表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
七章:破滅神話 前編
245/417

プロローグ:邪悪との契約

本日二話目。


未読の方は、前話からどうぞ。

「……っ!?」


 目を覚ませば、暗黒の天井が見えた。


 死の具現化。

 人間種だけではない、数多の種族の骸骨を、ミイラを、遺骸を、苦痛と怨嗟で押し固めたかのような、そんな天井だ。


 不気味、どころではない。

 本能的な恐怖感がこみ上げるほどだ。


 周囲を見回せば、それが天井だけではない事が見て取れる。

 壁、床、己が寝かされている寝台ですらも、全てが同じ材質によって同じ意匠で形作られていた。


「やぁやぁ、目が覚めたみたいだね!」


 恐怖と不安に慄いていた彼に、場違いに明るい声がかけられた。


 そちらを向けば、小さな少女がいる。


 年齢は、十を超えたくらいだろうか。

 墨を垂らしたような黒髪を持ち、華やかな飾り紐で後頭部に結い上げてショートポニーにしている。

 華奢な矮躯をしており、年齢相応に女性的な凹凸は少ない。

 それを、霊鬼種の伝統衣装らしい、前袷の装束で包み込んでいた。

 上衣は漆黒の色に染め上げられ、下半身は足元まで届く深紅の袴だ。

 顔立ちは可愛らしく、将来は男を泣かせる傾国の美女へと成長するだろう。

 悪戯っ子の様な愉悦の表情をしているが、吸い込まれてしまいそうな黒玉の瞳は、何処か不安を感じさせるほどに冷たい。


 見覚えは、ある。

 意識を失う寸前に見た少女だ。

 何かを言われた気もするが、詳しくは覚えていない。

 思い出そうとすると、何故か耳の奥が痛んだ。


 ギリムは、顔を顰めて耳を押さえながら、彼女に問いを返す。


「き、君は? ここは、何処?」

「んっふふ~、まぁ気になっちゃうよね? じゃあ、順番に」


 黒の少女は、自らの胸に手を当てて、堂々と名乗りを上げる。


「僕の名前は、トクメイ=キボウ! 邪神様に仕える、忠実なる神官だよ!」


 トクメイ=キボウと名乗った少女。

 そこには、信じられない様な単語が混じっていた。


 邪神。

 神話やお伽噺になら登場する事もあるが、今の時代に現実として語られる事などない言葉である。


「じゃ、邪神って……ここは、まさか邪神の?」

「そうだよ? 意外と脳ミソ働いてるね?

 答えは、YES!

