奇跡の邂逅
メインブリッジの中を、リースリットがふわふわと漂う。
その姿は哀愁に満ちていた。
光翼や光輪は力なく明滅しており、全身は羽衣で簀巻きにされているのだ。
表情は、何処か拗ねた様で、幼めの外見と合わさり反抗期の娘のようである。
「少しは落ち着いたかの?」
幾度かの暴発を経て、ようやく表面上の平静さを取り戻したリースリットに、ノエリアが声をかける。
「……………………むー」
「そう膨れっ面をするでない。幼子か、貴様は」
彼女が暴れた事で、メインブリッジの内装は大変な事になってしまっている。
あちらこちらに穴が空いており、機能は完全に喪失してしまったと言っても良いだろう。
第二、第三の操作室はあるので、終式の運行には全く問題はないのだが。
更に言えば、代替部品も充分に積み込んであるので、修理も簡単に済むのだが。
生存性特化を舐めてはいけない。
簡単にはどうにもならないからこその特化型である。
「あっ、終わった?」
ブリッジに空いている穴の一つから、美雲がひょっこりと顔を出す。
危ないのでさっさと待避していたのだ。
自らの身の程という物をよく知っているので、当然の行動である。
「これ、暴れるでない」
彼女の顔を見たリースリットが、水揚げされた魚のようにビチビチとのたうつ。
「もうちょっと待ってる?」
「いや、良い。本気でやる気は無いようじゃ。
……隙あらば、とは思っておるじゃろうが」
ガチガチに拘束している訳ではない。
その気になれば、巻き付いている羽衣を解いて抜け出す事は難しくない筈だ。
それをせずにいるという事は、つまりやる気がそこまで落ち込んでいるという事を示している。
「…………ノア」
「何じゃ」
久し振りにまともな言葉を発したリースリットに、ノエリアは応じる。
「…………どっちの味方もしないって言った。
なのに、何で邪魔する?」
「そりゃ、あれじゃ。
これを破壊されるのは困るからのぅ。
殺し合いがしたいのなら、地上に帰ってからやるが良い」
マジノライン終式は、破壊兵器ではない。
その巨大な質量と強度故に、体当たりが既に必殺兵器状態ではあるが、ラムアタック以外での攻撃手段を持たない、ほぼ単なる宇宙船なのだ。
その目的は、至極シンプルなもの。
可能性を運ぶ方舟なのだ、これは。
もしも、どうにもならなかった時。
故郷が滅ぶしかなかったその時。
せめて、民を、星に生きる命を、遥か遠い場所に逃がしてやる為の、最後の揺り篭である。
そのセーフティネットを破壊されるのは、中立を謳っていたとしても非常に困る。
というか、純粋に止めて欲しい。
なので、ノエリアとしても中立という建前を捨ててでも張り倒すに決まっているのだ。
「…………これ?」
「故郷を失った流浪の民には、新天地へと向かう為の方舟が必要であろ?」
「……………………」
リースリットは、婉曲的な物言いを理解する。
この船の目的を。
だからこそ、ノエリアが立ちはだかり、邪魔をしてきた事にも納得が出来てしまった。
「…………ノア」
「何じゃ」
「…………今でも、愛してる?」
「おお、無論じゃ。
我は最初の星霊。原初たる命であるぞ。
あまねく全ては我が同胞であり、そして愛する我が子たちじゃ。
愛しておらぬ筈もあるまい」
悩むまでもなく、彼女は断言する。
そこに一切の濁りはなく、本心からの言葉であるとリースリットは見て取った。
だから、彼女は吐息した。
「…………解いて」
「うむ、よかろう」
リースリットを簀巻きにしていた羽衣が解かれ、白の精霊が自由を取り戻す。
しかし、もう暴れる様子はない。
フワリ、と軽やかに足場へと降りると、その場に座ってノエリアと美雲を見詰める。
「…………下に行ったら、容赦しないから」
「ええ、良いですよ。地上でなら、お相手しましょう」
リースリットからの宣言に、美雲も軽く応じる。
地上にいるという事は、充分な用意をしているという事である。
ならば、勝つ算段も付けられる。
ここで相対するよりも、よほど確かな勝算を。
ならば、臆する事もない。
存分に相手をするだけの事だ。
「うむうむ、仲良く喧嘩するのじゃぞ」
「…………ノア。ノアも殴るから」
「……止めてくれい。我はか弱い猫じゃぞ」
わざとらしく、ニャー、と鳴くノエリア。
それを見て、リースリットは深く頷き心に決める。
地上に来たら皆で袋叩きにしよう、と。
それはともかくとして、
「…………じゃあ、今度こそ聞かせて。何があったのか、これから何が起きるのか」
居住いを正して、改めて訊ねた。
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「まぁ、そうは言っても、そう複雑な話では無いのじゃがな」
