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リアルホラー

 仮拠点から外に出た俊哉は、周辺の変化を見て言葉を漏らす。


「……もう冷えて固まってんのな」


 ドロドロに溶けて活火山の火口の様だった周囲だが、既に熱が消え、真黒な石の造形物となっている。

 それ程に、現在の地球環境は冷え込んでいるのだ。

 彼らは魔術的に暖を取っているが、他の人々はどうやってこんな環境下を生き抜いたのか、謎は深まるばかりである。


「さって、まぁそれはさておいて……各人、目標は把握してるなー?」


 続いて出てきた仲間たちを振り返りながら確認すると、皆が頷いた。


 ここからは別行動も多くなる。

 全員で一つずつ巡っても良かったのだが、油断をしている彼らは、チーム分けをして分担作業をする事を選んだのだ。

 どうなろうとも、最悪、逃げる事は可能であろうと高を括っているのである。


 いつもの様に背中にくっ付いている雫を背負い直した俊哉は、号令をかけようとした。


「ほんじゃ、まっ、適度に気を付けつつ……」


 瞬間。

 背筋に悪寒が走った。

 その正体を、彼は知っている。


 死の予感。

 そういうものだ。

 日頃の訓練の中で、自分に対してはあまり加減をしてくれない美影を相手にする場合に、日常的に感じているが故に即座にその正体に気付く事が出来た。


 だが、同時に疑問も浮かぶ。


 一当たりした事で、この時代の戦力はおおよそ測れた。

 油断さえしていなければ問題はない程度、というくらいである。

 勿論、数の差は圧倒的であるし、なにより秘された兵器の類が唐突に出現する可能性もあるのだが、そうと分かればさっさと逃げてしまえばよい事である。


 ともあれ、こんな分かり易く死を感じさせる何かがあるとは、まるで想像していなかった俊哉は、思考の空転を余儀なくされた。


 その一瞬の間にも、事態は進んでいく。


 煙幕。

 事前に仕込まれていたのか、周囲から分厚い煙が噴き出した。

 それは完全に視界を遮り、魔術師の五感でさえも通らない暗闇を作り出してしまう。


「トシッ!」


 雫が力を込めてしがみつく。

 守るべき存在。

 それに、俊哉の思考回路は、理性を放棄し、本能の下に動き始める。


 すなわち、棚上げだ。


 敵の把握や迎撃よりも、何よりも安全を優先させる。


「散開! 総員、飛べッ!」


 指示を飛ばしながら、彼の本能は忠実にその職務を全うしていた。


 僅かな揺らぎ。

 速度からすると有り得ない程に小さな空気の揺らぎを捉えた。

 そこから逆算し、身体に染み付いた反応が適切に肉体を動かす。


 身体を反時計回りに回転させながら、鋼の左腕を背後に向けて振るう。

 全力ではないが、決して手加減を考えていない動き。

 勿論、魔力と超能力の二つで強化した上での攻撃だ。

 それは、そこらの鉄塊程度ならば、ひしゃげて吹き飛ぶくらいには威力があった筈だ。


 だが、返ってきたのは重い手応え。

 何かと激突した衝撃によって、彼の周囲にあった煙幕が払われる。


「ほっほっ、勘の良い小僧じゃわいのぅ」


 そこにいたのは、一人の老人。

 長い髭と髪は総白となっており、顔には深い皴が刻まれている。

 一方で、そこから繋がる肉体は、まるで衰えを感じさせぬほどに筋骨隆々であり、尋常ならざる覇気が漲っていた。


 俊哉の左腕とぶつかったのは、老人の拳であった。


 硬い。そして、重い。


 本当に生身の人間の拳なのか、と疑いたくなるほどに、その感触は常軌を逸していた。


 同時に、嫌な記憶が刺激される。

 悲しい事に、俊哉はこの感触に酷く覚えがあった。

 慣れ親しみたくもないのに慣れ親しんでしまった感触である。


 そう、これは〝雷裂〟の硬さだ。


(……そりゃいるんだろうけどさぁ!)


