったの一つしか用意されていないのも、それが理由である。
どうせ時を遡るのだから、用意にどれだけ時間をかけても良い筈である。
にもかかわらず、惑星ノエリアの民を全員運べるだけの方舟は用意しなかった。
出来なかったのではない。
しなかったのだ。
何故ならば、全員を迎え入れてやれるだけの余裕は、地球にもないのだから。
生き残りたいのならば、命の選定――間引きがどうしても必要となる。
そんな段階にまで来てしまっているのだ。
「……………………」
リースリットは、何も言わない。
ノエリアの語りを、肯定もしなければ、否定もしない。
だが、理解はした。
彼女は彼女なりに考え抜き、苦悩の果てに今に至っているのだと。
だから、誠意と敬意を持って受けて立つ。
「…………ん。分かった」
「……何がじゃろうなぁ」
「…………しっかりと受けて立つ。殺し合おう」
「……物騒な物言いをするのぅ」
「…………でも、それが事実」
言って、リースリットは立ち上がる。
「行くのか」
「…………ん。皆と話さないと」
「……そうか」
転移魔法を発動させ、惑星ノエリアへと飛び立とうとするリースリット。
彼女は、魔法が完成させる直前に、そういえば、と訊ねる。
「…………エルだけは、生き残ったんだっけ?」
「まぁの。奴だけは導き手として残ったらしいぞ」
「…………ん。正しい。じゃ、そうする」
それだけ。
別れの言葉はなく、リースリットは自由に消えていくのだった。
ノエリア的には救えるなら全員を救いたい筈だよにゃー?
時間はあるのに、何で全員分の席を用意しなかったん?
せっちゃんが面倒臭がっただけけ?
という感じなセルフ突っ込みが入ったので、整合性を取る為にファンタジー社会問題をでっち上げる。
後付けとか言わないように。
書き始めた当初は1000文字くらいで終わっちゃうかもな、と思っていたのに。
いざ書き上げてみたら、5000文字近くなるとゆー。
こんなの絶対におかしいよ。
次回から地上組に戻ります。
その予定です。