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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
246/417

先祖と末裔

おかしい。

自己紹介だけで一話が終わってしまった。

ボブは訝しんだ。

 時は遡り、第三次大戦末期。

 軌道衛星上に突如出現した巨大構造物へと、舞台は戻ってくる。


「さて、では作戦会議をしよう」


 触手怪人(せつな)が口火を切った。


 参加するメンバーは、六人。

 生首に触手を生やした刹那と、十字架に貼り付けられたままの俊哉。

 正座してお茶とお菓子を貪る雫と、彼女を餌付けする美雲。


 男衆が人間性を喪失しているが、彼らの中ではまぁまぁよくある事なので大した事ではない。

 気にしたら負けだ。


「うーい。来たよー」

「ほほぅ。これはまた、珍しいわいのぅ」


 入り口の隔壁を開いて、もう一組の男女が入ってくる。


 美影と御劔の二人だ。

 両者ともに全身が血に塗れたままだが、ちゃんと真っ当に人の形を保っている。

 半々であったこの場の正気度がプラス方向に傾いた。


「やぁ、愚妹よ。ご苦労だったね」

「ふっふっ、お兄に追いつく為には、過去の英雄くらい倒してみせないとね」


 得意気に胸を張る美影を労いながら、刹那はもう一人の老人へと目を向けた。


「ああ、ようこそ。御劔翁。我が城へ。歓迎しよう」

「……ふむ」


 筋骨隆々な老人――神裂御劔は、腕を組んで刹那を、人の生首を持った珍妙な生物を観察する。


 いかれた時代である。

 遺伝子操作された生物兵器も多々見てきたし、この手で屠った事も数えきれない程に多い。

 それらに比べれば、不可思議な造形をしているが、まぁまだ与し易そうな印象を受ける。


 見た目だけは、だが。


 彼は、傍らにいる末裔へと口を寄せて訊ねる。


「のぅ、我が末よ」

「なぁに、ご先祖?」

「あれは、何かいのぅ?」


 謎の触手生物を指差しながらの問い。


「あれ?」


 内容を理解した美影は、笑みを浮かべる。

 まるで自慢するような口調と表情で、隠すこと無く答える。


「あれは、僕の兄だよ!

 雷裂刹那!

 この僕に好きな時に好きなだけ種を蒔いて良い、ただ一人の男さ!」

「ふっ、偉大なる先祖には敬意を払わねばならないね」


 触手で髪をかき上げた刹那は、敬意の証として腕を広げて堂々と自己紹介を行う。

 傍目には、玉座の魔王もかくやという有り様だが。


「姓は雷裂! 名を刹那!

 母なる星の化身にして、新しい価値観に生きる者!

 最近のフェイバリット食料が愚妹の心臓(ハツ)というだけの、ごくごく一般的な大宇宙の支配者である!」

「…………一般的な大宇宙の支配者って何だ?」

「さあな、です」

「キャー! お兄、カッコいいー!」

「……全く」


 美影とそれ以外で反応が真っ二つに分かれる名乗りであった。

 その中で、御劔は顎髭をしごきながら、名乗りを噛み砕いて理解する。


 彼にとって重要な点は、その〝姓〟だけである。

 内容自体はどうでもいい。

 特殊性癖には理解がある方だ。


 神裂を名乗る事の方が、それだけが御劔の琴線に触れた。


「神裂を、名乗るか。しかし、我らの血筋ではないのぅ」


 異形であるから、というだけの理由ではない。

 それくらいならば、そういう進化の可能性を追い求めた一族がいたのだろうと納得できる。

 人の形に拘る程に狭量ではない。


 だが、何と言えば良いのか。

 ある種の勘でしかないのだが、彼からは自分達の同胞であるという感覚がまるで感じられないのだ。


 刹那に比べれば、隣で頭痛がするとばかりに眉間に皺を寄せている金髪の女性の方が、よほど神裂の血を感じられる。

 美影を見た後では、かなり薄く感じられてしまうが。


「ふっ、御老体にしては中々に勘が良いようだね。

 呆けている訳ではないらしい」

「死ぬまで現役じゃからのぅ」

「確かに、その通り。

 私は雷裂の血筋ではない。

 つまり、婿入り!

 俗世間的に言えば、貴方の娘さんは美味しく戴かせて貰う!

 という奴だね!」

「お兄! お兄! 遂に食べる気になったんだね!

