自爆騒動
愛夏は、基地跡地に着地する。
飛び立った時点での見た目は、広域に渡って焼け焦げた爆心地だったのだが、先程のガチ本気のアマテラスによって、周辺は大地が丸ごと溶解しており、さながら活火山の火口が如き様相となっている。
「お疲れさん」
出迎えたのは、左腕から放熱の陽炎を放出している俊哉であった。
魔王魔力を供給された上でのアマテラスは、いまだに過剰な負荷がかかる代物なのだ。
「はい、ただいま戻りました。……これ、大丈夫なのですか?」
周辺の様子を指して言う。
これでは地下の本体部分まで溶岩が流れ込んでしまうのではないか、と危惧しているのだ。
せっかく手に入れた拠点である。早々に失ってしまうのは、勿体なく感じてしまう。
「あ? ああ、まぁ、補強はしておいたし、何とか大丈夫だろ。多分」
「アバウトな。駄目だったらどうしようというのですか」
責める様なじっとりとした視線をくれれば、俊哉はそっぽを向いて適当な事を嘯く。
「そんときゃ新しい場所を手に入れるまでよ。
形ある物はいつか壊れるのが世の理だぜ」
「……アバウトな」
愛夏は再度の吐息を漏らして、これ以上の追及は無駄だと諦める。
二人は連れ立って火口の一角へと向かう。
そこだけは耐火強化を施されており、元の焼け焦げただけの地面が見えた。
「よっ」
軽く蹴り付ければ、瓦礫が崩れて地下への入り口が顕わになる。
暗い内部へと侵入しながら、愛夏が口を開いた。
「そういえば……」
「あん?」
「手出し無用と言っていた筈ですが」
「逃がしそうになってたじゃん」
「優先目標は、拠点の死守です。
敵戦力の撃滅は、優先順位の第四位に位置するかと」
「えー。言い訳、良くないぜ?」
「言い訳ではありません。厳然たる事実です」
売り言葉に買い言葉で喚き合いながら奥を目指していると、
「お前ら、動くなッ!!」
錆びた低い声による叫び声が聞こえてきた。
「……あー、あんな声、うちの隊にいたっけか?」
「現実から目を逸らさないでください。部外者のものです」
何やら起こっているらしい。
二人は、ほんのりと足早になって指令室まで向かう事にした。
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「うぇ~っす。何かあった?」
「あっ、トシ。おかえり、です。まぁ、見ての通りだぞ、です」
「ッ、お前らもだ! お前らも動くな!」
指令室に入れば、部屋の隅から怒号を飛ばしている男がいた。
縛り上げていた元々の指揮官である。
彼は、どうやってか戒めを解くと、隠し持っていたらしい小銃と手榴弾のような代物で脅しかけてきたようだ。
「あー、エンジョウ君。何を興奮しているのか知らんけど、落ち着いて話をしないか?」
「黙れ、化け物どもめ! 話をする余地などないッ!」
血走った眼で室内にいる親衛隊の面々を油断なく見回す。
突然やってきた、訳の分からない力を振るう連中である。
この男は、指揮官としては無能ではあるが、一介の兵士としては、決して無能などではなかった。
実際に、興奮した中でもしっかりと周囲が見えており、鋭い反応でもって親衛隊の面々を牽制する事が出来ていた。
何もかもが面倒だから取り敢えず制圧してしまえ、という安直な行動を彼らに取らせないくらいには。
「お前たちは、ここで死ぬのだ!」
この様な辺境にある拠点一つと、そこにいる特に重要でもない人員を犠牲にするだけで、尋常ならざる脅威であるこの者たちを排除できるのならば、安い、安過ぎる買い物であった。
エンジョウは、迷いなく手榴弾を起動させる。
それは、見た目こそ手榴弾のそれではあるが、中身は全くの別物であった。
マイクロブラックホール。
瞬間的に超重力圏を発生させ、一定範囲を圧縮破砕させる兵器である。
