生贄計画
「というか、そもそもの疑問なのですが、あれは何故こちらを追跡できるのでしょうか」
口の端から垂れる血を拭いながら、愛夏は根本的な問いを投げ掛ける。
雷裂の追跡は、今もなお続いている。
雲に遮られて姿は見えず、速度よりも静音性を重視した飛翔を行い、途中、細かく軌道も変えているというのに、的確にこちらの跡を追ってきていた。
はっきり言って異常である。
何かの超常現象としか思えなかった。
「あー、あれはなー……」
特に明快な答えなど期待していなかった疑問であったが、俊哉には何らかの心当たりがあるようで、微妙に切れ味の悪い言葉を漏らした。
「……何か分かるのなら、はっきり言ってくれませんか?」
まるで分からない愛夏は、きつい口調で問い質す。
それに、俊哉は背中の雫と視線を合わせる。
「……なぁ、雫ちゃんよ」
「うぃ。多分、それで正解だぞ、です。うちも感じたから、です」
「そういう事だよなー……」
憂鬱げに深く吐息しながら、彼は観念して答えを口にする。
「……あれ、多分、超能力が覚醒してる」
「…………は? もう一度、お願いします。どうも風圧で音が流れてしまったようで」
「いや、まだ途中くらいなんだろうけど、超能力での肉体強化はしてたし」
「だぞ、です」
「…………」
愛夏は、思わず無言になってしまった。
彼女は、雫の親衛隊において編成当時から在籍する最古参である。
これから先、怪我などによる脱落はあり得るが、少なくとも嫌になって落ちる事はないだろうと判断されている。
おかげで、一応は機密扱いになっている超能力についても教えられている。
魔力とは違う、本来、人類が手に入れる筈だった能力の事を。
まぁ、とはいえ、魔力という能力がある以上、今更、それ以外の何かが増えたとしてもあまり関係がない話である。
要は、どれだけ使いこなせるか、習熟度こそが重要なのだから。
しかし、この状況では、それは悲報としか言えない。
なにせ、その相手が雷裂なのである。
純粋な身体能力と体術のみで、魔力強化した近接魔術師と殴り合える化け物の集団。
それが更に超常の力で身体強化をすれば、どうなってしまうのか。
その答えは、知っている。
嫌になる程に知っている。
痛いくらいに知っている。
「……美影さんレベルですか?」
「あれよりマシ……って言いたいけど、どうかね」
雷裂の歴史は、雑談の中で少しばかり聞いている。
彼らの歴史の中で最強なのは、やっぱり至高と至宝と言われる美影なのか、と問うた事もあった。
それに対する答えは、不明、であった。
勿論、彼女が最強格である事は間違いないのだが、最強なのかと言われれば、双璧としてもう一人だけ名を挙げられる者がいるのだと。
それがこの時代にいた雷裂(この時代であれば神裂だが)本家の長、御劔だ。
それでも、流石に魔力と超能力で二重に身体強化が出来る美影には及ばないだろう、と心では思っていたのだが、片方だけでも出来るとなれば話が変わってくる。
見た目の力強さは、明らかにあの老人の方が上であった。
雷裂の身体能力は外見からは図れないとはいえ、同じ一族の中ならば、やはり筋骨隆々な方が能力が高いのが道理というもの。
美影と老人では、素の身体能力は後者に軍配が上がる可能性がある。
それを考えれば、片方だけでも身体強化できるだけでも相当に差を埋められるとも思えた。
「……美影さんと同レベルを想定しといた方が良いと思う」
それを踏まえて、俊哉はそんな結論を出す。
雷による遠距離攻撃がないだけで、近接戦においては彼女と同等だと。
「……嫌な話ですね」
愛夏は、俊哉の結論に心底嫌そうにしかめ面を見せた。
まともにぶつかれば、勝ち目がない。
実際には、完全に距離を保っていれば高い勝算もあるのだが、反射的にそう思えてしまうくらいには、彼女たちは普段の訓練の中で心を折られていた。
「ともあれ」
嫌な話から、話の軌道を戻す。
「つまり、彼らは隊長の反応を辿っている、と?」
「多分な」
魔術師が魔力を感じられるように、超能力者は超能力の反応を肌で感じられるのだと言う。
