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観戦気分

GWですね。

皆さまはどうお過ごしでしょうか。


作者は無関係に仕事です。

だから、毎日更新などという奇跡は起きません。

悪しからず。

 高天原中央闘技場。

 高天原内にいくつも存在する演習場や闘技場の中で、最も観客収容能力に長けた施設だ。

 新人戦は何処まで行っても未熟な者たち同士の試合である為、これだけの舞台に見合う見応えのある試合など望めない。

 しかし、御前試合であるという事でこの場が選ばれていた。


 天帝一行と大統領一行はパレードの様に見世物となりながら、闘技場へと入場する。


 やっと視線から解放された二組は、揃って最高貴賓室へと通される。


 中で待っていたのは、黄金の中に一房だけ銀の混じった髪を持つ見目麗しい少女。

 雷裂 美雲である。


 彼女は優雅な所作でカーテシーを決め、


「ようこそ御出で下さいました、天帝陛下、大統領閣下」

「お久しぶりですね、美雲さん。美影さんの任命時以来ですか」

「相変わらず綺麗な嬢ちゃんだなぁ、おい。

 ちょいと一発、オレと熱い夜でも過ごしてみねぇか? なぁ、おい」


 天帝と大統領は、それぞれに返答する。


「そこのヤンキーは殺されたいの?」


 反応したのは、当然の様に美影だ。

 姉は自分と一緒に義兄の伴侶となるのだ。

 その淫らで爛れた将来に影を落としかねない事をしでかそうとする者は害悪以外の何物でもなく、抹殺する事に躊躇いもない。


 たとえ、それが大国の大統領であっても。


「代わりに謝罪しますので、どうか殺意をお鎮め下さい」


 ジャックがすかさず割って入る。


 睨む美影だが、そこには殺意どころか害意すらも感じられない。


 大統領のそれが冗談の類だと分かっており、姉が誘いに乗る筈もないと信じているが故に。

 その証拠に、美雲はころころと上品に笑う。


「お戯れを。

 大統領閣下には細君がおりましょう? 殺されますよ?」


「おいおいおいおい、何て事を言いやがるんだこの女。

 あまりに恐ろしすぎて震えてくるじゃねぇかよ、おい。

 心から謝りますのでチクるのは勘弁してください!」


 仮にもアメリカ大統領だというのに、恥も外聞もなく土下座を敢行するスティーヴン大統領。


 恐妻家なのだ、彼は。

 彼の妻は普段は穏やかな淑女然とした女性なのだが、夫の浮気には異常なまでに厳しく、それが発覚した際には誇張でも比喩でもなく本気で殺されかけてきたのだ。

 それでも懲りずに浮気を繰り返すのだから、スティーヴン大統領も大概だが。


 彼の浮気癖は巷でも有名なので、部下二人はその無様以外の何物でもない姿を気にしない。


「へーか、こっちの席へどーぞ。良い眺めだよ」


 人の目がない為、美影は普段通りの口調で天帝に椅子を勧める。

 衆目の前であれば不敬と誹られる態度だが、この場にはそんな五月蠅い事を言う者はいない。

 そもそも天帝が許しているのだから良いのだ。


 はめ込まれた巨大な窓。その際に置かれた席に天帝を招く。


 闘技場を一望できる特等席だ。


「どうぞ、陛下」


 真龍斎が椅子を引き、天帝を促す。


「ありがとうございます」

「お茶で良い? お望みなら他にもあるけど」

「では、抹茶をください」

「はーい」


 隣の給湯室へと向かう美影。

 その後ろに付くナナシ。


「……何で付いてくるのかな?」

「《黒龍》殿が毒を仕込まないか、監視をする為でありますが?」

「僕がそんな事をするとでも?」

「必要ならする。人間とは、そういう物でありましょう?」

「あ?」

「ん?」


 ガンを付け合う二人は、そのまま隣室へと姿を消した。


「あの二人は仲が良いですねぇ」

「陛下、老齢のあまり視力を悪くされているのでは? 良い医者を手配しますが」

「あの二人はそれで良いのですよ、五郎さん。

 特にナナシさんには、良いお友達ではないですか」

「……まぁ、生き生きとしているのは認めますが」


 諜報部の中で生まれ、諜報員として育ってきたナナシには、親しい人間という物が存在しない。

 いないのが当然であった本人は、それを寂しいとも悲しいとも思っていないが、天帝としてはもう少し人間らしい生き方をしても良いのでは、と思うのだ。


 しかし、彼女は魔王クラスである。

 国家として利用しないという選択肢はなく、これまではその内心を仕舞い込んでいた。


 そんな所に、美影が現れた。


