エピローグ:嘘から出た真
ええ、エピローグなんです。
今章はこれで区切ろうかと。
実質、次章に繋がるプロローグみたいなもんだし。
本題は一応次です。
「ふむ。まぁ、順当な結果ではあるが、御剣翁があれ程に食い下がるとはね。
流石は噂に名高き、と言った所かな」
「……いやー、そうだよなー。色々と勉強になったわ。真似は出来そうにないけど」
マジノライン終式のブリッジにて、刹那と俊哉が言葉を交わす。
それに対して、女衆は困ったような感想を漏らした。
「ご先祖さまって、本当に凄かったのね~」
「素人目には、あいつらが凄ぇんだか、単に身体が頑丈なのか、判別がつかねぇんだけど、です」
確かに凄くはあった。
だが、その中で交わされた駆け引きや技の冴えなど、ほとんど理解できなかった雫には、いまいち迫力の伝わらないものであったのだ。
そもそも、大半の場面が影を捉えきれなかった為、誰もいない大地が唐突に爆ぜるという意味の分からない映像であったし。
「ところで」
俊哉は、胸に溜まっていた興奮を吐き出しながら、首だけを動かして刹那(らしきもの)へと視線を向ける。
「あの、何で俺は縛られてんの? って訊いても?」
彼は、何処ぞの聖人の様に、十字架に括りつけられた状態で安置されており、身動き一つできない状態となっていた。
戦場から逃げるべく雫を抱えて走っていたら、唐突に頭上から光が差してアブダクションされてしまったのだ。
そして、気付けば緊縛された今の有様である。
次の瞬間には、キャトルミューティレイションに境遇がバージョンアップするのではないか、と気が気ではない。
ちなみに、雫は普通に解放されている。
美雲の隣で座布団に座って観戦していた。
なんならば、お茶と茶菓子を振る舞われており、大変にくつろいでいる様子である。
対応には、天と地ほども差があった。
問いかけを受けて、刹那(っぽいもの)が、席を回転させて俊哉へと向かい合う。
「理由を……語らねばならないのかね?」
「うーん、ちょっと考える時間を。なんで、代わりに別の質問をしたいな、って」
「訊くだけは訊いてやろう。慈悲の心でね」
「じゃあ、遠慮なく。
……ちょっと見ない間に、えーっと、印象が変わってない?」
「そうかね? まぁ、君たちが消えてから少々時間が経過しているのでね。
雰囲気の一つも変わるだろう」
「やっ、人の形は時間経過で消えねぇと思うぞ、です」
雫が口を挟んで指摘する。
刹那(ウネウネ)は、蠢く腕の一つで顎を摩って僅かに思考した。
「そういうものかね?」
「そういうものよ、弟君」
「賢姉様が言うのであれば、そうなのであろうね」
やれやれ、と彼は言う。
そこにいるのは、確かに刹那の顔をした生命体だ。
人の頭部と、そこに貼り付いた顔は、記憶にあるそれと変わらない。
問題は、そこから繋がる身体である。
人の形をしているのは、首から上だけなのだ。
一言で言えば、触手の塊である。
無数のうねる肉の筋。ぬたぬたと光を反射している粘液に塗れており、どうにも本能的な嫌悪感を抱かせる。
触手と言えば、刹那の代名詞のようにも思えるくらいには見慣れたものだが、それしかないという姿は中々に珍しい。
「人というものは不便でね。なんと腕が二本しかないのだよ」
「……人に限らず、地球上の大抵の生物はそういうもんだと思うぞ?」
「トッシー君、君、廃棄領域にまた行きたいのかね?」
「いや、あそこはもう例外の集積地だし」
百足も真っ青なくらいに手足の生えた生き物くらい、そこら辺にたくさん跋扈している例外地域を脇に置いておく。
「猫の手を借りたいくらいに忙しかったのでね。手を生やしたのだよ」
「うーむ。まぁ、せっちゃんセンパイだし、まぁ良いか。そういう事もあるよな?」
どうしようもない程に断言されてしまっては、ツッコミを入れるだけ無駄だろう。
まぁ、触手タイプは初めてだが、人の形から外れている事自体はよくある事である。
深く考えるだけ無駄だ。
「さて、シンキングタイムは終了だ。答えを聞こう」
「……ヒントを」
「罪を増やしたい、と」
「……えーっと」
「ふむ。自らの罪を理解していないとは。愚かな」
「すっげぇ、ムカつく」
やれやれ、と無数の手足を振って大袈裟に呆れを表現する刹那は、大変に苛立ちを誘うが、その苛立ちを怒りとしてぶつけるよりも先に、彼は触手の一本で端末を操作する。
その操作によって、メインスクリーンに映像が映し出された。
『コォォーーーーン!! ニィィーーーーチ!! ハァァァァァァ!!!!』
それは、神裂から逃げる最中に隙を見て撮影した、未来に向けて送ったメッセージ動画であった。
「私の言いたい事、理解できるかね」