おそらく、俊哉が超能力を使える事を知られてまい、その痕跡を負われているのだろう。
単純だが、それが正確な追跡劇の真相だと思われる。
「抑えられないのですか?」
「それがなー」
「さっきからやってんぞ、です。でも、全然ダメなんだ、です」
俊哉も、そして一応雫も、さっきから超能力の反応を抑えようと努力している。
現代では、超能力者自体が全員身内である事もあってやった事の無い技だが、魔力を抑える訓練ならばやってきた。
特殊部隊の魔術師ともなれば、上手く魔術を使う事と同じくらいに、上手く魔力を隠す事も重要なのだ。
だから、その応用で超能力を抑えている。
その効果は確かな物であり、密着状態にある俊哉と雫の間であっても、気のせいかと思ってしまう程に小さく出来たのだが、何故か向こうは誤魔化されてくれない。
「…………雷裂の感覚器はどうなってんだ」
「しみじみと呟いてんじゃねぇ、です。気持ちは分かるけど」
生命を極め過ぎた事で、本当に第六感が発生しているのではなかろうか。
そんな事を考えてしまう。
恐ろしい事に、それが妄想だと言いきれない所があるのが、雷裂の雷裂たる所以であろう。
「ぬ~~~~~~、こうなっちゃ仕方ねぇ。俺が囮になる」
「おや、殊勝ですね」
「うるせぇ。
それしか無いんだから仕方ねぇだろうが。
仕方ないんだったら、諦めて前を向くしかねぇ」
超能力を辿っているのならば、話は簡単だ。
超能力を持たない純粋魔術師のメンバーだけで活動していれば良い。
邪魔者たちを、俊哉と雫のコンビで誘引している内に。
「ちなみに、何もかも投げ捨てるという選択肢もありますが?」
「俺はやると言ったらやる男だ」
ステラからの依頼は、暇潰し以上の意味を持たない。
投げ出してしまっても、彼ら自身は何一つ困らないのだ。
だが、それをしない。
完全に不可能な領域に入れば躊躇なく投げ捨てる。
当然だ。
こちとらたかが人間なのだ。
限界というものは当たり前にある。
だが、一方で自分達は〝魔王〟の手先なのだ。
不可能でないならば、やり遂げるしかない。
そうでこそ、不可能を可能とする最強存在だと、胸を張って名乗れる。
「……隊長は……」
愛夏は言葉を区切って己の判断に間違いなしと断言する。
「どうでもいいとして」
「おいこら」
「雫様を傷付けるような事のないように」
俊哉と雫を別けるのは悪手である。
向こうがどれだけこちらを判別しているか分からない以上、雫の方に戦力を向けられてしまうかもしれないからだ。
それならば、最初から親衛隊最強戦力である俊哉と纏めておいた方が良い。
彼ならば、親衛隊の中で最も雷裂にも詳しい。
先の接触で見た限り、あの老人以外ならばどうにでもなると感じられた。
他の者たちでは精々五分五分だろうが、俊哉ならば九分九厘勝てる。
老人も、美影クラスだと覚悟して臨めば、全力でぶつかったとしてもある程度は耐えきる事くらいは出来る。
伊達にこの一年間、事あるごとに殴られ続けていないのだ。
「元から救援要請するつもりだったけど、ちょっと急いだ方が良さそうだな」
「です。雷裂の相手は、雷裂に任せた方が良いぞ、です」
現代にいる怪物たちならば、きっと時を超えてやってくる事くらい出来る筈だ。
何の根拠もないが、そうと信じられるくらいの実績を見せつけられてきた。
そして、彼らが真の最強だと信じる美影と刹那ならば、この時代の雷裂と言えど敵ではない。
そうと、信じる。
「では、隊長が囮となっている間に、私どもで何か方策を考えておきましょう。
隊長は兎に角雫様を守ることに専念を」
「おう」
未来に向けてメッセージを送る計画が、急遽、持ち上がった。
嘘であっても良いから。
興味を惹ければ何でも良い。
どうせ殴られるのは俊哉だけだから、と愛夏は年下の上官を生け贄に捧げる計画を描き始めるのであった。
いいね機能が追加されたそうな。
部分ごとに簡単に評価できるそうで、作者的には何処が面白かったか分かりやすい嬉しい機能ではあるものの、ここまで続いている当作品で今更遡って押してくれとも言い難し。
悩ましい。
一応、ONにしておいたので、お手隙でしたらお願いします。