黒龍顕現
本日、二回目!
いい加減、主人公を出すべきだと頑張ったぞ!
(……どうしたものか)
心は憤怒と憎悪に燃えるが、頭は冷静に状況を見定める。
向こうは、十全な魔術師が五人。
先の三人の様な〝魔王化〟はしていないようだが、それでもBランクが四人に、Aランクが一人。
対して、俊哉は両腕がほぼ使い物にならず、デバイスも失い、魔力も底をついている。
超能力は問題なく使えるが、それだけでは武器として足りない。
勝算は、皆無だ。
だから、逃げる算段を付ける。
生きていさえすれば、またチャンスもある。
〝今〟に拘る必要はない。
周囲へと素早く視線を走らせる。
空属性の構成員――《怠惰》は、どうやらここまでの転移で疲労困憊らしい。
命属性の構成員――《貪食》は、傷付いた《淫蕩》の治療を行っている。
風属性の構成員――《強欲》と雷属性の構成員――《傲慢》は、殺した《悲嘆》と《虚栄》の遺骸を回収に向かっている。
つまり、目の前の《憤怒》を突破すれば逃げる隙はあるという事だ。
「何処を見ている?」
全身に炎を纏った《憤怒》が瞬発する。
大剣型デバイスを振りかざし、俊哉を両断せんと襲い掛かってくる。
「チッ……!」
魔力が底をつき、デバイスもない今、受け止めるなどという選択肢はない。
回避せんと体に力を入れるが、反応が遅い。
ここまでの無理が祟ったのだ。
避け切れない。
仕方ないと内心で溜息を吐き、右腕を盾に一瞬を稼ごうと決める。
だが、その二人の間に割って入る影があった。
「やぁ。頑張ったじゃん、トッシー君?」
振り下ろされた大剣。
それを受け止めたのは、美影だ。
黒雷を纏った彼女は、炎熱を纏ったそれを片手で握り止めていた。
「助けに入んの、遅すぎじゃないっすかね?」
どっと緊張感が抜ける。
貴賓室にいる事には気付いていたが、動く気配がなかった為、計算には入れていなかったのだ。
だから、このタイミングで割り込んでくるとは思っていなかった。
「アッハハ、なぁに、君に復讐をさせてあげようという師匠の心意気だよ?
感謝してほしいね」
呑気に会話する目の前で、《憤怒》は突然現れた謎の存在を警戒し、一旦、後退しようとしていた。
だが、美影に握られた大剣はびくともしない。
まるで万力で締め付けられているかのように、押す事も退く事も出来ない。
ならば焼き切ってやろうと魔力を込め、炎熱の火力を上げる。
しかし、それは黒雷に阻まれ、彼女の身を焼くまでに至らない。
「な、なんだお前はッ……!?」
「あれあれ? 知らない? 知らないんだー?
敵を知り己を知ればー、って言葉も知らないのかなー?
それで魔術世界に喧嘩を売ろうって、自殺したいとしか思えないね」
宣伝されていなかっただけで、公表そのものはされていた《六天魔軍》の五番目の少女は、馬鹿にして笑う。
指に力を入れる。
ただそれだけで、焼き菓子が砕ける様に大剣はあっさりと粉々となった。
「なっ……!?」
「あーらら、脆いね。安物は寿命を短くするよ?」
心からの忠告だったが、挑発と捉えた《憤怒》は、大剣の残骸を手放し、反射の蹴りを入れつつ距離を取る。
脇腹に蹴りを受けた美影だったが、しかし彼女は微動だにしない。
その程度で揺らぐような軟な魔力強化ではない。
彼女は、悠長に視線を背後の俊哉へと向けながら、
「で、選手交代で良い?
どうしてもしたい、ってなら大人しく引っ込むけど」
「……続けられるような体調に見えますかねぇ?」
「根性入れればまだいける様には見えるけど……」
「……すげぇな、ほんと。俺はもうギブアップ。
出来れば、瀕死にして転がしてくださいよ。止めくらいは刺せます」
「ふぅん? まぁ、気が向いたらね」
前を向く美影。
「でさぁ、君君、えーっと、《憤怒》君?
