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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
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愛が故に

おかしい。

当初の予定では、もっと穏便になる筈だったのに……。

「じゃっ、お話しましょうか」


 パン、と、軽く手を合わせながら、美雲が空気を変えるように言う。

 リースリットは、彼女の一つ一つの仕草が非常に気軽で、恐れや不安を全く抱いていない物と見て取る。


 違和感。


 あまりにも、自分の知っている人間種とはまるで異なる様子は、現実が間違っているかのような奇妙な風景に見えた。

 なので、真っ直ぐに美雲を指差しながら、ノエリアへと端的に訊ねる。


「…………あれ、ほんとに人間?」

「人間ですよー、私は。先祖代々、確かな人間ですとも」

「いや、汝の血統は人間と断言するには些か問題が……。

 まぁ、汝は人間の範疇であるがの」


 人間の配合を太古の時代から続けてきた連中を、果たして人間と呼んでよいものなのか。

 ノエリアには、甚だ疑問であった。


 特に、美雲はともかく、その妹である美影は、地球人類を見てきたノエリアをして、絶対に人間ではない、と断言するレベルの新種である。

 刹那は言うまでもないというか、もはや生物でもないと言うであろう。


「ともあれじゃ。こやつの種族の事は気にするでない。

 世界に不思議に満ちておるのじゃと納得しておくれ」

「…………ん。まぁ良し」


 ノエリアにそこまで言われてしまっては、納得もしよう。

 ひとまず、何らかの怪生物が人間種に化けているのだという事にしたリースリットは、小さく頷く。


「では、改めて我の事を話そうかの」

「…………ノアがノアじゃないって、言ってた」

「ん、んー。まぁ、正解ではないが、間違ってもおらぬな」


 曖昧な言葉を返し、そしてより正確な立場を明言する。


「我は、今の時間より二百年ほど未来からやって来たノエリアじゃ」

「…………?」

「あー、つまり、今この瞬間、星核(スターハート)にて休眠しておるノエリアと、この場におる我と、二重に存在しておるという訳じゃ」

「…………ノア、2倍? 2倍に鬱陶しい?」

「何故、鬱陶しいという表現が出るかの……」

「…………ん。ノア、小姑みたいに口煩い。みんな、言ってる」

「今更明かされる衝撃の事実。知りとうなかったのじゃ……」


 ガクリ、と項垂れる猫は放置して、リースリットはぼんやりと思考を巡らせる。


 果たして、今の言葉が真実か否か。


 いじけた様にデスクの上で伸びているデブ猫は、嗜好が大幅にイメージと異なるが、間違いなくノエリアだと思えた。

 姿形や戦闘法など、明らかにリースリットの知っている彼女とは違うのだが、しかし話している雰囲気や放たれる魔力の痕跡が、ノエリアのそれと一致している。


 魔力の偽装は、不可能ではないが、しかし仮にも戦闘を行いながらもそれを維持する事は限りなく不可能である。

 魔力そのものと言っても良い精霊種、その最上位である始祖精霊のリースリットですら、それは出来ない。

 あるいは、更に上位であるノエリアならば可能なのかもしれないが、その時点でもう本人と言っても良いだろう。


 つまりは、目の前にいるノエリアは本物であると、リースリットは断定した。


 そして、それ故に今の言葉も暫定的に真実だとも思う。


 あまりにも異なったスタイルは、時の流れを感じさせるには充分な証拠だ。

 二百年と言えばさほどの長さには感じないが、それは長命種であるからこその感覚であり、一般的な生物では中々に長い。