 同じ魔王クラスであり、ナナシの黒さを知り実体験しても距離を置かない、とても稀有な人材だ。

 友達になってくれれば、と思っていたのだ。


 そして現在、友達かどうかはともかく、人間関係に冷めていた以前に比べるととても生き生きとしているように見える。

 とても良い傾向だ。


「美影殿には苦労だけな気もしますが……」

「美影さんには、兄と姉がいるではありませんか。大丈夫ですよ」


 そんな事を話していると、隣の席にスティーヴン大統領が荒々しい動作で座る。


「あー、酷い目に遭ったな、おい」

「自業自得です、大統領」

「分かってるから言わんで良いぞ、おい」


 それはそれとして、と彼は視線を後ろに、微笑みながら控えている美雲へと向ける。

 そこに宿るは好色ではなく、興味と警戒の色だ。


 スティーヴン大統領が注目しているのは、彼女の髪色。

 正確には、金髪の中に混じる銀の色だ。


「……なぁ、それ、染めたんだよなぁ、おい。

 そうだよなぁ、おい。そうだって言えよ、おい」

「いいえ? 自然と変化したものです」

「おいおい、マジかよ。かぁー、あの野郎、ふざけた事しやがって」


 美雲の返答の意味。

 それを理解したアメリカ勢は、表情を硬くする。


 髪色が自然と変化した、という事は、魔力属性が変化しているという事を示している。

 ジャックが灰と緑が混じった土風の二属性であるように、今の美雲は雷幻属性の二属性保有者だという事だ。


 この二百年の歴史で、後天的に自然と属性が増えた、という現象は確認されていない。


 という事は、何処かの馬鹿が後天的に属性を付加する術を開発した、という事だ。


「おい、ジャック。お前の存在価値が減ったぞ、おい」

「単に属性が増えただけでは脅威ではありませんが?」

「負け惜しみとは、ストーンの旦那も子供らしい」

「何故、私がこの様に虐められなければならないのか、理解に苦しむのですが……」

「お前のすかした態度がムカつくからだよ、おい」

「旦那の余裕がムカつくからだな」


 ともあれ。


「天帝さんよ、そいつはくれるんだよなぁ、おい」

「さて、どうしましょうか」


 事前に技術供与の話はしていた。

 しかし、その場で約束したのは抗魔力製剤についてのみだ。


 人類生存の為、必要な技術提供は必要な事である。

 しかし、何もかもを無償で投げ渡す事は売国行為に等しく、許容する訳にはいかない。


 なので、ここからは有償だ。

 純粋魔力精製も、人工多重属性化も、何らかの対価を要求していく。


「おいおい、そりゃねぇだろうがよ、おい。

 人類存亡の危機なんだろう? 出し惜しみは無しにしようぜ。なぁ、おい」

「極端な話、時間さえあれば我が国は一国でも生き残れる算段があるのでね。

 属国でもない以上、友好国といえど過剰に無償提供する事はどうかと思うのですよ」


 舌打ちするスティーヴン大統領。


「……仕方ねぇなぁ、おい。要交渉って事だな、おい」


 本格的に身を入れて交渉に臨もうとする彼だったが、しかしその前に隣室の扉が開く。


「お待たせー」


 出てきたのは、お盆を手にした美影とナナシの二人。

 何故か二人の顔には殴り合ったかのような痕があったが、誰も気にしなかった。


「はい、へーかには特製抹茶」

「ありがとうございます」

「ヤンキー大統領には、ダイエットコーラ」

「おいこら。オレは肥満じゃねぇぞ、おい。標準体型だぞ、おい」


 美影は無視した。

 スティーヴン大統領も、それ以上の文句は言わずに素直に受け取る。


 蓋を開け、一口飲んでから、そういえば、と話を切り出す。


「……あの趣味の悪い置物はなんなんだ、おい。

 不気味過ぎて触れたくねぇんだが、放っておくのも気味悪くてな」


 彼が示すのは、部屋の隅に置かれた椅子。


 そこに鎮座する雷裂 刹那である。


 腕を組んで瞑目し、一言も発さず微動だにしない姿は、異様としか言いようがない。

 特に、両頬に引かれた三本のネコヒゲが。


「ああ、あれですか?

《サウザンドアイズ》に接続して高天原全域を監視しているのです。

 その処理に追われて、他の事はまるで出来ないだけですので、お気になさらずに置物と思っていてくれれば」


 美雲があっさりと答える。


「あのヒゲは?」

「美影ちゃんの悪戯です」


 大統領が視線を向ければ、親指を立てて返す美影。

 うむ、と頷いた彼は、ジャックに向けて手を差し出し、


「おい、マジックペンを寄越せ。油性だと猶良し」

「大統領、オチが見えますのでやめておいた方が良いかと」

「馬鹿野郎、テメェ!