 ここは、あの忌々しいクソ百足、フリーレンアハトに封じられていた、本物の邪神殿なのさ!」


 信じられないような話だが、ここまで邪悪を煮詰めたような部屋を見るだけで、信憑性を帯びてしまう。

 少なくとも、ここにいる者は、目の前のトクメイ=キボウを含めて、まともな精神性はしていない事は間違いない。


「ぼ、僕を、どうする……つもりだ?」


 腰が引け、後退りしながらも、必死に魔力を高めて威嚇する。

 思い通りにはならないぞ、と。


「んふふ~」


 しかし、トクメイ=キボウは動じない。

 楽し気な表情を崩す事も無く、魔力を高めて臨戦態勢となる事さえしない。


 彼女は、見下すように言う。


「どうしてほしい? ねぇ、禿猿」


 安い挑発。

 嫌という程に聞き慣れた侮蔑の言葉。


 だが、それは、ギリムの心を大きく揺さぶった。


 信じていた仲間たちからの、手酷い裏切りの記憶が脳裏を過る。


 瞬間。

 沸騰した彼は、トクメイ=キボウへと殴りかかっていた。


「馬鹿にッ! するなぁ!」


 渾身の魔力を籠めた、彼に出来る最大の攻撃だった。


 だが、


「弱いねぇ~」


 パシリ、と冗談のように軽い動作で、華奢な彼女に受け止められてしまった。


「ほい」


 そのまま体勢を捻られ、組み伏せられてしまう。


「な、ぁ……?」


 信じられない。

 この人間種の少女は、魔力を使ってすらいないのだ。

 だというのに、仮にも魔力を使用しているギリムを、容易く封じてしまっていた。


「どうするつもり? 逆に聞こうか。どうして欲しい?」


 耳元で、悪魔の様な囁きが聞こえた。


 怖い、恐ろしい。


 そんな気持ちに身体が硬直した彼だが、トクメイ=キボウはそれ以上の暴力は行わず、ギリムの上から退去した。


 彼女は、部屋の出口へと歩み寄ると、その扉を押し開けて道を譲りながら、芝居がかった態度で言う。


「さぁ、邪神様が、貴方をお待ちです」


~~~~~~~~~~


 玉座の間。

 あるいは、謁見の間だろうか。


 構造としては、そういう場所なのだろうが、ギリムが知るそれとは大きく内装が異なっていた。


 肉と骨。


 憎悪と怨嗟に染まった死骸の材質に上に、剥き出しの肉が敷き詰められている。

 ドクン、ドクン、と不気味に脈を打ち、何処かから呼吸するような音が聞こえた。

 足を踏み出せば、生々しい感触に歪み、粘着質な液体が噴き出す。


 (おぞ)ましい。


 トクメイ=キボウがヒョイヒョイと進むので、それに着いていくしかないのだが、正直なところ、今すぐにでも逃げ出したい。


 勇気を振り絞って歩を進めれば、最奥の玉座の前にまでやってくる。


 化け物がいる。

 無数の死体を繋ぎ合わせた異形の怪物。

 死骸の隙間からは細い触手が這い出しており、死骸を接着する役目を果たしているようだ。

 中心部には、血の色をした深紅の宝玉が不気味に輝いており、それが中心核なのだろうと思わせる。


 それは、明らかなる邪悪の化身である。

 見れば分かる。

 分からない者は医者にかかった方が良いだろう。


 トクメイ=キボウは、恐れる事無く壇上へと上がり、邪悪へとしなだれかかった。


「邪神様、連れて参りました」


 告げれば、彼女へと触手が伸ばされる。


 おそらくは褒めているのだろう。

 細い触手は、トクメイ=キボウの矮躯に絡みつき、白い肌に粘液を塗りたくりながら、その衣服の中にまで侵入した。


「あはっ♪」


 淫蕩の表情を浮かべながら、喜の声を上げるトクメイ=キボウ。

 その姿は淫靡そのものであり、ギリムは思わず唾を飲み下す。


【――――力無き者よ】


 そんな彼の頭の中に、声が直接に響く。

 ガラスをひっかくような、耳障りな不快感が混じったそれに、ギリムはほぼ反射的に視線を邪神へと向けた。


【――――力を、望むか】


 悪魔の、甘い囁き。


【――――憎き者への復讐を。――――醜き世界の破壊を。――――汝は望むか】


 心が揺さぶられる。

 響く声は、彼の記憶を呼び覚ます。


 信頼を裏切った者たちの嘲笑が、己を蔑み見下す世界の構造が、ギリムの心を黒く黒く染め上げていく。


【――――力が欲しいか】


 欲しいに決まってる。

 それがあれば、こんな惨めな思いをせずに済んだ。


【――――称賛が欲しいか】


 欲しいに決まってる。

 それがあれば、自分を認める事が出来た。


【――――愛が、欲しいか】

「あっ、ぅん……」


 欲しいに、決まっている。

 ギリムは、悶えるトクメイ=キボウを見つめながら、望んだ。


 美しい女を組み伏せ、自らの思うがままに蹂躙したいと、そんなどす黒い願いを、強く、強く、想った。


【――――ならば、我が力を受け取るが良い】


 全てが望みのままに叶えられるならば。


【――――さすれば、世界の全てを手に入れられるであろう】


 ギリムは、悪魔の、邪神の手を取る事に躊躇いはなかった。


【――――我は邪神。邪神ぶらっくかーてんなり。

 ――――汝が信仰を捧げる限り、我が混沌と破壊の力を授けようぞ】


 邪悪なる契約が、結ばれた。


舞台裏の観客

狼男「うっそだろぉ!? あんな胡散臭ぇ奴の手を取りやがったぞぉ! あの野郎、絶対に詐欺に騙される類だろぉ!」

鬼娘「っていうかー、いままさにだまされてるさいちゅうだけどねー。せかいてきに、やばいれべるのさぎなのにさー。きもいわー」

賢姉「心を弱った所につけ込む。それが基本なら、当然、心を弱らせてからやるに決まってるわよね」

二人「「悪魔か、あんたら」」




よっしゃ!

これでプロローグは終わりじゃ!


次からは、前章の続き……のつもりです。

ここに至るまでに何があったのかをお送りいたします予定です。


ちなみに、邪神せっちゃんの造形イメージは、ブラッドボーンの「再誕者」です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] メッッチャ面白い!続き気になるー
2022/03/16 22:43 退会済み
管理
[一言] 舞台裏楽しそうw 最後にネタばらし喰らうより序盤で舞台裏行きになった方が楽しそうw
[一言] ……って『邪神様』ってやっぱりせっちゃんかーいっ! 流石に再誕者だとちょいと蕩けすぎでは?ヤツ並みにゲロぶちまけるのなら納得ですけど(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