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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
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オチ

 横からの()()()に煽られて、剥き出しのエンジンが跳ねた。


「チィ……!」


 二機のエンジンは、それぞれがあらぬ方向へと向かい、鋼の手綱で繋がった騎手を左右に引き千切ろうとする。

 しかし、たかがその程度で、音速も越えない出力で超人の身は裂けはしない。


 美影は、両腕に巻き付けた手綱を握り直しながら、エンジン(じゃじゃ馬)の制御に苦心する。


(……ああああああ!! タイムロスっ!!)


 足並み揃わない推進力は、如何に強力であろうとも、互いの足を引っ張り合って逆にマイナスとなる。

 別々の方向へと首を向けたエンジンどもは、その結果としてお互いの速度を削り合ってしまった。


「何度目か分かんないけどっ! 何度でも言おう!

 なんてピーキーな……!!」


 そもそもが電子的に精密に制御される代物である。

 それを生身の直感だけで扱おうという行為自体がおかしいのである。


 非常に敏感な性質をしているらしいこれらのエンジンは、美影からの電力供給に過敏に反応し、極端に出力を上下させてしまう。

 おかげでほんの少しの力みや脱力で、簡単に暴れ狂ってしまうのだ。


 加えて、元々の運用目的が宇宙船用というのも問題だ。


 何も考えずに電力を叩き込めば、出力云々など気にしなくても良いのだろうが、それをしてしまうとあっという間に大気圏突破してしまう。

 翼の有無など関係ない。

 その身から吐き出す圧倒的な出力は、全力で回転させれば大気圏内で宇宙速度単位を叩き出し、放っておいても空の彼方へと吹っ飛んでしまうのである。


 そうなってしまうと、ゴール地点で身の程知らずを笑ってやるという事が出来ない。

 スピード勝負に勝つには勝てるのだろうが。


 という訳で、緻密な出力調整に苦労しているのである。


 更に言えば、パーツがエンジンのみというのも問題であった。


 姿勢が安定しないのだ。

 固定されておらず、また補助となる翼の類いもなく、では、ちょっとした障害で簡単にそっぽを向いてしまう。


 例えば、そよ風に吹かれて向きが変わってしまったり。

 例えば、速度が落ちた事で地面に接触し、そこにあった小石に躓いてしまったり。


「おうっ!?」


 唐突に上方へと機首が跳ね上がり、美影が豪快な宙返りを決める。


「こなくそ!!」


 それを膂力でもって強引に引き戻して、レースコースへと押さえ付ける。


 見れば、相手の貨物列車は遠くにある。

 それは、引き離した、と言う意味を表さない。


 いや、それも一因ではある。

 スピードダウンしたり、コースアウトしたりと、随分とロスの多い走りをしているが、それでも最大速度ではこちらの方が圧倒的なのだ。

 容易く追い付き、軽く追い越してみせたように、引き離す事は当然である。


 だが、それだけではない。

 向こうは、自らコースを外れているのだ。


(……チッ、羨ましいね!)