君さぁ、僕の事を見ていて良いの?」
「あ?」
「お仲間、やばいと思うけど」
美影の言葉の直後。
「「「ああああああああああああああああああああ……!!!!????」」」
断末魔にしか聞こえない悲鳴が、三方より響き渡った。
「何……!?」
溜まらず《憤怒》が視線を向ける。
そこには、傷付いた仲間たちから、不気味な触手が伸び、助けに向かった仲間たちを侵食している光景があった。
余程の激痛なのか、口からは悲鳴と泡が噴き出し、身体は大きく痙攣している。
最初はなんとか抵抗しようとしていた四肢の動きも、浸食が進むにつれ弱々しくなり、今ではだらりと垂れ下がっている。
明らかに普通ではない光景。
何らかの人体実験でも施されたかのような。
「お、お前ら! また、弄びやがったのか……!!」
「あっ、そう取る?」
高天原にて、人体実験の被験体にされたと取ったのだろう。
《憤怒》は、その名に恥じない形相で美影を睨みつける。
怒りと憎しみの感情を叩きつけられても、彼女はまるで動じない。
冤罪であるし、そもそも本気で向かってきても欠片も脅威に感じないのだから、しょうがない。
跳びかかってくる《憤怒》。
合わせて、美影も瞬発する。
「ぐぷっ……!?」
常軌を逸した速度を叩き出した美影は、即座に懐に潜り込み、《憤怒》の腹を蹴り上げる。
くの字に折れ曲がり、苦悶の呻きを漏らしながら、宙に浮く巨躯。
そこへ、身体を半回転させた美影の踵が飛来する。
蹴り飛ばす。
「はい、お土産ー」
追撃の雷撃を落とし、水平に吹き飛んでいた《憤怒》を、垂直に大地に叩きつける。
「おかわりだよ!」
更に、二度三度と雷撃を落とす。
やがて、完全に魔力が感じられなくなったところで、ようやく攻撃を止める。
「よっ、ビクトリー!」
黒く焦げた大地の中心には、倒れ伏した《憤怒》がいた。
いまだ身体に電流が残っているのか、時折、大きく痙攣する。
それ以外に動きは見られない。
魔力も霧散している。
まだ生きてはいるようだが、意識は飛んでいるのだろう。
あまりにも一方的で、あまりにも容赦がない。
きっと《憤怒》が助けてくれる。
そう信じていたメンバーの希望を砕くには、十分な光景だった。
もはや彼らに縋れるものは……たった一つしかない。
「め、女神様! 女神様ぁ!! 助けて下さい――――!!!!」
一人が叫べば、唱和するように残りも叫ぶ。
女神様! 女神様!! 女神様ッ!!!!
