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援軍

《悲嘆》が人間大の泥人形を無数に作り出す。

 同時に、《虚栄》が幻覚によって、実態無き泥人形と己たちの姿を映し出した。


 俊哉は一瞬だけ眉を顰めるが、まるで気にせずに土と幻の軍団に飛び込んでいく。


 振るわれる刃は的確に実態のある泥人形を切り捨て、幻覚には一切見向きもしない。


「何故だ……!?」


 自分の術が完全に看破されている事に、《虚栄》が狼狽する。


 俊哉は風を流して、それで世界を見ているだけだ。

 美影によって一切の光無き空間で殴られ続けた事で編み出した、視覚に頼らない知覚方法である。


《虚栄》の幻覚は精巧だ。

 扱い切れていないとはいえ、流石は魔王クラスの魔力で作られただけはある。


 だが、それは視覚や聴覚に対してだけである。

 五感に依らない感知スキルを持つ者の前では、まるで意味をなさない。


(……堅いな)


 泥人形を斬る時、僅かだが引っかかりを感じる。


 動きも鋭く、練度の高い近接魔術師に匹敵する性能があるだろう。

 それが無数に連携しつつ襲い掛かってくる。


 明確な脅威である。


 感じる魔力の質は、最近、ずっと向けられ続けてきたもの。


 魔王クラス。


 そう呼ばれる者たちの魔力だと直感する。

 であるが故に、読み易い。


 恐怖を飼いならせ、と、美影には言われた。

 恐怖は危険に対する優秀なセンサーだと。


 魔王クラスの恐怖は、この身に刻み込まれた。

 それこそ、死ぬほどに。


 もはや考えるよりも早く、その魔力を感じただけで反射的に身体が動いてしまう。


(……感謝は、しておくか)


 美影との地獄の修行がなければ、碌に打ち合う事も出来ずに殺されていた事だろう。

 だが、彼女とのそれがあったからこそ、戦うどころか、殺す目すらもある。

 恐怖を覚えると共に、腹立たしい修行内容だったが、それでも本懐を果たせるのだから感謝はすべき事だと俊哉は思う。


「く、くくく、喰らうんだな……!」


 泥人形だけでは攻め切れないと感じた《悲嘆》が、人形を巻き込む巨大な岩を射出する。


 人形が邪魔で回避は間に合わない。

 風の刃だけでは巨岩を刻む事は出来ない。

 重過ぎて逸らす事も出来ないだろう。


 判断は即時だった。


「《天照》」


 右腕を構え、閃熱の一撃で迎撃する。


 一瞬で蒸散する巨岩。


 その影から、《虚栄》が現れる。


 不気味に脈打つ大鎌を振り被る。

 幾重にも映し出される虚像。


 どれが本物か分かっていても、《天照》の反動で咄嗟の回避は出来ない。

 俊哉は刀を立てて盾とする。


「……っ!」


 打ち付けられる大鎌に、俊哉は大きく押し込まれる。


 出力が違う。

 俊哉の魔力はBランクであり、現在の《嘆きの道化師》はSランク。

 手に入れたばかりでその出力に振り回されているとはいえ、基本性能が違い過ぎる。


 だが、耐えた。


 緻密な魔力配分によって、可能な限り力を流し、勢いを削ぎ落し、その場に留まった。


 しかし、それは悪手だ。

 一対一だったならともかく、現在は包囲網を築かれているのだから。


 特別に肥大化させた泥人形が、体を丸めて突撃してくる。


《虚栄》に押さえつけられている状態では、回避は出来ない。

《天照》も使用したばかりで排熱が追い付いていない。


 対処が、できない。


 激突する。


 咄嗟に右腕を盾にしたが、致命的な骨の折れる音があちこちから聞こえる。


 吹き飛ぶ。


 冗談の様に跳ね飛ばされた俊哉は、勢いよく壁に叩きつけられる。


「ちょ、調子に乗るから、そそ、そんな目に遭うんだな!」


 勝ち誇る様に《悲嘆》が言う。

 答えを期待しての言葉では、当然ない。

 だというのに、


「戦っているんだ。傷を負うのは当然だろうが」


 瓦礫を押しのけて、俊哉が出てくる。


 有り得ない、と、相対する二人は思う。

 手応えからして、間違いなく致命傷だった筈だ。

 特に右腕は、即座に治療しても後遺症が残るほどの傷となった筈だ。


 だというのに、俊哉は涼しい顔をしている。

 調子を確かめる様に、右腕を回し、まるで痛みを感じていない。


「なな、な、何で、何で動けるんだな……!?」

「何故?

