太陽の一撃
令和になりましたね。
新しい時代もよろしくお願いします。
「ふはははっ、対応が速いのぅ。開会に乱入して度肝を抜いてやろうと思っておったのじゃがな」
アナウンスを聞き、人々が動き出す様を眺めながら、呵々と笑う。
「では、こちらも少し手を速めてみせようぞ。さぁ、どうする?」
~~~~~~~~~~
闘技場控室で、俊哉は静かに瞑想していた。
これから行われる大会に意識を集中している訳ではない。
「…………ふぅ」
深く息を吐き出し、伏せていた目を開ける。
その瞳に映るのは、僅か数枚の紙束。
〝《嘆きの道化師》調査書〟。
と、味気ないフォントで表面には書かれている。
昨晩、刹那から渡された物だ。
中身は、その名の通り、《嘆きの道化師》がこれまでに歩んできた一生の記録だ。
彼らが非人道的な魔術実験の被害者だった事やその復讐の為に魔術世界に喧嘩を売っている事など。
刹那が何故、こんな物を渡してきたのか、理由は分かる。
全てを知って、その上で行動を決めろ、という事だろう。
読んだ感想は、だからどうした、という物だった。
成程、悲惨な人生を歩んできたのだな、同情の余地があるな、とは思う。
だが、俊哉の実家、風雲家やその上である風祭家、あるいは日本魔術界そのものは、《嘆きの道化師》を弄んだ魔術実験とは一切関わりがない。
同じ魔術師である、というだけで一括りにされて勝手な恨みをぶつけられても迷惑以外の何物でもない。
だから、俊哉の憎悪に迷いは生まれなかった。
そんな八つ当たりで殺されたのか、と思えばむしろ恨みが深くなるという物だ。
ただ、一つ。
このタイミングでこれを渡してきた、という事が気にかかった。
それが意味する所は、待ち望んでいたその時がすぐそこに迫っている、という事を示している。
それが故の、集中だ。
直近の大イベントは、この新人戦だ。
天帝や合衆国大統領まで観戦するという豪華さだ。
魔術界への復讐をするなら、彼らを逃す事はないだろう。
暫くして。
そろそろ開会式が行われようという時間に、それは来た。
【高等部生徒会より、緊急のお知らせです。
高天原にて拘束されている《嘆きの道化師》構成員三名の脱獄が確認されました。
現在、三名は破壊活動を繰り返しながら、高天原表層区画へと侵攻中です。
一般の皆様は、誘導に従い、落ち着いて避難してください。
警備の皆様は、誘導に従い、慌てずに配置についてください。
高等部生徒会長、雷裂 美雲がお知らせしました】
「……やっとだな」
二年と数か月。
この時を待ち望んでいた。
腹の底で渦巻いていた黒い感情が、首をもたげる。
「…………生徒会長、流石にこれは緊張感が無さ過ぎるわ」
俊哉は、つい苦笑を漏らしてしまう。
彼の視界には、まるで仮想ディスプレイの様な表示がされていた。
おそらくは幻属性魔力による幻覚の一種だろう。
それを利用して、人々を一斉に誘導しているのだと思われる。
だが、その案内役がデフォルメされた美雲生徒会長なのだ。
小さく可愛らしい彼女が、あっちに行けー、と言っている姿は、今が非常事態なのだという事を忘れさせてしまう。
脱力してしまいそうになる気力に鞭を打って、誘導に従って控室を出る。
指し示す先は、避難シェルターではない。
闘技場へと導いている。
向かっていると、重い振動が伝わってくる。
もう事は始まっているらしい。
自身のデバイスに手をかけ、展開する。
左手には、愛用している打刀型を。
右手には、新しく用意した籠手型を。