美影はその様子に薄い笑みを浮かべる。
(……そうそう、呼びよせてよね。そうじゃなきゃ、出番がなくなっちゃう)
つまらない演劇で終わらせない為にも、来てくれないと困るのだ。
彼らの渾身の叫びが届いたのか、その場に異様な魔力が充満する。
魔力は緩やかに収束し、数秒で空間を裂く。
空中に現れたのは、一人の女性。
年齢は、二十代中盤ほど。
足元まで届く長髪は、絶えず変化し、まるでオーロラの様である。
女性らしい凹凸に富んだ肢体をしており、それを純白のワンピースに包み、その上に輝く羽衣を纏っている。
金と銀の瞳は蠱惑的で、見るだけで虜にされてしまいそうな魅力を放っている。
女神と呼ばれるに相応しい神々しい雰囲気を漂わせた女性は、宙に浮きながら闘技場を一瞥する。
「愛しの我が子らよ」
紡がれる声音は、優しさに満ちている。
神託を告げる様なゆっくりとした口調。
場の誰もが息をのんで注目する。
その中で我慢しない者が、一人。
女神の正面に美影が至る。
「ふっ……!」
鋭い呼気と共に、黒雷を纏わせた本気の拳打を放つ。
衝撃。
大気を震わせる音が響く。
「堪え性のない小娘じゃの」
後には、拳を身体で受け止め、しかしびくともしていない女神がいた。
女神の手が美影に添えられる。
衝撃。
先程の彼女の拳打に倍する衝撃が広がり、美影の矮躯は弾き飛ばされ大地に激突する。
粉塵の中から即座に復帰する。
だが、額からは一筋の血が流れ出ている。
俊哉はそれを見て戦慄する。
彼女の強度は死ぬほどに理解しているから。
「強いね」
「おぬしが弱いだけじゃ」
女神が応え、すぐに視線を外す。
眼中に無し、とでも言うように。
「愛しの我が子らよ」
再度、紡がれる言葉。
今度は邪魔をせず、美影も静聴する。
「おぬしらの役目は終わった」
慈悲の声で紡がれたのは、救いの言葉ではなかった。
「な、何を……」
「壊れた玩具に、興味はない」
不安に揺れる《嘆きの道化師》を無視して、女神は続ける。
白魚の様な美しい手指を伸ばす。
「しかし、かつては愛した物たちじゃ」
パチン、と静かに弾かれる指。
「故に、最後の施しを授けようぞ」
「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああ…………!!!!????」」」
途端、断末魔を上げる。
触手の浸食が一気に加速したのだ。
触手は体内を食い荒らし、皮膚を突き破って頭を出しては、また肉を食い破って内部へと入り込む。
やがて、全身が肉塊へと変貌する。
三つの塊となる、《憤怒》を除く《嘆きの道化師》の構成員たち。
肉塊は、更にそれぞれに触手を伸ばし、一つの塊となる。
ドクン、と、不気味に脈動する。
「さぁ、開通の時じゃ……!」
女神の宣言。
同時に、肉塊から天へと立ち上る膨大な魔力の柱。
それは上空で花開くように拡散する。
空に、穴が開く。
瞬間。
降り注いだのは、何処までも真っ暗な奈落へと落ちていくかのような、不快な絶望感。
吐き出される殺意は忌まわしさを纏い、吐き気を催す底無しの敵意が振り撒かれる。
「さぁさぁ、異界の浸食じゃ!
人類諸君! 刮目せよ! 覚悟せよ!
悪意は止まらぬと知れ!
もがけ! 足掻け! 必死の抵抗をせよ! フハッ、フハハハハハハッ!!」
異界門から吐き出されるのは、悍ましい姿をした異形の者たち。
人や獣のみならず、鬼や悪魔を模した姿も見受けられる。
そして、その全てが腐臭を漂わせ、どろどろに溶解している。
「マジかよ……」
俊哉は、絶望感に身を震わせる。
穴から這い出てくる異形たち。
そいつらから感じ取れる魔力が、最低でAランク。
中にはSランクすらも混じっているという現実。
それが際限なく湧き出してくる。
これが絶望でなくば、何だというのか。
そんな中で、動く者たちがいる。
「では、手始めに自称女神の排除から、始めるでありますよ」
「ハ……?」
後頭部に付きつけられる、硬い感触。
直後。
軽い音と衝撃が女神を襲った。
彼女の視界がぐらりと揺らぐ。
意識を保つ事も出来ず、落下する女神。
下で待ち受けていたのは、和装の老人。
