最強の牙
最近、定期更新が出来てないなぁ、と自分なりに情けなく思う所存。
エンジョウを再度拘束し直す。
今度こそ逃げられないように、それはもう雁字搦めにした上で、魔術的に身体的自由を奪ったのだ。
ここまでしても抜けられれば、流石に今の状況では殺す以外になくなってしまうのでもう放置してしまう事にする。
「殺しはしないからよ。安心しときなって」
五感もかなり鈍くしてあるので通じはしないのだが、一応は芋虫になっている彼にそう告げる。
俊哉が離れると、雫が小さく語り掛けてきた。
「……エンジョウの面目躍如だったな、です」
「信憑性、増したよなぁー、これ」
彼らの知るエンジョウ――八魔の炎城は、今でこそ真っ当な魔術師としての経歴を築いているが、発足当初は本当に狂犬が如き存在であったという歴史を持っている。
というのも、炎城の得意とする戦術は、自爆術式を用いたゲリラ戦法であったからだ。
自らの命をかなぐり捨てて、それ以上の戦果を叩き出す事に心血を注いだ戦いぶりは、まさに狂犬というか、もはや悪鬼の類であり、敵からだけではなく味方からさえも非常に恐れられていたという。
八魔という制度が発足される際に、火の代表として炎城は、他の候補を全く寄せ付けずに満場一致で選出されたというのも、よくよく頷ける話である。
先程の躊躇い無き自爆行動は、それを彷彿とさせるに足る物であった。
彼が、自分たちの知る炎城の祖先である可能性は、非常に高く思えるくらいには。
「……炎城の血を絶やす訳には、いかんよなぁ」
「ですです。あんなんでも便利な連中だぞ、です」
面識のある姉妹の事を除いたとしても、炎城は八魔の一角であり、瑞穂統一国の歴史において重要な役割を果たしてきた一族だ。
間違って絶やしてしまっては、今後の歴史は彼らの知るそれから大いに変化してしまう事だろう。
望んだ未来に帰る為には、それは絶対に回避したい事態である。
「やっぱ、拠点を移した方が良いかね」
「連れていく訳にもいかねぇし、奴の安全を優先するなら、それが良いだろうな、です」
既に目立つ行動をしているのでどの程度の効果があるかは不明だが、騒ぎの元凶である自分たちが消えれば、彼の安全は格段に増すと思われる。
せっかく手に入れた場所であるが、早々に立ち去る方が良いだろう。
面倒な事になったと、二人は揃って溜息を吐くのだった。
~~~~~~~~~~
指揮所に戻って早速、俊哉は皆を集めて声を上げる。
「ではこれより! 世界名所観光ツアー作戦! 兼! 国際商業連盟爆破作戦を決行する!」
「うぇ~い、です」
『……ついで、ついでなのね』
「なんか不満か、貴様」
俊哉の宣言に対して微妙な声を漏らしたステラに、彼は挑発的な視線を向けた。
『不満。不満なのよ?
ないと思っているの?
私の望みを、私の使命を、適当な名目に使われて不満がないと、本気で思っているの?』
「良いじゃねぇか。別に、どっちでも。
本気でやろうとふざけてやろうと、結果が伴えば万事オッケーなんだよ、この世界は」
逆に、結果が出せなければ、どんな綺麗事を言おうと意味はない。
世界は厳しく残酷なのである。
気を取り直した彼は、荒い世界地図を表示させる。
二百年前の地形図であるが、あくまでも予想図でしかないので、実際のそれとどの程度の差異があるかは不明だ。
地図の中には、幾つかの地点が赤い光で示されている。
世界中に散った散りばめられたそれらを指して、俊哉は説明を開始した。
「こいつが、商業連盟の重要拠点だ。
見ての通り、世界中にある。
国際という名に相応しい事だな。
つまり……」
「あちこちで観光が楽しめるって事だぞ、です」
雫が言葉を引き継いで身も蓋も無い事を言う。
俊哉は苦笑しつつ、それに頷く。
「まぁ、そういう事だ」
表示を切り替え、更に青い光点を地図に記す。
赤の光点に比べると、遥かにそれらの数は多い。
「こっちが本命! 現代では失われた旧時代の名所だ!
まぁお土産には期待できないし、原形が残っているとも限らない訳だが、可能性が僅かなりともあるのなら行ってみるのが冒険者魂というもの!」
「ウチらは兵隊だぞ、です」
「今は違う。だって、尽くすべき国がありませんからー」
「うぜぇ、です」
「っていう訳で、世界冒険のお時間です。
その名に相応しく、砲弾とかミサイルとか、ちゃんと危険が盛りだくさんなので程好く緊張感を持ちましょう」
「「「うぇーい」」」
『いまいち緊張感が感じられないのよ。そうよね?』
常識的な人工知能の言葉は、全員が揃って無視した。
そこで、愛夏が手を上げる。
「隊長。質問が」
「何かな」
「作戦の具体案は?」
「必要か?」
「一応は」
「う~ん、必要かー」
仕方ないので適当に考えている作戦を述べた。
「俺たちは、この時代においてはただの人間だ。そうだな?」
「……まぁ、そうですね」
魔術も無ければ、そもそも魔力というエネルギーさえ知られていない時代。
魔術師という人間兵器である彼らは、そうであるという事を誰にも認識されない。
何の肉体改造もしていない、ごく普通の人間としか見られないのだ。
如何なるセンサーを用いようとも。
それを利用する。
「こっそり行って、こっそりと魔術的爆発物をありったけ仕掛ける!
