博打打ち
しゅるり、と、周囲に散った白が集まり、元通りの少女の姿を取る。
精霊はエネルギー生命体だ。
保有する魔力そのものが命と魂の本体であり、端末でしかない肉体を幾ら砕こうとも、大して意味がない。
リースリットも、そうである。
確かに無惨に破裂させられたが、痛痒と言うには程遠く、容易く元の形へと戻れた。
しかし、全くの意味がない、という訳でもない。
肉体の構築には、当然、エネルギーの消費が伴う。
であるならば、見た目はともかく、確かにダメージが入っているとも言えた。
総量からすると微々たる物だが。
「おう、まだやるかの?」
ノエリアは、復活したリースリットに訊ねる。
正直な所、そろそろ降参して欲しいと言うのが本音であった。
なにせ、彼我の保有エネルギー差は圧倒的に過ぎる。
歴代魔王たちを代表とした、地球人類の編み出してきた効率的戦闘術によって、一応は優勢に戦えているのだが、所詮は付け焼き刃の見様見真似である。
絶対に何処かでボロが出るし、そこからなし崩し的に純粋な力比べに持ち込まれれば、まず間違いなくやられてしまうのは、こちらの方だ。
なので、程よく優勢を装えているこの辺りで手打ちにしてしまうのがベストであった。
「…………ん、いいよ」
小首を傾げて、短く答えるリースリット。
それはどっちの意味かと一瞬考えるが、高まっていた魔力が霧散した事で、戦意は消えたのだと判断する。
ノエリアもまた、ほんの僅かな警戒心故の臨戦態勢を維持しつつ、魔力を落ち着かせる。
「…………久し、ぶり?」
途端、ずいと顔を寄せてくる。
「近い近い。うむ、久し振り、でよかろうな」
ノエリアの認識としては、涙が出そうな程に感慨深い再会ではあるが、しかし時間としてはたったの二百年の別離でしかない。
精霊の、特に星の誕生の時代から生きている自分たちの感覚では、瞬きとまでは言わないが、うたた寝していた程度になる。
故に、久し振りという言葉にはやや違和感があるのだが、それはあくまでも彼女だけの感覚である。
リースリットからすれば、数億年は間を空けての再会なのだ。
それだけの時間であれば、いわゆる寿命を持たない精霊種であっても、長い時を感じる事だろう。
「…………それで?」
「何じゃ」
「…………何してる?」
「うぅむ、どう説明したものかのぅ」
思い悩む。
説明事態は簡単な事だ。
時系列通りに並べて事実を列挙すれば、ややこしい事など何一つとしてない。
問題は、それを説明した場合、リースリットがどう動くかが不明という点だ。
味方として協力してくれる、あるいは見なかった事聞かなかった事にして知らん振りをしてくれる、のならば万々歳だが、敵に回った場合は非常に面倒な事になる。
ノエリアとしては敵に回ってくれて、刹那たちの終焉工作の邪魔をしてくれると有難いとは思う。
彼女の最上の望みは、惑星ノエリアとその民の存続なのだから。
しかし、ノエリア自身は、張本人たちとの契約に縛られて、相当に妥協した事しか出来ず、終焉工作の阻害など夢のまた夢である。
ならば、他の有力者に密かに協力を要請したい所だ。
今のように星の勢力圏の外では始祖精霊と言えど、魔王と同等か下手をすれば劣る程度でしかないが、逆に勢力圏に入れば、理不尽なまでの力を振るえる。
始祖精霊八柱と現存する天竜種たち、そして休眠している過去の自分を含めれば、刹那たちを止める事は充分に可能だろう。
だが、やはりそれを警戒しているのか、ノエリアを一人にしてくれる時間がない。
今この瞬間も、終式からは美雲の目が監視している。
それを誤魔化す手段は、無い事も無いが、バレた時のリスクを想うと、そうそう迂闊な真似は出来ない。
「……隠さぬこと」
「…………んー?」
「真実と誠実こそが、交渉における最大の武器、か」
隠そうとするから、要らない疑いを持たれてしまうのである。だから、堂々と目の前にさらけ出してしまう。
こうして、始祖精霊と接触できた幸運を喜びながら、更なる幸運が重なる事を祈りながら、全てを正直に語ってしまおう。
刹那や美影ならばともかく、リースリットのエネルギー量を見ているのならば、美雲であれば頭から拒否するという事は、実力的に出来ない筈どあるし。
そういう小賢しい知恵も、地球で学んだ事だ。
故郷では、原初の星霊というだけで絶対的な信用と信頼を勝ち取れたのだから。
「うむ、良し。良くはないが、まぁ良し」
「…………?」
一人納得の頷きを入れるノエリアに、リースリットは首を傾げてみせた。
「リースよ。真実を望むか?」
「…………宗教?」
「精霊を宗教に誘うというのも珍しい話じゃがのぅ」
確かに怪しげな勧誘な文句だったな、と思う。
しかし、そうではない。
「ここにいる我と、おぬしの知るノエリアは、別物じゃという事じゃよ。
それらを知りたいと願うか?
知れば、平穏ではいられぬぞ。
どういう選択をしようともな」
「…………ん。教えて」
「躊躇ないのぅ。それでこそ、じゃがな」
ならば、もはや臨戦態勢を取る意味もない。ここからは言葉の戦いだから。
故に、ノエリアは精霊体から慣れ親しみつつあるデブ猫の姿へと変じる。
「……………………趣味、変わった?」
その姿を見て、表情に乏しいリースリットには珍しく、目を見開いて驚きを顕にしていた。
彼女の知るノエリアは、こういう遊び心は持っていなかった筈であった。
あまりの変化の大きさは、経験的刺激に慣れてしまった始祖精霊をして、驚きを禁じ得なかった。
ノエリアは、遠い目をして猫らしく顔を洗いながら、呟く。
「ストレスばかりを撒き散らす連中と付き合っているとな、こうして気ままな姿でいたいと思うようになったのじゃよ」
言って、ノエリアは飛び上がり、リースリットの腕の中に収まる。
身を丸くしながら、彼女は遠くに浮かぶ黄金の方舟を尻尾で指し示した。
「ほれ、落ち着いてお話をしようではないか。
おぬしの好きな、文明の香りを堪能しつつのぅ」
「…………ん、分かった。楽しみ」
一応、説明しておきますと、精霊は周囲の環境によって大きく左右されます。
そういう設定です。
惑星ノエリアの外では、始祖精霊クラスでも小賢しい技で簡単にフルボッコにできますが、逆に内部なら本当に理不尽な権能を発揮します。
なので、リースリットが弱かったという訳ではありません。
具体的な描写は、似た性質を持つ天竜との戦闘時にでも。
なもんですから、地球に来たエルファティシアは、相当に危ない綱渡りをしていたのです。
交渉で決裂して魔王たちを送り込まれていたら、あっさりと殲滅されていたでしょう。