ノエリアが苦い思い出を語る。
「先にも言ったように、我らの星は宇宙に生きる獣に目を付けられ、そして気付いた時には遅すぎた。
もはや侵食を食い止める事は叶わず、滅びるしかなかった。
と、それだけの事じゃ」
「…………獣。そいつを、こいつらが連れてきた?」
全ての原因の所在を明らかにしようと問うが、それには否が返ってくる。
「いや、違う。
獣の出現とは、こやつらは無関係じゃ。
我らの星は、運が悪かった。
それだけじゃよ」
「…………ふぅん」
災いを呼び寄せた張本人かとも思ったのだが、そうではないらしい。
「…………じゃあ、こいつら、誰? 破滅主義者?」
「ある意味では、そうかもしれぬな」
この時、この場で協力し合えていれば、おそらくは獣の侵攻を止める事は出来た。
星の力を取り込み、星の体を手に入れた事で手に負えない厄災となったのだ。
まだそうなっていない今ならば、容易く、とはいかないだろうが、押し返す事も出来る筈である。
だというのに。
それが分かっているにもかかわらず、自らが望む未来へと辿り着くという、ただそれだけの為に、刹那と美影は訪れると知っている破滅の未来を、自分たちの手で作ろうとしていた。
遠回りな破滅主義者などと言われてもおかしくはないだろう。
「こやつらは、遥か遠き星の同胞たちじゃよ。
……美雲よ。星図を出しとくれ」
「はいはい」
一人静かに修復作業を進めていた美雲は、ノエリアからの要請に応えて、中央の空間にあるホログラムディスプレイを起動させる。
いまだ完全復旧とはいかない為、ノイズだらけだが、何が映っているのかを判別する事くらいは出来た。
星だ。
見慣れている。
惑星ノエリアを宇宙から眺めた姿だった。
映像が切り替わる。
今度は、惑星ノエリアの所属する太陽系の全体が表示された。
太陽と、その近傍を周回する一つの燃える惑星を擁する、重連太陽系だ。
更に、範囲は拡大する。
どんどんと離れていき、遂には銀河の全体を映し出した。
しかし、まだ止まらない。
更に、更に、もっと遠くから宇宙を眺める。
映像が止まったのは、別の銀河を六つ程も映し出した所だった。
美雲がコンソールを操作し、別のウィンドウを立ち上げ、全体図の端っこに小さく映っている銀河を拡大して表示する。
どんどんと大きくなり、やがて銀河の中へと入り込み、その一角へと至る。
重連太陽系とはまた違う構造をした、恒星系。
太陽が一個しかない、リースリットからすれば奇妙にも思える星々。
その第三の惑星に、焦点が当てられた。
美しい青に彩られた星。
画像越しであっても、精霊であるリースリットには確かに分かる。
その星の豊かさが。
どれ程に命が育まれているのかが。
「地球と言う。
遠い宇宙に発生した、もう一つの奇跡の星じゃ」
「……………………驚いた」
心からの驚愕を、リースリットは呟く。
確かに、あり得ない話ではない。
故郷という前例があるのだから、広い宇宙の何処かに似たような条件の星がある筈とは、天文学の分野では長く唱えられてきた。
とはいえ、近郊には存在しないし、観測も難しい遠い宇宙の彼方に行く技術もない。
なので、どうしても理論上の夢物語に過ぎなかった。
だと言うのに、その夢物語が目の前に現れていた。
現地人とその文明の遺産という確かな証拠と共に。
「……故郷が滅びた後、我はこの星に辿り着いたのじゃ。
そして、原住民共を使って報復してやろうと画策しておった」
「まぁ、結果としては色々と感謝しているのよ?」
三次大戦を止めたのは、落ち延びたノエリアだし、その後の地球を人の住めるレベルにまで修復したのも彼女の功績だ。
地球人としては、始祖魔術師として神のように崇めるのも自然な流れである。
尤も、惑星ノエリアを滅ぼした脅威まで引っ張ってきているので、功罪はトントンという所だが。
リースリットは、美雲を見る。
初めてちゃんと見た気がした。
「…………チキュウの、人間?」
「はぁい。よろしくね?」
「…………ホントに人間?」
「それは我も常々疑問に思う訳じゃが、まぁ捨て置け」
強きにまるで怯えない様は、人間どころか、生物として色々と間違っている気もする。
「二百年後の地球より、我らはやって来たのじゃ」
「…………何をしに?」
答えは、美雲から。
「運命を作る為に」
若干、シリアスっぽい空気を醸成してるけど、地上組と合流した時点でそんなもん木っ端微塵になるんだろうな、と筆者本人が信じていない今日この頃。
だって!
だって、あいつらの性格的にさぁ!
仕方ないじゃん!
己がそう設定した事を棚に上げつつ。