 宇宙から見ただけの大雑把な地図を脳裏に浮かべた美影は、相手が何をしようとしているのかを察して舌打ちする。


 簡潔に言えば、ショートカットだ。


 相手側の向かう先には深い森林が広がっている。

 精霊や森精との兼ね合いで手を付けられていない原始の森だ。


 道標(レースコース)は、それを迂回する形になっているのだが、そこを突っ切れるのならば、大いに距離を縮める事が出来る。

 当然、木々に接触すれば、盛大なクラッシュは避けられないし、森を傷付ければ協定違反として他種族から責められるだろう。

 現地人としては、中々に覚悟のいる選択だが、相手は迷いなくそれを選んだらしい。


 全ては勝つ為に。

 勝ったところで何の利益もないと言うのに。


 その意気や良し、と美影は霊鬼の男への評価を一段上げる。


 彼女は、同じ選択が出来ない。

 彼が背負うリスクとは全く別の理由で、不可能だ。


 何故ならば、このピーキーな暴れ馬では、間違いなく隙間を縫う様な機動はクラッシュしてしまうからである。

 それだけを聞くと、まるで同じ理由のようだが、それを恐れる理由は、命の危険だとか他種族との関係性だとか、そういう場所にはない。


 ただ単純に、クラッシュするとレース失格になるというだけの、それだけの理由だ。


 別に、ルールブックがある訳でもない、突発的な野良試合ではある。

 だから、失格もクソも無いのだが、美影はこれを文明力の闘いだと位置付けている。


 走って追い抜く事など簡単だ。

 彼女は、最速を冠する魔王なのである。

 あんな貨物列車如きに負ける筈もない。


 だが、それは、彼女が自身に課したルールでは負けなのである。

 あくまでも、道具を用いた勝負で勝たねばならないのだ。


 クラッシュすれば、唯一の道具を失ってしまう。

 試合放棄、失格である。


 だから、森を横切るという選択肢は取れない。

 またも跳ね飛んだエンジンを軌道修正しながら、彼女は、これからのレース推移を予測する。


(……向こうが最大速度のまま突っ切ったら。

 ……こっちのじゃじゃ馬のロスを加味すると)


 おそらく負ける。このままでは。


「チィ……!」


 それは悔しい。

 唇を噛み締める程に悔しい。


 ならば、どうするか。

 何処かでこちらもショートカットするしかない。


「さって、何処か良い感じな場所はあったかな、と」


 脳裏の地図をなぞって余所見をしていたら、不意のバードストライクを食らって片方のエンジンが逆走しようとした。


「んもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 自分が売った喧嘩であり、自分が定めたルールではあるのだが。

 美影は若干キレそうであった。


~~~~~~~~~~


「ヘッ、やりゃあ出来るもんじゃねぇか」


 後ろに流れていく森を見ながら、ソゴウは安堵の吐息を吐き出す。


 自信はあった。

 木々の隙間から見える様子や、自身の持つ車輌感覚を信じるならば、すり抜けられるとは常々思っていた。

 だが、思っていただけで今までにやった事などないし、ましてやノーブレーキのフルスピードで通り抜けようなどとは、間違っても考えた事はない。


 しかししかし、案ずるよりも産むが易し、と言うべきか、その偉業を彼は成し遂げ、森林を横切る事に成功していた。

 不規則に立ち並ぶ木々に僅かに車体の端を掠める事こそあれ、明確な衝突の一切を避け、見事に森をすり抜けてのけたのだ。


 まさしく奇跡に等しい。

 もう一度、同じ事をやれと言われても、きっと無理だろう。


 現在の彼は、谷間を横目に平穏に走っている。

 ショートカットに成功したとはいえ、相手はあの意味不明な速度の怪物だ。

 油断はせずに最大速で走らせている。

 とはいえ、周囲には何もなく、砂塵を巻き上げていても長閑な様相に見えるだろう。


 ちらり、と隣に走る深い深い渓谷を見やる。


 ここをショートカット出来れば、更なる短縮になると確信できる。


 しかし、それは出来ない。


 何故ならば、この谷間の底には、八番目の天竜フリーレンアハトが眠っているからだ。


 横切る程度では、きっと気にも留めないというか、そもそも気付きすらしない、とは思う。

 彼ら――天竜種から見れば、自分たちなど羽虫以下の存在でしかないのだから。


 だが、だからと言って、安易に目に留まる様な事は、間違っても出来ない。

 それが、この星に住まう者たちの魂の奥底に刻まれた、絶対なる本能である。


 ブルリ、と、想像するだけで身震いしてしまう。


「……さって、あんのハゲ猿はどうしてんのかね」


 気を逸らすように、ソゴウは呟いた。


 追い抜き返した、と、思う。

 おそらくは。


 全速力で駆け抜けたショートカットは、それだけのアドバンテージをもたらしている、筈だ。


 何分、お互いに道を違えてしまった為に、はっきりとした事が分からない。


 少なくとも、近くには彼女の姿は見えないし、あの特徴的な爆音も聞こえてこない。


「このまま、終わっちまうのかね」


 変に昂ってしまったが故に、もしもそうであれば肩透かしも良い所である。


 期待し過ぎたのだろうか。

 所詮は、ハゲ猿でしかなかったのだろうか。

 己が大人気無さ過ぎただけなのだろうか。


 そんな益体もない事を、グルグルと考え続けてしまう。


 それでも、彼はアクセルの手を緩める事はしない。

 仮にも、戦闘種族である霊鬼種の男が、一度は勝負を受けたのだ。


 どれ程につまらない相手であったのだとしても、手を抜くなどという事は、何よりも己の魂に対して不誠実極まりない行為である。


 だから、ソゴウは全力で魔力を注ぎ込みながら、ゴールを目指して爆走するのであった。