 ちょっと服脱ぐから待ってて!」

「……最近はよく食べられてるじゃない。食欲的に」

「ぶー。性欲的に食べて欲しいんだもーん」

「……個性的な末裔じゃわいのぅ」


 今までは、もっと戦闘狂としての面が強かったのだが、と御劔は首を傾げた。

 何処の代から、この様なギャグ成分が盛大に盛り込まれたのか、と。

 その答えは一代前、つまり彼女たち姉妹の父親が決定的に歪ませたのだが、そんな残酷な事実を知る事は無いだろう。


 ともあれ。


「外の血を入れる、か……」

「おや、ご不満?」


 にこやかに、しかし喧嘩腰で、美影は言う。


 別に先祖の許可など必要ではないのだが、自分たちの関係にケチを付けるつもりなら、死なない程度にボコボコにするのも仕方がない。


 笑顔で拳を握る彼女に、しかし御劔は首を横に振った。


「いや、良い選択じゃと思ってのぅ」

「……へぇ?」

「見たところ、あやつは気血法に長けておるようじゃ。

 加えて、細胞も実に強靭と見える。

 うむ、我らの内に取り込むに申し分も無かろう。

 血を高める為には近親相姦もやむ無しとはいえ、それは滅亡への道ゆえな。

 外の血を取り込むのは適度に必要じゃ」


 濃すぎる血は、遺伝子障害を起こしてしまう危険が高まる。

 それは、神裂を古くから悩ませてきた問題だった。

 血と肉を進化させる為には、同じ位階に居る者たち同士で掛け合わせる方が効率的だが、既に進化の始まっている彼らでは、外部の者で釣り合う者がいないのだ。


 それ故に、どうしても近親相姦かそれに近い掛け合わせとなってしまうのだが、それだと遺伝子が劣化してしまう。

 次代へと繋げられない事は、彼らの目的に反する。


 だから、血が薄まって、進化の段階としては後退する事を看過してでも、彼らは外部の血を定期的に取り込んできたのだ。


 とはいえ、出来る限り優良な血を望みたいが故に、厳選に厳選を重ねてしまうので、中々に嫁入り婿入りが認められる相手も少ないのだが。


 その点において、刹那は文句無しの合格点であった。

 神裂の秘技である気血法(超能力)を、己だけでなく、末裔たる美影よりも更に高度に磨き上げている様が一目で分かる程であり、更には肉体細胞も人間とは思えない程に活性化しているようなのだから。

 むしろ、一族の中からでも、これ以上の相手は望めないと言える。


 深く頷き、御劔は美影の肩に手を置いて断言する。


「良き男を見付けたのぅ。

 相手がいないようであれば、儂の子種で孕ませてやる所であったが、あれならば文句はない。

 一人二人と言わず、子袋が腐り落ちるまで何人でも産むが良いぞ」

「当然だね!

 幾らでも産むから安心しとけ、ご先祖!

 お兄の子なら秒間百発の勢いで産み育てちゃうんだからね!」

「ふっ、話が分かるではないか、翁よ。

 安心したまえ。

 時が来れば、我が(つがい)としてこれでもかと(あい)し抜くと誓うとも」

「ほっほっほっ、頼もしいことじゃわいのぅ!

 我が神裂も安泰じゃわい!