長い廊下を抜けて、光の下に出る。
そこには、
「でっか……」
全長百メートルはあろうかという巨大な泥人形が起立していた。
~~~~~~~~~~
時は少し遡る。
表層区画にいる数万単位の人間を一挙に誘導していた美雲は、僅かに焦りを覚える。
「お姉?」
気付いた美影が首を傾げて問う。
「敵の進行速度が上がりました。
目標地点は……おそらくここでしょう。
完全な避難は間に合いません」
まだ避難誘導は始まったばかりだ。
混乱を防ぐ為にゆっくりとした移動が仇になった形だ。
このままでは、幾らかの一般人が巻き込まれてしまうだろう。
「仕方ないでありますな。
では、自分が少しばかり手を貸すであります」
「お願いします、ナナシ様」
ナナシの魔力が高まる。
美雲のそれを遥かに超える、魔王の幻覚が高天原を覆う。
出現するのは、平時と何ら変わりない高天原の姿。
道行く人々は楽し気に言葉を交わし、ビルの中には仕事に励む姿が垣間見られる。
目の前の闘技場ではこれからのイベントに興奮する観衆たち、そして試合に臨む代表選手たちが整列する開会式が行われている。
「こんな物でありますかな」
これの凄い事は、現在、避難中の一般人や警戒に向かっている警備の者たちには、一切見えていない事だ。
《サウザンドアイズ》によって魔力走査もしている美雲には、うっすらと見えてはいるものの、その他の者には何が起こっているのかすら分からないだろう。
「お見事です」
一言、告げる。
根本的な解決にはならないが、時間稼ぎくらいにはなるだろう。
その間に、避難を完了させてしまえば良い。
やがて七割がたの避難を終えたところで、遂に《嘆きの道化師》が会場へと辿り着いた。
中心部が吹き飛ぶ闘技場。
まだ残っていた観客の一部が、事態に悲鳴を上げる。
粉塵と共に姿を現したのは、百メートルを超える巨大な泥人形。
おそらくは《悲嘆》の土人形が元なのだろうが、今までは人間より一回り大きい程度が限界だった。
魔王化した事で術式が巨大化しているのだろう。
「サバキ ノ トキハ キタ!!
イマコソ ジャアクニ トリツカレタ ケンリョクシャニ テッツイヲ クダシテクレル!!!!」
発声器官がないのに、無理矢理、泥巨人に喋らせている所為だろう。
声こそ大きく威圧感はあるが、非常に聞き取りづらい。
「……状況から考えるに、あれ、オレたちに向けて言ってんだよなぁ、おい」
「おそらくは、そうではないでしょうか」
天帝と大統領が危機感の欠片もない、呑気な調子で言葉を交わす。
この闘技場で最も権力を持つ者は、と言えば、間違いなくこの二人である。
故に、先の言葉はきっと二人に対して放たれたものだと思われる。
何故、断言できないのか、と言えば、泥巨人が全く別の方向を向いているからだ。
そちらには無人の観客席しかなく、貴賓席からは遠く離れている。
「ナナシ、お前の仕業か?」
真龍斎が問えば、彼女は薄い笑みを浮かべる。
「滑稽でありましょう?
道化を名乗っているのでありますから、これくらいの面白さがなくては名前負けという物でありますからな」
彼らには、そちらに貴賓席がある様に見えているのだ。
「さて、どうする? どうすんだよ、おい」
「そうですね。五郎さん、ナナシさん、やりますか?」
「私はデカ物の相手は不得手なのですが……」
「自分も対人戦専門であります」
《六天魔軍》の二人は、即座に辞退を申し出る。
それに呆れるのは、スティーヴン大統領だ。
「何でこの国の魔王クラスはそうなんだよ、おい!