 老人の正体を朧げに察した俊哉は、内心でうんざりしたような悲鳴を叫ぶ。

 と同時に、彼の身が派手に吹き飛んだ。


「ッ、チィッ!」


 接触状態からの打撃。

 雷裂の体術では比較的難易度の低い部類であるが、その練度が桁違いである。

 鎧通しの技も併用されていたらしく、芯にまで響く衝撃があった。

 撃たれたのが左腕でなければ、一発でやられていたかもしれない。

 強度的にも、内部機構的にも、色々な意味で採算度外視なハイエンド仕様であったが故に、衝撃を受け止めて耐え切る事が出来たのだ。


(……この威力、美影さん級かよ!)


 彼女以外の雷裂とも、美雲を代表として手合わせをした事があるが、これ程の練度を持つ者はいなかった。

 つまり、少なくとも体術では、雷裂の至宝とまで言われる美影と、目の前の老人が同程度である可能性が高い。


「逃げろッ!! 雷裂だ!!」


 応戦しようなどと思うな、と声を張り上げる。


「「「承知!!」」」


 それに対する反応は、即座であり、否の声はない。


 当たり前だ。

 彼らにとって、雷裂は悪夢の代名詞である。

 悪夢と書いて雷裂と読む、と言っても良いかもしれない。


 先のエンジョウと同じ理由で倒してはならないし、そもそも立ち向かおうという気力自体がとっくの昔に圧し折られている。


 皆が全力で魔力を練り上げると、一目散に空へと上がって危険域から逃亡する。


「ほぅ、儂ら神裂を知っておるのかいのぅ」


 その間にも、俊哉へと老人が肉薄してきた。


「~~~~、クソが! あーあー! よく知ってるよ、あんた等の事はな!」


 振るわれる豪拳を必死に捌いて、俊哉は逃げる隙を伺う。


(……つーか、有り得ねぇ! 何でこっちと張り合えるんだよ、この爺!)


 相手が雷裂と理解した時点で、出し惜しみは無しである。

 魔力強化も超能力強化も全力で施している。


 だというのに、両者の戦いは互角……どころか、俊哉がやや押され気味で推移していた。

 見た限りでは、老人はまだまだ様子見であり、全力を出していないように見受けられるのに、である。


「トシ、魔王化すんのか!? です!」

「今はいかんッ!」


 魔王魔力の供給を行うのか、という提言を却下する。


 魔王化は、出力こそ爆発的に向上するものの、いまだ精密操作は不可能な代物である。

 この様な格闘戦には向かない。

 加えて、魔王化は魔力を供給された瞬間には、制御の為に一時的に動きが止まってしまう弱点がある。

 普通の相手ならばカバーしようもある程度の短い時間であるが、今の様な一瞬の気も抜けない状況では、その停滞は致命的な隙にしかならない。


「中々やるおるわい。最近の若者にしては鍛えてあるのぅ」

「褒めてくれて! ありがと、よッ! 爺さん!」


 もう必死だ。

 未来を考えて手加減を、等と俊哉は考えていない。


 殺意。

 ここで殺す気で応戦する。

 それで、ようやく互角であった。


 距離さえ取れれば、と思う。

 雷裂とは、基本的に武闘家の集団である。

 故に、遠距離での戦闘力はそう高くない。

 遠当ての技や投擲術も持つが、魔術師相手に有効となる程の火力はおそらく出せないだろう。


 だから、距離さえ取って、魔術師の本領で闘えれば何とかなる筈であった。多分。


 問題はそれをさせてくれない事だが。


 ピッタリと張り付かれ、至近距離での、自身の土俵での戦闘を強制されている。

 分かりきっていた事だが、敵に回すと大変に厄介な連中である。


(……それに)


 加えて、どうにも妙な感触がある。

 あまり気を取られていられないので確証はないが、非常に面倒な懸念が脳裏に引っ掛かっていた。


 思うようにならない現実に、彼は苛立たしげに歯噛みせずにはいられなかった。


(……ほっ! こいつは驚いたわいのぅ)


 一方で、老人――神裂御剣も、内心で驚愕していた。

 見たところ、拳を交わす少年は生身のようである。

 左腕が義手になっているようだが、他の部分は生まれついた肉体をそのまま使っている。


 生物の究極を目指す神裂にとって、これは好印象であった。

 今時の者たちは、誰も彼もがつまらない金属に身を包み、遺伝子操作だかなんだかの邪道に手を染める中で、人間の可能性を信じた業は、自分達の思想に通じるものがあった。


 加えて、彼の拳筋には、神裂の流れが見え隠れしていた。

 正統な神裂の武闘ではないが、それを取り込んで新たな形に再構築した体捌きをしている。


(……はてさて、誰が鍛えたのかのぅ。これ程の練度、儂が知らぬ筈もないのじゃがなぁ)


