超光速跳躍
例のヘンテコタイトル。
「チートスキルを得られたので」ではなく「チートスキルを貰ったので」の方が他力本願感があってグッドなんじゃないかと思いました。
どうでもいいか。
ちなみに、筆者の学生時代の二つ名は「他力本願」でした。
テストの難易度にかかわらずに点数がほぼ一定なものだから、順位や偏差値が他人の成績に左右されるせいで付けられた異名です。
更にどうでもいいな。
「出航の時は来たッ!
いざ行かん! 宇宙の最果てへッ!」
マジノライン終式ブリッジにて、傷ついた触手怪人が高らかに宣言する。
おおよその造形は変わっていないのだが、全身が何故かズタボロだ。
蠢く触手の幾本かは無惨に千切れており、赤のみならず、青や黄と言った原色のままの体液で汚れていた。
そして、その源泉となる傷口は全身のあちこちに開いており、それらを応急的に塞ぐように安っぽい絆創膏が大量に貼り付けられていた。
既に終式から離脱している俊哉は、通信越しにその姿を見てコメントする。
『…………なんか、みすぼらしくなってない?』
「ふっ、少々白熱してしまってね。
賢姉様にお灸を据えられてしまったのだよ」
『あー……。納得した』
暇潰しに手に入れた戦利品で遊んでいたのだが、あまりにも楽し過ぎるあまりに、皆の準備が完了してもまだ熱中してしまっていたのだ。
当初の目的を完全に忘却して。
呼び掛ける程度では帰って来なかった為、よく響く撃鉄によって連打された結果、全身に穴が空くという有り様になったのだ。
尤も、命に別状はないが。
『…………すっっっっげー今更なんだけど、せっちゃんセンパイって、人間じゃないよな』
「なんと失敬な。
私の一体何処を見てその様な世迷い言を」
「弟君? 鏡が欲しいの? 見る?」
生態云々以前に、造形からして既に人間ではない。
「大丈夫だよ! お兄は立派な人間だよ!
だって僕と子供が作れるし!
さぁ、証明する為にレッツ子作り!
あいたっ!?」
常時ピンク色の脳みそをしている美影が頓珍漢な方向に繋げるが、美雲の撃鉄が火を吹いて黙らせた。
「全く、もう……」
困った弟と妹だと、姉は吐息する。
弟の方はちゃんとガードを解くので穴が空くが、妹の方はしっかりと反応してガードする為、見た目にはクリーンヒットで痛そうにしているが、血の一滴も流れないので徒労感がある。
尤も、弟の方も矢鱈と死ににくい生態だから、蜂の巣にした程度では、ノーダメージに近いのだが。
つまりは、両者ともにほとんど反省していないという事に他ならない。
ちょっと前まではまだ通用していたツッコミだが、去年に起きた鉄火場を潜り抜けた事で、彼らの成長が著しいのだ。
おかげで、有効な攻撃が少なくなっている。
(……本当にどうしたものかしらね)
下手すると、日常のツッコミの為だけにマジノラインを引っ張り出さなくてはならなくなるかもしれない。
冗談ではなく。
憂鬱な未来を思いながら、美雲は手を動かしてやるべき事を行う。
「航路設定、完了ー。
高重力圏に多重ブラックホール、空間擾乱も多数存在っと。
安全に行くからちょっと遠回りになるわよー」
「うむ、構わないよ。
私と怪猫だけならば構わず横断するのだが……」
「おい、我を巻き込むでないわ」
ノエリアの抗議は無視した。
「愛する姉妹を宇宙の塵にしてしまう訳にもいくまい。
安全運転を心掛けよう」
「宇宙の神秘は見てみたい気もするけどねー」
「宇宙旅行かね。
ふふっ、では今度の家族旅行はその方向で計画しようかな」
「わぁーい!」
喝采を上げながら、美影も仕事を完了させる。
「機関出力、オッケーだよ! いつでも行ける!」
「うむ、良し」
最後に刹那が終式の各部を動かすと、巨大なそれが変形していく。
円筒形だった形が、装甲板を組み換えて鋭角的な尖った物へと変わり、内部でも隔壁が閉じられていく。
恒星間航行用の特殊形態である。
対衝撃防御をこれでもかと注ぎ込んでおり、また多少の破損が起きても重要部位にまでダメージが通らない様になっている。
「では、行こうか。トッシー後輩君、地球の事は任せたよ」
『おう、任された。まぁ、こっちは気楽なもんだよ。大体は分かってる事だからな』
「よろしい」
簡潔に別れを告げて、彼は終式を出発させる。
「超光速跳躍、開始! 目標、惑星ノエリア!」
「まぁ、直には行けないけど」
「それは言ってはいけないよ、賢姉様」
出航した。
~~~~~~~~~~
マジノライン終式の巨体が稼働する。
スラスターから光を吐き出して加速を開始したそれは、衛星軌道から外れて外宇宙へと飛び立つ。
だが、月周回軌道に入る直前で、何かの壁にぶつかったように停止する。
故障ではない。
実際に、壁を突き破ろうとしているのだ。
終式の最先端部、その周辺の空間が歪んでいる。
あまりに巨大かつ強大な歪みは、肉眼でも目視できる程の歪みである。
渦を巻くように捻れる空間は、終式の出力に押されて、徐々に湾曲率を上げていく。