魔王クラスっつったら、普通は大規模魔術での広域殲滅が華だろうが!」
「お国柄、という物ですかね」
在任中の《六天魔軍》五人の内、三人までが対人戦特化であり、魔王クラスにはあるまじき地味さをしている。
それはそれで非常に強力なのだが、目の前の泥巨人の様な大物相手では、些か相性が悪いと言わざるを得ない。
「じゃあ、そっちの雷娘はどうだよ、おい。
テメェは大規模殲滅得意だろうが」
「あっ、僕?」
話を振られた美影は、泥巨人を見る。
首を傾げ、
「あれ、サンダーボール一発で壊れそう……」
「初級魔術じゃねぇか、おい」
「って訳で、興味ないね。《ゾディアック》の二人でやれば?」
お鉢の回ってきた《ゾディアック》組も、やはりやる気の無さそうな空気を漂わせている。
「……命令とあらばやりますが」
「でかく膨れ上がっただけだな、ありゃ。
魔力に振り回されて中身が詰まってない。
あれなら、Aランクでも数人いりゃ倒せるだろ」
言っている間にも、泥巨人はその巨大な拳を振り上げて、無人の観客席を破壊している。
その巨大さと質量はかなりの物だ。
人的被害は出ないが、物的損害は頭を抱えたくなるものである。
「フハハハハッ オロカナモノタチメ ワレラノ イカリヲ オモイシレ!!」
完全に貴賓席(偽)を破壊して良い気になった《悲嘆》は、更に魔力を放出する。
それは徐々に形を成し、高天原のあちらこちらに小柄な、それでも十メートル程度はある泥人形たちを作り出す。
どうやら無差別に破壊行動に出ようという事らしい。
「魔力の放出も遅く、魔術の構成も稚拙。
雑魚でありますな」
「言ってやるな。Sランクの魔力を得たばかりなのだ。
お前にもそういう時期はあっただろう」
「もう覚えていないであります」
悠長に話しているが、被害は徐々に広がっている。
そろそろ真面目に相手してやるべきか、と考え始めたところで、
「おや、立候補者がいるようですね」
天帝が呟いた直後、泥巨人は閃光に呑まれて半身を失った。
~~~~~~~~~~
俊哉は、掲げた右腕を下ろす。
籠手は、一部が赤熱化しており、排熱の煙を吐き出している。
「《天照》はやっぱ負担でけぇな。連発は難しいか」
俊哉の超能力は、炎熱。パイロキネシスと呼ばれる種別の能力だ。
しかし、命懸けという諸刃の剣を用いたとはいえ、まだそれを得て一か月程度。
その熱量は未だ低く、実戦に使うには今一歩物足りない火力だ。
だが、幸いな事に彼は風属性の魔力を持っている。
それを利用して、可燃性ガスを精製し、炎の中に送り込む事で高熱、プラズマ化させる事に成功した。
それが、超能力魔力混合術式《天照》の正体である。
刹那に頼んで用意してもらった籠手型デバイスは、未だ手元で爆発させる事しかできない《天照》を制御し、指向性を持たせて放出する事に特化したものだ。
これのおかげで自爆せずに済むのだが、熱量が高過ぎて連発は出来ないらしい。
改良の余地あり、と心に留めながら、崩れ落ちる泥巨人を見つめる。
「なんだ、中にいたのか。一緒に消滅してなくて良かったよ」
転がり出てきたのは、三人の人影。
《悲嘆》《虚栄》《淫蕩》の三人だ。
どうやら、水属性魔力を持つ《淫蕩》が庇ったようで、彼女は半身が炭化しており、今にも死にそうな有様だ。
しかし、残る二人に《天照》による目立った傷はなく、全身血塗れの異様な姿を除けば、行動に問題は見られない。
良かった、と俊哉は素直に思う。
別に苦しんで死ね、とは言わない。
だが、殺した実感も無く死んでしまわれては、自分の憎悪は不完全燃焼に終わるだろう。
だから、きちんと目の前で分かり易く死んで貰わないといけないのだ。
「お、おおおお前! よく、よくも仲間をッ……!」
今の一撃が俊哉から放たれたものだと気付いたのだろう。
残る二人が憤怒の感情と共に、魔力を高める。
俊哉は、それを受けて、凶悪に顔を歪めた。
「悪党風情がッ!! 友情ごっことかしてんじゃねぇ……!!!!」
右手に炎を。左手に風を纏って。
俊哉は跳びかかっていった。
完全にトッシーが主人公……。
ま、まぁ、まだ前半戦ですし?