 神裂の系譜は全て把握しているつもりだったが、案外とそうでもなかったらしい。

 過去に別れた何処ぞの傍流が再興したのかとも思うが、それにしては完成度が高い。


 実に不可思議な存在であった。

 だが、そんな事は些末な事である。


 注視すべきは、何よりも強いという事だけだ。

 俊哉の強さは、間違いなく上位の者に匹敵する。

 手加減しているとはいえ、神裂の長である己と、真っ向からこれ程に打ち合える者など、一族の中でも片手で数えられる程度しかいない。


(……殺してしまうのは惜しいわいのぅ)


 興味と暇潰しから、軽く遊んでから壊してしまうつもりだったが、そうしてしまうのは惜しいと思えた。

 最近は、少々血が濃ゆくなり過ぎているキライがある。

 そろそろ外の血を入れてバランスを取るべきかと思っていたのだ。


(……こやつならば、孫娘をくれてやっても良いのじゃが)


 神裂として、充分に合格点を越えている。

 一族として迎えるに吝かではない。

 その思いが、僅かに拳を鈍らせた。


「ぜ、ああぁ!!」


 気合い一発。

 好機を逃さず捉えた大振りの一撃にて、御剣を少しだけ押し返した。


 意味はない。

 むしろ、悪手である。

 攻撃は受けきられているし、俊哉自身は渾身の力を込めたが故に次への動きが遅れている。


 すぐに復帰できる御剣の返し手によって、全ては終わりだ。

 これが、一対一の決闘であったのならば。


 超速の風が吹いた。


「ぬっ!?」


 手足を圧し折って持ち帰ろうと思った所でのそれに、御剣は流石に驚いた。


 横合いから吹き込んだ風は、俊哉を拐って空高く消えていく。

 反射的に蹴りを入れたが、命まで撃ち抜けた感触はない。


「ふっ、はははっ、逃げられてしまったわいのぅ!」


 機嫌よく御剣は笑った。

 決闘が終わった事を見て取った同胞が、側に侍りながら同意する。


「そのようで。

 いやはや、油断しましたな。あれ程の速度が出せるとは」


 長の楽しみを邪魔しないように遠巻きに警戒していたのだが、見事に不意を突かれてしまった。

 一瞬の隙も見逃さない戦術眼と、その隙を捥ぎ取れる能力を、彼は素直に称賛する。


「さて、長老。どうしますかな?」

「無論、追いかけるとも。のう?」

「愚問でしたな」


 肩を竦めて自身の愚かを恥じる。

 それを呵呵と笑った御剣は、空を見上げて狙いを定める。


「逃がしはせんぞい」


 一族を引き連れ、獲物の追跡を始めるのだった。


~~~~~~~~~~


「ごほっ……」

「マナ、マナ、大丈夫か? です?」


 雫と、ついでに俊哉をかっ拐った愛夏は、喉の奥から咳き込む。

 それには、赤の色が混じっていた。

 内臓の何処かが傷ついているのである。


 彼等を拐った一瞬。

 本当に一瞬としか言えないタイミングだというのに、あの老人は攻撃を合わせてきたのだ。

 全力飛翔の為に魔力強化も最大にしていたが、そうでなければ腹部に穴が空いていたかもしれないほどに痛烈な一撃であった。


「はい、雫様。なんとか大丈夫です。

 とはいえ、何処かで治療したく思いますが」


 命に別状こそないが、中身が傷ついている事に違いはない。

 今も、鈍い痛みと気持ち悪さが腹の底から湧き上がってきている。


 一度、地上に降りてしっかり治したいというのが本音であった。


「そうさせてやりたいのは山々だが、問題があるんだよなぁ……」

「言われずとも分かっております」


 ちらり、と眼下を見下ろす。

 雲上にいる為に地上の様子は隠れて見えないが、それでも一直線にこちらを突き刺すような鋭い気配があるのは嫌でも分かる。


 追ってきておる。

 確実に。的確に。


「……最強無敵の追跡者とか、ホラーかな?」

「冗談は止めてください」

「冗談だと思う?」

「…………」

「リアルホラーだぞ、です。

 本気で逃げやがれ、です」


 先行きに不安しか感じられず、陰鬱な空気が三人の間に流れたのだった。

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