 骨が繋がって血肉もある。動けない理由はねぇな」

「繋がってなんかない筈なんだな!」


 確かにへし折った筈だ。

 普通なら痛みにのたうち回ってもおかしくない。


 なのに、何故平然としている。


 そんな内心を抱えながら、泥人形を殺到させる。


「ほんっとに、美影さんには感謝だな」


 呟きながら俊哉は、最初に突撃してきた右側の人形の頭を、右の腕で掴んでそのまま握り潰す。

 その行為は、明らかに折れた腕で出来る事ではない。


 彼の右腕は折れていない訳ではない。

 確かに、先の一瞬で完膚なきまでに砕かれた。


 彼は命属性ではない。

 である以上、その場で治癒した訳でもない。


 答えは単純だ。


 砕けたとはいえ、そこに骨の材料はあるのだ。

 だから、元の形に溶接しただけの事だ。


 当然、正気の行いではない。

 骨折の痛みだけでも相当だというのに、そこに肉と骨が溶ける様な痛みが加わるのだ。

 それだけで失神、運が悪ければショック死してもおかしくはない。


 だが、俊哉にはそれができる。


 何故か。

 慣れているからだ。


 幾度となく美影にへし折られた。砕かれた。

 だが、それで止まってくれる彼女ではない。

 だからどうした、と。

 敵は止めを刺すまで止まってはくれないぞ、と。

 徹底的に追い詰めてきた。


 だから、命の限り戦える術を、意思を、磨き抜いた。

 それだけである。


「第二ラウンドだ」


 魔力を滾らせる。

 出来れば、直接、たたき斬ってやりたかったが、我儘を言って負けてしまっては元も子もない。


 なので、スタイルを変える。

 軍団相手には、《天照》の様な一点突破の大火力よりも、《カグツチ》の方が相性が良いだろう。


 風属性魔力で大気成分を調整。そこに火種をくべる。


 爆炎。


 可燃性ガスの充満した闘技場は、巨大な火柱に包まれる。


 風障壁によって熱波と衝撃を逸らすが、熱せられた大気は容赦なく俊哉の肺も焼いていく。


 火柱が消えれば、闘技場には二つしか影は存在しなかった。


 土壁によって動けない《淫蕩》を庇いつつ自らを守った《悲嘆》と、純粋な魔力強化によって耐えきった《虚栄》だけ。

 あれだけいた泥人形は全てが破壊されていた。


「ここ、これで勝ったつもりか……!?」


《悲嘆》が叫べば、その端から再び泥人形が生まれ出る。

 俊哉は右腕を掲げる。


「なら、端から焼いてやる」


 再度、点火される《カグツチ》。

《カグツチ》の利点は、連射が利く事と、何よりも魔力効率に優れている点だ。

 大気成分の調整という、通常の風属性魔術では行わない緻密な魔術行使能力が要求されるが、それを除けばBランクの魔力でも長続きする。


 巻き起こる爆炎の嵐。


 余波を防ぐだけの俊哉と、直撃を受け続ける《嘆きの道化師》たち。


「ぐ、がぁ……!!」


 我慢比べに耐えきれなくなった《虚栄》が突撃を敢行する。


 爆炎を押しのけて、俊哉へと肉薄する。

《虚栄》は先の様な幻影によるフェイントを行わない。

 全ての魔力を肉体強化に回す。

 どうせ見切られているのだ。

 ならば、純粋な出力で押し潰してやろうという心算だ。


 俊哉は、左腕の刀を刺突の形に構える。


《虚栄》は勝ちを確信する。

 先の一瞬で、己の方が出力で優っている事は証明済みだ。

 刺突を弾き飛ばし、返す刃で両断してやろう、と考える。


 刀と大鎌が交叉する。

《虚栄》の思惑通り、弾き飛ばされる俊哉の刃。


 だが、虚を突かれたのは《虚栄》の方だ。


 あまりにも、軽過ぎた。

 先の接触から考えても、もう少し重い筈だ。

 思っていた以上の軽さに、一瞬の空白が思考に生まれる。


 俊哉には、その一瞬で十分だった。

 彼の左腕が閃熱に包まれる。


《天照》の光だ。


 デバイスを用いずに、指向性を持たせて飛ばす事は出来ない。

 だが、手元に宿らせる事だけならできる。


 天を焦がす炎を宿した手刀が振るわれる。

 大鎌を一息に断ち切る。


「待っ……!?」