~~~~~~~~~~


 ゴールが見えてくる。

 獣魔国側の国境都市【シャルジャール】の高く分厚い外壁だ。


 この星の文明として、大抵の都市はあの様な外壁等を備えている。

 なにせ、魔物の襲撃が日常茶飯事的に起きているのだ。

 最低限、防壁を備えていなければ、一般人などおちおち寝てもいられない。


 とはいえ、シャルジャールの壁が獣魔の他の都市と比べて、一際、大きく頑丈に造られているのは、魔物に備えて、ではない。

 他でもない、霊鬼種からの襲撃を想定しての事だ。

 幾度となく戦争を繰り返してきた為に、ああせざるを得なかったのである。


 見た目には、ただの土壁のように見えるが、実態は違う。

 中に金属を混ぜ込む事で単純に頑丈に造られており、更には多重魔法刻印を施す事で、有事には魔法障壁を連続して展開させる事が可能となる。


 まさに、要塞都市が如き防御力となっている。

 あれを崩すには、当時の霊鬼の戦士たちも苦労したらしい。


 ちなみに、逆に霊鬼種側の国境都市だが、こちらはそれ程の防備を固めていない。

 攻撃こそ防御を地で行く連中ゆえに、都市くらい必要ならまた造れば良い、と、本気で考えている為だ。


 ソゴウは、そんな都市防壁に向かって突撃する。

 遠目に見える警備兵には、訝しむ様子が見て取れる。

 それはそうだろう。

 アクセル全開で最大速度で突っ込んでくるなどという事、有り得る訳がない。


 まだ距離があるが故に、今は不審に思う程度で済んでいるが、もう少しすれば本気で慌て始めると思われる。


(……あー、袋叩きで済めば良いんだがなぁ)


 彼は、速度を緩めるつもりはない。

 このまま都市に突撃をかます気でいる。


 国境都市の検問を無視して、だ。


 当然、違反行為であり、場合によっては国際問題にまで発展しかねない事だが、霊鬼種側には言い訳は出来る。


 喧嘩を売られた。

 だから、買った。


 これだけで大体は理解して貰えるのだから、大概に血の気が多い。


 しかし、それが獣魔種側には通じないし、なにより開戦となったならば、抑止力たる天竜種も黙っていないだろう。


 歴史の教科書に名前が乗りそうだな、と、どうでもいい事を考える。


 かなりの距離にまで近付き、ようやく獣魔たちも慌て始めている。


『そこの大型輸送艇、直ちに停止せよ! 直ちに停止せよ! さもなくば攻撃する! 繰り返す! 直ちに――』


 うるさい通信が入ったので音を切って無視した。


 今のところ、相手の姿形はまるでない。


 まさか、本当にこれで終わりなのか。


 そうとある種の不安に思っていたが、しかしそれは杞憂であった。

 遠くから、小さな、しかし急速に大きくなってくる特徴的な爆音が近付いている。


「ハッ、ハハハッ! 来やがったな!」


 ソゴウは、笑いを溢しながら何処からと耳を澄ませた。


 背後である事は間違いない。

 しかし、ミラーに映る範囲には、影も形もない。


 首を傾げていると、シャルジャールの警備隊の面々が、阿呆のように空を見上げている様が目に入った。


「上か……!」


 叫んだ直後、こちらの頭上を飛び越えて前方へと躍り出ていく奇妙喜天烈な姿を見付ける。

 それは前へ前へと飛びながら、急速に高度を落としていた。


 何処から、何をしたのか。

 それは今のところ、ソゴウには分からない。


 ただ一つ、分かる事があるとすれば、


「…………あの勢い、地面に激突しねぇか?」


 懸念は現実に。


 直後、勢いそのままに大地に向かってダイブしたそれは、盛大に爆発炎上をかましたのだった。

エンジンのみという時点で、このオチは読めていたのでは、とかって……。

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