「…………えっと」
なんとなく想像が付いたが、それを俊哉が白状する決断が出来る前に、時間切れとなる。
「君、嘘を吐いたね?」
「ごめんなさいごめんなさい! 外道どもがやれって言ったんです!」
「実行犯は君なので、罪は君に集約されるのだよ」
「酷い判決!」
未来へのメッセージは、重要な部分が嘘であった。
このままでは戦争が終わらないと語った事実などない。
そんな事が分かるほどに、俊哉たちはこの時代の知識に精通していなかった。
なので、これは未来にいる者たちの興味を惹く為だけの出まかせでしかない。
それに気付かれ、謝罪する俊哉であったが、刹那は断罪する。
「ちなみに、こちらが参考人の証言である」
映像が切り替わり、目元に黒線を入れた何者かが映された。
尤も、黒い軍帽を被った顔色の悪い顔立ちは、目元が隠れていて猶、誰か分かり易い。
諜報を専門とする異端の魔王、《六天魔軍》の第三席である。
『こやつ、嘘を吐いているでありますな』
一言でバッサリと言い切っていた。
「と、この証言に端を発し、その他、世界中の情報部や諜報局の人間たちに見せた所、満場一致で嘘だと断言してくれたよ」
「凄ぇな、ホントに! 諜報機関って舐めてたわ!」
まさか映像越しの短い言葉だけで、完全に見切られるとは思わなかった。
観念して項垂れる俊哉に、刹那は吐息して告げる。
「残念だよ。まさか、友人をこの手で屠らねばならないとは」
「……ホントに容赦ねぇな、です」
「と、言いたい所なのだがね」
しかし、すぐに言葉を翻す。
「嘘から出た真と言うべきか、調査した結果、このままでは確かに戦争が終わらないという結論が出た」
「え? うっそ? その嘘、ほんとマジ?」
続いて告げられた言葉に、俊哉と雫は驚きに目を見開く。
「では、第二の証人だ」
刹那が空間に穴を開けて、その中に触腕を突っ込む。
すぐに引き出された先っぽには、触手に絡め取られたデブ猫がぶら下げられていた。
オーロラのような毛並みをしているそれは、純白の羽衣を首に巻いた姿で力無く吊るされている。
《始祖魔術師》ノエリアの成れの果てである。
こんなものが、結果的にではあるが、地球を救った英雄であり、また異なる文明が築き上げた成果の結晶だというのだから、大変に情けない気分にもなる。
尤も、地球側の同格の存在が触手の塊となっている刹那なのだから、どっこいどっこいである。
「さぁ、謳って貰おうか。貴様、どうやって地球に来たのかね」
「普通に空間転移じゃよ。
我が母星の近郊にワームホールが開いていたのでのぅ。
それを辿ってやってきたのじゃ」
「うむ。では、賢姉様。
地球近郊に、ワームホールは開いているかね」
「いいえ、何処にも。
空間擾乱も重力場異常も、何もないわ。
綺麗な宙をしているわ」
「という訳だ。理解できるね?」
「……えーっと」
ちょっと思考を整理していると、呆れの視線を向けられる。ムカつく。
「インテリジェンスが足りていないのではないかね、全く。知性が足りていない」
「すっごい喧嘩売られてる」
「雑魚に喧嘩を売るほど、私は暇ではないのだがね。
まぁ良い。
愚者たる君に、答えを簡潔に教えてやろう」
一息。
「このままでは惑星ノエリアとの間に関係が生まれない。
すなわち、この化け猫もやってこないので、第三次大戦も終わらない」
広い宇宙。
偶然、地球と惑星ノエリアが繋がる可能性は、零と見做して良い程に少ない。
実際に、時折、宇宙の探索をしている刹那だが、未だに縁の繋がれていたノエリアを除いて、知的生命体の発生している惑星を発見できていないのだ。
原始生命体のいる惑星ならば、幾つか見つけているが。
そして、そんな稀な可能性がこのタイミングで偶然に発生していたのだとしても、自然現象ならば何らかの前兆があって然るべきなのだ。
美雲が周辺宙域――地球近郊のみならず、太陽系内を精査した限り、何処にも空間を飛び越える現象は確認できなかった。
「全く。厄介な事だね。
少々テコ入れをしてやらねばなるまい。
不本意だが」
終戦工作、開始。
望む未来を手に入れる為に。
入れる隙が無かったので、あとがき解説。
実は、俊哉たちが失踪してから、刹那たちが準備を整えるまでそこそこの時間が経過しております。
建造途中だった終式を完成させたり、時空転移理論を構築したりと、なんだかんだと用意に時間が必要だったのです。
なので、美雲はあんまり変わりませんが、美影はイメチェンしています。
髪がちょっと伸びて、髪型がショートポニーに変化していたり。
主人公も変わっていますね。
理由は、今話で語っている通り、時間経過ではなく、手を増やす為ですけど。
こっちはいつもの事か。