 それが断末魔となった。


《虚栄》の胸に手刀が突き刺さる。

 俊哉は、そのまま頭上に向けて腕を振り抜く。

 心臓と脳髄を破壊された《虚栄》は、力を失って崩れ落ちた。


 左腕の《天照》が消える。


 俊哉の左腕は、肘から先が蒸発して消えていた。


 だが、息をつく暇はない。


 一人倒した事で僅かに緩んだ俊哉。

 その右腕が、岩石に包まれた巨腕に捕らえられる。


《淫蕩》を分厚い土壁に隠し、自身も重厚な《岩鎧》に身を包みながら、地下を通ってきた《悲嘆》である。


《天照》にせよ、《カグツチ》にせよ、起点は右腕だ。

 そこを押さえれば、俊哉の選択肢は一気に狭まる。


「やや、やるんだな……!」


《悲嘆》が合図すれば、頭上を覆いつくす、大瀑布の水が生まれた。

 徐々に回復していた《淫蕩》が、力を振り絞って生成したのだろう。


 武器として振るう事は流石にできなかったようだが、Sランクの魔力を振り絞って作り出した水量は莫大の一言。


 それが落下するだけで必殺の威力を生み出す。


「つぶ、潰れるんだなッ!!」


《悲嘆》と《淫蕩》は、分厚い岩土に守られている。

 大瀑布にも耐えきれるだろう。


 故に、勝利に笑う。


「《天照》」


 俊哉は気にも留めず、右腕から閃熱を放った。

 勝利の確信を得たまま、半身を失って倒れる《悲嘆》。


 同時に、排熱が完全でなかった籠手は、熱に耐えきれず溶け落ちる。

 右腕は、形こそ残っているが、肌が焼け爛れていた。


(……まぁ良い)


 ちらりと頭上の大瀑布を見遣る。


 受ければ一溜りもないだろう。

 残存魔力を全て防御に回したとしても、焼け石に水だ。


 俊哉は《悲嘆》の通ってきた地下道に飛び込む。

 残った魔力で入り口を崩し、自身を風障壁で包み込む。


「さってと、耐えきれるかね」


 直後、瀑布が炸裂した。


~~~~~~~~~~


 崩れた土壁から、《淫蕩》が這い出す。

 身体は半分炭化したままだが、女神から貰った力が身体機能を補助しているおかげで、死ぬ事はない。


「み、みんな……」


 水が引いた闘技場の中に、仲間二人の姿を探す。

 目的のものは、すぐに見つかる。


 下半身しか残っていない《虚栄》。

 左半身だけの《悲嘆》。


 両方とも、瀑布に飲まれて、ぐちゃぐちゃだ。

 それでも、あるいは女神に貰った力が、今の自分と同じように生命を維持しているかもしれない。


 そんな一縷の望みをかけて、彼女は這いずる。


 その彼女の首を、焼け爛れた腕が掴んだ。


「う、ぐぅ……」


 地面から突き出したそれは、周りの土を崩しながら本体を地上へと引き出す。

 俊哉だ。


「残すは……お前だけだな」


 ぞっとするほど冷たい視線で《淫蕩》を射抜きながら、右手に力を籠める。


 損傷した腕では、一息に首を折る事は出来ない。

 それが逆に、じわりじわりと首を絞めていく結果となる。


《淫蕩》がもがく。

 だが、半身が炭化し、魔力も使い果たした彼女では、碌な力は出せない。

 命が尽きるのは、時間の問題だ。


 邪魔さえ入らなければ。


 魔力の揺らぎを感知する。


「チッ……!」


 危険に、手を放してその場から退避する。


 直後。


 魔力が肥大化し、空間が裂ける。

 現れたのは、五人の人間。


「……はぁー、おいおい。仲間のピンチに登場は、正義の味方がやる事だろうに」


 俊哉は呆れたように溜息を吐く。


 五人の正体、それは残りの《嘆きの道化師》の構成員である。

 おそらく、生前の《虚栄》が連絡していたのだろう。

 最前に立つ赤髪の巨躯――リーダーである《憤怒》が、怒りを込めた形相で俊哉を睨む。


「よくも、やってくれたな……!」

「それは俺の台詞だ、二年前からのな……!」


 事態は、次の局面を迎える。


今回も主人公は台詞無し……!

もう俊哉が主人公でも良い気がしてきましたね。

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