 文化や文明が大きく移り変わってもおかしくはない時間である。


 ちらり、と美雲を見遣る。


 慰めているのか、はたまた肌触りを堪能しているだけか、伸びているノエリアの背を撫でている〝人間種〟。

 彼女の中には、リースリットが知るような卑屈さや陰鬱さは何処にも無い。

 確固たる心の強さというものを感じさせる。


 二百年。

 人間種もようやく進歩し始めたのだろうか。


 面白い、と思う。

 今まで、おこぼれに縋るしかなかった彼らが、果たして自己を確立させたのならば、一体どの様な文明を築き上げるのだろうか。

 もしや、この超文明の産物は、僅か二百年で人間種が辿り着いた結晶なのだろうか。

 だとすれば、随分と彼らの潜在能力を侮り続けてきたと思う。


「…………良いよ」

「……何がじゃい」


 不貞腐れているノエリアは、不貞腐れた声で応じる。

 ゴロリ、と寝返りを打ってリースリットに背を向ける始末だ。

 その髭を美雲に引っ張られ、半分くらい身体を持ち上げられていても、その態度を改める様な気配はない。


 リースリットは、無言で魔力を棒状に固めて、ノエリアを躊躇なくしばいた。


「な、何をするのじゃ、貴様は!」

「…………ノア、真面目に聞く」


 自分の知っている彼女はもっとシャンとしていたのに、と嘆かずにはいられない。

 不貞腐れる原因を作ったのは、リースリット本人だが。


「…………信じてあげる」

「はいはい、ありがとうありがとうなのじゃ」

「…………もう一発いく?」


 リースリットが棒魔力を振りかぶる。

 ノエリアも応戦するとばかりに羽衣を構えた。


 だが、こんな場所で怪獣決戦を始められると、常人レベルの耐久性しか持たない美雲は大変に困る。


 なので、事態を沈静化させる魔法の呪文を唱えた。


「弟くーん? 喧嘩両成敗」

「ちょっ、待っ――んぶしっ!」

「…………ん? おぶっ!?」


 何処からともなく念力デコピンが飛んできて、二柱の大精霊を容赦なく吹っ飛ばした。


「…………な、なに? 今の」


 魔力も何も感じなかったのに唐突にやって来たちょっとシャレにならない衝撃に、やや崩れた造形を再構築しながら、リースリットは目を白黒させて周囲を見回す。

 同じく文字通り潰されたノエリアも、風船に空気を入れる様に元に戻りながら、彼女に言う。


「我の同類じゃ。それも説明してやる」


 これ以上グダると、追撃が飛んできかねないので、個人的な怨恨は内に秘めて話を進める。報復は後にちゃんとするが。


「簡潔に言おうかの」


 既に手遅れな気もするが、ノエリアは神妙な気配を見せつつ、はっきりと告げた。


「約二百年前、つまり今この頃に我等が故郷、惑星ノエリアは滅ぶ」

「……………………ぇ?」


 それはあまりにも唐突な、全く想像していなかった宣告であった。

 リースリットは、言葉を飲み込めず、意味もなくキョロキョロと視線を彷徨(さまよ)わせる。

 もう一度、ノエリアの元へと視線が帰ってきた時もまだ困惑の最中にあり、つい訊ねてしまった。


「…………冗談?」


 そうではない、と理性は言う。

 そうであって欲しい、と心は叫ぶ。


 しかし、それに対する答えは、猫のそれであっても分かる程にしかめられた苦々しい表情が物語っていた。


「そうであれば、どれ程に良かったか……」


 静かに否と言う。


「……………………何で?」


 絞り出す様に、リースリットは問うた。


 色々と妙な趣味嗜好をしているリースリットではあるが、それでも惑星ノエリアは彼女にとっても大切な故郷であり、そこで育まれる〝もの〟は掛け替えの無い子供のようなものだ。


