白き来訪者
最近、長めに書くのがつらたん。
故に、一話辺りが若干短くなりがち。
昔なら一話分を二話で書いてると思う。
一方、その頃、遠き空の彼方にて。
地上で妹が問題を引き起こしている様に、姉もまた問題を抱えつつあった。
刹那と美影を先に行かせ、美雲とノエリアが残ったのは、別に惑星ノエリアに行きたくないとか面倒臭いとか、そういう理由が主ではない。
それは、一割くらいの理由である。
彼女たちは、人外組とは違い、そのままでは地上に降りられないのだ。
原因は、それぞれに違う。
ノエリアの場合は、星に己と同一存在がいる為である。
星の中心にて休眠状態にあるとはいえ、確固たる形で己が存在している為、お互いの存在が干渉しあって情報や力が混線しかねない。
それでは色々と困る、という事で対策しないままに降下する事は出来ないのだ。
そして、美雲は、と言うと、こちらは単純に力不足の為である。
彼女は、生身での実力はそう高くない。
マジノラインという下駄を履かせなければ、一般的な魔術師の範疇内に収まる力しか持たないのだ。
弟と妹の様に何の準備もせず、着のみ着のままで未知に飛び込むには、些か危険に過ぎる。
その為、しっかりと戦闘準備を行い、例え最強と謳われる天竜種と戦っても渡り合える程度の戦力を、最低限として確保しているのである。
当然、その場所は終式の内部であり、つまりは惑星ノエリアの勢力圏から遠く離れた宙域での事だ。
漂う小惑星の影に隠れており、天文台から宇宙を覗いていようと、誰にも見付からない位置取りをしている……筈だった。
念の為と光学迷彩も施しており、そこにあると確信していなければ、絶対に見逃してしまう……筈である。
その筈なのだ。
「…………あれ、こっち見てるわよね?」
「うぅむ。その様に……見えるの」
ブリッジのメインスクリーンを見詰めながら、美雲が言葉を溢せば、ノエリアもそれに同調する。
スクリーンには、宇宙の一角が映し出されていた。
デブリも何もない、まっさらな空間である。
本来ならば、宇宙空間故の美しい星空が見えるだけの筈だ。
本来ならば。
確かに、遮る物が無い為に、綺麗な星明かりが煌々と瞬いている様が映し出されている。
しかし、その中心には、それらを霞ませる程に強く輝く光が鎮座していた。
何らかの恒星の光、ではない。
それを拡大して鮮明にすれば、光の中に正体が見えてくる。
人の形。
白光の中に、周囲に比べて遥かに小さな人影が浮かんでいた。
外見年齢は、十代前半から半ば程度だろう。
全体として白い少女である。
白い肌に白い長髪。
フリルをあしらったドレス風のワンピースもまた、純白。
少女にある色彩と言えば、黄金のような瞳と、髪を束ねる黒いリボンだけだろう。
そして、何よりの特徴として、その背中には白銀の光翼が八枚背負われており、頭上には複雑な紋様を描く光輪が浮かんでいた。
美雲は、隣で顔を洗っている、似たような姿を持つ化け猫に水を向ける。
「……知り合いかしら?」
精霊の特徴を持つ白い少女。
更に言えば、翼の数や光輪の複雑さが、存在の大きさを決定付けているという。
ノエリアの翼は、十枚翼だという。
見たことは無いが、妹と弟からはそう聞いていた。
そして八枚翼は、火星にて精霊たちを纏めている黒の始祖精霊――エルファティシアが持つ翼と同一である。
つまりは、あれも始祖である可能性が非常に高く、ならば化け猫と顔見知りの可能性も同様に高い。
返答は、肯定であった。
「……まぁの。
白の始祖精霊、リースリットじゃ。
何をしとるんじゃ、あやつは」
リースリットというらしい精霊は、少しばかり前から、じっと、じーっと、こちらを見たまま微動だにしない。
発見して以降、何のアクションもない為にこちらとしても対応に困っていた。
知らん振りをするべきか、はたまた迎撃するべきか。
行動を決めかねている。
ともあれ、美雲たちは、注視しつつも、害はないからと暫くは放置して元の作業を続ける。
そのまま半日程の時間が経った頃に、ようやく動きが出た。
ふわり、と、ゆっくり距離を詰め始めたのである。
気づいた美雲は、ノエリアに訊ねる。
「何をする気か、予想は?」
「さてのぅ。あれは唐突に意味の分からん事をする奴じゃからな」
惑星ノエリアにいる知的生命体の一種――天翼種を創ったのも、リースリットの仕業であった。
その理由も、大した物ではなく、やってみたかったからやってみた、というただそれだけである。
始祖精霊は、起源であるノエリアをして、割りと理解できない性格をしているが、その中でもリースリットは断トツで訳の分からない輩であった。
故に、彼女も何をするつもりなのか、さっぱり分からない。
なんとも言い難い緊張感を一方的に抱きながら見詰めていると、ふと映像の中でリースリットが嫋やかな細腕を掲げる様が見受けられた。
「っ、高魔力反応……!」
計器の変動に、美雲は咄嗟に操作コンソールへと飛び付いた。
一瞬にして魔王級の全力魔力を飛び越える数値へと至ったそれは、頑丈さに自信のある終式をして、危険と言わざるを得ない物である。
だから、出し惜しみはしない。
緊急用シールドの展開を行う。
それは、マジノラインシリーズには標準搭載されている、刹那の念力バリアであった。
先日の異界戦争では、堕ちた天竜種の咆哮すら防ぎきった防御幕は、スイッチを押されると瞬時に終式を包み込む。
攻撃が放たれるのは、ほぼ同時であった。
「く、ぅ……!」
純白の閃光が、スクリーンを塗り潰した。
バリア越しであっても、衝撃が終式の巨体を揺らす。
耐えきれる。
耐えきれるが、それだけだ。
緊急用である為、念力バリアはそう長くは続かない。
このままでは、連発されれば、落とされる。
そして、美雲では対応が出来ない。
妹たちと違って、彼女は真空の宇宙空間では無力なのだ。
終式にしても、防御力は極めて高いものの、一方で攻撃性能は皆無に近い為に役に立たない。
四式《ルシフェル》ならば、真空中にも対応できなくもないが、あれはまだ準備中ですぐには動かせない。
美雲には、打つ手がない。
よって、彼女は躊躇なく要請する。
「ノエリアさん! 何とかしなさい!」
「うぅむ。仕方ないの」
あまり気が乗らないが、終式を破壊されて困るのは、ノエリアとて同じ事である。
故に、彼女は淡い光と共に、猫の姿から、本来の人型の姿へと変わりつつ、ブリッジから飛び立つ。
スルリと外壁をすり抜けながら、彼女は旧き友と向かい合うのだった。
ひとまず、挨拶のお礼代わりに神速の羽衣をぶち込みながら。
飽きてる訳ではないんだけど、何なんでしょうね。
この現象。
老化かな?