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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
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霊鬼の本能

本当は昨日のと合わせて一話分くらい。

 霊鬼種の男性――ソゴウは、いつも通りの日常を送っていた。


 彼の仕事は、大型魔動輸送艇の運転手だ。

 運転中、それなりに高出力の魔力を、常に一定出力で放出しなければならず、意外と運転難易度が高い。

 最近では、その辺りが自動化したタイプも出ているらしいが、まだまだ高価である事もあって、現場までは出回っていない。


 故に、大型魔動艇の運転免許は、地味に社会的な価値の高い免許となる。


 そして、だからこそ、この輸送業も、存外に高給取りの仕事であった。


 ソゴウにとっては、充分に己の自尊心を満たせるだけの地位と言えた。

 彼も、もう中年一歩手前という年齢だ。

 社会というものを知っているし、自分の能力の程というものもよく理解している。


 それが、決して高いものではない、と。


 だから、自分の才能で至れる最大レベルの地位にいると思えば、充分に満足できた。


 とはいえ、だからと言って、人生に何の不満も無いかと言えば、そんな事もない。


 大型魔動艇の運転手は希少な部類であり、常に不足しているのが現状だ。

 だから、彼も仕事漬けの毎日である事が、不満の一つ。

 せっかく高給取りなのに、それを活かす時間があまり無いのが残念極まりない。


 そして、同じ理由で出会いが無いというのも、不満となる。

 青年期も終わりに近付き、おっさんの仲間入りをしようとしている今、結婚を割りと真剣に考え始めていた。

 実際、実家の親からは遠回しにイイ人はいないのか、と催促されているし。

 とはいえ、この業界は女比率が低い上に、仕事漬けであるが故に、プライベートで出会いの場へと赴く時間もない。


 おかげで、女日照りな日常となっていた。


 そんな不満があったからだろう。

 つい、眼下を行く人影が目に入った。


 隣に、見た事もない怪物を従えている少女だ。

 まぁ、恐ろしい見た目だが、そんなのは珍しくもないのでスルーするとして、注目するのは少女の姿である。


 鮮烈な魔力の波動を感じた。

 これ程の魔力は、霊鬼種では中々無い。

 しかも、それでも抑えている気配があり、全解放すれば上位精霊や上位貴族の妖魔にも匹敵するかもしれない。


 この時点で相当に心惹かれる物があったが、更にその見目も整っている。

 まだ幼さがあるが、艶やかな黒髪や一目で分かる実用的な肉付きは、霊鬼種の価値観で言えば、充分に美少女であった。


 だからこそ、すれ違い様に見えた事実に、至極ガッカリした。


 角が、ない。


 つまり、人間種(ハゲ猿)のメスという事だ。


 あのような劣等種に一瞬でも心奪われるなど、どうやら疲れているらしい。

 ついでに、焦りも随分と溜まっていたようだ。


 なので、己の恥を隠すように、ソゴウは、少女の事と己の目の悪さを鼻で笑った。


 高速走行中の事だ。

 聞こえはしないだろうし、人間種如きの視力では見えないだろう。

 だから、これは、本当に自分の心を誤魔化し、納得させる為だけの、それだけの行為であった。


 それが原因となるなど、彼は思ってもみなかったのだ。

 この後に起こる大惨事のキッカケが、たったそれだけの事だったなどとは。


~~~~~~~~~~


 ソゴウが気を取り直し、一瞬の気の迷いなど忘れ去ろうとしていた頃に、後方からそれが聞こえてきた。


 聞いた事もない類いの音。

 強いて言えば、何らかの吹奏楽器だろうが、それにしては音程も何も無い。


 最初は気のせいかと思う程度の音量だったそれが、徐々に、しかし急速に大きくなり、遂には衝撃と思わんばかりの爆音となる。


「な、なんだぁ!? うるせぇ!!」


 声を張り上げるが、己の声でさえもよく聞こえない。

 ソゴウは、正体を確かめんと運転席から顔を出すと、外には奇妙な物体が並走していた。


 それは、二本の円筒とでも言えば良いだろうか。

 全体が完全に金属で出来ており、内部では何かが高速で回転しているようだ。

 それが爆音となり、ついでに推進力を生み出しているらしい。


 二本の円筒は、適当な鋼線で手綱のように結ばれており、その先は背後へと流れている。

 鋼線の繋がる先には、両手でそれを握る、ついさっき見たばかりの美少女(ハゲ猿)がいた。


 彼女は、金属の板に乗りながら、円筒に引っ張られる様にして地面を滑走している。


 唖然とする。

 いや、もう、本当に言葉が出ない。

 あの様な代物は見た事がないし、そもそもあれだけの推進力にただの腕力で繋がっていられる肉体も信じられない。

 しかも、それが自分たち霊鬼種のような肉体に優れた種族ならともかく、ハゲ猿のメスだというのだから、尚更だ。


 ソゴウが見ている事にすぐに気付いた少女は、彼に向かって歯を剥いた笑みを見せた。


 あの笑みは、よく知っている。

 笑みであって笑みではないそれは、霊鬼種の者なら、一度は見たことがある筈だ。


 なにせそれは、獣魔種の連中が不機嫌となった時に見せるそれと同じものなのだから。


「プギャーーーー!!!! お前ら程度が僕を見下そうなんて、一億万年早いんだよぉ!! 先に着いた方の勝ちだからなっ!!」


 爆音に負けない怒声が聞こえた。


 直後、魔力が炸裂した。


 大量の魔力が円筒に叩き込まれ、一層に内部の回転機構が速度を上げた。

 同時に、彼女の速度も一気に上がる。


 一瞬にして、追い越していく。


「なっ!? おい!!」


 あっさりと抜き去っていく奇妙喜天烈な姿に、ソゴウはどうすれば良いのか、一瞬、分からなかった。

 しかし、前方に位置するようになった少女が振り向き、馬鹿にしたように鼻で笑ってみせた事で、全ての迷いは消える。


 ハゲ猿に舐められて黙っていられるか。


 この一言だけが、彼の胸中を満たす。


「良いぜ。そっちがそのつもりなら、相手してやるよ……!」


 魔動機関に全力で魔力を叩き込む。


 一気に加速していく。

 それでも、所詮は輸送用の魔動艇だ。

 限界は知れており、あの少女の速度には及ばない。


 だが、どうやら向こうは制御が難しいらしく、時折、彼女は跳ねるように不自然な挙動をしており、大きく減速したり、遠回りをしている。


 そこにこそ、勝機がある。


 勤続十年。

 培った運転技術と毎日毎日飽きるほどに通ってきた地形は、最短距離とそこを通るだけの技量を保証する。


 ゴール地点を獣魔の国境都市の入出管理門と悟ったソゴウは、高く笑う。


「ハッ、ハハハッ! 負かしてやるぜ、ハゲ猿がッ!」


 自分もやはり霊鬼種だな、と、勝負によって闘争心に火が付いた彼は、頭の冷静な部分で思いながらも、そんな気分が心地好いと嗤うのだった。

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