 この機を逃したらいつあの馬鹿野郎に復讐するってんだよ、おい!

 今がチャンスなんだよ、おい!」


 さぞ鬱憤が溜まっているのだろうな、と思う美雲。

 同時に、ジャックの方が正しい、とも。


 今の刹那は外界の出来事に反応する余裕がないだけで、知覚していない訳ではないのだ。

 だから、マジックペンで悪戯しようものなら、後で仕返しされる事は目に見えている。


 だが、それは言わない。

 これはこれで刹那とスティーヴン大統領のコミュニケーションの一種なのだ。

 どちらかが何かをして報復に張り倒される。

 そこまでで一ターンである。


 そう理解しているが故に。


 結局、押し切られてジャックはペンを差し出し、スティーヴン大統領は刹那の額に〝内〟と書いた。


「何故に〝内〟? 人が足りなくない?」

「人でなしだからに決まってんだろうが、おい」

「あぁ……」


 なんとなく納得する美影。


 和やかな時間が過ぎる。


 だが、そろそろ開会式だという時間に、美雲の表情に緊迫の色が浮かんだ。


 それを目ざとく見つけた天帝が問う。


「どうしましたか、美雲さん」

「いえ、どうやら《嘆きの道化師》に動きがあった模様ですので」


 彼女が手を振ると、幾つかの映像が空中に表示される。

 幻属性魔力を用いたSF風の演出である。

 まだ幻属性を身に着けて間もないというのに細かい演出に、幻属性には一家言あるナナシが感嘆の声を上げる。


 映し出されるのは、牢獄の中に囚われている《嘆きの道化師》三人の姿。


 それがどうにも、異様だ。

 全身に赤黒い血管の様な物が、脈打ちながら浮かび上がり、どうにもぎこちない動きで立ち上がっている。

 魔力絶縁牢の中だというのに魔力が噴き出し、それによって強化された身体を用いて拘束を強引に引き千切っている光景だ。


「……ありゃ、何だ? おい、分かってるんだろ? ご高説願うわ」

「詳細までは分かりませんが、どうやら魔力が全体的に強化されているようですね」

「と、言いますと?」

「魔力量、魔力効果、共に跳ね上がっています。

 現在の彼らは、紛う事無くSランクです」


 恐るべき事……の筈だ。

 だが、室内にはどうにも緩い空気が流れている。


「……それは結構な事でありますが、放っておいても死にそうでありますな」


 ナナシの一言が、その空気の一番の理由だ。

 全身に浮かび上がっている何か。

 それが脈動する度に、《嘆きの道化師》たちは血を吹き出し、痙攣しているのだ。


 放っておいても死にそう、という感想はこの場の皆に共通している。


「まぁ、いつ死ぬかも分からん。

 もしかしたら崩壊と修復を繰り返して、なんだかんだで生き残るやもしれん。

 早急に斬って捨てるのが無難だろう。

 Sランクの魔力で暴れられても迷惑だからな」


 総括して、真龍斎が言う。


「では、自分が行ってさっと首を狩ってくるであります。暇潰しに」

「いや、それをすると次に繋げなくなるだろ。

 ……美雲殿、どうするのかな?」


 メインイベントはその後の予定なのだ。

《嘆きの道化師》は前座に過ぎない。

 そこで本気を出して終わらせてしまっては、せっかく苦労して予定を調整して高天原まで来た意味がない。


「前座に片を付けるのは、他の者に任せます。

 丁度良い役者もおりますので」

「ならば、任せよう」


 言って、皆が観戦気分となる。

 最悪、自分たちが出ればどうとでもなる。

 そんな自信からの余裕だ。


「では、避難誘導を始めますね」


 美雲は、意識を集中し、幻属性の魔力を極限まで高めた。


~~~~~~~~~~


【高等部生徒会より、緊急のお知らせです。

 高天原にて拘束されている《嘆きの道化師》構成員三名の脱獄が確認されました。

 現在、三名は破壊活動を繰り返しながら、高天原表層区画へと侵攻中です。

 一般の皆様は、誘導に従い、落ち着いて避難してください。

 警備の皆様は、誘導に従い、慌てずに配置についてください。

 高等部生徒会長、雷裂 美雲がお知らせしました】


 気の抜ける穏やかなアナウンスが、高天原中に響き渡った。

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[一言] 大統領はトランプで天帝は天皇陛下がモデルかな???
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