平和的なマウント合戦
ワクチン三回目。
ふにゃふにゃしながら書いたので、ちょっとぶつ切り。
すまぬ。
人気がなく、時折、動物や魔物だけが顔を見せる長閑な道のりを歩いている内に、刹那と美影は細い街道へと辿り着いた。
簡素な道である。
幅は、精々で小型車が擦れ違える程度であり、大型車だとギリギリになってしまうだろう。
舗装はされておらず、剥き出しの地面が見えている。
轍の跡が残っており、忘れられた廃道ではなく、今でもちゃんと使われている道のようだ。
「…………これ、田舎道だったっけ?」
美影は、脳裏に地図を思い浮かべ、転移目標地点の座標と照らし合わせながら、そのみすぼらしさに眉を潜める。
「いや、大都市、とは言わないが、国境にあるそこそこの都市を結ぶ主要街道だね」
その筈である。
地球ならば、もっと立派な道となっている筈の場所だ。
獣魔種と霊鬼種は仲が悪いという話だが、今は冷戦に近い状態ながらも武力衝突はなく、それなりの関係を結んでいるという話だ。
人の行き来も充分に存在しており、この程度の街道で捌けるとはとても思えない。
「んー、文化圏が全然違う、と言ったらそれまでなんだけど、不思議なものだね」
「ふふっ、観光旅行は異なる風情を楽しむものだよ。
どうしてこうなっていふのか、考察しつつ進むのも一興というもの」
「まっ、そうだねー」
ともあれ、せっかく叡知の破片に辿り着いたのだから、道に沿って行く先を変える。
向かう方向は、獣魔種の国。
特に重大な理由はない。
単に、ファンタジーにありがちな獣人というものを見てみたい、と、それだけだ。
凸凹の多い荒れた道を歩いていると、背後から風を感じた。
振り返れば、霊鬼種の国側から、高速で向かってくる影かあった。
「あっ、あー! そういう事かー!」
それを見て、美影は納得の声を上げた。
道がろくに舗装されておらず、また非常に細い理由。
それは、ただの目印でしかないからだ。
空を飛ぶ魔法仕掛けの列車が、彼らを追い抜いていく。
統一された箱を幾つも連結させている辺り、輸送列車の一種なのだろうと分かる。
「魔法の絨毯のようだね。それよりは遥かに立派だろうが」
「んー、トラックとか電車よりは、エコっぽいね。馬力とか、どうなんだろ?」
空を飛ぶのだから、道の状態は気にしないという事なのだろう。
方向さえ分かれば、それで良いのだ。
ならば、轍の跡は何か、と思っていると、今度は正面から答えがやってくる。
馬車だ。
いや、人力で引いているので、人車と呼ぶべきなのだろうが。
美影と同じ、人間種の男たちが汗水滴しながら、大型車並みの木造車を引いている。
そう聞くとひ弱そうだが、魔力強化を身体に施している為、馬に引かせるよりはよほど強力そうだ。
普通の自動車程度の速度で擦れ違っていく。
「……機械文明が無いっていうから、マジなファンタジー世界を予想してたんだけど、案外、そうでもないかな?」
「少なくとも、物流という面ではそれ程に劣っているという事もないようだね」
それからも、何度も立派な魔法の絨毯や人力車と擦れ違いながら、二人はそう評する。
ナチュラルに生身の力が高い為に、機械に頼る必要がない。
だからこそ、発展がないだけなのだと理解する。
必要は発明の母、と言うのは、真理の言葉なのだなという実感が得られた。
異世界文明の一端を見られて、満足げに頷く二人だったが、やがて一つの事実に気づく。
「…………ねぇ、お兄。そういやさ、人力車を使ってるの、人間種しかいないよね?」
「ふむ、確かに」
先程から、何度も擦れ違ったり追い越されたりしているのだが、人力車に搭乗している者も引いている者も、人間種しかいなかった。
一方で、空を行く魔法絨毯式貨物列車は、獣魔種や霊鬼種が運転操作しており、人間種の人員は一人として見ない。
「あれ、燃費どうなのかな?」
「はてさて、私は魔力が感じられないからね。
愚妹の方が分かるのではないかな?」
「……うーん、僕は僕で基準値高いからねー」
超能力しか持たない刹那は論外として、魔王と称される程の魔力を持つ美影も、一般的な基準への理解が微妙だ。
擦れ違う度に肌で感じる魔力を見る限り、少しは多いかな、と思うが、それが標準的な魔術師レベルだとどの程度かと言うと、正直なところ、分からないとしか言えない。
彼女が自分で動かす分には、楽勝過ぎるし。
魔王連中なら、別に力を振り絞る必要もなく、鼻歌交じりにあれを動かせるだろう。
一方で、人力車の方は、と言えば、はっきりと木っ端魔力と断言できる。
というか、あの程度の重量と速度なら、美影であれば素の身体能力だけで余裕である。
一般人でも、瑞穂では義務教育の中で最低限の魔力の扱いを学ぶし、その範疇で運用可能なレベルだ。
素晴らしきかな、魔術先進国の教育。
「人間は地を這いずってろ、って事かな?」
そこに込められた意味を、悪意をもって美影が解釈する。
余所の人間の事だ。
どうでもいいと言えば、全くもってどうでもいい。
マウントの取り合いなど、社会性のある生き物ならば、大なり小なり何処でも起きている事なのだから。
しかし、である。
だからと言って、同じ人間種として低く見られるのは、美影のプライドが許さない。
完全な人の形すら取れない、ケダモノにトカゲ風情が、と内心に湧き出るものがあった。
そんな時の事である。
背後から、また一台の貨物列車が追い越していった。
瞬間、彼女の優れた動体視力は、確かに運転席に座る霊鬼の姿を捉えていた。
ゆっくりと地上を歩く自分たちを見て、鼻で笑う姿を。
「……………………ねぇ、お兄」
「何かね」
「なんか、良い感じのパーツとか持ってない?」
ただ暴力に訴えて張り倒す事は簡単な事だ。
しかし、それでは単なる蛮族である。
文化的で知的な〝人間〟として、平和的にマウントは取り返してやらねばならないのだ。
だから、叡知の結晶で、地球が育んだ科学の力でもって、馬鹿にしくさってくれたあの野郎を見返してやろうと美影は考えた。
そして、可愛い妹からの要求に、刹那は応えるだけの資材を持っている。
「ふむ。中々の出力をした電動エンジンならあるとも。
戦利品として回収していたのだが、《ルシフェル》の改造には使わなくてね」
言いながら、胸を大きく開いて体内からズルリと金属塊が取り出される。
二個も。
明らかに彼の体長よりも巨大だが、何処に入っていたのかと疑問に思ってはいけない。
刹那なのだから、いつもの事である。
彼の体液に濡れているが、充分に動く状態のそれに手を置いて、美影は笑みを浮かべた。
「良いね。ちょっとスピード勝負してくる」
「宇宙用だからね。事故には気を付けるのだよ」
「大丈夫。クラッシュしても、僕は壊れないから」
「ならば、良し」
二つの宇宙船用のバカ出力エンジンを並べ、適当な鋼線で結んだ美影は、自身の魔力を雷に変換して流す。
しっかりと反応して唸りを上げ始めたそれに、彼女は更に深く、満足げな笑みを見せる。
「貨物列車如きが。誰に喧嘩を売ったのか、分からせてやる」
笑みとは、本来、攻撃的なものらしい。
原始に立ち返ったような牙を剥いた笑みで、美影は爆音と共に発進した。