そんでもってこっそりと爆破!
これで決まりよ!」
「卑怯汚い、という言葉をご存知で?」
「ああ、誉め言葉だろ?」
俊哉に限った話ではない。
瑞穂の軍においては、そういう認識である。
少ない労力で結果が出せるのなら、手段を選ぶべきではないのだ。
無論、戦争法が許す範囲内において、という前提はあるが。
ちなみに、バレなければそれも有り、というのも瑞穂の常識にあったりもする。
一応、座学でもそう習ってはいるが、いまだ経験の薄い愛夏は、処置無しとばかりに吐息した。
そして、別方向に水を向ける。
「ところで、私たちが遭遇した様な空中施設は無いのですか?」
現代に至るまで誰にも察知されなかった空の化石。
それと似た施設があると非常に厄介である。
「あー、考えてなかった。どうすんだ?」
暇潰しであるが故に、ほとんど何も考えていない俊哉は、ステラへと訊ねる。
彼女は画面の中で、呆れたように深々と、それはもう深く深く溜息を吐き出した。
「その反応、傷つくんですけど?」
『それはした甲斐があるというものね? そうよね?
まぁ、良いわ。
はっきり言っておくと、私の城以外にも稼働していた施設はあるわ。その筈よ?』
「どうすんの?」
『何処かの施設でアクセスして頂戴。
私が情報を吸い出して、居場所をポイントするわ?
あとは、貴方たちの仕事よ? そうよね?』
「まっ、それが現実的かねぇ」
居場所を見つける手段を、俊哉らは持たない。
最初の接触だって、単なる偶然でしかなかったのだ。
魔術では非常に見つける事が困難なステルス性を有している以上、そうする他に手はないだろう。
「んじゃ、決まり。ほんじゃ、振り分けるぞー。
行きたい場所がある奴は、挙手なー」
のほほんとした調子で話を進める一同。
そこに危機感というものは存在していない。
そんな彼らはまだ知らない。
この時代において、自分たちを強者と捉える事が出来る存在がいる事を、まだ知らない。
~~~~~~~~~~
時間はやや遡り、俊哉たちが過去に落ちてきた頃の事。
現代での中華連邦の勢力範囲において、一人の男性が東の空へと顔を向けた。
彼がいる場は、明確な戦場であった。
無数の兵器と兵隊が入り乱れ、互いを殺そうと争っている。
そんな中での余所見は、大きな隙である。
戦場を左右する大きな要素である男性を殺さんと、戦力が殺到した。
しかし、
「長老、如何しましたか」
無数の影が、更に襲い掛かった。
彼らは、瞬く間に鎮圧してしまう。
そして、影の一つが男性の足元に跪き、その心を訊ねた。
「貴様、感じたかいのぅ」
端的に訊ね返せば、影は答える。
「先の波動の事でしょうか」
「うむ。そうじゃ。凄まじき気血の気配であったな」
「はっ。確かに」
「気血は、我らの秘奥の一つである。そこらの劣等種に扱えるものではないわい」
そこまで言って、獰猛な笑みを浮かべる。
「はてさて、極東の地に我らが同胞はおったかの」
「長老、分かり切っている問いを為されるな。
我らが同胞の居場所は全て把握しておられるでしょう」
更に、影は続ける。
「加えて、あれ程の波動は、長老にしか出せますまい」
「ほっほっ……」
短く笑いを漏らした後、男性は戦場から踵を返した。
いまだ続く争いには、もはや目もくれない。
「……行くのですかな?」
「ほっほっっほっ、当然じゃわいのぅ。
この様な戦よりも、よほど楽しめよう?」
「ですな」
影も同意する。
傭兵として参加した戦ではあったが、彼らの心を震わせる強者は何処にもいなかった。
惰性的に戦っていたが、正直、興味は欠片も持てていない。
そこに、面白そうな気配を感じたのだ。
状況を放置してそちらに向かうのは、当然の選択と言えた。
当然、そんな事をすれば傭兵としての名を墜とす事にもなるのだが、興味と信用を天秤にかければ、どちらに傾くのか、考えるまでも無い。
特に、今の狂った時代においては。
「さぁ、行くぞ。我ら、神裂の戦いを果たしに」
「承知。何処までもお供いたします、長老、御剣様」
史上最高と呼ばれる美影と対に語られる神裂の英雄。
大戦期に生まれた史上最強と謳われる戦士、神裂御剣。
その牙が剥かれた。




