如何にして、大破炎上するに至ったのか
ちと短め。
時はやや遡る。
美影は、森を迂回する道を駆け抜けながら、眉をひそめていた。
「……チッ、やっぱり先行されてるか」
巨大な渓谷が見える位置にまでやって来た彼女は、その畔に残っている砂塵の跡を見て、相手に先を行かれている事を確信した。
相手の姿形は何処にもない。
相当に先行されているのだろう。
彼女は砂塵の舞い方から、どれだけの遅れを取っているかを算出する。
そして、そこから普通に追い掛けて勝てるのかも、合わせて。
答えは、すぐに出る。
追い付けない。
間違いなく。
「チィィィィィッッッ!!」
あまりの屈辱に、特にスピード勝負という負けた事の無い分野での敗北に、美影は血の涙を流さんばかりの形相で唇を噛み締めた。
どうするか。
どうすれば良いか、と考えた彼女は、大きく口を開いている谷間を見る。
あの谷底には、天竜種がいる為に禁足地となっているらしい。
現地民にとっては、神にも等しい存在の領域には、例え命知らずのバカでも飛び込まないのだと。
それは、ノエリアからの事前講義で聞いている。
だから、おそらくは相手は谷を回っていくルートを取るだろう。
その証拠に、舞う砂塵は谷に沿って存在していた。
「ふっ、上等……!」
狙い目は、ここにしかない。
美影は舵を切って、谷間へと向かう。
あるいは、天竜種の怒りを買うかもしれないが、所詮は一種族の一個体に過ぎない。
向こうが天竜ならば、こちらは魔王である。
恐れるに足りない。
美影に脅威を与えたいならば、せめて守護者クラスでなければならないのだ。
「程好い地形発見!」
ジャンプ台にするに丁度良く、ゴール方向の斜め上方へと突き出した岩場を目敏く見付ける。
彼女はそちらへと向きを修正しながら、距離の計算を瞬時に行う。
どうせなら、ゴール前に華麗に降り立った方がカッコいい。
故に、渓谷を飛び越えれば充分な所を、敢えてもっともっと飛翔距離を稼ごうと、ふと思い立った。
その為に、美影は魔力の出力を上げる。
電気へと変わるそれは、エンジンへと供給されて確かな推力となって加速させる。
「速度良し! 侵入角OK!
行っくよぉー!!」
アバウトに大丈夫だと判断しながら、彼女はジャンプ台に突撃した。
エンジンの下面が迫り上がる地面を擦り、敏感なそれが跳ね上がる。
瞬間、美影は更なる魔力を叩き込んだ。
応える。
しっかりとした反応を返したエンジンが莫大な推進力を吐き出し、跳ね上がった向きのまま加速する。
飛翔。
宇宙へと飛び立つ出力は、それに恥じない力を発揮して、重力の軛を引きちぎって大空へと舞い上がった。
「ハッハァー! このままゴールしちゃうよぉー!」
全身を叩く風を受けながら、美影はジャンプの成功に気分良く叫ぶ。
この調子ならば、追い越せる筈だ、と、勝利を確信しながら。
そんな上機嫌の彼女が、着地の事を考えていなかったと思い出すまで、あと数分。
~~~~~~~~~~
遥か地の底。
大地の亀裂に抱かれながら、心地好い微睡みの中にいたそれは、重く首をもたげた。
頭上に、奇妙な異変を感じたからだ。
魔力。
そう、魔力の発動である。
それが波動となって、それの下にまで届いた。
言葉にすれば、ただそれだけの事である。
大した大きさでも無し。
普段であれば、気にする程の事でもない。
しかし、それでも、それが反応したのは、その魔力が感じた事のない異質な物だったからである。
この星にいる如何なる存在とも、知的種族のみならず、魔物と呼ばれる者たちとさえも違う、全く知らない魔力の発動だ。
それの興味を惹き、微睡みの中から起こすには、充分な異変であった。
【――新たな種が生まれた、か】
それは、異変の理由を、そうと理解した。
時折、ある事だ。
ある日、唐突に新種族が生まれる事は。
今回も、きっとそうであるに違いないと、それは自らの経験から結論付ける。
【――願わくば、賢き者たちである事を】
世界を、星を壊さない程度には、新たな種族たちが知恵を持っている事を、それは願う。
さもなくば、滅ぼさねばならなくなるから。
かの邪悪。
忌々しき毒蟲どものように。
しかし、今はまだ見守るべき時だ。
災害たる力を振るう時ではない。
そうして、それはもたげた首を再度下ろして、再び微睡みに落ちるのだった。
~~~~~~~~~~
「あっ、やっば。着地、考えてなかった」
ゴールである国境都市の外壁が見えてきた所で、美影はふと我に帰って呟いた。
このままの勢いだと、まず間違いなく大地に叩き付けられる事になるだろう。
別にそれで死ぬような柔な身体はしていないが、エンジンの方は違うと思われる。
どれくらい頑丈なのか、正確な所は分からないが、しかしこれまでの道程で、おおよそのスペックは体感として理解できている。
「んー、壊れるね?」
このままの勢いで大地に叩き付けられたならば、おそらく、盛大な破損を余儀なくされると思われた。
少しだけ考えた美影だが、すぐにその問題を無視する事にする。
「まぁ、もうゴールだしね?」
つまり、もう必要がないという事だ。
この突発的レース一回に耐えきれれば良いのであり、継続的に使う予定はない。
なので、大破しようとどうしようと、別に構わないのである。
「もうちょっと飛距離を足して……。まっ、こんなもんかな」
慣性込みでゴールに駆け込めるように、角度と速度を調整した美影は、あとはもう重力に引かれるままに落下していく。
その眼下で、競争相手の貨物列車を追い越し返した様が見えた。
我が勝利。
それが確たる物となったという、分かりやすい証拠に、美影は顔を綻ばせる。
「イエーイ! 僕の勝ちぃ~!」
互いの爆音にかき消されて聞こえていない宣言を、敗北者へと送りながら。
美影は大地に激突し、大破炎上する事となった。
どっかで書いたような気もしますが、地球環境に馴染んだ事で、地球人類の持つ魔力は、元祖魔力から微妙に変質しています。
まぁ、根本的には同じものなんですけど。
外国に行った時に、電気の規格が違う感じですかね?
電気は電気なんだけど、みたいな。