 滅びの運命は、簡単に受け入れられる物ではなかった。


「外敵じゃよ。星を喰らう獣。宇宙には、そういう物がおるのじゃ」


 溜め息混じりにノエリアは語る。


「我等が星は、その獣に目を付けられた。だから、滅んだ」

「…………倒す」


 確かな決意を秘めた宣言を、リースリットは口にした。


 守る。守らねばならぬ。

 それが原初から別たれ、始祖として見守ってきた自らの使命なのだから。


「…………わたしの星を、わたしの子供を、そんなのにあげない」


 だが、そこに水を差す声があった。


「それをされちゃうと、困るのよねぇ」


 美雲である。

 彼女は、頬に手を当てて吐息混じりに言う。


「惑星ノエリアの存続、それは筋書き(運命)には記されていないわ」


 リースリットの目が、殺意を帯びる。

 一触即発の空気が場に漂い、今にも戦端が開かれようとしていた。


「…………ハゲ猿。言葉を選べ。命を賭けろ。それは本心か?」

「ええ、勿論。惑星ノエリアには、滅んで貰わないといけない」


 瞬間、魔力が炸裂した。

 外敵を滅ぼす為に、リースリットは容赦の欠片もしない。


 白の奔流が放たれ、ブリッジの壁を貫き、それでも止まらず終式の外壁にまで穴を開けた。


「あらあら、凄いわね」


 おっとりと、自身の真横を通っていった奔流とそれによって開いた大穴を眺めながら、美雲は流れ出る空気に抵抗するように椅子にしがみつきながら、隔壁閉鎖の操作を行う。


「…………何故、邪魔を?」


 リースリットが、疑問を投げ掛ける。


 彼女は攻撃を外した。

 だが、それは自らの意思ではない。

 彼女は、間違いなく美雲を抹殺するつもりで攻撃していた。


 それでも外したのは、邪魔する者がいたからだ。


 問いは、リースリットの全身を巻き取る羽衣の根元、デブ猫の姿となっているノエリアへと向かう。


「何故、と問われると困るのじゃがな。

 まぁ、こやつらとの契約故に、と言う所じゃよ」

「…………意味分からない」


 最も受け入れられないだろう人物の意味不明な行動に、リースリットは正直に、吐き捨てる様に言う。


 そして、もう一度、今度こそ消し去らんと魔力を高めるが、


「やめておけ。二度目を見逃す程、あれは甘くないぞい」


 繋ぎ止める羽衣を引きちぎった時点で、先程と同じく全く感知できない謎の力場がリースリットを締め付けた。


「…………く、ぅ!?」


 一瞬でも気を抜けば潰されてしまいそうな圧力。

 リースリットは、自身がギリギリで耐えられるであろう程度に調整されたそれに抵抗するだけで精一杯であり、とても攻撃にまで魔力を回せない。


 見れば、いつの間にか、美雲の手前に奇怪な人形が置かれている。

 両手で持つお盆に湯呑みを載せた、不気味さを感じさせる小さな人形である。


 その目が、怪しく光っていた。


 金属を強引に擦り合わせる様な耳障りな音を立てながら、人形の口が開かれ、勢いよく紙が吐き出される。


『(ʘ言ʘ#)』

「…………な、に?」


 意味の分からない記号の羅列に、リースリットは戸惑う。

 だが、徐々に、少しずつ、彼女を締め付ける圧力が増している。

 まるで、容易く楽に殺しはしない、とでも言うようである。


「…………お前も、敵か」


 そうと理解したならば、する事は決まっている。


 星から遠く離れたこの場では、始祖精霊といえど本領は出せない。

 それが当たり前だが、何事にも例外はある。


 堕落。


 文字通りに命を燃やして、滅びるその瞬間まで暴れ回る邪精となれば、話は別だ。

 この場でただ滅ぼされるくらいならば、敵を道連れにしてくれよう。


 リースリットが自らの枷を外そうと意思を固めるが、


「気を鎮めよ」


 しかし、それよりも早く、ノエリアがリースリットの肩へと飛び乗り、原初の権限で彼女を強制停止させた。


「…………うっ」


 急速に霧散していく魔力と殺意。

 そして、潰れそうになる圧力から、己の力で守りながらノエリアは、お茶汲み人形に語りかける。


「この辺りにしておいてくれぬか。

 我の子じゃ。殺されとうない」


 言うと、人形の目から光が消える。

 締め付ける圧力も消えて、脅威は消え去った。


「…………ノア、何で」

「愛着が湧いた。それだけじゃ」


 強いて言えば、それが理由だ。


 ノエリアの出自を思えば、彼女にとって地球の未来など知った事ではない。

 契約など無視して、利用するだけすれば良い筈である。


 しかし、それでも彼女は律儀に守っている。

 それは、約束は守らなければならない、という倫理観からの行動ではない。


 ただ、愛着が湧いただけだ。


 二百年、見守ってきた。

 魔力という明日を生きていく力を与え、程よく引っ掻き回しながらも、しかし最後の一線だけは踏み越えてしまわないように、ずっと寄り添ってきた。


 そして、現在に至り、彼らは己たちをも受け入れる器量を見せている。


 黒の始祖――エルファティシアは、地球で新たな可能性を開かせた魔道文明を見て言っていた。

〝地球は故郷を受け継いだのだ〟、と。

〝共に歩むのも悪くない〟、と。


 その言葉を聞いて、ノエリアは自覚した。

 自分もまた、地球とその民を愛しつつあると。


 だから、どちらでも良いと思った。


 運命の通りに、故郷が滅び、地球へと受け継がれても。

 あるいは運命を切り開き、故郷が続こうとも。


 どちらにせよ、身を任せると。

 もはやこの身は敗残者なのだから。


 故に、ノエリアは契約に従い、余計な事はしない。

 どちらの味方もしない。


「……リースよ。

 この我には期待するでないぞ。

 我はどちらの味方もせぬ。

 ただ滔々と流れに身を任せるのみじゃ」


 故郷も地球も、両方共に愛しているから。

キャラクターが勝手に動く、あると思います。


まぁ、正確に言うと、設定している思考信条を鑑みた結果、この流れだとこういう行動をするよな、を重ねていく事で当初の予定から外れる現象なんですけども。

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