「シッ……!」
鋭い気合を乗せて、幾重にも走る剣閃。
手応えは、あった。
だが、警戒に老人は距離を取る。
「やれやれ。儂の意識を一瞬とはいえ刈り取るとはの。
少々、見縊っておったか」
むくりと、何事も無かったかのように立ち上がる女神。
何かを斬った感触はあったというのに、何処にも傷跡を確認できないばかりか、衣装にすら傷はない。
老人――真龍斎は、全力の魔力強化を身に纏いながら、冷や汗を流す。
彼の隣には、黒の軍服――ナナシが降り立つ。
「さて、困ったでありますな。
秘蔵の弾丸ですら、一瞬、意識を飛ばす事で精一杯とは。
《千斬》殿の見解は?」
「無理だな」
短く応える。
日本帝国最強の二人が、揃って白旗を上げる。
「フハハッ、そう悲観するでない。中々、良い線行っておったぞ。
なに、あと億回も繰り返せば、我の命にも届くじゃろう」
ところで、と、彼女は空を仰ぐ。
「あちらは放置しておっても良いのかの?」
吐き出された異形の軍勢は、地上へと降下し始めている。
友好的存在だとはとても考えられず、放っておけば未曽有の厄災となる事は目に見えている。
「なに、そちらには適任がいる」
真龍斎は、視線を逸らす。
つられて、女神もそちらを向けば、先程、叩き落した少女が、懐中時計を片手に瞑目していた。
~~~~~~~~~~
「陛下。制限解除、良いよね?」
通信機を耳に当て、言う。
返ってくるのは、当然、応の言葉。
【構いませんよ。存分に暴れなさい、《黒龍》】
美影は、その言葉に凶悪な笑みを浮かべる。
全制限解除。
何年ぶりの事か。久し振り過ぎて、もはやかつてが懐かしくある。
美影は、懐中時計を取り出す。
表面に龍を刻まれたそれは、彼女の身分を証明する物であり、彼女の制限を管理する鍵。
龍の紋をなぞれば、指に沿って黒く染まる。
頭から尾の先まで、全てが黒く染まると同時に、世界が脈動した。
それは、天が裂け、地が砕ける様な、圧倒的強者の威圧。
天空が、大地が、蒼海が、生きとし生けるもの全てが、天敵の現界に身を震わせる。
黒き稲妻が天地を貫く。
抑圧されていた物が解放されただけの、言うなればただの余波。
それだけで、第一波の異形は塵と消える。
「アッハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!
そうだよ! こうだよね!! 全力ってのは、こういう物だ!!!!」
久方ぶりの、全力。
それに、美影は愉悦の哄笑を上げる。
パン、と手を合わせる。
その手を広げれば、形成されるのは、黒き大長槍。
全長三〇メートルを超える破壊の神槍。
魔王流超能力魔力混合術式《雷神槍・墜天黒》。
本来は、中位の雷属性魔術だ。
ある程度、熟達した者なら、さほど難しくない。
それが魔王クラスの魔力によって極大化し、更には雷の超能力が加わる事で黒化した、雷裂 美影だけのオリジナル術式である。
墜天黒を手に、美影は身をたわめる。
足に力を入れ、力強く大地を踏み抜く。
激震。
彼女の踏み込みに耐えきれず、大地が罅割れ、大きく揺れ動く。
それを為した存在は、雷の速度で空へと上がる。
ただ、速度に任せて突撃する。
それが全力の美影の戦い方であり、《黒龍》の所以。
天空を、黒き稲妻が縦横無尽に駆け巡る。
その様は、黒い龍が舞っているかのようだ。
徐々にその大きさを広げる異界門は、既に直径数㎞という巨大さとなっている。
そこから吐き出される異形たちの数は莫大である。
にもかかわらず、《黒龍》はその速度と運動量に物を言わせて、たったの一人で殲滅していく。
中には、Sランク――自身と同等位階である魔王も含まれているというのに、物ともせずに鎧袖一触に灰燼と為していく。
その光景には、流石の女神も頬を引きつらせる。
「な、何じゃ、あやつは……」
「俺の妹さ。最愛のな」
ぽん、と、女神の肩に手が置かれる。
まるで気付かなかった。
驚愕に目を見開く女神。
振り向いた瞬間。
星を揺るがす一撃が、彼女を打ち抜いた。
でも、ほんのちょっとですね。
本格的な参戦は、次回です。多分。