まず間違いなく使用者をも巻き込む猶予時間しか設定できない為に、一般的には欠陥兵器として扱われているが、自爆前提で使用するのならば大変に有効であるとされている。
エンジョウは、本気で自身の道連れにするつもりであった。
「…………」
その一瞬に、隙が出来ていた。
手榴弾の起動の為に、ほんの少しだけ意識が外れてしまった。
その隙だけで、彼女には充分である。
「くっ!?」
気付いた時には、エンジョウの懐に愛夏が入り込んでいた。
反射的に銃口を向けようとするが、彼の動きでは彼女の動きには追随しきれない。
愛夏が手を伸ばし、手榴弾を一息に奪い去る。
一瞬の出来事だ。
彼女はそれを、背後に向けてトスした。
「はい、パース」
「ったく」
向かった先は俊哉であった。
彼は、鋼の義手でそれを受け止める。
「無駄だ! 何もかもがもう遅い!」
既に起動している。
あと二秒と経たない内に、手榴弾は炸裂する。
その効果範囲は、この基地を丸ごと飲み込むほどだ。
如何に馬鹿げた能力を持つこの連中とて、逃げ切る事は出来ないとエンジョウは勝ち誇るように叫ぶ。
「そいつはどうかな」
不敵な笑みを浮かべた俊哉が、手榴弾を握り潰す。
しかし、その程度で炸裂が止まる訳もない。
「ぬ?」
彼の手の中で、遂にその威力が発揮されようとする。
急激に変化する重力場を敏感に察知した俊哉は、この手榴弾の正体を察した。
(……こいつは、乙女座の!)
アメリカの最強攻撃力を誇る魔王を思い出す。彼女の黄金剣も、超重力による効果であった。
それと似た様な現象が、自身の手の中で発揮されようとしている。
流石に、少しばかりの焦りが生まれた。
「コード:グレー!」
地属性魔力を発動させ、反重力を構築、中和を開始する。
しかし、手中の重力変動の方が早く大きい。
このままでは、自分たちごと周辺の見晴らしが良くなってしまう事だろう。
「雫!」
躊躇なく助勢を求める。
その答えは、魔力という形でもたらされた。
魔王魔力が空間を飛び越えて彼に供給される。
莫大な負荷が全身を押し潰さんと荒れ狂う。
「く、おっ……!」
その制御に、俊哉は苦心する。
理由は二つある。
一つは、注ぎ込む先が慣れない地属性であること。
普段は慣れ親しんだ風属性を相手に使用している為、その分は無意識の制御だけで事足りるが、慣れていない地属性では余計に制御力を要求されてしまう。
もう一つは、先程のアマテラスだ。
一撃で広範囲を焼き払う為に魔王化して放ったが、その所為で多少なりとも全身の組織にダメージが入っている。
時を置かずに連続して魔王魔力を供給された事で、身体が悲鳴を上げているのである。
全身から血の赤が爆ぜる。
制御から外れた魔王魔力によって肉体が崩壊しているのだ。
しかし、俊哉はそれを気にしない。
これくらいの傷で怯んでしまう程、彼が経験してきた修羅場は生温くはない。
「ぬんっ!」
急速に拡大していく重力場に、魔王魔力で支えられた反重力をぶち当てる。
それによって中和を完成させる。
数秒。
緊迫した空気の中、たったそれだけの時間が随分と長く感じられた。
だが、それもすぐに終わる。
「ふぃ……。なんとか成功……」
中和が終わり、ブラックホールの無力化に成功する。
「馬鹿な……」
まさか碌な装備もなく、あれを潜り抜けてしまうなど、エンジョウの常識では有り得ない話であった。
茫然と呟く彼を、愛夏が拘束して押し倒した。
「全く。面倒な騒ぎを起こしてくれましたね」
「ぐっ、クソ……!」
「はいはい、大人しくして下さいね。殺しはしませんから、エンジョウさん」
ひとまず騒動は収まったのだった。
もう間もなく、文庫本一冊くらいの文量になる。
なのに、ろくに進んでいないのは何故だろうか。
おかしい。