 惜しむらくは、貴様らの子が見られぬ事かの」


 なんだか認められたらしい。

 あのような触手怪人に末裔の娘を任せるとは正気の沙汰ではないが、深く拘らない性質なのはこの時代からの伝統のようだ。


「…………はぁ」


 その様子に、憂鬱そうに吐息する美雲。

 彼女の存在に目を止めた御劔は、素性について訊ねた。


「……そこの娘も、我が血族かいのぅ?」

「うん、僕の姉。お姉ちゃん」

「我が愛を愚妹と二分する賢姉様である。

 さぁ、賢姉様。

 ご先祖に自らの威光を知らしめて差し上げるのだ」

「……あの流れで自己紹介するの?」


 弟と妹がやったのと同じ感じでやれ、という同調圧力をなんとなく読み取った美雲は、仕方ないと思いながらも名乗りを上げた。

 この細かい所には拘らない所は、やはり血筋なのだろうか。


「えー、姓は雷裂。名は美雲。

 馬鹿な妹と、アホな弟の姉をしています。

 最近の悩みは、性欲と食欲を一緒くたにする事を覚えた子達をどうやって張り倒すか、という事だけのごく普通の常識人です」

「お姉お姉、ツッコミが銃撃なのは常識じゃないと思うよ?」

「えっ? だって、私の細腕じゃあ有効打にならないじゃない?」

「…………なぁ、雫ちゃん。普通人は、ツッコミに威力なんて求めないよな?」

「トシ、うちを巻き込むんじゃねぇぞ、です。

 雷裂のノリに関わると碌な事にならねぇじゃねぇか、です」


 外野の言葉はともかくとして、御劔は目を細めながら美雲を見定める。


 美影が姉と呼び、そして〝御〟を戴いている事からも、神裂の本流なのだと分かる。


 しかし、完成度としては、いまいちだ。

 美影の姉なのだから、才気はある程度はあると思われるが、如何せん体捌きが錆び付いた様にぎこちない。

 これは、才が無いのではなく、単なる修行不足であると看破した。


 つまり、美雲には、神裂としての意思と自覚が足りていない。

 異物と言える。


 突然変異が無くば進化は起きない。

 なので、そういう者が産まれる事自体は認める所だが、それが中枢に食い込んだままだというのは、見て見ぬ振りには出来なかった。


 思わず、排除すべきと身体に力が入る。


 瞬間。


「……ぬっ」


 絶大なる威圧が二方向から押し寄せて、彼を脅しつけた。


 古強者として、幾多の死線をも乗り越えてきた御劔をして、逃れえぬ死を幻視する程の絶対的な威圧である。


 出所は、美雲ではない。

 彼女はこちらの戦意に気付いてさえいないのか、まるで気に留めた様子もなく湯呑みを傾けていた。


 威圧感の正体は、美影と刹那の二人である。

 それまでの和気藹々とした雰囲気は消し飛んでおり、指一本でも動かそうとものなら、容赦も慈悲もなくぶち殺す、と言わんばかりの圧力が彼らから放たれていた。


(……成程、のぅ)


 御劔は、納得する。


 美雲は、潤滑剤であり楔なのだと。

 彼らを人として繋ぎ止め、人として生かす為に必要な存在なのだと。


 必然が生んだ怪物と、偶然が生んだ至宝。

 彼らは、楔が無くば、何処までも走り抜けてしまう。

 お互いがお互いを刺激し、何処までも何処までも進化の段階を駆け上がるだろう。

 その先に何があるのか、誰にも分からない。

 あるいは、誰も望まぬ破滅が待つやもしれない。

 だから、せめて目に見える速度の中に収まるように、誰かが手綱を握っておく必要がある。


 それが、美雲の役目なのだと理解し、納得した。


 この二人の才気は、美雲を好いている。

 だから、彼女を置いてけぼりにするような事はしない。

 故に、楔足り得る。


(……うむ、絶妙なバランスのようじゃわいのぅ)


 三人の関係性に頷いた御劔は、戦意を解き、両手を挙げる。


「すまぬすまぬ。

 ちょっとした勘違いじゃわいのぅ。

 許しておくれ」

「そうかね? まぁ、未遂ゆえに寛大な心で許してやろうとも」

「ご先祖様? 僕たちは心が広い方だけどね? でも、許せない逆鱗ってのもあるんだからね?」

「うむ、肝に銘じておこうぞ」


 一瞬にして緊迫した空気が、また一瞬にして氷解した。

 おおよその素性明かしも終えた事で、刹那は改めて役者たちに向けて宣言した。


「では、今度こそ終戦工作会議を始めようではないか。

 皆で仲良く、ね?」


 世界を意のままに動かそうという、悪の秘密会議が始まった。

そういえば、第二回登場人物紹介に入れてなかった奴の紹介をば。

そちらにも差し込んでおきます。



 雷裂御風 魔力属性:雷 魔力量:Aランク 超能力:未来視

 美影と美雲の父親であり、現雷裂家の当主。そして、現在の雷裂家の気風を決定付けた全ての元凶でもある。

 雷裂家は、その由来上、完全なる武闘派の集まりであった。それは、御風も変わらず、彼も若い頃は自らを高める事にしか興味の無い武人だった。

 しかし、当時に行った、「世界喧嘩旅行~俺より強い奴に会いに行く~」の最中に、幻属性使いのヤベー奴とかち合った事が運の尽きである。

 精神に〝シリアスを保てなくなる〟というふざけた呪いを仕掛けられた結果、シリアスは3分が限界という謎過ぎる人格へと変貌してしまった。ちなみに、3分を越えるともれなく暴走し、修理には約3ヶ月を必要とするとか。更に付け加えれば、その時に入院した精神病院にて、瑠奈との邂逅を果たし、人格が変貌した事もあって一族の反発を押し退けて彼女とゴールインした。もしも性格が変わっていなかったら、生物的な性能に劣る瑠奈とは、間違っても結婚する事はなかっただろう。たとえ、恋愛感情として惹かれたとしても。

 中々に劇的な奇跡の果てに姉妹は生まれたと言える。

 筋肉達磨な力自慢なのだが、美影にあっさりと追い抜かれてしまった事にショックを受けてしまう。

 その為に、娘に挑んで返り討ちにあっては、当主の座と仕事を投げ捨てて、泣きながら武者修行の旅に出るという事を繰り返している。

 最近は、やられ過ぎてもう正々堂々とかどうでも良いから兎に角勝ちたい、と、邪道外道と言われるような戦法も多く取り入れて勝ちを目指している。

 まぁ、美影は構わずフルボッコにして泣かせているのだが。

 中華連邦の王芳とは、昔は良き喧嘩友達だったのだが、現在は疎遠というかうざがられている。だって、言動がムカつくんだもの。




設定考えるのって、楽しいですよね。

物語作りの中で一番楽しい瞬間かもしれない。

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