やがて、その湾曲が臨界を突破した。
現実空間が引き裂けると同時に、遮る物の無くなった終式は、最大出力でもって突入する。
僅か一瞬の内に引き裂けた空間の先、仮想亜空間の中へと。
~~~~~~~~~~
「亜空間深度1500。
速度、40万……50万……光速55万倍で安定」
ほぅ、と美雲は観測情報を報告しながら吐息する。
「ひとまずは成功みたいね」
「うむ、各部にも異常無し。
まぁ、少々装甲板が剥がれたが、内部構造にまでダメージが入る程ではない」
「機関部も問題ないよー。安定してるー」
超光速跳躍。
現実空間から仮想亜空間内に移動する事で、光速度限界を突破する恒星間航法である。
突入の際に、瞬間的に馬鹿げた出力を要求される上に、現状では危険も大きい為に、非常に硬い構造が必要となる。
また、仮想亜空間を捉えるだけのセンサーがいる他に、刻一刻と変わる内部空間に合わせて操船するだけの計算機と技量も必要となる代物だ。
ぶっちゃけて言えば、机上の空論だけの技術ではあったのだが、この度、刹那が終式に組み込んで実現する運びとなった。
今回の運用データを持ち帰れば、超光速跳躍はもっと身近な物へと変わる事だろう。
「第一目標地点は、天の川銀河系外縁部ね。
ひとまず、そこで一度ドライブアウトするわ」
「承知した」
「んあー。結構な長旅になるねー」
「…………」
惑星ノエリア到着までに、おおよそ三ヶ月程もかける予定となっている。
地球規模で考えれば随分とゆっくりとした長旅だが、宇宙規模で見ると相当に急ぎ足な行程である。
銀河系を跨いでの旅路を、一年とかけずに行うのだから、強行軍と言われても仕方が無い。
そんな予定を聞いて、ノエリアは首を傾げていた。
「……何故、直接転移せんのじゃ」
「愚かなり。所詮は畜生か」
口をついて出た疑問を耳聡く聞き付けた刹那が、一刀の下に切って捨てた。
ノエリアの額に青筋が浮かぶ。
「下手に転移してみたまえ。
貴様らに見つかってしまうだろうが。
終式の巨体では反応が大き過ぎるのだよ」
各艦、それぞれに600kmを超える巨体である。
二艦と連結部を含めれば、全長は1500km近くにもなる。
そんな物の転移となれば、どれだけ気を付けていても派手に空間湾曲の反応が撒き散らされてしまう。
当時のノエリアが地球人類を知覚していなかった以上、現地人――特に精霊種の者との下手な接触は控えなければならない為、その様な派手な登場は避けるしかない。
「加えて、これ程の大規模転移となれば、暫くはワームホールが残るだろう。
今はまだ、その時ではないのだよ」
地球圏直通の空間回廊は、まだ開くべき時ではない。
ギリギリのタイミングを見計らって、当時のノエリアの前にこれ見よがしに掲げねばならないのだ。
これもまた、事前に用意して見付かってしまうと歴史の変化する危険性が高い為に、避けねばならない要素と言えた。
以上の理由により、漂流する可能性を看過してでも、机上の空論な航法を引っ張り出してきたのである。
「まっ、安心したまえよ」
「……貴様を見ていると、安心できる要素がないのじゃが……」
無視した。
「最後には何とかなる。
なにせ、前の私たちは上手くやったのだからね」
彼らの知る歴史が、自分たちありきで遷移している以上、今度も何とかなるに決まっている。
「さっすが、お兄! 特に何の根拠もないのに自信満々だね!」
「……もうちょっと、慎重とかそういう言葉を覚えて欲しいんだけどね、巻き込まれる身としては」
「ふふふっ、そんなに褒めてくれるとは。もっと褒めてくれたまえ」
「褒めてないわ」
「僕は褒めてるよ!? お兄、カッコいぃー!」
「…………なんとも能天気な」
これから一つの星を滅ぼそうというのに、何処までも軽いノリをしている連中である。
滅ぼされた側であるノエリアとしては、せめて少しは重く考えて欲しいと嘆息せずにはいられなかった。
この作品、一応、異能バトル系のお話の筈なのに。
何でこんなSFみたいな設定を書いているのか。
主に自分のせいだけども。
・特に重要ではない舞台設定。
この時期の地球人類には、宇宙に進出する能力はほとんどありません。
大戦が始まった頃から中期くらいまでは、まだまだ余裕があり、技術競争の影響もあってスペースコロニーを造ったり、なんならば純粋科学のみで月面都市を造るくらいの技術と余力がありました。
しかし、戦争が進むにつれ、そうした余裕が吹き飛んでいき、またそうした技術を持つ人物や施設、資料さえも物理的に吹き飛ばしてしまいました。
なので、末期になった頃には、宇宙関連の技術は既にほとんどロストテクノロジーと化しております。
なんとか無人の人工衛星を飛ばしたり、それらを撃墜する攻撃を撃ち上げる、という事で精一杯となっていたのです。
という訳で、衛星軌道に出現した終式は、そこまでの脅威には晒されませんでした。